幽霊メイド 夜海サンの透明な恋
なぁみんなは、誰がなんと言おうと、この瞬間自分は確実に幸せに生きたって時があるか?
俺は、今がそうだ……
メイド喫茶 アルデバランの地平線――
俺こと、ドミノ・アースは、あれから夜海さんのメイド喫茶に、週に3、4日は通い詰めている。
もうチェキの数だって、クリアファイルに入りきらないぐらい溜まった。
夜海サンは幽霊だから、勿論、写真には映らなくて、薄暗い店内で俺一人が笑ってるだけの写真だけど。
きっといつか、このチェキを見た奴は、サスペンスホラー映画の最終回ばりに戦慄するだろうな。ははは
でも、いいんだ。
俺は自分で理解している。
夜海サンとの時間は紛れも無く、俺の人生で幸せな瞬間だったと。
未来に思い返せば、その愛しい過去に俺は手を伸ばさずにはいられないだろう。
もし、その時に彼女の声を思い出すとしたら、きっとこう始まるだろうな。
(どろどろどろどろーーー、いらっしゃいませ、ご主人様!)
絶対そうだ。ははは。
その次には、顔が浮かぶのだろう。
目尻を下げ、愛おしそうに笑ってくれる、あの誰より優しい笑顔を……
「ドーミーノーさーん!どうしたんですか?固まちゃって?」
洞窟みたいに薄暗い店内の中、伸びの良い声で、俺はハッと我に帰った。
「すんません、ちょっと考え事してました」
俺は苦笑いしながら、目の前の夜海サンを見た。
「なんか嫌な事でもあったんですか?」
パステルカラーの淡いピンクの髪と、光が射した海の底のような瞳が特徴的な夜海サンはキョトンとしてる。
店内は、ランプの青白い炎に照らされている。
「嫌な事ならしょっちゅうありますよ、俺は基本、みんなにバカにされてばっかですし」
俺は、夜海サンの入れてくれた、フルーティーなアイスティー一口含んだ。
「ドミノさんって可愛いから、みんなついからかっちゃうんでしょうね。うふふ」
細部まで折り目正しいメイド服を着た彼女は、砕けた無邪気な笑い声を店内に響かせた。
今、この店内には俺と夜海サンしかいない。
「可愛いなんて、そんな事言ってくれんのは夜海サンだけですよ、俺の心の支えは夜海サンだけなんです」
少しジョーク交じりに言ったが、結構本気だ。
「ふふっ、ありがとうございます、私もドミノさん大好きですよ!」
癖の無いこの応答、シンプルに嬉しい言葉を言ってくれる夜海サンは、世界が俺にくれた救済だ。
昨今、汚い言葉や、批判、揚げ足取りが多発する世の中で、彼女はヘドロに沈まぬ黄金の船みたいなもんだ……って、いきなり評論家みたいになるな俺。
「俺の方が好きです!!……ホントに」
ファンシーなソファーで、少し姿勢を正して言ってみた。
立ち接客で、斜上にある夜海サンの顔を、俺は恥ずかしくて見れない。
夜海サンは、無言で俺を見ている。
やらかしたかなぁ……マジなトーンは流石に気持ち悪かったかな?
チラッと見る俺。
夜海サンは、白い頬を赤く染め、口角がぐっと上がり、瞳がユラユラして固まっている。
たまに、このストップモードになるんだが、どういう感情なんだ?
内心引かれてたら、俺は滑稽な裸の王様を二度と笑う事は出来ないだろうな。
夜海サンは、俺に顔を寄せた。
綺麗な花壇を通り過ぎた時のような、爽やかな良い匂いがする。
そして、俺を見つめてゆっくりと喋る。
「両想いかもですね。ふふふ」
誰も居ないのに静かな声で言う辺りが、夜海サンだ。
ここ!!!わかる!!?
