幽明 灯の都市霊媒 異界に喰われた街
あぁ、ヤバイ。呪われたなこれは。
私は人が消えて空っぽになった不穏な街で、足を引きずって歩いている。
呪いを受けた右目はジンジンと痛み、少し血の涙まで出ている。
ちょっとこの依頼、一人で受けるのは安易だったか……
先程追いかけて来た、象程の巨体の這いまわる爬虫類と、笑いながら発光する得体の知れない何かを警戒し、ファーストフード店に入った。
もはやこの街は、そんな異形だらけだ。
店の中は、何もいないみたいだ。
今、この閑静な住宅街広がる静かな街は、政府の緊急命令により立ち入り禁止区域となっている。
魔界のようになったこの区域には、私の様な異形霊媒師か、政府公認のエクソシストぐらいしかいない。
異形に関しては、わんさかいる。一体何処の世界の住人か分からない存在達ばかりだが。
私は誰もいないファーストフード店のトイレ内の鏡の前に立った。
両手で、ぐいっと右目瞼を開き、眼球を隅々まで確認する。
充血と言うレベルを超えて赤くなり、目の周辺が少しただれている。
(アカリサマ?大丈夫ですか?)
空間から声がする。
私の使役している妖魔ルオクだ。
「あぁ、このくらいならな。なんでもかんでも好奇心を持つもんじゃないよな」
この街に到着した時、道路の真ん中にあった、思わし気に蓋の開いた木箱に気をとらわれ、興味本位でそれに近付いて中を覗いてしまったのだ。
中には一瞬、古代文明のアーティファクトのようなモノが見えたのだが、次の瞬間には箱ごと消えた。
あっ、と思ったら、もう反射的に目を押さえていて、そこからジワジワと痛み出した。
(ボクが貰い受けましょうか、その呪い?)
「いや、いい。お前のやり方は痛いから。自分でやるよ」
私は自作のAIデバイスをポケットから出し、解呪アプリを開く。勿論、このアプリも自作だ。
私の能力は、デジタルの世界のデータをリアルな世界に現象として具現化できたりする。
虹彩認証のようにデバイスに目を近付ける。
デバイスは液晶からRGB色の様な細長い輝く光をいくつか出し、私の右目にそれを透過させていく。
一分程、呪いの解析が行われた後、アプリにその呪いの系統、解除率、必要な魔のエネルギーがパーセンテージで表示された。
「寄生タイプか、解呪特化型の私を宿主にしようとしてたのはちょっと哀れだな」
解除率100%、エネルギーはほぼいらないか……
(確かに、宿主にするならもっとカワイイ女の子を選びますもんね)
「これでも結構モテるんだよ?お前の目、寄生されてんじゃないの?」
私はルオクに半ギレで言い返し、デバイスの画面に表示された実行ボタンを押す。
そして、再びデバイスを右目前方にやると、極彩色の眩い光が繊維状に幾重にも重なり、シャリシャリと音を立てながら私の瞳に入っていった。
少し暖かくて気持ちいい。
(そうですね、もう少し胸の大きい人が好みな寄生体が入ったかも……)
「そこまで。それ以上はイラつきそう」
いつの間にか、解呪アプリの動作は終わっていた。
(アハハ。すごく気にしてたりします?)
