幽明 灯 都市霊媒 ――オロロク館の肝試し――
メイド喫茶プリズムフィーユ、昼下がり――
「知ってるアカリちゃん?最近この辺で話題の(オロロク館)って都市伝説」
すばるさんは、ソファーに深く腰を掛けて、パソコンを触りながら言う。
「またですか!?電気街、都市伝説多過ぎでしょ!?もはや、呪われた街って呼ばれた方が良いんじゃないですか?」
私もパソコンで異形霊媒関連の受注書を作成している。
超常現象と対峙する仕事なのに、なんと事務作業が多い事だ。
「ホントそうね。でも、これは結構昔からこの辺で有名な都市伝説みたいよ。知る人ぞ知るみたいな」
この辺って言ったら、"タブーな話"なら幾つか知ってるけど、そんな奇妙な響きの都市伝説は聞いた事がないな。
すばるさんは、私が知らなかった事に得意げになり、見せびらかすように絹のように滑らかな茶髪をかき上げた。
全く刑事にしておくには勿体ない美貌だ。ファッション雑誌の表紙にでもいそうな風浪なのに。
「で、どんな内容なんですか。そのオロロク館の都市伝説ってのは」
これが、始まりだった……
後から振り返れば、"私達は"関わるべき話では無かったと後悔してる。
すばるさんは、急に真剣な表情になる。
「最近ね、早朝に電気街の通りで、マネキンが落ちている事が時々あるんだけどね……」
おっと……
「その時点でちょっと不穏ですね……普通マネキンは、通りに落ちて無いですもん」
私は寒気がして、パッと振り返った。
しかし、そこには誰もいない。背後は壁と窓ガラスだけだから……
不意に窓ガラスの鏡面部分に映った、蒼い髪で色白な自分に少しドキッとした。
コンタクトに変えてから他人に見える。
「ちょっとやめてよ怖いなー」
すばるさんがキョロキョロと店内を見渡す。
皺ひとつ無いスーツを着込んだ大人がそうすると、ちょっと滑稽だ。
店内には今、私の異形霊媒仲間の「シェアプリズム」のメンバーの一人である、クオリアちゃんしかいない。
クオリアちゃんは、このメイド喫茶でも働いてるのだ。
「いや、確かに視線を感じた気がして……」
私とすばるさんは、声を静めて話す。
「で、続きなんだけど、電気街中央通り付近にマネキンを取り扱う老舗があってね、
そこは今、先代のお孫さんの女性が経営してるらしいんだけど、どうやらそこから盗まれて悪戯されてるらしいの。交番の警察曰く、いつもその女性が笑顔で引き取ってくれるんだって」
「なんだ悪戯ですか……そうでなくても、勝手に動いたとか、よくありそうな怪談ですね」
クオリアちゃんが、ちらっとこちらを見ていたのでウインクしてあげた。
凄く恥ずかしそうに、トレイで顔を隠すのが可愛い。
私は何故かあの子にとても好かれているのだ。
「ここまでならね、問題はここからよ」
すばるさんは、アイスティーをゴクッと飲み、パソコンを閉じた。
焦げ茶色の瞳で、じっと私を見据える。
「最近ね、深夜の電気街にもおかしな事があるの。深夜だれもいない場所で、いきなり吐き気がする程の激臭が漂い出す時があるらしくて、なんともこの世の匂いじゃ無いような、邪悪な匂いらしいわ」
私は暑くなり、パーカーのジップを降ろした。
きっと、砕いたダイヤみたいな私の魔の瞳は、すばるさんを食い入るように見つめてるのだろう。
「で、その臭いがした後は、決まって目の前に、肌色のゴム製の、"人の背丈程の膜"みたいなのが出て来るらしいの」
「……さっきの訂正します。明らかに普通じゃ無いですね」
私はまた寒気がし、窓の外を見た。
何一つ問題は無い。通りは大勢の人で賑わっているだけだ。
「そうそう、でもここからがさらに問題なのよ。その膜から何かが出てこようとするらしいの。それが一体全体よくわからない感じのシルエットらしくて、背の大きい怪人だったとか、腕が四本ある女の子だったとか、頭が大きな何かだったとか、外に出してと叫んでる人だったとかね……」
「正体不明って事ですか……膜も膜から出ようとする存在も」
私は、気配を辿るように周囲を見渡す。
「幽明さん!!!」
急に肩を叩かれた。
「幽明さん。よかったら……その……、今日クッキーを焼いてきたので、お二人で食べて下さい。お料理は下手っぴなので美味しいかは保障できませんが」
クオリアちゃんは、前髪の隙間から、ジトーとした綺麗なグリーンの瞳を覗かせて、照れくさそうに言った。
「なんだクオリアちゃんか……はぁ、ビックリした……うん、ありがと!頂くね。凄い美味しそうじゃん」
クオリアちゃんは、人形みたいな小さな顔でニコっと笑い会釈する。
「私にもくれるのー?お姉さんうれちー」
すばるさんは、私の手からクッキーをひょいっと取り、躊躇無くパクっと口に放り込む。
クオリアちゃんは、ではまた、と言う風に上品に手を振って、嬉しそうに店の奥に駆けて言った。
夕焼けみたいなグラデーションの長い髪が揺れている。神秘的な子だ……
