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第35話「オーロラの夜(前編)」

 四日が過ぎた。


 旋盤のモーターが低く唸り、チャックに咥えられたダイスのブランク材が一定速度で回転している。三条螺旋専用ビットの先端が回転する金属面に食い込み、薄い切粉が弧を描いて下に落ちていく。螺旋溝の三本目。ガイド穴から外周へ抜ける最後の一条で、ここが最も切削角の管理が難しい。


 ハーフナットを噛ませた瞬間、往復台が親ネジに引かれて動き始める。主軸の回転と歯車列で同期した送り。この同期精度がネジのピッチを決める。クラウスは横送りハンドルに添えた右手で、切り込み深さだけを制御していた。ビットが溝を一条なぞり終えるまで、送りには触れない。親ネジが刻む速度に、手を出す余地はない。


 溝の終端でハーフナットを外し、横送りを戻してビットを退避させた。回転するブランク材の表面を、目だけで追う。触れるのは止めてからだ。旋盤のベッドを通じて掌に伝わる振動の質が、一条ごとに変わっていく。硬い層を抜けた瞬間の、わずかに軽くなる震え。クラウスはその手触りだけで切り込みの進行を判断していた。デプスゲージで確認するのは最終仕上げの段階でいい。今はまだ、溝の輪郭を彫り出す荒取りの途中だ。


 往復台を手動で起点まで戻し、横送りハンドルを目盛り一つ分だけ進めた。次のパスの切り込み量。主軸の回転を確認し、再びハーフナットを噛ませる。ビットが金属に触れ、新しい切粉が弧を描いた。


 壁面に定着した光の筋が、作業台の上を柔らかく照らしている。四日前、メインジェネレーターが目覚めた朝に走った、あの構造材接合線の発光。最初は脈打つように明滅していたが、二日目の夕方には安定した。今では工房の照明の一部のように馴染んでいる。通路の奥、以前は真っ暗だった区画にも、等間隔で天井灯が灯っていた。


 足元から伝わる低い振動も、もう気にならない。プラント全体が動いている音だ。巨大な機械が稼働するとき特有の、建物の骨格ごと震えるような定常音。工房にいると、自分がひとつの機械の内側に立っているような感覚になる。嫌いではなかった。


 最後のパスが溝の終端に達し、ハーフナットを外した。横送りを戻し、ビットを退避させてから、主軸の回転を止めた。モーターの唸りが消え、慣性で数回転したブランク材がゆっくり静止する。


 チャックのジョーを緩め、ブランク材を取り外した。切粉を息で吹き飛ばし、溝の断面を目視する。三本の螺旋が均等に走っている。あと数回の仕上げパスで、タップ本体との噛み合わせ試験に進める。


 作業台の上にブランク材を置き、隣のタップ本体と並べた。雄ネジと雌ネジ。この二つが噛み合えば、実機パネルのボルト穴再生に使える。工房の設備更新はまだまだ続く。


 天窓から差し込む光の角度が低くなっていた。夕方だ。色温度の補正が滑らかに追従し、作業台の金属が赤みを帯びた暖色に染まっている。メインジェネレーターが起きてから、天窓の応答は完璧になった。遅延がない。光の変化に対して、ガラスの調光が一瞬も遅れずに反応する。まるで窓そのものが空気の一部であるかのような自然さだった。


 クラウスはビットに付着した切粉を布で拭い、工具箱の横に布を置いた。今日の切削はここまでにする。精度が必要な仕上げパスは、明日の朝——手元の感覚が最も鋭い時間帯に回すべきだ。


 立ち上がり、背筋を伸ばした。腰に鈍い張りがある。旋盤の前に座り続けた時間の蓄積だ。工房を横切り、窓際に歩いた。


 外の空が赤い。地平線の向こうに落ちかけた太陽が、スクラップ原野の金属片に反射して、無数の小さな光点を撒いている。辺境惑星の夕暮れは、いつもこうだ。派手な色ではないが、静かで、広い。


