世界の変化
無限に繋がる天の扉が開いてから、十日後程――
私は夜の静かな住宅街を自転車で漕いでいる。
月明かりや街灯が、頼もし気に照らしてくれているから怖くない。
以前は、こういう夜の散歩を一人でするのが好きだった。
今は仲間が増え、微妙に一人の時間が減り、なんとなくぶらぶらと過ごす機会がめっきり減った。
見慣れた近所の景色は安心する。
私の無垢白の髪を揺らす風さえ、見知った存在に感じる。
この場所に家を建てようと思った、お父さんとお母さんはセンスがいい。
どこまでいっても、静寂で、清潔で、人が住む白い箱が沢山並んだ無害の街。
私にはこの街が、幻想的な月明かりの街に、ずっと見えているのだ。
天の扉が開いてしまい、数えきれない程の異形が私達の世界に流れ込んだ時は、
一体どうなってしまうんだろうと恐怖で一杯だった。
シェアプリズムのメンバー達も大騒ぎだったし、連日のニュースだって、ひっきりなしに天の扉のニュースばかり流し、海外からの取材陣らしい人達も街も溢れかえる程の、類稀なる一大事だったのだ。
また、ニュース以外のエンタメ番組や、動画配信チャンネルも超常関連や異形一色に染まり、私達の世界の常識や興味は、簡単に変わってしまった。
ちなみに、シェアプリズムのメンバーは言い合いになるぐらい騒いでいたけれど、一旦セーブし切り替えて、私がフィジャナーク王を倒して、生きて帰って来た事に、尋常では無い程喜んでくれ、パーティーグッズで彩られた部屋で、大きなホールケーキを用意してくれ、盛大に祝ってくれた。
あの時は本当に、人生で一番嬉しかったかもしれない。
でもあの時、私が思ったのは、”あぁ、もう探す必要はないんだ”という気持ちだった。
今この瞬間は、物凄く満たされている。それなのに、また新しい問題や、幸せを目指して、苦しみながら繰り返すのは正直面倒くさいと感じたのだ。
恐らくは、復活したあの二人を見てからだろう。
彼女達は時を跨ぐほどの素晴らしい愛を持つが、それ故、時を跨ぐ程に苦しんでいるのだ。
私は、そんなヴァイタリティは無いと思う。でも、それは悪い意味でなく……
忘れられた暗がりの公園――
私は、自転車を漕ぐのに疲れ、歩道にある自販機で炭酸ジュースを買った。
欲しいジュースがあったのだが、そのボタンに虫が止まっていて買えなかった。
でも、それは仕方のない事と心が割り切り、「虫さんかわいいね」と一瞬思った自分に、ちょっと前より心の広がりを感じた。
私は、そのまま近くの公園に入る――
ブランコとシーソーとベンチ、至極シンプルで、私しかこの公園の存在をしらないんじゃないかって思える程だ。
今の世界じゃ幽霊公園も全然ありうる。
私は、プシューっと勢い良く飛び出るジュースに戸惑い、一人で笑う。
白くて細い指が、砂糖水でベタベタだ。
……後で洗おう。
私は、果実の風味と、爽やかなのどごしを堪能しながら、狭い公園を彷徨う様に歩き、また物思いに耽る。
確かに、異形関連のニュースで持ち切りなのだが、何処かみんな、もう受け入れている節がある。
初めは、世間のみんなして未曾有の事態に戸惑っていたが、あの異形達は全然攻撃してこないし、それどころか、以前からあった異形関連の事件がかなり減った傾向があるらしい。
一部では、見た事も無いレベルの異形が、ある地域で暴れ回っていた厄介な異形を、瞬く間に鎮圧する光景も見られているのだとか。
女神ゾアリア達の大聖堂に至っても、天の扉に反応する様に、異界から突如出現した超大型の異形を、大聖堂から現れた未知な何かが、一瞬で葬り、街を守った映像が世界に流れ、みんな暗黙の了解で、あの場のあれを受け入れている。
そこに参拝する人までいるのだとか……
要するに、私達の常識は物凄く変わり、超常が当たり前と言うかかなり濃い世界になったのだが、世界は前より、少し穏やかになっているのだ。
