血星界の姫
始まりは些細だった。
学校の帰り道、道端に突如巨大な異形が現れ、私(万上 リョク)を襲ってきたのだ。
とても鉄臭いコブラみたないシルエットのロボットで、両手持ちの光線銃を持っていた。
私は、普段には無いその光景に唖然とした。
いくら異形のいる世界でも、一般人が突然、道端で襲われるような事はあまり無いのだ。
私はすぐに、天の扉の影響だと察知した。
その時私は、即座に右目の眼帯を外し、使役する赤い獣の内の一種、メヒャーニクを召喚して、即座にその相手を葬ろうとした。
自慢では無いが、私の能力は敵無しな程に強力なので、一瞬でかたがつくだろうと思っていた。
しかし、甘かった。
その天の扉からやってきたであろう異形は、想像以上にしぶとく、私のメヒャーニクを三体もぶっ倒した挙句、逃走した。
ぶっ倒された赤い獣、メヒャーニクは、ロボ型の獣で、それ一体でも、小さな建物なら一瞬で粉砕出来るようなレベルなのにだ。
私は、学校の帰り道をことごとく粉砕し、茫然と立ち尽くしたまま、逃走するそいつの背中を見送った。
私の通う学校は、異形霊媒に特化した家柄の人間が結構通っているのだが、あんな場所でも私は呪われた一族の末裔と言われている。
それで、こんな状況を見られた訳だから、学校では私に対するとても過激で下衆な噂と、まるで祟りでも見る様な突き刺さる視線が行き交っている。
ここまでなら、人生でよくある事だから我慢できた。
私には今、キョウちゃん達のような友達がいるからだ。
だが、私はそれからも、天の扉の存在に毎日狙われ続けた。
毎日、毎日、代わる代わる、得体の知れない強力な化け物達の標的にされ続けた。
キョウちゃんに一度相談したが、「俺もやばい奴と遭遇したぜ!」といつも通りズボラに笑いながら言って来て、ちゃんと話を聞いてくれなかった。
キョウちゃんだけには、私の話をちゃんと聞いて欲しかった……
シェアプリズムのみんな曰く、天の扉から出て来た存在は、善なる存在らしい。
普通、一般人には無害で、助ける事すらあるらしい。
しかし、悪とみなした存在は、逃げる事を許さない程に追い詰めるらしい……
私はやっと気づいた。
やはり、私はどう足掻いても"呪われた子"なのだと。
人生では、それなりに人や生き物に親切に生きて来た。
ちゃんと学校に通って勉強もして、将来は社会貢献とかも出来たらいいなぁ、と考える人間でもあった……
それでも私は、やっぱり悪らしい……
否定はしない。
この右目の眼帯を外した時の能力は、自分でもそう思うぐらいに酷いモノだから。
そして、その能力を使ってる時の私は、とてもハイで、狂った道化のような気分になり、自分でも正気を疑うぐらい病的なモノだから。
そんな闇の面を持つ自分を知っていながらも、私は過去に一度も自分を諦めた事はなかった。
一生、呪いを押さえつけて生きていこうと思っていた。
この力さえ使って、誰かを守ろう、これは天から与えられた宿命だと、光に向かって進んでいたのだ。
ほとんどは、呪われた私の側面だけを見て、私のその意思に気が付かなかったが、
キョウちゃんだけは「お前、ほんっと優しい奴だよな!」と言ってくれた。
あの時は、心の底から嬉しくて、つい、キョウちゃんが女の子と言う事も忘れてしまい、キスしてしまったぐらいだ……
そんな私の、呪いへ抗いながら紡いだ、ささやかな愛しい日々も、もう終わりなのだ……
夜、月明かりが反射する海上――
真夜中、陸から離れた海の上で、私は巨竜の頭に乗って、天の扉の存在から逃走していた。
巨竜と言うのは、私の赤い獣の一種類で最強格のヒュードルグ。
この、ヒュードルグはかなりの巨体で、高層ビルのような大きさだ。
私の呪われた右目に似た、真紅のまん丸な二つの瞳を持ち、巨木みたいな牙が乱雑に生えた悪夢みたいな口が特徴的だ。
人工鉱物のような強靭な鱗は、空に輝き、見るも美しい。
その見た目で、天使みたいな巨大な羽を生やし神秘的に飛びながら、赤い息をハァハァ吐いてるから、もう一体なんなのかすら分からない。
私は、自分が乗ってる以外にも、二体のヒュードルグを召喚し、満月輝く海上の空を飛行している。