「別に、どうでもいいよ。ずっと重いのなんて嫌だし。まだ呪いを背負う方がマシ」
私は右目を確認する。綺麗さっぱり呪いは消え、いつもの砕いたダイヤみたいな瞳に戻っている。
じーっと鏡を見てから、深海みたいな深い青の長髪をゴムでくくり、ポニーテールにした。
現れた白いうなじが、赤く点滅する照明にリズムよくビカビカと照らされ、吸血鬼に噛みつかれている様な気がした。
私は目線を腰に落とす。
そこには、ベルトに固定された短剣がある。
透けていて、青白い光を放つ短剣。
鞘も刃も脈打つように輝いている。
これは、以前のUFO案件の時、船内の宝物庫で手に入れた物だ。
正確には助手のドミノが手に入れた物なのだけれど。もう私のだ。
「なぁルオク、この剣ってどう扱ったら良いか分かるか?」
(ふーん……それは、以前アカリサマが持っていた女神の鍵と似たタイプですね。もう少し強力ですが。相手の望んだ終わりをもたらす剣です。使用される側と使用する側の、お互いの真の理解あっての話ですが。それ以外では、単に魔量で威力が変わるエネルギー剣ですね)
「へー詳しいじゃん。ドミノから貰った方が良いって何度も私に言ってたのはなんで?」
(そうですね……はは。その剣があれば、一々私が手伝わなくていいかな?って感じです)
「お前、使役魔としてどうなの」
私は一人で空間と喋っている。
(そもそも使役されるような存在じゃないんですってボクは)
「でも、使役されてるじゃん?」
(それは……暇潰しです)
「暇なら手伝えよ」
(……)
最後にもう一度、私は鏡の自分を色んな角度から観察した。
「なぁルオク。私コンタクトの方が可愛い?」
いつもは、なんでも見透かしている様な斜に構えた目の上に眼鏡が光っているのだが、今日はちょっと気分で外している。
最近、私の周りは弩級にカワイイ子ばかりなので、ちょっと劣等感なのだ。
(ボクはその方が好きですよ。眼鏡姿もアカリサマっぽくて好きでしたけど)
「給料2倍」
(一度も貰った事ありませんが)
「よし、行くか」
アーテマさんの紹介で契約した妖魔で、最初はちょっと頭おかしいっぽくて扱いずらいと思ってたけど、今は割と気に入ってる。
妖魔としてと言うより、喋り相手として。
私とルオクは少し似ている部分があるからだ。
みんな、ゲームの主人公みたいに自分の物語に熱中して生きているけれど、私達はどこか世界を俯瞰して視ているような気がする。
私は心の中でコイツを親友みたいに思った事が急に恥ずかしくなり、適当な空間にパンチした。
(危ないじゃないですか!急に何するんですか!?)
「あぁ、そこにいたんだ。はは」
(早く行きましょう。この区域は陽が暮れると面倒臭くなると思いますよ?)
「そだな」
――私達はファーストフード店を出た。
そして、もぬけの殻の街を立ち尽くす――
国道や、大きなスーパー、公園、コンビニ、何処を見ても静寂。
たまに、論外に暴れ回ってる異形がいるが。
私は世界にただ一人の人間のように、淡々とそんな街を歩いた。
駅に繋がる地下道に降りてみる。
もしかしたら、逃げ遅れた人が隠れているかもしれない。
しかし、地下トンネル内は薄暗い灯が点いているだけで他に変わった様相は見当たらない。
壁には、近隣に住む小学生達が描いたであろう、楽し気でカラフルな絵が、ずっと奥まで続いている。
まるで生きた生活がそこにあるようだ。
まるで生きた……
おかしい……
この絵達は、生の気配がリアル過ぎる……
次の瞬間――
トンネル内の電気が奥から順々に勢いよく消えだした。
「なんだ!!!」
それはまるで、強大な闇の舞台に強制的に飲み込まれるような感覚だった。
私はポケットから小型のライトを出し前方を照らす。
すると、一番最奥にマントを羽織った伯爵のような人型異形が現れた。
(アカリサマ……関わらない方が良いタイプですよ)
「わかってる」
しかし、マントの異形は軽く浮遊して、逃げる間が無いぐらいに素早く、こちらに飛んで来た。
「こんにちは、麗しきお嬢様。ワタクシの美術館へようこそ」
舞台のように、演技めいた声。
白い風船みたいな顔。
真っ白って訳では無い。
