顕現少女ミコトの禊奇譚 千鬼を統べる者
やっほー。
久しぶり。
会いたかった?
ふーん……嘘つき。
……いいよ。
じゃあ、へびの真似してくれる?
なんて、言ってる場合では無いの。
私、異形霊媒の名家、花岡家の当主、花岡 命は、花岡家の面々から無理難題を押し付けられているの。
命に関わる、重大な任務をね。
自分達では当然に対処なんて出来ないものだから、当主だからと理由をつけて、まだ高校一年生の私に、千鬼が荒れ狂う千鬼夜行に行って来いと命令したの。
どう?可哀想?
じゃあ……
ぞうの真似して?
そして今私は、日本に存在する、とある禁忌の森にいる。
この森に訪れるのは人生で二回目だ。
一度目はかなり幼い頃。
その時は家族とはぐれちゃって、この禁忌の森の中で、とんでもない事が起きたわ。
なんと、想像も出来ない程に巨大な存在に丸呑みされたの。
あり得ない想い出でしょ?逆にちょっと笑えるわ。
で、私の降霊術が自動発動して、その巨大な存在と、私の中にいる花岡家に受け継がれし特別な存在が交渉して、私は吐き出された。
で、その怪物は血走った巨大な目で私を覗き見てこう言ったわ。
「ツカエ……クレテヤル」
そして、口から臓物をゲロゲロと吐いて何処かへ行ったの。
その臓物が、私の使役する妖魔ウロバミ。腸みたいな大蛇みたいなヘンテコな妖魔。
よく考えれば、家族でそんな所に旅行に行くのもおかしいし、何故、自分だけがはぐれたのかもおかしいと思ってたのだけど、今回の花岡家の面々の言動で理解したわ。
私が一度目に、この禁忌の森へ来たのは、そう仕向けられていたのよ。
それは恐らく、悪魔ゲデオンという千の妖怪を束ねる大異形に、花岡家は何らかの交渉を持ち掛けていた可能性があると私は考察している。
まー、花岡家に受け継がれし三の存在を継承した私を、みすみす生贄にはしようとはしていなかったのだろうけど、全員揃って幼い女の子に、そんな事をさせれるのは結構イカレテルわね。
お母様だけが、あの時必死で探してくれて、その後、花岡家の奴等に信じられない程激怒していたわ。今頃になって、ようやくその意味が分かったわ。
それはそうとして、もう一つ嫌な事があるの。
当主としての正装で行けと口うるさく言われ、私は遙昔のご先祖様が着用していた、侍の甲冑を着てこんな場所まで来たの。
当たり前にブカブカで、そしてひどく重いわ。
濃い朱色と金の装飾のこの甲冑は私には全然似合わなくて、子供の職業体験みたいになってる。
でも、花岡家にブチギレていた私の女執事のノウコは、私のこの姿にメロメロになって怒りなんか忘れて写真を撮りまくっていたわ。
禁忌の森に囲まれた限界集落、段々畑前、古い小屋――
私とノウコは花岡家が所有する、人里離れた小屋で作戦を練っている。
段々畑は丁寧に管理されており、高台から見降ろす景色は鮮やかな緑一色で、とてもすがすがしい。
なんか何百年も前にタイムスリップした気分になる。
ちなみに、ここで採れた米は供物として利用したりもしている。
「で、ノウコどうする?もし悪魔ゲデオンとか、妖魔軍団と戦闘になったら?」
私は、ノウコと囲炉裏を囲み、それっぽくジュースを飲んだ。
「ミコト様を抱えて逃げます。だって、そもそも攻撃される筋合いもありませんし。ミコト様は今回の天の扉の件になにも関与してないではないですか?」
ノウコは、私以外の全てに怒っている。私がただ巻き込まれただけという認識が強いのだろう。
「んー……でも、私が花岡家の当主であったり、奇跡の力を持ってたり、理外の三の存在を顕現出来たりするのは、あの天の扉のような、イレギュラーな侵略を止める為にあるようなものだしね……」
私は、そういう立ち位置で生まれた現象だから仕方ない。
「確かにそうですが……今回にいたっては、勝手に物事が動いた訳で、ミコト様がどうにか出来た範囲を超えてます。むしろ、ミコト様やシェプリズムの皆様も、このような事態を止めるべく動いてたじゃありませんか?」
「なかなか思い通りにならないものよね……でも、花岡家は約束してたからね、こういう事は私達が阻止しますって。その代わり、妖魔達が大人しくしてくれてた面もあるから」
私は囲炉裏の火を見てしみじみ言った。
パシャ。
「きゃー、最高です!かっこいいミコト様もいけますね!!!これは、写真立てに入れるの確定です!」
ノウコ……さっきまでの、真剣なトーンなんだったの。
ホント極論だけど、ノウコって私が好きなだけで他全部どうでもいいって思ってそう。
ちょっと試してみよう。
「ノウコ、私が持つ力全部使って、魔王になっちゃって、全部敵に回したらどうする?」
「え?ついて来ますよ!?」
ほら、やっぱり……ちょっとサイコパスだよね。私からしたら嬉しいけど。
「ありがと……じゃあ、そろそろいこっか?」
私も、ノウコぐらい気楽に考えよう。やばくなったら逃げて、一旦引きこもってアニメでも見よ。
「はーい!疲れたらおんぶしますから言って下さい!」
ハイキングでも行くかのような、テンションだ。
「今日は遠慮しとく」
さすがに、妖魔達に神経疑われるわよ。
禁忌の森――
私達は、あっさり禁忌の森に足を踏み入れたのだけど、やはりここは異常だ。
まず、あらゆる種類の魔圧が漂い過ぎて酔いそう。一体何体の妖魔がいるのかしら?