「で、そのマネキンと膜は、オロロク館の都市伝説に関係があるんですか?」
私も、クッキーをパキッと割り、口の中に放り込む。
一生懸命人の手で作った味がするな……美味しい。
「それがあるのよ。そのオロロク館てのは、電気街から見える近くの小山にある館でね、絶対に行ってはいけないって言われてる場所なの。
噂ではね、オロロク館周辺には、不可解で儀式めいた物が沢山あったり、館の中には、沢山の不気味なマネキンがあるらしいの。そして、そこに肝試しをした人はね、鼻がおかしくなったり、幻覚を見だすようになっちゃうんだって、その幻覚の症状の中に、正体不明の肌色の膜が見えるってのが一番多いらしいわ。完全に今、電気街で起きてる現象と一致するわ」
すばるさんの瞳は鋭く、まるでこんな奇妙な都市伝説を褒めるように喋っている。
ある意味、この人も狂気だ。
「確実に全部繋がってますね」
私は、アイスティーのグラスに残った氷をかき混ぜながら言った。
「でしょ!?どう、灯ちゃん?」
すばるさんの目が嬉々と踊っている。
「どうってなんですか?」
私は腕組みして、クールで定評のある瞳で、その目を迎え撃つ。
「一緒に行ってみない?オロロク館」
この人、頭おかしいでしょ。
「遊園地みたいに言うじゃないですか」
ガクッと頭を下げる私。
クオリアちゃんは、何故か私達の近くで固まってる。
隠すそぶりも無く、話を聞いているようだ。
「私には分かるの!私と同じように灯ちゃんも、この都市伝説の真実を知りたくてホントはちょっと我慢できないでしょ?」
変な勧誘みたいだ。いや、変な勧誘だ。
「私を心霊中毒者みたいに言わないで下さい」
「ふふふ、面白い例えね。じゃあ行かないの?」
急にお預けモードに変えるのやめてくれません?
正直言えば私は、ほんの少しだが……行きたい。
私は、手を顔で覆い思案する。
「ホントにいいの?」
私の心を知ってるかのように、再度確認して来る。
「ちょっとだけなら……」
私はダメだ。欲に抗えない。
すばるさんの、ほらきたーみたいな顔が、やけに癇に障った。
「うんうん、ちょっと行ってさっと帰ろ。そんくらいなら呪われないって。ふふ」
すばるさんは、私をなだめるように笑う。
突然、透き通った声が割り込む。
「お二人で何処か行くんですか?」
クオリアちゃんは、まじまじと私の瞳を覗き込んでいる。
私は答えた。
「うん、まあね。ちょっと肝試しに」
って、レベルの場所じゃないけど、
「私も行きたいです」
唐突だな。
クオリアちゃんは、楽しそうですねと言う雰囲気では無い、とても真剣だ。
「ふぇ?」
私から変な声が出てしまった。
話、聞こえてたのかな?
でもそれじゃ行きたいなんて普通言わないし。
「おっ!クオリアちゃんも、肝試しとか好きなタイプだったの?いいじゃんいいじゃん。夢があるよね!アカリちゃん!連れてってあげようよ?」
ノリが羽より軽い。
「ちょっとすばるさん。クオリアちゃんまだ子供ですよ?私もそうだけど。いくらクオリアちゃんが魔術に精通しているからってちょっとモラル無さすぎでは?」
そうだ、正体不明の呪いがある場所に、わざわざこんな可愛らしい子を連れて行くなんて良くない。
「えー、だってアカリちゃんの妖魔どっか行っちゃったし、もしやばい異形とかと遭遇したら、あたし怖いもーん。クオリアちゃんさえいれば、バケモノが出てきても魔術でズドドドーンってやっつけてくれそうじゃん」
ルオク……あいつは私を裏切ったんだ……
確かに、クオリアちゃんの評判を聞くに、護衛としては申し分ない。
でも、呪いってのはそんな単純なもんじゃないんだよな。
「はい。ズドドドーン可能です。お二人の事守らさせて頂きます!(キラ―ン)」
滅茶苦茶やる気満々じゃん。漫画みたいに目が光る子、初めて見た。
しかも結構な無表情で。
「んー……危ないよ、ホントに?」
まぁでも、外からちょっと覗くぐらいなら、そこまで問題は無いし。
クオリアちゃんと交流する良い機会だし。
一応私も、解呪に関しちゃ、人間で自分より上見た事無いレベルだし。
この業界で人間と比べても仕方ないけど。
「大丈夫です!慣れっこです」
慣れっこってなんだ……
「おっ頼もしいね!じゃあクオリアちゃんも参加決定!パチパチパチ!なんかアガってきたわー!!思い立ったが吉日よ、今日行きましょ!!?二人共!!」
この人、いつも急だな。
でも、こんな案件を先延ばしにするとモヤモヤするから早い方がいいけど。
「私は大丈夫ですよ。さっき言ってた、マネキン屋さんに聞き込みしてからが行きたいですけど」
正直、そのマネキン屋さんもかなり怪しいんだよな。
普通悪戯されたら怒るだろうに、笑顔で引きとるとか大分変だよね。
「私も大丈夫です。19時あがりなので、その後になってしまいますが」
バイトあがりですぐってキツくないか?