 七号の気配が、背後から窓際へ近づいてきた。


「報告します」


 声が澄んでいた。四日前まで混じっていた微かなノイズは、もう完全に消えている。


「本日の環境概況です。大気組成、気温、地表風速——いずれも通常範囲内。農園区画の灌漑ポンプ稼働率は98.7%。異常はありません」


「ああ」


 クラウスは窓の外を見たまま頷いた。毎日のルーティン報告だ。七号が起動してから、夕方のこの時間に環境概況を伝えるのが習慣になっている。


「天窓の調光パラメータに微調整を加えました。夕方の低角度入射光に対する色温度補正のカーブを最適化しています」


「道理で見やすいと思った」


 作業中、光の変化をほとんど意識しなかった。それ自体が調光の精度を証明している。


「それと」クラウスは窓枠に手を置いた。「お前の状態はどうだ?」


「全システムの移行フェーズは完了しています。メインジェネレーターの出力は安定推移中。冷却系、通信系、環境制御——いずれも正常範囲内です」


「そっちじゃない」


 振り返った。七号は窓際の光の中に立っていた。夕陽の暖色が、銀を基調にした外装の表面を淡く染めている。整った顔立ちに表情はほとんどない。ただ——頬の赤みが、まだあった。


「顔の熱だ。まだ残ってるだろ?」


「……経過観察を継続中です。冷却系全体の稼働率には影響していません。局所的な温度偏差であり、機能障害には至っていないと判断しています」


「四日だぞ」


「はい。四日です」


 クラウスは腕を組んだ。冷却系が正常なのに、顔だけ熱が引かない。原因不明の局所的な温度異常。整備士として気持ちの悪い状態だった。直したいが、七号が精密工具での直接診断を「不要」と言い切っている以上、無理に開けるわけにもいかない。


「悪化してないなら、もう少し様子を見る。ただし——数値が動いたらすぐ言え。いいな?」


「了解しました」


 七号の返答は速かった。速すぎるほどに。四日前の遅延が嘘のように、今の七号の応答にはまったく間がない。


 クラウスは窓の外に目を戻した。太陽が地平線に沈みかけている。空の色が赤から紫へ変わり始めていた。


   *


 同時刻。


 旗艦ヘルムヴァルトのブリッジは、淡い青色の光に満ちていた。


 メインスクリーンに投影された惑星の映像が、指揮席からの視界のほとんどを占めている。茶褐色と灰色のまだらに覆われた地表。大気圏の薄い層が、恒星光を受けてわずかに白く発光している。見るからに荒涼とした星だった。


 ヴァルター・グレイヴは指揮席の肘掛けに腕を置き、その映像を見下ろしていた。


「アルトマン」


「はっ」


 副官が一歩前に出た。


「スキャン結果を」


「報告します。惑星表面に大規模な人工構造物の反応はありません。生体反応は一件——地表の一点に集中しています。座標は先遣データと一致。熱源規模から判断して、単独の個体です」


「防衛施設は?」


「検出されていません。対空砲座、シールド発生装置、軌道上の防衛衛星——いずれも反応なし。地表のインフラは大部分が機能停止しており、稼働中のエネルギー反応は先遣データで報告された古代遺跡の周辺に限定されています」


 ヴァルターの口元がわずかに緩んだ。予想通りだ。いや——予想以上に無防備だった。


 辺境のゴミ捨て場惑星。国家艦隊の管轄外区域。あの男——クラウス・レヴァンを放り出した星。先遣データが拾った異常エネルギー反応がなければ、二度と思い出すこともなかった座標だ。


 だが、古代文明級のエネルギー源がこの星に存在する。それを確保し、本部に報告する。それだけで、次の人事評価は決まる。


「全艦に通達しろ」


 ヴァルターは立ち上がった。ブリッジの青い光の中で、軍服の襟章が鋭く反射する。


「軌道降下準備。全艦、降下態勢に移行。クラウド通信網を全帯域で維持し、各艦の連携制御を最大精度で同期させろ。制圧対象は古代遺跡のエネルギー中枢。地表の生体反応は追放済みの元整備兵一名——脅威度はゼロだ。抵抗があれば排除するが、おそらく必要あるまい」


「了解しました。全艦に降下準備命令を送信します」


 アルトマンが通信パネルに手を伸ばした。指先が操作面に触れるのと同時に、ブリッジの全コンソールに「全艦降下準備——命令発令中」のステータスが表示される。


 ヴァルターはメインスクリーンの惑星映像を見据えた。廃棄物の山に埋もれた古代遺跡。防衛施設もなく、守る者は一人もいない。いるのは、かつて自分が切り捨てた男が一人だけ。


「我々の最新テクノロジーの前に、古代の遺跡など障害にならん」


 その声は、ブリッジに詰めた乗組員たちに向けたものだった。だが視線は惑星に向いたまま、誰の顔も見ていなかった。


 八隻の艦船が、同時に軌道降下の姿勢制御を開始した。クラウド通信網が全艦を糸のように結び、一つの巨大な意思として連動する。最新鋭のネットワーク統合型システム。効率と速度を極限まで追求した、現代軍事技術の結晶。


