特喜天王 累億の願い
静まり返った、赤い月の頂上に、ルオクの不穏な笑い声が響いた。
キョウは、眠っているリョクを抱えて静かに事の成り行きを見ている。
「お前は一体何を企んでいるんだ?」
幽明がルオクの前に立つ。
「アカリサマ、企みなんて言い方酷いですよ……ボクは遙昔から、みんなの願いを叶えながら、みんなの真の救済を願ってきたんですよ?」
ルオクは少し笑いながらそう言う。
「特喜天王 累億。数多の世界に古より伝わる、代償と引き換えに願いを叶える神様だね……」
トドリが顎に手を当てて言った。
「ピンポーン。そう、正解。ボクは数多の生命の願いを叶え、生死の繰り返しを見て来た者だ」
一同は、敵なのか味方なのかわからない、全く未知な雰囲気の存在をただ黙って見ている。
「私の事、騙して楽しかったか?」
幽明は周りを気にせず怒っている。
「騙すのはちょっとイヤでしたが、楽しかったですよ。あなたといて……」
ルオクはふふっと鼻で笑った。
「よほ……」
ミレアが俯いて、切ない声を上げた。
「勿論、ミレアちゃんとも……」
ルオクは、取り繕うように何故かミレアにそう言った。
ミレアはみんなの雰囲気に関係無く、一番幸せそうな顔をした。
全員が、理解不明のやりとりの中で、ルリメアちゃんだけが笑っていた。
「アーテマお前は一体何を願ったのだ?」
リリスがアーテマに詰め寄る。
「リリス様とゾア様が復活し、平和な世界で末永く生きる事です。そして、二人によって、あらゆる存在が救われる事も……」
アーテマは仮面を外し、虚空の顔のまま言った。
リリスは、貫かれたような顔をした。その後に、俯き苦い顔をする。
「アーテマ……ごめんね。あなたきっと物凄く頑張ってくれたのよね、私達の為に……」
リリスは、涙をポタポタと流し、アーテマを抱き締める。
「そうさ、彼はボクと同じく、ハッピーエンドや救済の為に、君達には理解できない苦しみの道を歩んできたんだ」
ルオクは語気を強めて言う。
「じゃあ、この場の奇跡は全てお前が作ったのか、ルオク?」
幽明が尋ねる。
「勿論、この場の奇跡は、ボクが全てやったわけでは無いよ、そんなの誰にも不可能だ。この場に起こったほとんどが、君達自身の努力と、奇跡の巡り合わせが合わさって起こった出来事だ」
「じゃあ、あんた何してくれたのよ?」
ルリメアちゃんが食ってかかる。
「一応ボクはそのキーポイントを作らさせてもらった。それがアーテマの願いで、その代償として、ボクはアーテマに願いを叶えて貰わなければならない。ボクが取り立てると言うより、物事の摂理としてそれは確実にボクに支払われるんだよ」
「君の願いって何?」
私はルオクに聞いた。
ルオクは、私を優しい表情で見た後、いつの間にか私達の頭上に現れた、小さな黒い塊を指差してこう言った。
「誰も願わない世界さ……」
赤い月にいる存在全てが、その不穏な黒い塊を見ている。
「アーテマ、あれはなんだ?」
リリスが言った。
「欲や願望の大きさで膨らむブラックホールです。私の能力に関わらず、この場にいる存在の心に依存して膨らむ禁術です。私がルオク様に願ってから今まで、私の力は代償として何処かに支払われ続け、遥か昔に消滅した異界の禁術を発動させたのでしょう。この魔法には、脱出不可能な地球規模の結界式も含まれています」
アーテマは淡々と現状を語った。その声は、一片の希望すら無いような声だった。
「己の欲が、己を滅ぼすか……」
ミコトちゃんが呟いた。
ブラックホールはどんどん大きくなっていく……
現実的な変化を前にして、一同は、一気にその意味を理解して、慌てだした。
「おい、どういう意味だよ?それじゃあ俺達全員飲み込まれるのかよ?」
