パーフェクトブルーオーシャン
広大な砂浜が見える。
その砂浜と対になるのは、碧く透けた海。
私達が立つ草原の丘には、黄昏の風が刹那的に吹く。
隣にある灯台は、誰よりもこの過行く風の切なさを知っているみたいだ。
「ダーリン、良い景色ね?初めてのデートを思い出すわ」
ヒノは、ルビー色の髪を夕焼けに染めながら、海の遠くを見て言った。
「そうだね。初めてのデートは、こんな時何してたんだっけ?」
私は、とぼける。
私達は初めてのデートの時、こんな感じの景色の前で心行くまでキスをした。
あの記憶は死ぬまで消えないだろう。
今思えば、あの衝動は偶然では無かったのかもしれない……
「知ってるくせにー。うふふっ」
ヒノが、トワイライトに染まる地平線から、私に目を向けた。
柔らかそうな唇をにっと微笑ませ、髪と同じくルビー色の瞳を、ビー玉みたいに澄ましている。
「何にもしらないよ?」
私は、その愛しい頬に手を伸ばした。
潮風で冷えた、私の白く細い指が、彼女の体温で蘇る。
私達は生きているんだと、指から伝わる愛と言う感覚がはっきりと教えてくれる。
ヒノの手が、私の無垢白の髪をそっと、私の耳にかける。
それを見て恥ずかしがるように、草花がさわさわと揺れた。
私とヒノに、今現在問題は何一つない。
これから私達どうする?という話になり、取敢えず初心に帰って、二人で旅行デートでもしようという話になったのだ。
そして今こうなった。
ヒノの指は悪戯気っぽくて、耳がくすぐったい。
「こしょばいよ……もうちょっと、手加減して」
私は、久しぶりに女の子っぽく、片頬を膨らました。
「あら?ちょっと弱くなったんじゃない?」
ヒノは、ぐっと瞳を近づけてそう言った。
「魔王を倒した私に、よく言えるね?じゃっこれはどう!」
私は、ヒノのシャツの下から、脇腹をダイレクトにくすぐった。
「きゃーーー!!!ダメダメダメよ。あたしこしょばいのホンット苦手なの!ダーリン、イジワルだわ!」
私の勝ちだ。
ヒノは、目を糸のように細くし笑い、大袈裟に動いた後、逃げ場として何故か私に抱き着いた。
先程まで、夕暮れの陽の匂いが鼻孔にあったのに、今はとても女の子な匂いで肺が一杯だ。
先ほどのヒノの柔らかなお腹の感触も指にまだ残っている。
少し、我慢できないかもしれない……
むしろ、私は彼女の思う壺の中にいるんじゃないか?
答え合わせをするように、私の頭の隣に合ったヒノの顔が真正面に来る。
相変わらず、抱き合う体はとてもぬくく、相手の柔らかさを感じ取れる。
「そろそろ限界なんじゃない?顔に書いてるわ。ふふふ」
やっぱり、そうだったか……
天然のようで、いつも計算高い。お兄さんが魔王になるまでもあるな。
「何処に書いてるのさ」
なけなしの意地っ張り。
ホントはもう、すごくキスがしたい。
「んーーー……唇に沢山書いてるわ」
そう言ってヒノは、人差し指で私の唇を、そっと撫でた。
沈もうとする陽は、流石に呆れている。
完璧に碧い海は、ザザーンと波の音を響かせ、寡黙に私達の行く末を見守ってくれている。
「唇に書いてるのはちょっと嫌かなぁ……どう、消えた?」
私は袖口で唇をすっと拭い、目を閉じながら、唇をツンと前に出した。
「ううん」
そう言うヒノの顔は、熱く甘い吐息が私の顔にかかるくらいに、もう近い。
顔も本気だ。
「消して」
そう言いながらも、私は既にヒノの唇に、私の唇を絡ませていた。
「ふぅん」
ヒノは、私と溶けるようなキスをしながら、恥ずかしそう答える。
私はどんな彼女も知っている。
ヒノは、どんな弱い私も知ってくれている。
出会ってから今までの、苦難や大切な想い出の数を確かめる様に、私達はキスに夢中になった。
私達の甘い匂いも、細い体も、過去の傷も、未来に生きる希望だって、今ここに溶け合っている。
これを、えっちな事だなんて言う人がいたら、きっと愛を知らないのだろう。
なんて、自己弁護しながらも私の口には、ヒノがさっき食べたお菓子の風味が、
渦巻いてる。
とてもヒノらしいなと、さらに愛しくなる。
私は一旦顔を離した。
「ヒノ上手だね」
少し品の無い言葉を言う私。
「もうっ、ダーリンのえっち」
訂正、ヒノは愛を知っているさ。そうでないと困る。
私は笑いながら、額と鼻をヒノのそれらとくっつけて言った。
「この後どうする?」
「ずっと一緒にいるわ」
えっへんと言う感じで、まん丸に瞳を見開いて言うヒノ。
「違くて、海行くか?旅館戻るか?って事だよ」
私は、少し冷静なトーンで言った。
ヒノはほんの少し不機嫌になり言った。
「ふーん……早く違うとこ行きたいんだー」
「うん、そうだね。もっとゆっくり出来る場所で、キスの続きしたいなって……」
私は、ほんの少し強く抱きしめた。
「あっそゆことね!賛成!」
……
……
二人して恥ずかしくなった。
「私達ちょっとあれだよね」
私は、苦笑いしながらヒノの耳元で言った。
「うん、あれだわ」
ヒノも私の耳元で囁く。
そう、私達はとてもあれなんだ。
お互いのあれを知るという事が、いわゆる、あれな事かもしれない。
その肝心なあれって言うのは……
あの海にでも聞いて欲しい。
きっと、無数の恋人の足跡を覚えているだろうから。