絵の具がポタポタと落ちて滲むように、濃い彩の斑文様が次々に浮かんでは変化している。
「あぁ招待ありがとう」
私は知っている。この手のタイプはノリを合わした方が良い。
それにしても奇抜な顔だ。イロドリの怪人とでも呼ぼうか。
「気品あるお嬢様だ。どれ、椅子を用意しろ」
イロドリの怪人がそう命じると、壁にあるサラリーマンのような絵が、苦しそうに動いて、椅子の絵まで向かった。
私は、その光景に顔をしかめる。
「すぐ帰るからいいよ」
私の声が仄暗いトンネルに小さく消える。
「まぁまぁ、せっかくなのでお話をしましょう。私も久しぶりの他の世界なので
話相手が欲しいのです」
「……少しだけなら」
(アカリサマ)
私の耳元でルオクが小声でささやく。
「いいから」
私はなだめるように返す。
「白銀の眼を持つ巫女様よ、貴殿にはこの世界の色がどう見えますか?」
怪人は足を組み余裕な雰囲気でそう言いながら、私と自分の足元に骨で出来た椅子を用意する。
そして、さぁどうぞとジェスチャーして私が座った後、自分も座りだした。
先程、椅子を取りに行かされたサラリーマンの絵は、椅子をすぐさま用意できなかった罰のように気球に張り付けられ飛んでいる。
「どう見えるも何も、私はこの世界に慣れてるから全くの普通だよ」
そうだ、可も不可もない。
「それは、色味の無い答えですねー……もう少し観察した方が良いのでは?」
退屈な答えだ、考え直した方が良いですよ?と言う風に喋る、イロドリの怪人。
「大きなお世話だね。じゃあ君は、私達のこの世界の色がどう見えるんだ?」
私は知っている。このタイプはフレンドリーに接されるのと、質問されるのが好きだ。
「よくぞ聞いてくれました!私がこの世界に訪れ、様々な芸術の色を見て思った事があります。それは……この世界の色は愛の色が多すぎます。欲が強い世界であるから仕方無いのかもしれませんが」
意外と深いなこいつ。
「確かに、そうだな。愛があって初めて物語が成立している作品が多いいな」
私は、君の話はまずまず理解できるよ、と言う風に頷く。
「そうです、一凛の花しか描かれていない作品ですら、作者は誰かを想ってそれを描いてしまっています」
イロドリの怪人は不満をぶちまけるように言った。
「それは、いけない事なのか?」
単純な疑問として聞く。
「いえ、悪い事ではありません。そういう世界なのですから普通の事です。しかし……芸術とは普通を描く事なのですか?」
聞いてきたし。知らないよ。
「知らないよ。君の方が詳しいだろ?」
「いえ、詳しくはありません。一凛の花さえもどう描くべきかを、私はまだ知らないですから」
はぁ……ちょっとめんどい。
「じゃあ、何も考えず写真で撮ればいいんじゃない?ほら、こんな風に」
私はスマホの適当な写真を見せる。
「ありのままを見ると言う点では、ありかもしれませんね……でも、私はそれに意味を持って見てしまう…………あぁ!!!そうか!!!それが問題なのだ!!!問題は作品で無く、私と言う事ですか!!?」
ビックリした!急に大きい声だしやがって!てか、聞かれても知らないよ。
「えっ、なんか納得した感じ?」
私は、大丈夫?と聞く。
「ええ。私は今、物凄く重要な事を自分自身で実感しました」
なんか嬉しそうだな。
「じゃあもう帰って良い?」
「少々名残り惜しいですが、それはあなたの勝手です。でも、壁の絵はもう見なくてよろしいのですか?」
イロドリの怪人は壁面に目線を向けた。
「あぁ別にいいよ。その内解放してあげてね」
ほんの少し、私は睨みながら言った。
「いいですが、彼らは私の芸術の中にいた方が幸せなのでは?」
全くの悪意の無い声で芸術肌の異形は言った。
「それこそ、君が言った君の物の見方だよ」
「確かに……」
「じゃあ、行くね?」
早く出たいなここ。気が滅入る。
「外は、恐ろしい異形で溢れています。どうかお気をつけて」
自分が視えてないとは、こういう事か。
私は、顎を触りながら自分の作品を眺めるイロドリの怪人に手を振り、地上に上がった。
地上、街路樹の影が落ちる歩道――
「はぁ……」
(アカリサマ、よくあんな変態と話を合わせられましたね?)