キョウがリョクを抱えながら二人に剣を向けた。
ルオクはキョウを見て言う。
「無駄だよ。この魔術には、もうボクとアーテマは無関係だ。ボク達が居なくても止まらない。もっと言えば、ボクは誰も願わない世界を願っただけで、それをアーテマがどうすれば叶えられるかと、世界が勝手にこう解釈しただけだ」
「なんで、お前はそんな悲しい世界を願ったんだ?これがお前のしたかった事なのか?」
幽明は、ブラックホールを指差し、悲壮な顔で言う。
「ボクは、ずっとあらゆる存在の願いを叶えて来て、その存在は結局悲しみの淵に消えて行く事に絶望していた。ボクは何度も何度も繰り返す、悲しみや苦しみをずっと見てきた。もう、何にも無駄に辛い思いはさせたくないんだよ。何も願わず、何も得ぬ事こそが安らぎなんだ。得ると言う事は、他の存在から奪うと言う事でもある。誰も願わなければ、叶わない苦しみも、得た物を失う悲しみも、奪って他の存在を傷つける悲しみの連鎖も起こらない。君達は輪廻転生を繰り返し、その度に願いに苦しめられてるんだよ……」
ルオクは全てをさらけ出すように、胸の内をみんなに伝えた。
そこにいた者は私を含めて、ルオクを責める事など到底できなかった。
話を聞くに、誰よりも優しい神様だ。
ブラックホールはどんどん巨大化していく。あれに飲み込まれたらどうなるのだろう?
「でも、私達の苦しみの中に意味は絶対あるはずだ!!!未来に繋がる何かがあるはずだ!!!全ての原因には結果があるんだから……何もない所に現象なんて生まれないんだ!!!この場の奇跡だって、お前と私が出会った事にだって必ず意味がある!!」
幽明は、ルオクに大声で言い放った。
「アカリサマの言う通りだよ、この世は因果と関係性で出来ているのだから全てに意味がある。だからこそボクは、未来に繋がる、苦しみを超え安らぎを実現させる為の因を作る為に、誰も願わない世界を願ったのさ…………」
ルオクは、ずっと遠くにいるような雰囲気でそう言った。
「だからって……こんな結果」
幽明は膝から崩れる。
「私達に、もう逃げ場はないんですか?」
ノウコさんが、アーテマに尋ねる。
「そうですね。皆様のこれを消滅させたいと言う願望すら消えるか、ルオク様の願いが別の形で叶うかしか御座いません」
一同の顔に、諦めの気配が漂った。
赤い月の頂上や周辺にいる存在達も、ブラックホールの存在を認識しているのか、
私達と同じ雰囲気を漂わしている。
「お前がそうするべきだったんだ……」
幽明がボソッと呟いた。
「はい……?」
ルオクが聞き返す。
「願いの神のお前が、一番願い過ぎたんだよ!みんなを飲み込む程に願い過ぎたんだ!!!お前こそ、一番先に願いを捨てるべきだったんだ!!!」
幽明はルオクの胸ぐらを掴んだ。
ルオクは、ハッとした顔をした。
私は二人の会話を聞いて思った、争い、苦しみ、悲しみ、不安、決して解く事の出来ない究極的問題も、全ては自分から生まれているんだ。
願いに関しても、自分を幸せにしたいからするもので、今回の話は、その願いが逆に悪さをしてるって話だ。
あの戦場を生き抜き、リョクを救出出来た奇跡を考えれば、物事は決して自分だけで成り立っている訳ではない。
ルオクが言ったように、世界は因果と関係性から生じる現象で出来ているって意味も薄っすら分かる。
だから、あらゆる関係性で構成されているのに、自分と言う一つの殻を作って頑なに固まってるようなもんなのかな?私達は……
ここを上手く解き放てれば、その自分と言う根底から作られる問題達も絶対のモノでは無くなるんじゃないか?
ちょっと思考が絡まってきたな……
とりあえず、自分を手放せばいいだけじゃないのか?