そのくせ、やけに静か。動物も虫も息をひそめている感じ。
昼間なのに暗くて、四方八方から監視されてるみたいな視線もある。
全然怖くないけど。
「ねぇウロバミ、出て来て」
私がそう言うと、人間の腸の様な巨大な妖魔が出て来た。動きは大蛇みたいで宙を動いてる。体には人間の文明の過程のような象形が刻まれており、緑の瘴気を薄っすら纏っている。
「何度見てもなれませんね……」
ノウコはこのグロテスクな見た目が苦手みたいだ。
「えーーー、前も言ったけど、結構かわいいとこ、あるんだけどな」
私には、おっちょこちょいなゆるキャラに見える時がある。
「ありませんありません」
ノウコはぶんぶんと首を横に振る、そして鼻さえつまむもんだから、ウロバミは遠くを見る様な顔をしてる。顔無いけど。
「じゃっ、ウロバミ、悪魔ゲデオンまで案内して。……違うか、悪魔ゲデオン、貴方の場所まで案内して……もう、こう言った方がいいよね?」
ウロバミは何も反応せず、ただ動きだした。私にはその後ろ姿が、ちょっと寂しそうに見えた。
禁忌の森、隠された広大な湖――
私もノウコも驚いた。
あんな鬱蒼とした森の先にこんな場所があったなんて。
そこは、とても開けた場所で、広く美しい花の草原が、広大で澄んだ湖を取り囲んでいる。
太陽の陽射しも、まるでそれら祝福するように照らし、風も子守唄のように静かに吹きすさんでいる。
「こんな場所に悪魔がいるのですかね?」
ノウコは刀の鞘に手を当て、辺りを警戒している。
私は、湖に目を凝らした。
水面が変だ。かなりへこんでいる場所がある。
ノウコもそれを感じ取り、一点にその場所を見ている。
ウロバミは、グネグネと宙を舞い、湖の上を滑るように移動する。
水面は波紋が立った。
その時だった――
湖の上に、巨大な紫の手が現れた。爪がやけに鋭く長い。
ノウコでも簡単に、握り潰せそうな大きな手だ。
落ち着いた深い魔圧を放っている。
「ミコト様!」
ノウコの目が鬼人の様に吊り上がってる、相当な気配にビックリしてるのだろう。
「落ち着いてノウコ」
私はノウコの腕に、そっと触れてなだめる。
次の瞬間、その紫の手は、ウロバミをソーセージのように掴み、何処かの空間に、ぽいっと投げ入れた。
空間からウロバミが消失した。
それと同時に、私の中から、ウロバミとの契約が切れた音がした。
「ありがとう……」
私は小さく囁いた。
その直後だった――
ザバーーーーーーン!!!!!!!!