私は、垂れ幕みたいな黒髪を星空にたなびかせ、冷たい潮風の匂いを嗅ぎながら、何故自分がこうなってしまったのかを考えていた。
そして、過ぎ去りし愛しき日々にも思いを馳せていた。
でも、もうそれすらも許して貰えないらしい……
海中が光り、それと同時に光の柱が私達の方へ伸びて来た。
ヒュードルグ達は、ほぼ自動運転の予知機能みたく、それをあっさりかわし、
一体のヒュードルグが、空気が一気に抜けた風船みたく、海中に飛び込んで行った。
上空からも怪しい気配。
雲の隙間から、何かが見える。
おもむろに出て来たそれは、薄いグリーン色の大型の空飛ぶ犬種で、頭が二つ付いている。
おまけに、体に合わない程の大きな透けた翼膜を持ち、夜の大気をかき混ぜながら、盛大に魔術を唱えている。
全く対話もクソも無い、先制攻撃だ。
辺り一帯、魔法陣だらけになっている。
すかさず、もう一体のヒュードルグが、先程の個体と同じように、怒りくるった轟きを見せ、そいつに真正面から突っ込んで行った。
私は、自分が乗ってるヒュードルグに言った。
「行って……」
何を言わなくても、赤い獣達は私の心中を察してくれるから楽だ。
私は、ここから離れて、一旦、地形に上がりたいと言ったのだ。
踵を返すヒュードルグ。
その頭の上から、先程の戦場を遠目に見た。
一体のヒュードルグは、海中からクジラサイズの猛烈に暴れるウミウシを咥えて、天に昇って行った。クジラウミウシは毒みたいなのを噴き出していたが、ヒュードルグは、それすらも喜んで盛大に浴びているという感じだった。
もう一体のヒュードルグは、数えきれない魔法陣から乱射された、夜空すら明るくする属性魔法を、真正面から無防御で受けきって、そのまま二頭を持つ異形に、ロケットのように突っ込んで行っていた。
海上、埋め立て地――
私は、空港か倉庫のコンテナ置き場か分からないような、だだっ広い海上の埋め立て地に着地した。
ヒュードルグは上空で、敵を監視している。
少し疲れた。休もう。
「ワンチェアー」
私は、呪文を唱えた。
この呪文は最大の防御魔術であり、召喚魔法でもあるが、私はただ椅子に座りたかったのでこれを選んだ。
みるみるうちに、私を起点とする広範囲が暗黒物質で満たされ、私の背後には、玉座の様な椅子が出来上がる。
私は、そこに深く腰掛け、肘をつき、溜息をついた。
暗黒物質は、私の椅子を山のようにどんどん持ち上げる。
この暗黒物質は、自動的に近寄る者を排除し、あらゆる属性を飲み込む。
クオリアちゃんとの戦いで知ったが、原初の属性と言う非常に強力な魔術ですら飲み込むらしい。
私は、完全な要塞を作り、虚ろな瞳で遠くを見て、ただ夜風に吹かれた。
その時――
暗黒物質の中から、トルコ石の様な色をしたエイリアンが現れ、私に跪いた。
ギャノウェだ。
ギャノウェは頼りになる個体で、私は勝手に執事のように思っている。
成人男性の三倍はあるその体格と類稀なる機動力は、なかなかに圧倒的だ。
それに、日本語で意思疎通が出来るのも良い。
「リョク様、御無事で何よりで御座います」
ギャノウェは顔を上げずに言う。
「うん……いつまで無事でいられるかわかんないけどね。ハハ」
乾いた笑いをする私。
「そんな事を仰らないで下さい。あなた様さえ望めば、容易い事なのですから」
「望んでいるわよ。あなた達赤い獣達は確かに強いけど、奴等から逃げ切れる程ではないわ。数も限られているし……」
私は、簡単に言うギャノウェに少し腹が立った。
「いえ、真の意味では貴方様は望んでおりません。貴方様は、まだ私達を制御しようとしております。時おり私に仰られる、猛烈な衝動というモノにさえ従えば、いつでも血星界の姫と還られるでしょう……」
ギャノウェはとても意味深に言った。
「猛烈な衝動!?もう、ハイにすらなれないわ、逃げるので精一杯よ。しかも急に何?姫とか言い出して、口説きでもしてるわけ?」
今の私、性格悪い。
「もう一度、ハイになれるのであれば、それに身を任せられるのですか……?」
ギャノウェが顔を上げた。