そうすれば、自己保身の悪循環に堕ちずに、世界中すべてが仲間だと思えるような優しい心も持てる。
そういう気持ちから生み出す因は、きっと素晴らしい未来を生み出すはずだ!
私は世界の一部で世界に生かされているんだ。
なら、私も世界の為に分かち合おう!
うん。良い答えだ。
私は、ブラックホールに向けて手を伸ばす。
「ダーリン……?」
ヒノが不思議そうな表情で、私に言った。
その場にいる全員が私を見た。
おかしくなったと思われてるのかも。へへ。
でも、思いついてしまったのさ、究極的召喚を。ふふふ。
私はもう片方の手を胸に当て、ヒノから貰った、プリズムのエネルギーの核を掌に置いた。
そして、瞳を閉じてイメージする。
世界中の全ての存在に、愛が行き渡るようにと、幸せでありますようにと。
ブラックホールの吸収とは真逆の、シェアする気持ちだ。
私の掌のプリズムは変化し出し、イメージ通り、物凄く小さな白い球、ホワイトホールを召喚できた。
みんなは驚き、私のホワイトホールに視線を凝らす。
私は、その小さい球を念動で、ブラックホールの中に放り込んだ。
一見飲み込まれたかのように見えたが、確かにブラックホールの中で輝いている。
「ああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
私は最大出力の魔術エネルギーをホワイトホールに注入するように稲妻を放った。
稲妻はホワイトホールに貯蔵するように簡単に飲み込まれたが、ブラックホールに異変が起こる。
ほんの少しだけ小さくなったのだ。
「思ったとおりだ」
私は、笑いながら言った。
「ダーリンあれは何?」
ヒノが聞いてきた。
私はみんなを見て言う。
「ホワイトホールだよ。みんなで大きくして、ブラックホールをぶっ潰そ!!!」
とても子供みたいな言い方だが、それでいい。
大事な事は分かりやすくなくっちゃ。
「それ、すごく面白そうじゃない!!私もやるわ!!」
ヒノは、ニヒヒと笑いながら、私と同じく最大の魔術エネルギーをホワイトホールに打ち込んだ。
ヒノの魔力が注入され、さらにブラックホールが小さくなり、ホワイトホールが大きくなった。
「あったまいいわね!!私のラブリーなエネルギーも、あ・げ・る!!」
ルリメアちゃんも面白そうにしながら参加する。
血色のエネルギーをビカビカとホワイトホールに向けて発射した。
「よほほ!!!彼氏の尻拭い尻拭い!!!モテる女は忙しいのっちゅ!!」
ミレアは、相変わらず甘々な言葉を喋り、絶大な威力のエネルギーをホワイトホールに打ち放った。
「私やっぱり君について来てよかったよ。君は私が見たい物なんでも見せてくれるんだから!大好きさ!今度私ともデートしてね!」
トドリも、雷鳥のような勢いで飛ぶエネルギーを、余す事なく注入した。
「ふんっ。綺麗な光ではないか。大きくする価値はありそうだ」
フィジャナーク王は、瞑想のように目を閉じた後、爆発的な七色のオーラを体に滲ませ、一気にホワイトホールに向かって放出した。
ブラックホールはどんどん小さくなる。
「さてと、このままでは終われないからね、私はまだまだゾアとアーテマと、一緒にいたいんだ。きっと、私達の"未来"は悪くないね」
リリスは私に微笑み、黄金色の波動を激しく打ち放つ。
「代償?私とダーリンの愛から生まれるパワーだったらいくら支払っても、お釣りが来ちゃうわよ!!アーテマの分も含めて、きっちり返すわ!!うふふ」
ゾアリアは、爆発的なプリズムを掌から放射し、ホワイトホールに打ち放つ。
「リリス様……ゾア様……」
アーテマは、地に手をついて体を震わしている。
「私……まだ死ねません!!!この世界に生まれて、愛を知って、友情を知って、涙が出る程、この世界が大好きになっちゃたんです。みんなの為、私の為、いくらでもご助力します!!」