全身紫の特大な存在が、激しく湖を荒立て、ぬべーっと出現した。
その存在は、ホホジロザメのような頭に、太ったドラゴンみたいなシルエット、鬼のような凄みのある腕を持っていた。
その存在、悪魔ゲデオンは天を見上げ、太陽に目を細めている。
私とノウコは神秘的で迫力が異次元なその光景をただただ見上げていた。
悪魔ゲデオンを無言でこちら見た。
「……」
気が付けば私は、瞳から涙をツーっと流していた。
なんでか分からない。
もしかしたら、今までウロバミとして、こんな巨大な悪魔が私の事をずっと見守ってくれてたのかもって思ったからかもしれない。
「ミコト様……大丈夫ですか?」
ノウコは武者震いをし、私の前に立つ。
悪魔ゲデオンは、何を考えているか分からない表情で、私達を見降ろし、途轍もなく古臭い魔圧を湖面が蒸発する程に放ち出した。
悪魔ゲデオンが気まぐれで指さえ鳴らせば、湖の水が、全て激しい焔にでも変わるような圧倒的支配感だった。
忌々しい傷跡だらけの恐ろしい紫の巨体の寸分な動き一つに、ノウコは全身全霊の殺気で反応しようとしている。
……
緊張と沈黙と非現実が流れる。
ノウコは指がカタカタ震えている。
悪魔ゲデオンは、バチっと瞬きするのみ。
悪魔ゲデオンは、のっそりと言いだした。
「レイニハオヨバン……ミコトヨ……ソナタハ……ユカイダッタ」
巨大な瞳をひん剥いて、ただロボットのように口を動かしている。
ノウコは少し拍子抜けした感じで、力がガクンと抜けている。
私は、なんとなく分かっていたので、やっぱりと笑顔になる。
「あなたも愉快だったわ。それに、今まで助けてくれてありがとね」
私は、ピースして見上げる。
「ウム……」
悪魔ゲデオンは、そう言った後、視線を草原の方にギョロっと向けた。
「キオツケロ……」
草原の方から、激しい怒りの魔圧が漂い出す。
ノウコは即座に、攻撃対象を変えた。
草原には、空間から出現したり、森から這い出てきたりして、おびただしい数の妖魔が集い出してる。
先程まで、綺麗に咲いてた花達がほぼ妖魔に覆い尽くされている。
花岡家の宝物庫にあった、千鬼夜行の巻物の絵とそっくりだ。
動物に似た存在もいれば、木や水みたいなのもいるし、物みたいな形のもいる。
異界の存在とはやはり違って、この土地に古来からいる雰囲気がかなり強く、いずれも既視感がある。
「……こんにちは」
私は一応挨拶した。
戦闘にいた、黒い着物を着た四つ手四つ足の、のっぺらぼうが言った。
「我等をたぶらかしたな、偽りの王め……」
その妖魔は、酷く冷たくそう言った。
「ごめんなさい」
謝る事しか出来なかった。
河童のような見た目で、体中から花が咲いては散りを繰り返している存在が言った。
「あんな、恐ろしい門を開けさせよって……我等はお前等のせいでもう終わりじゃ……」
その妖魔の声を皮切りに、数えきれない程の妖魔が、鬱憤を叫び出した。
奴等は段々とこちらに、にじり寄り出している。
妖魔達の魔圧はかなり殺気立って、背後の森をざわざわと揺らしている。
私が、天の扉の件を調べた限りでは、あれらの存在は悪では無い。むしろ善だ。
しかし、悪とみなした相手には、調整役のようにとことん襲い掛かる存在達だ。
ここにいるような微妙な判定の妖魔にも影響が出たのだろう。
「ミコト様、奴等はもう、話が通じるレベルではありません。どうなさいますか……?」
ノウコがそう言いながら、妖魔の軍勢を睨んでいる。
ノウコの目や口や手からは、尋常では無い気迫の魔圧が垂れ流れ出ていて一切の怯みが無い。
爆発的エネルギーだ。
魔蔵にアクセスしなくとも、体の中で超高濃度の魔のエネルギーを衝突させて、エネルギーを生み出しでもしてるのかな……?無意識にやってるっぽい。
ノウコいつの間にか、刀王の妖魔も圧倒するレベルになっちゃった。
「ギリギリまで話し合いたいわ……」
私は、目が合う妖魔達全員に、ごめんなさいと謝罪の目線を送った。
しかし、ノウコの言う通り、ほとんどの妖魔はもう対話の目は持っていなかった。
その時だった――
「喰えーーー!!!!!!!!!!!」
巨木のような大きさの化け猫と、同じく巨大なハゲタカみたいな怪鳥のコンビが、絶叫して笑いながそう叫んだ。