「OK!じゃークオリアちゃんのあがりまで、聞き込みしたりお買い物しましょアカリちゃん?クオリアちゃんに関しては、19時にこの店の前に車で迎えに行くわ。それで大丈夫?」
「いいですよ私は」
聞き込みとお買い物を一緒にする辺り、すばるさんだなぁ。
「はい、大丈夫です。では、私は19時に店の前でお待ちしております」
クオリアちゃんは、スタンダードな無表情の顔を、ちょっと微笑ませて言った。
体のスタイルから、指先、端正な顔まで、完璧に作られたお人形の様な子だ。
「決まりね。じゃあそゆことで私達はもう出るから、ついでにお会計お願い、可愛いメイドさん」
すばるさんは窓から外を見て、暑そうねーと呟きながら、クオリアちゃんとレジに向かった。
去り際、クオリアちゃんのメイド服のスカートに、可愛いクマのワッペンがふと見えて、私はなんとも言えない気持ちになった。
守ってあげないと。
電気街中央通り――
電気街の中央通りは、六車線もある大きな通りで、左右の歩道もかなり幅が広く、歩道の上には大きなひさしがかかり、それがずっと先まで続いてる。
その歩道に面して、沢山のこの街らしい店が並ぶ。
カードショップ、フィギュアショップ、ラーメンチェーン、コンビニ、家電屋、メイド喫茶、土産屋、古い無線機の店。
平日、祝日、時間問わず、様々な人達が賑わいを見せている。
「昼間は、のろいの、"の"の字もないのにねー」
すばるさんが、スーツを脱いで腕に持ち、暑そうに言った。
「まー、そう言うもんでしょ、条件的に陰の方が成立しやすいからじゃないですか?それか、昼間でも呪いはバンバン起きてるけど気づかないってパターンもあると思いますよ?」
私は周囲を見渡す。
ちらほら咳をしてる人がいる……
呪いって言葉は曖昧だよな。境界が不明だ。
例えば、ほぼ害の無いちょっとした風邪をひくにしても、誰かに恨まれたり、自分の悪い行いが帰ってきて、風邪をひくならそれも呪いなんじゃないか?
「アカリちゃんは見えるんでしょ呪い?結構ダイレクトに?」
すばるさんは、きっと最初出会った時の事を思い出したのだろう。
「見えますよ。そう言えばすばるさん、最初私と出会った時、呪い、かけられましたもんね、厄介な存在に」
私は、関係は無いけど手でルーン文字を描いてみた。
「あったわねそういう事、あれなんだったけ?」
もう忘れてるのかよ、元気な人だ。
「結構やばかったんですよ?すばるさん。だって、魔術に近い純粋な呪いでしたからねあれ」
しかも位の高い存在からの。
「あぁ、そうだったわね!思い出したわ!あの時はもうダメかと思ったけど、灯ちゃんが霊光纏ったお札を大量に召喚してくれて、私の呪い、あっさり解呪してくれたんだよね?あの光景、ホンット神秘的だったわー。あなたどっかの神様なんじゃないかと思ったぐらい」
急に私が愛しくなったように抱き着いてきた。
猫みたいに腕にスリスリしてる。
「暑いです、すばるさん」
ちょっといい匂いするじゃないか。
すばるさんは、私に顔をぐっと近付けて言う。
「私、あなたになら命懸けれるの。だからホントやばい時は言ってね?絶対どうにかするから……」
ドキドキするじゃないか。
「あー……あ、まー、ありがとうございます」
私の照れるような顔に、すばるさんは満足して、少し先を歩いた。
そしてもう、例のマネキン店は視界に入っている――
やけに静か過ぎる気配がする……
隠れて笑ってるみたいな……
鳥肌が立った。
電気街中央通り、老舗マネキン店――
私とすばるさんは、昼なんて知らないような、とても薄暗い店に足を踏み入れた。
店の奥はかなり深い。
なのに歩く幅はかなり狭い。
所狭しと、様々な形態や表情のマネキンが並んでいる。
中には、異形のような存在を模した物まである。
独特なお香の匂いがする。
「ひー不気味ねー……」
すばるさんの首筋には、汗粒がジワリと垂れている。
「人のマネキンって言うか……別の雰囲気がありますね……なんだろ?人なのに人じゃないみたいな」
私はいつの間にか、目の前の未知の感覚に夢中になって、マネキン達を人差し指で触りながら移動していた。
「わかるー。形は確かにそうなんだけど、表情とか質感とかが、全然そうって感じないのよね、マジ呪われそうだわ」
咽かえるような奇妙な空気の中では、すばるさんのお洒落女子の香水だけが現実感を与えてくれる。
その時だった――
私の人差し指が、バサッと何かに掴まれた。
玩具を掴むみたいにとても乱暴だった。
「うわあぁっ!!!!」
男の子みたいな悲鳴を上げる私。
「アカリちゃん!!!どうしたの!!?」
すばるさんは、密着するが如くさっと私に駆け寄り、私の顔の隣に自分の顔を置いた。
そして、二人して掴んで来た"何か"にじっと目を凝らす……
「いらっしゃいませ。可愛い指ですね」
女。
濃い眉。
高くて透き通り過ぎる声。
耳の中をベロっと容赦なく舐めて笑うような声。
底の無い泥沼のような瞳。
小さな鼻と口。
嫌らしく笑う、雰囲気に似合わない大きな口。
この人ヤバイ。
「あ、はい」
言葉を最小限に終わらす私。
早くこの店出なきゃ。
近寄らない方が良い類の存在だ。
こんなのが電気街に普通にいるなんて……
「こんにちは、お邪魔させて頂いてます。刑事の怪丘すばるです。ご挨拶が遅れました事、申し訳御座いません」
すばるさんは、まるで魔女に許しを乞うみたいに挨拶した。
「あら、刑事さん?それにしてはお綺麗な方ですね、ふふっ。たしかー……あなたみたいなお人形持っていたわ」
店主の女性は、自分の世界に入ったような顔になった。
そして、採寸するように、すばるさんに指を近付ける。
やけに汚い指。
足先から腰、腹を伝い胸、つーっと上げて、首、すべるように顔、目と口の間で、ゆらゆら指を揺らす。
すばるさんは、マネキンのように固まっている。
「すばるさん!!!!!」
私は、すばるさんの腕を掴み、入り口に向かって全力疾走で駆けた。
すばるさんは、え?と言う顔で、ただ走る。
私達は店を飛び出した。
今の何?