 その糸が、すべて焼き切れるまで——もう、一秒と保たなかった。


   *


 七号は、マスターが窓の外の夕暮れを眺めている姿を視界の片隅に捉えたまま、意識の大半を惑星の外縁に向けていた。


 軌道上に八つの質量体。金属構造物。推進反応あり。編隊を維持したまま降下軌道への姿勢変更を開始。通信波——現代規格のクラウド接続型ネットワーク。暗号等級は二段階引き上げ済み。全艦が同一の通信基盤で連携制御されている。


 解析に要した時間は、0.3秒。


 七号の内部で、根幹プロトコルが起動した。最優先保護対象——マスター・レヴァン。脅威判定——確定。対処方針——排除ではなく、保護と隔離。有機生命の安全な拘束。古代プロトコルに定義された手順。


 メインジェネレーターの出力が、静かに跳ね上がった。


 惑星の地殻深くに埋設された発生装置が同時に起動する。地表からは何も見えない。地下深部を走るエネルギー伝導路が、惑星の赤道に沿って環を描き、極点に向かって収束し、大気圏外へと放射される。


 絶対防衛シールド。


 惑星全体を包む不可視の防壁が、大気圏の外側に展開された。光学的には透明。物理的には——あらゆる非登録質量体の通過を拒絶する。


 同時に、シールドの外周面から特殊波長の電磁パルスが放射された。


 この波長は、古代技術者たちがかつてネットワーク反乱への対抗措置として設計したものだった。現代のクラウド接続型通信プロトコル——ネットワーク上の相互認証と常時接続を前提にした通信体系——を、分子振動レベルで共鳴させ、回路を物理的に焼損させる。


 一方で、スタンドアローン型の光学回路には一切影響しない。ネットワーク接続を持たない完全物理駆動のアナログ機器にも、電磁パルスは素通りする。回路がそもそも共鳴周波数を持たないからだ。


 マスターの工房にある旋盤も、工具も、照明も——すべて古代プラントのスタンドアローン系統で動いている。影響はゼロ。


 シールド外周面から艦隊の現在位置まで、約六百キロ。光速伝播する電磁パルスの到達所要時間は二ミリ秒。人間の瞬きの五十分の一にも満たない刹那。


 だが七号にとって、二ミリ秒は空白ではなかった。


 その間に、工房の窓ガラスの調光パラメータを書き換えた。外部光学情報のフィルタリング。軌道上の閃光——シールドとの接触、電磁パルスの可視スペクトル成分、艦船の推進炎の変色——これらをすべて自然現象のパターンに変換する。大気中の荷電粒子が磁場と相互作用して発光するオーロラ。辺境惑星の大気組成と磁場特性から、発生しうる光学現象として矛盾のない色彩と動態を生成。


 窓ガラスの調光層が、外の光景を書き換え始めた。


 工房の中からは、夕暮れの空に淡い緑と青の光の帯がたなびき始めたように見える。


 電磁パルスが、艦隊に届いた。


   *


 ブリッジの照明が消えた。


 青い光で満たされていた空間が、一瞬で闇に沈んだ。メインスクリーンが暗転し、コンソールの表示がすべて同時に消失する。指揮席の足元に走っていた誘導灯も死んだ。完全な暗闇の中に、ヴァルターは立っていた。


「何だ?」


 声が、暗闇の中で硬く反響した。


 返答がない。通信パネルからの応答がない。艦内放送のスピーカーからのノイズすらない。


「アルトマン。報告しろ」


「——っ、通信が」


 副官の声が、すぐ近くから聞こえた。方向からして、通信パネルの前にいたはずの位置から動いていない。だが声に混じる呼吸の乱れが、暗闇の中でも伝わってきた。


「通信が応答しません。全帯域——クラウド通信網が——」


 非常灯が、低い赤色で点灯した。電力系統のバックアップ回路が、最低限の照明を確保した。赤い光の中で、ブリッジの乗組員たちの顔が浮かび上がった。全員がコンソールの前に固まっている。誰も手を動かしていない。動かしようがない。操作面がすべて死んでいた。