この瞬間!!俺が最初に意味ありげな事を、柄にも無く言ったあれだよ。
「あぁ……はい」
物凄く嬉しいのに、ちゃんとした言葉が出ない。
全く、俺がどれだけ嬉しいかを伝える魔術でもありゃいいのに。
そんな、曖昧で不甲斐ない俺を、楽しそうにパチクリと見ていた夜海サンは、思い出したかのように、ポケットから何かを取り出した。
「これ、あげます!」
「ん……なんですか?」
俺は夜海サンから、カードサイズ程の大きさのラミネートされたイラストを貰った。
イラストには、恐らく笑ってる俺と、隣で笑ってる可愛い幽霊の絵が描いていた。
味のある色鉛筆の手描きだ。
「ドミノさん前に言ってたじゃないですか?財布に私のチェキ入れてて、辛い時に見て元気出してるって。だから作ってみたんです。これなら私もちゃんと隣にいれますから。絵、へたっぴですよね?へへ」
夜海サンは自分のイラストを指差して笑う。
あ、そうか。チェキに映って無いの、気にしてくれてたんだ……
「へたっぴじゃないですよ、俺、夜海サンの絵、凄く可愛いと思います!!……あと……ホント嬉しいな」
世の中に綺麗なイラストはいくらでもあるだろう、でも俺はこのイラストが一番好きだ。
「喜んで貰えてよかったです!描き描き頑張っちゃいましたから!」
真面目な顔で鉛筆を持つような手をした後に、自分で吹き出して笑う夜海サン。
「あ、夜海サン。ちょっとトイレ借りて良いですか?」
俺は、会話を破るように唐突に言う。
夜海サンは、「どうぞー」と笑った。
隅々まで綺麗に掃除されたトイレの洗面台の前に俺は立つ。
鏡は雫の後すら無いピッカピカだ。
水をジャー流した。
手でそれを掬って顔にバシャリ。
そして、鏡を覗き込んだ。
「だめだ!好き過ぎる!」
トイレに、空しく俺の溢れた気持ちが響いた。
……
自分だけが、どうしようも無く愛しくなっていってしまう、この心が怖い……
……
俺は、自分の気持ちにどう折り合いをつけるか、しばし考え込んだが、
答えが全く出ず、ただ虚しくトイレを出た。
重い足取りで、ソファー席まで向かう。
あんなに嬉しいプレゼントを貰っておきながら、訳もなくこんな落ちてる俺はホントに情けねえ。
あれ、そういえば夜海サンがいないぞ?店の奥か……?
……
ボフッ!!!
「わぁっ!!!!!」
青白いスモッグと共に、俺の真横のソファーの上に、夜海サンが大声を出しながら現れた。
「あわぁぁぁ!!!」
俺は一体何が起きたか分からず、本気でびっくりし、咄嗟に夜海サンの両肩を掴んでしまった。
夜海サンは、大きな口を開けて笑いながら驚かしてきたが、俺が肩に触れた瞬間、カチンとそのまま凍ったみたいになった。
俺も同じく夜海サンの肩を抑えたまま凍っている。
全てが止まった世界で、夜海サンと俺の頬だけが徐々に赤く染まっていく。
「ご、ごめん夜海サン!!!」
俺は、凄い勢いで夜海サンの肩から手を離し謝る。
次の瞬間――
俺の逃げる左手を、夜海サンは両手でサッと掴んだ。
!!!!!
「わ、わたしの肩を触れたお返しです……」
夜海サンは、緊張で震える声で言った。
でも目は、真っ直ぐ俺の瞳を見てくれてた。
幽霊だから仕方ないんだろうが、とても冷たい手だな。
でも……この冷たさすら、この子がちゃんとここにいるって思わせてくれるから、俺は愛しかった。
1秒でも長く、この手に触れていたい。
このまま、この手をとって生き続けたい。
「約束します!!!」
俺は夜海サンを真剣に見て、声を張り上げた。
「え……どうしたんですか!?」
夜海サンは、くりんっと目を広げて、驚きの表情をしている。
「俺、夜海サンがいくら透けちゃっても、どんな可愛い女の子が現れても、
今のこの夜海サンの手、絶対忘れません!!!」
心の中にある気持ちを捻り出した言葉だったから、正直自分自身、何を言ったか分からなかった。
でも、そこまで悪い言葉では無かったらしい。
何故なら……
未だに、夜海サンは俺の手を優しく握ってくれている事。
目尻が下がって、愛しそうに、にひひと笑ってくれた事。
「特別って事ですね。ふふっ。ドミノさん頼もしぃ!」
と言ってくれたからだ。
――
よし、今だ!今、渡さなくていつ渡す!!