あの人、すばるさんの顔に手を突っ込もうとしてた――
絶対間違いじゃない。
あの女の気配、本気でそうしようとしてた……
「ちょっとアカリちゃん!急にどうしたの!?」
すばるさんは我に帰っている。
恐らく、さっきのは、何らかの魔術か、催眠だったのかもしれない。
「あれ、あそこ、絶対ダメです。もう関わっちゃダメです!!だってすばるさんもうちょっとで……」
私は鮮明なその場面が頭に浮かび、胃の中の物が一気に逆流してきた。
体から血が引き、歩道に膝をついた。
「落ち着いてアカリちゃん!!大丈夫だから!!私ちゃんとここにいるわよ!?アカリちゃんが助けてくれたんでしょ!?」
道端で、私をギュっと抱きかかえるすばるさん。
私達は、その場所から店内に振り返る。
私達と直線にマネキンが立っている。
そのマネキンは、すばるさんとてもよく似た、背が高く綺麗な茶髪のマネキンだ。
私達は、じっと目を凝らす。
すると……
あの女が、後ろからスーと顔を覗かた。
鳥肌が止まらない。
女は黒い舌をべーっと出す。
そして、そのマネキンの首筋をベロベロといやらしく、長い舌で舐めだした。
溶けるんじゃないかという程に。
薄暗い店内で、彼女の真っ赤なブラウスが、嬉々と踊る。
その後、急に激怒したような顔しながら、がしっとマネキンを首筋に噛みついた。
最後にこっちを見て、物凄く大きく口を開けて笑った。
「行きましょアカリちゃん!」
すばるさんは冷や汗でだらだらになりながらも、眩暈がする私を立たせその場から走り出した。
電気街外れの、住宅街にある公園――
すばるさんは、ベンチに座ってる私に水を買ってきてくれた。
「ありがとうございます……」
ほんの少し気分が落ち着いてきた、眩暈は治ったみたいだ。
「さっきの……ホントになんなのかしら?」
すばるさんが、ベンチの周りを落ち着かないように歩きながら言う。
「わからないです……あの女、色んな気配をごちゃ混ぜにしてカモフラージュしてました。まるで粘土で遊ぶみたいに……」
私は、水をゴクゴクと飲みすばるさんに渡した。
すばるさんは、「ありがとうと」同じく、勢いよく水を飲んだ。
公園は、照り付ける陽射しで妙に大人しい。
「あれって、どうにかできる類?」
さすが刑事だ。
あの光景を見て、まだ関わろうとしてる気持ちがあるんだから。
「現段階ではわかりません。私の解呪の魔術なら可能かもしれませんが、下手に手を出すと、私以外に何しだすかもわかりませんし、あの女の背後に何がいるかもまだわかりません」
「そうね……」
すばるさんは、あの女の背後の闇を想像しているんだろう。
「仮に、あのバケモノと対峙するとしても、オロロク館とあの女の関係性を探ってからの方がいいでしょう。もしくは本当にもう、この一件には触れない方が無難だと思います」
私はそう言いながら公園内を見渡す。
奴がついて来てないか不安になったのだ。その気配は無いのだが、不安が消えない。
家族連れが二、三組いる。幸せそうだ。
こんな場所の近くに、あのマネキン屋は絶対にあっていいモノでは無い。
「そうよね……」
すばるさんは、モデルみたいに長い足を、ベンチで贅沢に組み苦悶の表情を見せた。
「……」
しかし……
ほっといていいのか?