一瞬、妖魔達は固まるが、次第にぞろりぞろりと歩き出し、終い目には百花繚乱の危うい濁流の如く、こっちへ向かって轟轟と押し寄せて来た。
「ミコト様!!!!!!お逃げ下さい!!!!!」
ノウコがそう叫び、私の前でかなり体勢をを低くしている。
奴等を薙ぎ払うつもりだ。
恐らく、捨て身で……
「死ぬときは一緒よ……」
私は、瞬時に魔女シビャクを呼ぼうとした。
魔女シビャクは、既に私の心の中で、ケラケラと笑いながら、この状況を見ている。
衝突までほんの数秒。
「ヤメローーーーーーー!!!!!!!」
その途轍も無い声量に、私とノウコはハッとして思いとどまる。
そして突如、私とノウコの間に、紫のゴツゴツした壁が現れた。
悪魔ゲデオンの腕だ。
ギリギリ間に合った。
反対側では、ぶつかる音や、肉を切ったり噛んだり、魔術をかけたりする音が聞こえる。
腕を攻撃されている悪魔ゲデオンは、赤い息をメラメラと吐き、天を仰いでる。
痛がってると言う感じでは無い。
何かとんでも無い事が起こりそうな予感がする。
それに反応した大多数の妖魔達は、後退りし、元の位置へ下がって行く。
反対側にはまだ何体か残っているのだろう、怒りと言うか、嬉々とした絶叫を上げて、悪魔ゲデオンの腕に攻撃してる。
恐らく見境の無い、野蛮な妖魔達だ。
突然だった。
悪魔ゲデオンは、ゆっくりとそいつらの頭上に顔を近付け、垂らすように灰色の息を吹きかけた。
酷い臭いと音がするが、腕が邪魔で何が起きてるか見えない。
でも、妖魔の軍勢の方から、恐ろしい程の狂った悲鳴が聞こえるので、ただ事では無いのだろう。
私とノウコは息を呑む。
悪魔ゲデオンは、ゆっくり腕を動かした。
もうそこには、なんの存在もいなかった……
妖魔軍勢が静まり返り、怒りや恐怖の混沌とした魔圧で騒めく中、悪魔ゲデオンが私に言った。
「ミコトヨ……トメルノジャ……テンノモノラヲ」
地に響くような声。
私に約束させるような言い方だった。
「……努力はするわ、もう少し時間を頂戴」
そうは言ったが、もはや、天の扉から出て来た存在達を元の世界に送り返す事はできないだろう。
この国のトップの異形霊媒の名家、花岡家の当主の私ですら、あれらが一斉にかかってくればとても敵わない。一斉どころか、数体でも分からない。
数体であれば、トクトーロガミなら幾分かは戦えるだろうが、トクトーロガミに関しては、天の扉の存在達と同じ調整役の側面が強く、敵判定が出ず、顕現が出来ない可能性が高い。
魔女シビャクに関しては、シスイには手を出すなと散々杭を打っているので、強敵が現れた場合、きっと歯止めが聞かない。戦い狂って暴走でもして、囲まれては一瞬で終わるだろう。
他の作戦として、召喚者の攻撃もあるが、召喚は術者が消えても残る事を考えると、女神ゾアリア・レードを倒してもあまり意味が無い。
そこから導かれる答えは、不可能なのだ……
もしくは、奇跡的に何らかの形で、あれらの存在の意思を変えるしかないのだ……
「……時間を」
奇跡……私の仲間なら、もしかしたら……
悪魔ゲデオンは、草原いる妖魔達に言った。
「マッテヤレ……」
妖魔達は、納得はいってないが、悪魔ゲデオンの威圧に黙るしかなかった。
妖魔の中には悲しみで涙してる存在もいる……胸が痛い。
「ホントにごめんなさい」
私は妖魔の軍勢に、深々と頭を下げた。
私は、約束を破ってしまったんだ……
みんなを、守れなかったんだ……
妖魔達が、しらけたように帰って行く音がする。
「ミコト様……」
ノウコが私の背中に手を伸ばす音がした。
「カエレ……ヤルノダ……キセキノコヨ」
悪魔ゲデオンの声に反応し、前を向いた時には、もうほとんど妖魔達は残っていなかった。
私は、悪魔ゲデオンを見つめた。
「ありがと……私、ちゃんと頑張るから」
悪魔ゲデオンは、全くの無表情で綺麗な湖に立ち尽くすだけだった。
「ミコト様、もう帰りましょう」
ノウコが私の手を引いた。
私は、ノウコに連れられて、再び禁忌の森に入る。
最後の最後に振り返り、悪魔ゲデオンに手を振った。
悪魔ゲデオンは、ウロバミの動きのように尻尾を振り、サッと湖畔に消えた。