俺は、夜海サンにプレゼントを持ってきていたのだ。
「あ、そうだ夜海サン!今日、プレゼント持って来たんです」
俺は、地面に置いてるカバンをガサゴソと触り、プレゼントを探す。
ちょっと、スマートじゃないよなーと自己反省する。
「あら、なんですか?ドミノさん。いっつも言ってますけど、無理しちゃ駄目ですよー。自分の為に使って下さいね。」
「無理なんてしてませんよ全然。俺、夜海サンが喜ぶ顔想像するとマジで頑張れるんです!」
俺はカバンの奥底から、綺麗な赤いリボンでラッピングされた、小さな白い箱を取り出して夜海サンに渡した。
「わーーー可愛い箱ー!!!一体何が入ってるんですかっ?」
嬉しそうにニヤついて、箱の中身を当てようとしてくる夜海サン。
「どうぞ開けちゃって下さい!」
自分で確かめて、と笑う俺。
「ではでは、失礼します…………もしかして、爆弾じゃないよね!?」
ジョークを挟んできた。
「二人共死んじゃいますよ」
俺は、何処にでもありそうなジョークを、大切に受け取る。
「クックック。私はもう死んでるから大丈夫です!」
夜海サンがマッドサイエンティストみたいな声真似をした。
「夜海サン、早く開けましょうよ!」
この人は、脱線すると凄く長くなる時がある。早く中身を見て欲しい!
「はいはーい。じゃあ今度こそ!」
夜海サンは、赤いリボンを両手の人差し指と親指で丁寧に挟み、ほどこうとする。
その時だった――
突然、夜海サンの指先が透け出した……
さっきのジョークの続きか?
違う……だって、この表情……
夜海サンは必死に笑いながらも、今にも泣きだしそうな表情だった。
「えへへー……ごめんなさい。たまに気持ちが高まると、こうなっちゃうんです。
私ってやっぱり幽霊なんですよね……あはは」
「貸してください」
俺は真剣な表情で言い、夜海サンからプレゼントの箱を受け取った。
夜海サンは、叶わないモノを見る様な目をした。
俺は言った。
「困った時はなんでも手伝いますから任せて下さい。なんせ夜海サンは俺の……
特別なんですから」
夜海サンは唇噛み締めて、こくりと頷いた。
俺は自分の指を、夜海サンの代わりの指であるかのようにして、丁寧にリボンをほどいた。
そして、白無垢になったプレゼントの箱を、ポンッと掌に置いてあげた。
夜海サンは、少しまつ毛を濡らしているが、とってもいい笑顔に戻った。
――
夜海サンは、ちょっと詰めてという風に俺の隣に座り、テーブルにプレゼントの箱を置く。
中身を知ってる俺に、まだ見ちゃダメだよ?と隠しながら、そろっと蓋を持ち上げる……
――!!!
「えーーーー可愛いーーーー!!!」
手で口を押さえて、興奮する夜海サン。
俺がプレゼントしたのは、綺麗なガラス作りの動物のミニチュア細工だ。
散々探し回って色々考えた挙句、なんでこれにしたかと言うと、
答えはとても簡単で、なんだか夜海サンみたいだったからだ。
透明だけど、とても綺麗で楽しそうに笑ってる所がそっくりだ。
「どうですか?ちょっと子供っぽかったですかねー?」
俺は頭を掻きながら言う。
「いいえ!ドミノさん天才です!私、これホンットに大好き!!」
夜海サンは瞳をキラキラさせ、ガッツポーズしている。
「じゃあ、よかった」
はしゃぐ姿……かわいいな。
「やあ君、君が新しい飼い主かな?はい、そうです!夜海です!よろしくお願いします!よかろう、大切にしてくれたまえ」
夜海さんはテーブル上で、ガラスの動物達と、さも楽しそうに一人芝居を始める。
俺は間の抜けた顔で、その光景を眺める。
あまりに可愛すぎて、つい見惚れてしまっていた。
夜海サンが肩をくっつけて、俺の目を覗き込んだ。
「素敵なプレゼントありがとうございます、ドミノさん!」
……
帰宅直前――
「今日もありがとうございました、ドミノさん」
いつの間にか、ご主人様ってワードで無くなってる。
「楽しかったですホントに」
俺は、あっさりと返したが、本当はちょっと名残り惜しい。
「あらら?私と離れるのちょっと嫌そうですね?ふふ」
夜海サンは悪戯気っぽく言った。
見抜かれてたか……
「そりゃ……まぁ」
曖昧な返事だ。でもこれが俺だ。
「ふふふ、可愛いドミノさん」
最後まで、最高の笑顔見してくれんだもん……
「じゃあ、また来ます」
俺は、店を出ようとした。
その時――
俺の背中を小さな拳がコツンと小突いた。
俺は振り返る。
夜海サンが、どう頑張っても優しいだけの細い指を丸めて、拳を作っている。
そして、こう言った。
「ドミノさんをバカにする人、私がやっつけちゃいますから。私ってつよいんですよ?うふふふ」
俺は思わず笑みが零れた。
「確かに……」
笑い合って見つめ合う、俺達のこの瞬間の確かな幸せを肯定してくれるように、
テーブルの上の、透明なミニチュア細工達も、きらりと笑っていた……