私の心に、勝手に罪悪感が浮かぶ。
それに……
私の中で、オロロク館への興味が増してしまっている……
「でも……私達が触れてどうにかしなきゃ、誰かが触れちゃってどうにも出来ずに泣いちゃうんじゃないかって思うのよね……」
すばるさんは、正義の宿る眼で虚空を見上げた。
「そうなんですよね。後味が悪いって言うかなんというか……」
無知な人が、あれと出くわしたらどんな気持ちになるんだろう。
私達は、蜃気楼が立つ公園で、しばし沈黙した。
鳥が、快晴を歓喜して、何の不安も無く鳴いている。
私は、すばるさんの肩にもたれ掛かかる。
すばるさんは、私の頭をよしよしと撫でてくれた。
私達はたまに、言葉を介さずに、このスキンシップをする。
お互いの気持ちが落ち着く連携技だ。
「やっぱり、様子だけでも見に行きませんかオロロク館?あの女レベルの何かが出てきたら、即退散で」
私は、思い切って切り出した。
「そうね、私達逃げ足速いから大丈夫よ!」
そう言うすばるさんの瞳も、刑事のそれに完全に戻っていた。
すばるさんは、跳ねるように立ち上がる。
私達は顔を見合わせて笑い合う。
いつもの調子が二人に戻った。
「じゃあ決まりですね。とりあえず、ここは暑いんで移動しましょ。買い物行きたかったんでしょ、すばるさん?」
「そうね、ショッピングモールにでも行きましょうか。クオリアちゃんとの約束の時間まで、まだかなりあるものね」
私とすばるさんは、再び歩き出した。
先程の、鮮烈な赤い映像を頭に少し残しながら……
――
その後、私達はショッピングモールのフードコートで、軽くジャンクフードを食べ、
他愛無い都市伝説話に花を咲かせた。
私はこんなものを見た事があるよ?とお互い言い合い、ポテトなんかをつまんでは、ただただリラックスして駄弁っていた。
それに飽きたら、有名ブランドの店を点々と周り、これ似合う?似合わない?と姉妹のようなやりとりをして、褒め合っては満足するの繰り返し。
終いには歩き疲れたので、、大きなポップコーンとジュースを片手に映画館に入り、大迫力のSFアクションを見ながら、隅の席で二人揃って眠り込んだ。
「あんまりだったわね」
すばるさんが欠伸をしながら言う。
あんた寝てたでしょ、私もだけど。
「そうですね、ありきたりでした」
リアルな超常現象を相手とする私達からすれば、映画などは、どれも平凡に感じる。
「あと一時間ぐらいあるけど、もう行きましょっか?ドライブで暇潰しましょ?」
すばるさんは、スムージーの店に向かいながら言う。
「ええ、もうここ飽きましたし」
私達はスムージーを買い、空調のよく効いた涼しい車で、陽の沈む街をドライブした。
何の目的もなく、ただただ世話しなく行き交う人混みを背景に、ぼーっと他愛無い会話をする。
これも、私とすばるさんの暇潰し術。案外頭がスッキリし、リラックスする。
19時、メイド喫茶プリズムフィーユ前――
「お二人共、お待たせしました」
クオリアちゃんが、シックな黒のワンピースに着替え、車のウィンドウ越しで私達に手を振る。
私とすばるさんは、昼間のあの女と対比させ、あぁ天使ー……と口角を垂らした。
「どうぞ、乗っちゃって。コンビニで買っといたジュースとおにぎりあるから食べてね!」
すばるさんは、にこやかに後部座席を指差す。
クオリアちゃんは、細く白い体をペコリと屈ませ、車の中によいしょと乗り込んだ。
「それじゃあオロロク館へレッツゴー!」
すばるさんは、サイドブレーキを入れ替え、遠足みたいな雰囲気の狼煙声を上げた。
「レッツゴー!」
クオリアちゃんも、ライムグリーンの瞳をぱちくりとさせ、同じくそう言った。
街の中は、怪しげなオレンジ色に染まり、山まで着く頃にはきっと真っ暗闇になってるだろう。
オロロク館がある場所は、電気街から近い小規模な山の中腹らしい。
近くに自然公園があるので、そこの駐車場まで行き、そこから30分ぐらい歩けば辿り着くのだとか。
割と大森林の中に、ポツンと館が立っているので、案外見つけやすいとネットの掲示板には書いていた。
注意書きとして、オロロク館までの雑木林でも怪奇現象はかなり起こるから注意した方が良いらしい。
私は車の中で、クオリアちゃんに昼間の出来事を全て話した。
それを踏まえて、やっぱり行きたくないのであれば、今からでも断ってもいいよとも促した。
しかし、クオリアちゃんは、恐怖の感情と言うより、私達が無事だった事を喜んでくれ、平静な顔で私もこのままお供させて貰いますと言った。
私とすばるさんは、この小さな女の子の反応が不思議でしかなかった。
まるで私達の事を自分が守らなきゃという確固たる意志の表情をしているのだ。
そんな顔をしながら、おにぎりをムシャムシャと食べるものだから、すばるさんが少し笑ってしまうぐらいだった。
自然公園の駐車場、鬱蒼とした大森林の中――
すばるさんは、自然公園の駐車場に車を停車させ、車のグローブボックスから、ライトを二つ取り出した。
私が自分のライトを取り出して見せると、そのライトの一つをクオリアちゃんに渡した。
そして、正面を見て少し固まった後「さぁ、行きましょうか」と言い、車を降りだした。
ライトが無ければ何も見えない、暗黒地帯。
不穏で静かな風が流れ、巨大な魔人のような木々の枝が意味ありげに揺れている。
私達がライトで照らす場所のみが、局地的に眩しく姿を表す。
私達は、それぞれライトをまばらに照らし、辺り一帯を観察する様に見渡す。
