【第19章‑3】 巻物に託す策
灯火の揺れが、
紙の白さを細く照らしていた。
久秀は筆を握り、
墨を含ませた先を
ゆっくりと紙の上に置いた。
密使は正座のまま、
息を殺して待っている。
屋敷の外では、
東大寺の森が風に鳴り、
虫の声が遠くで途切れた。
久秀の筆が動き始めた。
まず、
摂津の山道を一本、
細く引く。
その線は、
勝尾寺の裏へと続いていた。
(……ここを断てば、
三好の兵は動けぬ。)
次に、
芥川城の名を小さく記す。
その横に、
合図の印をひとつ置いた。
名は書かない。
だが、
読む者には分かるように。
(……城内に、
耳を貸す者がいる。)
さらに筆を進める。
寺社の境内、
国人衆の村、
堺の市中──
それぞれの動き方を
短い言葉で並べていく。
「略奪、厳禁」
その一行だけで、
堺がどう動くかは決まる。
「義昭様を奉じて進むべし」
その一行だけで、
国人衆の心は揺れる。
「大和は、
こちらで抑える」
その一行だけで、
信長の背後は静まる。
筆が止まった。
久秀は紙を巻き、
紐で結んだ。
巻物を密使の前に置く。
「……これを、
藤吉郎殿へ。」
密使は深く頭を下げ、
両手で巻物を受け取った。
「必ず、
お届けいたします。」
久秀は灯火を見つめたまま、
静かに言った。
「この策が使われれば、
三好の座は崩れる。」
密使は言葉を返さず、
ただ深く礼をした。
その背が闇に消えるまで、
久秀は座敷から動かなかった。
巻物に託した策が、
どのように畿内を動かすか──
その先の景色を、
久秀はすでに見ていた。