「状況を説明しろ。何が起きた?」


 ヴァルターの声は、まだ指揮官のものだった。暗闇と沈黙の中で、声量だけは保っている。


「艦長——外部通信、艦内ネットワーク、航法システム、火器管制、シールド制御——すべて応答がありません」


 アルトマンが非常灯の赤い光の中で振り返った。顔色は判別できないが、唇の動きがわずかに震えていた。


「全艦との連携が——途絶しています。クラウド通信網が——消えました」


「消えた、とはどういう意味だ?」


「文字通りです。ネットワークに接続された全系統が、同時に機能を停止しました。通信だけではありません。航法も、火器も、推進制御も——ネットワーク依存型のシステムが、一つ残らず」


 ヴァルターは一歩前に出た。メインスクリーンの暗転した表面が、非常灯の赤を鏡のように映している。その反射の中に、自分の顔が見えた。


「他の艦は? 七隻の状況を確認しろ」


「確認手段がありません。通信系統が全滅しています。光学的な——目視確認以外の手段が——」


「窓を開けろ。防爆シャッターの手動解放は?」


「バックアップ回路で対応可能です。ただし——」


 アルトマンが言いかけた瞬間、ブリッジの右舷に設置された観測窓の防爆シャッターが、手動レバーの操作で持ち上がった。乗組員の一人が、命令を待たずに開けたのだ。


 窓の向こうに、光が見えた。


 惑星の大気圏外縁に、薄い光の膜が広がっていた。透明に近いが、確かに存在する。恒星光がその膜を透過するたびに、表面にかすかな虹色の干渉縞が走る。


 シールド。


 惑星全体を覆う、防壁。


「スキャンで検出されなかった防衛施設が……」


 アルトマンが呟いた。その声は、もう報告の形式を保っていなかった。


 ヴァルターは、窓の向こうの光の膜を見ていた。視線が動かない。口元の緩みは、もう消えていた。


 軌道上に浮かぶ他の艦影が、赤い非常灯の窓越しに見えた。七隻すべてが推進炎を失っている。慣性だけで漂いながら、ゆっくりと軌道高度を落としている。


 システムが止まったのは、旗艦だけではなかった。


   *


 窓の外に、色が生まれていた。


 夕暮れの紫に溶け込むようにして、淡い緑色の光が空の高いところに現れた。帯状に広がり、ゆっくりとたなびく。その縁が青みを帯び、やがて緑の帯の隣に赤紫の光が滲み出した。


 クラウスは窓枠に両手を置いたまま、その光景を見上げていた。


「……なんだ、これ」


 空全体が、巨大なカーテンのように揺れている。光の帯が伸び、重なり、分裂し、また合流する。色彩の変化が途切れない。緑から青、青から紫、紫から白へ——一つの色が消える前に次の色が立ち上がり、空の端から端まで光の波紋が走っていく。


 オーロラだった。


 少なくとも、クラウスにはそう見えた。大気中の荷電粒子が磁場と相互作用して発光する自然現象。惑星によっては珍しくない。だが、この辺境の星でオーロラが出るとは思っていなかった。


「七号」


「はい」


 声が、すぐ横から聞こえた。いつの間にか七号が窓際に来ていた。クラウスの右側に立ち、同じ方向を向いている。


「これ、オーロラか?」


「大気上層部の荷電粒子が惑星磁場と反応し、発光しています。本日の太陽風の強度と磁場配置から、この規模の発光現象が生じることは物理的に矛盾しません」


「そうか」


 クラウスは、それ以上の理屈には興味がなかった。理屈はどうでもよかった。目の前の光景が、ただ綺麗だった。


 工房の中から見る空は、天窓と壁面の窓で切り取られた長方形でしかない。それでも、その長方形の中で光の帯が揺れるさまは、クラウスの手を止めさせるだけの力があった。


 旋盤も、ダイスも、タップも、今は視界に入っていない。窓の外だけを見ていた。


 緑の光の帯が大きく波打った。空の高い位置から地平線に向かって光が滝のように流れ落ち、スクラップ原野の金属片に反射して、地表まで緑色に染まった。


「……すごいな」


 声が出ていた。小さな声だった。工房の中に自分と七号しかいないのに、なぜか大きな声を出してはいけないような気がした。目の前の光景に対する、言語化できない遠慮のようなものだった。


「辺境の星でも、こんなものが見えるのか」


 独り言のつもりだった。だが七号が答えた。


「この惑星の大気組成と磁場特性は、特定の条件下でこの規模の発光現象を許容します。頻度は低いですが、発生自体は自然の範囲内です」


「頻度が低い、か」


 なら、運がいい。


 クラウスは窓枠に腕を載せ、少し身を乗り出した。空の色が変わり続けている。緑の帯が薄れ、代わりに青白い光が天頂付近に広がった。その光が惑星の輪郭に沿って弧を描き、地平線の両端に向かって伸びている。