クオリアちゃんは、あらゆる原色魔法を螺旋状にして、無尽蔵に発射する。その笑顔はとても人間らしい。
「私、魔術使えませんが、滅茶苦茶応援してます!!!!!」
ノウコさんが刀を振り回し、エールを送ってくれてる。
「私もー!!!!!」
上空から、黒剣士に彼女のようにギュっと抱き着きながら、怪丘さんが叫んだ。
「退屈せんやつらじゃ。フハハ」
ルーレンジは高笑いし、流星のような魔弾をホワイトホールに何発も投げ入れた。
「ああ女神様女神様お願いします!!!きっと私達なら、あなたがビックリするような奇跡見せれます!!!断言します!!!いいえ、嘘じゃありません!!!はい、あなたに誓って!!!」
響は、誰と会話してるのか、天に両手を組み、とても楽しそうにブツブツ言ってる。
しかし、その直後から幾つか天の扉の存在が私達と同じく、魔術をホワイトホールに打ち放ち出した。
もうそろそろ、ホワイトホールの大きさが、ブラックホールを追い抜きそうだ。
「ティンクル・プリリズムーーーーーー!!!!!!」
ミコトちゃんが私を見て、魔法少女アニメの最強魔法の名前を唱えて、ペロっと舌を出してウインクした。いけいけ可愛いぞミコトちゃん。
いつの間にか起きたリョクが、ブラックホールとホワイトホールを見上げて言う。
「同胞のみんな!!!あなた達の力、見せ付けちゃって。あ!なるべく仲良くね!!」
リョクはキャハッと言って、赤い獣達を指揮する。その雰囲気は以前のリョクに完全に戻っている。むしろパワーアップしてるぐらいだ。
赤い獣達はぞろりぞろりと集まり、魔術エネルギーを上空の魔術師集団に預けるようにした。魔術師集団は一斉に同じ素振りをし、一本の赤い柱のような眩い、エネルギーをホワイトホールに注入し出す。
「かーーー!!!祭りじゃねーか!!!ずりーぞリョク!!!俺も参加させろ!!!」
キョウは、リョクをフィアンセの様にお姫様抱っこし、琥珀の聖剣を賢者の杖に変え、赤と金色に染まる魔撃をホワイトホールにかっこよく注入した。
幽明は、ルオクの隣で言う。
「お前は、一人で背負い過ぎたんだ。みんなを救う前に、お前が、そんな苦しんでてどうする?もう、答えはお前の中にはあるんだろ?とりあえず、自分が先に幸せになれよ。手伝うからさ」
幽明は空間から、嵐のような無数の霊光纏うお札を出現させ、それらを一つの無垢な光に変えて、ホワイトホールに打ち放った。
「ボクは間違ってたのか?」
ルオクが言う。
「合ってたさ、だから今のこの状況があるんだろ。今までよく頑張ったな」
幽明は、ルオクに手を差し伸べた。
「アカリサマ……」
ヒノが言い出した。
「ダーリンありがと!」
幽明も続けて言う。
「シスイ、ありがとう!私の目に狂いは1mmも無かった!!」
ミコトちゃんが言う。
「シスイ。私、あなた大好きかも……いいえ。大好き過ぎよ。ありがとう……」
それから、みんな連なるように私に、「ありがとう」と言ってくれた。
私はその度、どういたしましてと照れながら笑う。
やっぱり、みんなで協力するっていいじゃん!
で、辺りを見渡す。
気が付けば、そこにいる全ての存在が同じ目的の為に動いていた。
ブラックホールなんて、小さい所か消えて無くなった。
その代わりに、プリズムの七色どころか、それにとどまらない無限の命の輝きが出来上がり私達を包む程に大きくなっていた。
その光に包まれた瞬間、寄せ集まった慈しみの愛を心に感じ、恐れを生み出す我欲が減った気がした。
私は思った、これに包まれたあらゆる存在達は、安らぎの可能性を知り、心に慈しみと分かち合いを持つ因が芽生えたと……
その、分かち合って出来たプリズムの光は、どうやらこのままだと世界中を包みこみそうだ……