「なんだか、空気が重いわね……」
すばるさんが、囁くように言う。
「えぇ、ほんの少し魔圧を感じます」
クオリアちゃんがそう言った。
確かに、そう遠く無い距離から嫌な気配を感じる。
その嫌な気配に、森自体も気づかれないようにしてるみたいだ。
クオリアちゃんは続ける。
「恐らくですが、この微細な魔圧を辿れば、オロロク館へ辿りつけますね」
そう言う、クオリアちゃんにの瞳は、エメラルドみたいに光り、ライトで照らしてない場所さえ見えている感じだった。
「じゃあ、あなたについてくわ。ほらこれ」
すばるさんは、手元の地図と方位磁石をライトで照らす。
方位磁石は、狂いながらまるで逃げ回るみたいに、ぐるぐると回り続けている。
それを見た、クオリアちゃんは音も無く頷いた。
私達は、静かに静かに前に進む。
この森の闇、奥深くにいる、様々な存在達に、気取られぬように。
声が聞こえてくる。
不安で喚くような鳥の鳴き声、大きな動物の飢えた声、生きていない存在達の声。
何も聞こえないと言う風に、私達は脇目も振らず前へ進む。
ふと、すばるさんが言った。
「待って」
私達は視線をすばるさんに向ける。
「これ見て……」
すばるさんはライトを揺さぶった。
それは……
木に吊り下がった大きな抜け殻だった。とても大きな抜け殻。
哺乳類のような形の抜け殻。
この世界に存在しない生物のモノだろう。
臭いがここまで来るほどキツい。
「なんだこれ……」
私は目を凝らし近寄る。
「ダメです。異界の細菌があるかもしれません。それにこの本体の主や、
これをここに吊り下げた存在が近くにいるかもしれませんよ?」
クオリアちゃんは、強い力で私の腕を掴んで止めた。
「そうだよね、ごめん……」
私は少し謝った。
私達は、正体不明の不気味なそれを背後に、先を急いだ……
それから、先の見えない暗闇を十分ほど歩いた。
位置感覚や時間間隔が狂ってきている。
辛うじて、他の二人の体温や吐息で、正気を保てている。
その時だった――
急に、木々が小さく見えてきた……
「ストップです。皆さん帰りましょう」
クオリアちゃんの声は唐突だった。
私とすばるさんは、クオリアちゃんが視線を向けている方向を一斉に見た。
そこには……
マネキンマネキンマネキンマネキン、大量のマネキンが、地面に突き刺さってる。
綺麗に等間隔に、全く自分達も木であるかのように。
綺麗な奴もあれば、大分古い個体もある。人や動物、異形、様々な形だ。
何かにかじられたような跡があるやつが多い。
一面がそんな景色なので、シュールな悪夢でも見ている様だ。
私とすばるさんが呆気にとられていると、クオリアちゃんが続けた。
「これらから、酷く醜悪な存在の名残りを感じます。間違いなく関わるべきではないでしょう。少し先に行った場所には、その気配がとても濃い地点があります。恐らくそれがオロロク館なのだと思います。とにかくNOです。選択はありません」
クオリアちゃんの鋭い眼つきに、私とすばるさんは我に帰った。
「やっぱりやめといたほうがいいわね、アカリちゃん?」
諦めの温度を秘めた声だ。
「そうですね。流石にちょっとまず過ぎるかもしれませんね、この先へ進むのは……」
私もそう言い、満場一致で踵を返そうとした……
その瞬間――
私達の背後に何かがあった。
かなり大きい気配。
勢いよくライトを照らす。
大きな風船?
違う。
膜だ。
肌色の大きな膜。
巨人みたいなサイズだ。
いつの間にか出現した、見上げる程に大きいそれは、私達が引き返す場所を完全に奪い立ちはだかる。
そして、その膜の中で、大きく黒い何かが動いた。
女性に見える……が、歪なシルエット。
「この感じ……マネキン屋の、あの女と同じです!!!!!」
私は叫んだ。
同時に、膜の中から森が震える程の、いやらしい呻き声が聞こえた。
「ど、ど、どうするの!」
すばるさんは、かなり焦ってる。
「退路を塞がれましたね……なんて病的な気配ですか、あの膜……」
クオリアちゃんキョロキョロと周りを見渡して、逃げの作戦を思案している。
「前に進みましょう、一旦この場から離れるべきです」
私は二人に言った。
個人的には、何よりあの女がやばいと私は踏んでる。
それなのに、巨大なあの女が出てきてしまうのは……もう……想像すら出来ない。
「ですね、何処へ行こうとも、今のここよりかはマシです」
クオリアちゃんは言った次の瞬間には、もう走り出していた。
私とすばるさんも、通り過ぎる木々が揺れる程に、何も考えず猛ダッシュした。
私達は枝で肌が切れても、脇目など一切振らず、ゼーゼーと荒息を立てながら、マネキンの雑木林を振り切って、なんとか開けた地へ出た。
オロロク館、敷地内――
「はぁはぁはぁ……ここが」
私は、目の前に現れた古めかしい館を見た。
「オロロク館ね……」
すばるさんも息を切らしながら、睨むような声で言った。
「魔窟……のような……雰囲気ですね……」
クオリアちゃんは、鮮やかなグラデーションの髪を山風に揺らし囁いた。
――
近くで見るオロロク館は意外に小さかった。
一階建ての低い円形の館。
住居と言うよりは、大きなモニュメントのようだ。
私達三人は、オロロク館に近寄る。
正面入り口の前に、二体銅像がある。
それは四つん這いの形をしていて、両方が人間の下半身のような形。
しかし、地面を掴むのはしっかりとした四つの手。
なんともシュールで気味の悪い銅像だ。
一体何を行っている場所なんだ……?