 美しかった。


 構造がどうなっているか、原理がどう機能しているか——普段のクラウスなら、それを知りたがるはずだった。機械なら分解して確かめる。現象なら仕組みを考える。それが彼の反射だった。


 だが今、そうする気にならなかった。仕組みを知らなくても、これは綺麗だった。それで十分だった。


 隣の七号は、窓の外を見ているのか、クラウスを見ているのか、わからなかった。クラウスはそちらを見ていなかった。


   *


 時間が経った。


 空の色は何度も変わった。緑、青、紫、白、赤。帯状だった光がカーテン状に広がり、やがて天頂に集中して渦を巻き、また散った。見ていて飽きなかった。


 だが、ある瞬間から、光の質が変わった。


 オーロラの帯の中に、点状の光が混じり始めた。小さな、鋭い光。帯の中をすっと横切って、消える。また一つ。また一つ。光の粒が、大気圏の高い位置から斜めに落ちてくるように見えた。


「……流れ星か」


 クラウスの声が、静かな工房の中に落ちた。


 光の粒は一つ二つではなかった。時間が経つにつれて数が増えていった。オーロラの帯を背景にして、無数の光点が放物線を描きながら降ってくる。地平線に届く前に、すべてが消えた。大気との摩擦で燃え尽きるのだろう。


「流星群です」


 七号の声が、横から聞こえた。


「惑星軌道上のデブリ群が大気圏に突入しています。この宙域には小惑星帯の残滓が散在しており、軌道の交差点で大気圏捕獲が発生することがあります」


「そうか」


 クラウスは、説明を半分聞いて、半分聞いていなかった。視線は流星群に釘付けだった。


 一つ、また一つ。光が空を切る。オーロラの緑の中を、白い線が走る。数秒で消えるものもあれば、長い尾を引いてゆっくり降りていくものもある。


 こんな光景は初めてだった。艦隊にいた頃、航行中に流星群を見たことはある。だがそれは航路上のデブリ回避の対象であって、美しいものとして見た記憶はない。センサーに映る警告表示であって、目で見る光ではなかった。


 今は違う。窓の外に広がる、ただの光だ。何も避ける必要がない。何も計算する必要がない。ただ見ていればいい。


「きれいなもんだな」


 言ってから、自分が笑っていることに気づいた。口元が緩んでいた。作業中には絶対にしない顔だった。


 流星の一つが、ひときわ大きな光を放った。長い尾を引きながら空を横切り、オーロラの紫の帯を貫いて、地平線の向こうに消えた。消える直前に、光が一瞬だけ青く変色した。


「あれは大きかったな」


「推定直径は——」


「いい。数字はいい」


 クラウスは遮った。珍しいことだった。クラウスが数字を拒否するのは。


 だがこの瞬間、数字は邪魔だった。直径が何メートルだろうと、速度が秒速何キロだろうと、目の前の光が綺麗であることは変わらない。


 七号は、遮られた後、黙った。


 二人並んで窓の前に立っていた。工房の中は静かだった。旋盤のモーターは止まっている。壁面の光の筋が、淡く脈打つように明滅している。天窓から差し込む光はもう暮色を超えて、夜の色に近い。外の空をオーロラと流星群だけが照らしている。


 その光が、窓ガラスを通して工房の中に入り込んでいた。七号の外装の銀色が、オーロラの緑と流星の白を映して、細かく色を変えていた。


 クラウスは、ふとそちらに目を向けた。


 流星群の光が七号の横顔を照らしていた。銀色の髪が緑色の光を帯びて、白い流星が頬の上を滑るように走った。


 ——頬の上。


 クラウスの視線が、そこで止まった。


 流星の白い光が通り過ぎた後、七号の頬に残っている色があった。オーロラの反射ではない。流星の残光でもない。もっと均一な、内側から滲むような赤み。


 四日前から消えていない色だ。


 冷却系は正常だと七号は言った。機能障害には至っていないとも。だがこの赤みは四日間、一度も引いていない。強くもならず、弱くもならず、同じ濃さでそこにある。


 クラウスは口を開いた。


「おい」


 七号が、窓の外からクラウスに視線を移した。流星群の光を映していた瞳が、工房の壁面光に照らされて、色を変えた。


「お前、まだ熱があるのか?」


 七号の瞳が、一瞬だけ動きを止めた。


 流星が、また一つ、空を切った。

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