この展開は、流石の私でも驚きだ。
あ、でも、幽明曰く、異形霊媒の仕事は大盛況になったらしい、レベルの低い案件は減り、依頼で遭遇する異形は段違いに強力な相手らしいが。
それを腕まくりし、とても楽しそうにそう語っていた。
彼女は、スタンダードが変わった今を機に、異形霊媒探偵事務所の店を建てるらしい、私に「高校を卒業したらウチで働かない?」と誘ってくれた。
特に予定は無いし、それもいいかもしれない……
私もそろそろ実社会で変化していかないといけないしな。
変化と言うモノに抗える物は、世の中に何一つ無いのだろう。
あと、ルオクに関しては、幽明はブちぎれて探し回っている。
不謹慎かもしれないが私は、あいつがなんか好きだ。
視点を変えれば、かなり良い奴に思えるからだ。
悪い奴と言うより、悲しい奴に見える。
私達人間には想像出来ない何か背負って、ずっとずっと抜け出せずに、太古の昔から一人頑張っているような気がするんだ。
しかし今、私が考えなければならないのは、復活したあの二人の事だ。
リリス・パンクライヴと女神ゾアリア。
あの二人には、心から幸せであって欲しいという気持ちが、何故か自然に沸き上がる。
天の扉がほぼ無害な今、私自身、彼女達になんの恨みは無いし、むしろ目の前で
あんな溶ける程の熱愛見せられたら、女の子として応援したくなる。
それを抜きにしても、聞いた話だけで考えても、悪い存在なんかに到底見えない。
もっと、正直に言えば、あの二人とは他人とは思えない。
みんなにはおかしいと思われるから言ってないが、恐らく私の前世は、あのリリス・パンクライヴだろう。
偶に夢で見る存在と、見た目も声も全く同じなのだから。
小さい頃から心に勝手に浮かぶ声も全くおんなじ。
女神ゾアリアに関しても、もしかしたらヒノの前世なんじゃないかと思っている。
だって、あらゆるシーンで心当たりがあり過ぎる。
ダーリンの言い方ひとつだけで、彼女達二人にかなり強い縁を感じるし。
ここで問題なのは、じゃあ何故に、私達は同じ世界に同時に存在するのかと言う話になるけど、私が出した結論は、過去の私も現在の私も、同じ一つの線上を生きる私なのだ、どちらが本物と言う事は無く、どちらも本物でどちらも別人なのだ。
ややこしいが、結構自分では納得いってる。
もう一つ、これが私にとって一番重要な事だろう。
私の心に幼少期から浮かぶ、リリス・パンクライヴからなる、過去の私からの声だ。
――今度こそ、達成しろ――
この言葉だ。
一度は全てを手に入れたであろう、リリス・パンクライヴの私は、未来の私に一体何を願ったのだろう?
それさえ気づければ、彼女から私に転生したみたいな転生を、あと幾つかこなせば、ゴールに辿り着けるんじゃないかと思っている。
この無限の世界で、過去に色々あった私が、今こんなに幸せなのだから、きっともっと知らない幸せの境地があるのだと思う。
現段階の私的答えは、もう探さない事、掴まない事、願わない事、求めない事、そんな風なんじゃないかと思っている。
自分なりに色々調べた結果、やはり一番確信の持てる答えだ。
それは、ネガティブな話では無く、最高の終わりに繋がっていると思えるので、私はそこを目指そうと目標にしている、この変わってしまった新しい世界で。
達成できた時、この私の物語の終わりはきっと悪くは無いだろう。
それまで、目の前の仲間達と自由に楽しもう。
暗がりの公園で、散々一人で色んな事を考えた私は、頭の中がスッキリ整理され、
満足したので、自転車へと向かった。
私は、以前より伸びた肩まである無垢白の髪を耳にかけ、再び月明かりの街の中へと自転車を漕ぎ始めた。
……
「探偵事務所に就職かぁ……いいかもね」