私の真っ赤な右目を崇めているような視線だ。
「は……?……まぁね。今更、正義ぶったって仕方ないし。どんなけ私が頑張っても、世界が私を呪われていると言うんだもの。今、あの気分になれたら、私は何も考えずに身を任せるだろうね……だってもう、しんどいもの……」
そうだ、みんなして私をずっといじめてきたんだ……
私は、この世界が好きだったのに……
不貞腐れながらも、みんなの笑顔が浮かんだ。
「左様ですか……」
ギャノウェは立ち上がり、怖い顔をしてる。
「何よ……」
ギャノウェにまで嫌われちゃったかな……
その時だった、ギャノウェは私に背を向けて、何やら名前を読み上げだした。
「ヒュードルグ、ジムルート、アルトロ、ゾディア、オーバールーン
ルシェラーゴ、メヒャーニク、フフナリ、ギルデドール、マゲルディシア」
上空からも、地上からも、続々と私の赤い獣達が出現する。
中には、全く見た事無いのもいる。
「ちょっと何よ!?」
私の言葉に反応して、その全部が跪いた。
上空には、新たに出現した個体も含め、ヒュードルグが四体もいる。
あまりの、圧倒的な戦力達に鼓動が高鳴ってきた。
それと同時に、こんな事して良いのだろうか?仲間のみんなはなんて言うだろうか?と、不安が過ぎる……
でも……
こんなにいれば、凄い事が出来ちゃうかも……って、涙が出そうな程の興奮も湧いてきている……
ギャノウェは、圧倒的な戦力達に言った。
「皆よ、姫が還られるぞ。出来るだけ同胞をかき集めよ。マゲルディシア、そなたは、同胞と協力し、姫に相応しい城を今すぐに召喚するのだ。……そうだな、あの月のようなのが良い。皆よ、我等の時代が再び始まるのだ、喜んで取り掛かれ」
私は、その状況をただ唖然として見ているだけだった。
色んな感情が沸き、止めなければとも思ったが、連日の襲撃からの逃走で、そんな気力はもう残されていなかった。
光景は目まぐるしく変わっていく……
続々と赤い獣達は増えて行き、先程の圧倒的な戦力達の100倍程の規模に膨れ上がった。恐らく、1000体以上はいるだろう。
色んな種がいて、グループ毎にかたまっている。
私のエネルギーでは、限界の召喚量が同時で5体程だったのに、一体何が起きているか分からない……
もはや、この埋め立て地は、全て私の赤い獣で埋め尽くされ、空はヒュードルグの群れで覆い尽くされている。
いつの間にか上空には、真っ赤に輝く月のような、途轍も無く大きな物体も現れている。
「ギャノウェ……あなた一体……」
私は椅子から立ち上がり、ギャノウェに目を凝らす。
「私ではありません、これを成しているのは貴方様です、我等の愛しき血星界の姫君よ。しかし、あなた様が真に還ってこられれば、ここに居る限りではなく、さらなる軍勢があなたに跪く事でしょう。その全てが貴方様を理解し、命懸けで守るのです。呪われているなど低俗な事を言う輩など存在しません。ただ、貴方様を選ばれたお方と慕うでしょう」
ギャノウェが初めて笑った。
「みんなが私の為に……」
私を理解してくれるの?
私は呪われていないの?
一瞬、キョウちゃんの笑顔が頭に過ぎった。
知らず知らずのうちに、私の呪われた右目から、血が流れていた。
「やだ、血……」
私はそれを拭った。
ギャノウェが言う。
「それは血ではありません、我等種族の喜びの涙です」
「涙……」
「皆聞け!!!姫が、我等に愛の涙を流したぞ!!!始まる!!!始まるのだあぁ!!!」
ギャノウェが、無数の赤い獣達へ絶叫する。
赤い獣達も、埋め立て地が壊れてしまう程の、地響きのなる雄叫び返した。
私は、その光景に目が眩み、両目から血が止まらなくなった。
やっとわかった。
心がスッキリした。
私の居場所はここだったんだ。
「さぁ、姫よ、我等と全てを手に入れましょう……」
ギャノウェが、赤い月に向けて手を伸ばした。
「……フフフ」
私は顔を抑えてケラケラ笑う。
「姫……?」
ギャノウェが目を細める。
「全てじゃ足りないわ!!!」
私は、血の涙で顔を真っ赤にし、超絶ハイになって空に叫んだ。
ギャノウェもそんな私を見て、赤い涙を流した。