すばるさんと、クオリアちゃんも、その銅像に生理的嫌悪を浮かべている。
落ち着く間も無く、後方からあの巨大な膜が接近する音がドシドシとこの場所に響いてる。
私達三人は、オロロク館に吸い寄せられるように、正面入り口の前に立った。
「この先に答えがあるかも……」
私は、そう言いながら扉に手をかけて二人を見た。
二人はうんと頷く。
私達三人全員が、ここには絶対に立ち入ってはいけないと頭で理解してるのに、誰もそれを拒めない……
私はゆっくりと、オロロク館の扉を解放した――
扉の解放と共に、淀んだ魔圧が外に噴き出した。
オロロク館――
想像してた通りだ、ここは住居では無い。
何かを行う場だ、恐らくは魔術の儀式か何かかもしれない、そういう作りだ。
中央に玉座があり、それを取り囲むように、ボロボロになったマネキンや、山でみた脱皮が所狭しと置いてある。
とても暗くて、不衛生な場所。
なのに玉座だけは、新品みたいに綺麗だ。
「かなり酷いわね、肝試しってレベルの場所じゃないわ」
すばるさんはハンカチで鼻をつまみ言う。
「よく今まで壊されませんでしたね……いや、壊せなかったのか……」
私は、ライトで全体を隈なく照らす。
「潰した方が良いですね、間違いなく」
クオリアちゃんはボソッと呟いた。
私は奥の壁に、ある物を発見した。
意味ありげに置かれている。
絵画だ……
「あれ、見て下さい」
私は指を差した。
「この館唯一のお洒落かしら」
すばるさん、この場でジョークを言えるのすごい。
「みなさん、足元に気をつけて下さい、決してあの抜け殻には近寄らないように」
クオリアちゃんは念を押す。
私達は三人は絵画の前に立ち、そっと覗き込んだ……
すばるさんと私は固まる。
「不気味な女性ですね……」
クオリアちゃんが言う。
絵は二人の人物が描かれていた。
一人は、顔の塗りつぶされた人。
もう一人は、写実のようにリアルに描かれた女性。
「あの女ね」
すばるさんが、茫然としたように言う。
「はい。今日見たそのまんまです。服まで同じです」
私は、昼の出来事を想いだして気分が悪くなり少し俯いた。
再度絵を見る。
……
少し口角が上がった気がした……
「これは依代の類かもしれませんね、恐らくはこのオロロク館全体が、忌まわしき魔法陣のような物だと思います。館自体が呪いなのです。破壊しましょう、私が潰します」
外からは、大きな音がドスドスと近寄ってきている。
「潰して大丈夫なの?」
すばるさんが不安そうに言った。
「……」
私は判断がつかなかった。
この場所は、恐らくただの呪いだ。なので無い方が絶対良いのだが、潰して起こる影響がどうも計れなかったのだ。
「人やその他の存在に害を成すだけ場所です。迷うまでもありません」
クオリアちゃんの瞳には、一切の曇りが無かった。
「アカリちゃん……」
すばるさんが判断を仰ぐように私を見た。
「とにかく出ましょうか……この中の気配、毒みたいなものですから」
答えを出せぬまま、私は二人に外に出るように促した。
「でも、外にはあの膜がいるんじゃ……」
すばるさんは、かなり怖気づいている。
「……」
どうすればいいんだ……
私は、全てまとめて解呪してもいいのか?
いいんだろう。ここで終わるよりか遙にマシだ。
でも……何か"とても大事"な事を忘れている気がする。
それが無意識に、ここの解呪を拒んでいる。
「もしかすると、この場全体を破壊する事で、一切の呪いが消滅するかもしれません、あの不快な膜も例外なく」
クオリアちゃんは、すぐにでも行動に移したいようだ。
確かにそうなんだ……私の考え過ぎなのか?
「クオリアちゃん、ここ破壊できるの?」
私は目の前で、クオリアちゃんの魔術を見た事がない。
「容易です」
クオリアちゃんはそう言いながら、次の瞬間には空間から、賢者の杖のような物を出現させた。
先端の荘厳な宝玉を見ただけでも、その言葉は嘘では無いと分かる。
クオリアちゃんの破壊に任せるか……私の曖昧な不安より、目の前の杖の説得力が勝った。
「すばるさん、ここにいてもジリ貧になるだけです」
私はそう選択した。
「そうね……」
すばるさんの様子が少しおかしくなってる、この邪悪な魔圧のせいだ。
一刻も早く出ないと。
判断が一致した私達は三人は、一斉にオロロク館から飛び出た。
既に敷地内には、あの巨大な肌色の膜が入って来ていた。
膜の裏の黒い物体は、とても激しく動いている。
敗れる寸前だ。
巨大なベロか何かで突き破ろうとしている。
「クオリアちゃん!!!」
私はクオリアちゃんに、早く魔術を!と言う。
「お二人は、なるべくここから離れていて下さい!!」
クオリアちゃんが、髪をなびかせながら走り出した。
「一体なんなのよあれ……」
すばるさんが後退りながら言う。私はその腕を掴んで、膜とクオリアちゃんとは別方向の敷地内に駆け抜けた。
クオリアちゃんは、走りながら呪文を詠唱している。
「我が内なる焔よ……」
肌色の膜がぎゅっと伸び、クオリアちゃんを掴もうとする。
クオリアちゃんは、飛び跳ねそれを避ける。
「遥かなる時を越え、古の魔炎と響き合え……」
次は口だけがギュっと伸び、思いっきり噛みつこうとする。
しかし、クオリアちゃんはアクロバティックに背後に宙返りし、ギリギリで飛びのく。
「そして、この場に未だ見ぬ火種を顕現せよ……」
膜はイラついた様に、極限まで引き伸び、透けて見える巨大な目玉で、
クオリアちゃんを睨みつけた。
「アンカーニフィーユッ!!!!!」
クオリアちゃんは、その目玉にふと笑った。
次の瞬間――
クオリアちゃんの杖の宝玉から、様々な原色の炎が、尋常じゃない速度でドロドロと輝き放出され、それぞれが融合し合い激しく旋回し出した。
炎たちは融合していく程、無垢白な炎に変わり、膨大な熱量で敷地内の上空を埋め尽くした。
膜は、計り知れないエネルギーに後退りし、そのまま後ろ向きに盛大に倒れた。
「これで終わりです!!!!!!」
クオリアちゃんがそう叫ぶと、その無垢白な炎は、大きな螺旋状となり上空へ伸び、オロロク館や、巨大な肌色の膜に無尽蔵に降り注がれた。
その衝撃たるや、星の怒りの様だった。
クオリアちゃんと離れた私達以外、敷地内はほぼ壊滅状態になった。
そして追い込みをかけるように、クオリアちゃんは無垢白な炎を、巨大なツルギの様に変え、オロロク館に向かい荒々しく薙ぎ払っては叩きつけた。
まるで、神社の御幣のようにも見えた。
クオリアちゃんはとうとう、完膚なきまでオロロク館を壊滅させた――
気がつけば、あの膜も完全に消え去っていた……
それに伴い、この近辺に漂っていた、邪悪な魔圧は一斉に気配を消した。
「クオリアちゃんやるじゃない!!!」
すばるさんが歓喜の絶叫を上げ、クオリアちゃんに駆け寄り、崩壊したオロロク館を見て満足そうにしている。
照れくさそうに笑うクオリアちゃん。
「ホント流石だったよ!!!滅茶苦茶かっこよかった!!!」
私は、彼女をとても愛しいと抱き締めながらライムグリーンの瞳を見つめる。
クオリアちゃんは、ドキッとしたように虹彩を開き、私の瞳に魅入ってこう言った。
「あなたが、私に大切なモノをくれたから、あなたの為ならいくらだって頑張れます」
「え?」
私は、多幸感に溢れて微笑むクオリアちゃんを見て、身に覚えの無いその言葉を自問した。
「これで終わったのかな……」
すばるさんは、白い炎で揺れるオロロク館を眺めている。
「恐らく、すべて解呪されたかと……忌まわしい気配が、幽かにも感じられません……」
クオリアちゃんも、揺らめく炎を瞳に宿して言った。
これで終わりか……案外あっさりだったな……
「じゃあ、帰ろっか?」
すばるさんが言う。
「そうですね」
私は、もう何も考えないでおこうと、さっと帰路の方に足を向けた。
その後私達は、来た道を淡々と戻り、視界に入るマネキンや、木にかかる脱皮を横目にしながらも全く無関心で一切動じず車の場所へと戻り、そのまま下山した。
数日後――
メイド喫茶プリズムフィーユ――
私はすばるさんと二人で話している。私が窓際で、すばるさんが向かい側。
今日もクオリアちゃんは、可憐なメイド服をきて、真面目にせっせと働いている。
「でさー、あれからね、もうマネキンが朝に出没する事は無くなったみたいよ?
それに、あのお店、閉店したんだって。私も、恐る恐る遠目から見てみたんだけど、やっぱりシャッター降りてたわ」
すばるさんは、気楽な世間話のように語る。
そうか……
あの店消えたんだ……良かった。
「へー、解呪の影響ですかねー」
私は窓の外を見た。
いつも通り、賑わいのある電気街だ。
「でも、一体なんだったのかしらね?あの店も、あの女も、マネキンも、膜も、オロロク館も、あと脱皮も!」
すばるさんは、指折りしながら少しハテナを浮かべて喋る。
「さぁ……ああいうのは理屈で説明できない部分がありますからね」
全部終わったんだ。
考える必要も、もうないだろう。
……と思いたかったのだが、一つだけ気がかりな事がある。
それは……
"オロロク館"という名前だ。
私達は、ネットの情報や、先入観からそう呼んでいたのだけれど、それはもしかしたら間違いの可能性があると思っている。
私は、オロロク館に到着したあの時、不意に石碑が目に入ったのだ。
その石碑には、"オ"と最後の"ク"だけが残っており、間の二文字が抜け落ちていた。
恐らく、私と同じくあの石碑を見た人間が、ネットなどに空白の四角を二つ書き込んで、それが誤って伝わったのだろうと思う。
オ〇〇ク、私はその言葉を考えた。
異形霊媒探偵をするうえで、タブー案件のワードと言うモノがあり、その中に、それによく似た文字を見た事がある。
私は、その文字の存在からなる怪現象を興味本位で調べた。
それを軽く読んだ次の瞬間にはショックで卒倒し、三日三晩吐き気をもよおしたのだ……
だから願っている。
どうか私の思い違いであってくれよと。
そうでなければ……
それはとても……
店の奥で、クオリアちゃんが微笑んでる。
ホント可愛いな。
今度、デート誘ってみようかな。
そんな気持ちが伝わったのか、こちらに近寄って来た。
私達は見つめ合う。至福の瞬間だ。
そして――
クオリアちゃんは目の前でピタッと止まった。
私は愛しい目で彼女を見る。
クオリアちゃんも同じく。
しかし、次の瞬間。
私の背後の窓を見て、物凄く険しい顔をした。
怖い。
振り返るのが怖い。
寒気がする。
私はすばるさんを見た。
窓を見ている。
目が笑って無い。
鳥肌が止まらない。
怖い。
振り返るのがとても怖い。
それでも、私は引っ張られるように、窓に振り返った。
……
なんだ……
何もないじゃないか。
何も問題は無い、賑わった大通り。
沢山の家族ずれや、カップルで溢れてる。
今日は平和な休日だ。
みんなお洒落してる。
お洒落……
そこには、尋常では無い程激しくスキップする真っ赤なブラウスの女がいた。