「うん。世の中、合わさなきゃ生きていけないからね」
私は、やれやれめんどくさいというジェスチャーで、ルオクにボヤく。。
(でも、あいつ幸せそうでしたね、なんとなく。自分の世界を生きているみたいで)
「芸術家ってやつはよく分からないよ。人も異形も関係無く」
(全くです)
私は歩き出す――
車が通らない不思議な感覚の道路に体が浮いた感じがする。
いつもは気にならない市街の電柱や電線がやけに鮮明に見える。
そんな中で、巨大な幽霊船みたいに佇む、大型のスーパーマーケットが見えてきた。
店の壁は、何か巨大な存在に大きく引っ掻かれた様な爪痕がある。
私はなんとなく聞いた。
「ルオク、お前の故郷はどんな場所なんだ?」
(秘密です。時が経ち過ぎて、もうほとんど思い出せませんし)
「ふーん、そっか。また思い出したら教えてくれよ」
(ええ、いいですよ)
私はスーパーマーケットの駐車場を歩く。
ふと、おかしな光景に気づいた。
これは……石碑?
巨大で少し艶のある黒曜石のような石碑が駐車場の、ど真ん中にある。
太陽の日差しで、つるりんと光沢を見せて、公衆電話みたいに普通の顔をして存在してる。
「なんだこれ?……モニュメントみたいだな。あ、扉あるし!」
(アカリサマ。なんで、変なモノばっかに関わるんですか?また呪われますよ?)
「だってさー、なんかほっとけないんだよなー。私が気付いてやらないと誰にも認識されないまま、世界を孤独に彷徨っちゃうじゃないかって不安になるんだ。それが呪いでもなんだとしてもな。不器用な現象でいいから、私が確かにそこにあったて覚えててあげたいんだ」
(……救いたいって事ですか?)
「そんな大層な問題じゃないよ。ただの自己満足さ」
軽く笑いながら、モニュメントの扉に手をかける。
息を少し呑む。
(知りませんよ?)
私は声のする方にウインクした。
(ぶりっ子しても知りません)
そして、勢いよく扉を開いた。
――!!!
やっばい!!!!!!!!!!!
!!!!!!!
「逃げるぞルオク!!!!!」
私は叫びながら、すぐさま踵を返して走り出す。
(言わんこっちゃない!!!)
肺がもげそうなぐらい全速力で走る。
後ろからは、狼の遠吠えにさらに拡声器を当てたような、尋常でない雄たけび。
そう、私は見たのだ――
扉を開けた瞬間、茨の鎖で体中を縛られた、狼王型の禍々しい漆黒の魔人を。
あの雰囲気からして、恐らくはただの魔人ではなく、魔王クラス。
モニュメントは完全なる封印装置で、一切オーラが漏れて無かったが、開けた瞬間、
私ですら気絶しそうな瘴気だった。
「あははははは!ルオク!!今の見たか!?やばかったな!!」
私は、笑いながら叫ぶ。
(何笑ってるんですか!!!あなた、さっきのトンネルのやつより全然ヤバいです!)
「だって、いきなりあんなの出て来たら、流石に笑うだろ!?序盤にラスボスかよって感じだ」
(あなたって人は……)
「おい!!!見ろルオク!!」
私は自分が走る先を指差す。
スーパーマーケットを跨いだ道路の先。
そこには、街路樹をマッチ棒みたいになぎ倒し、こちらに猛烈に迫りくる軟体生物の異形がいた。
百本以上ある巨大な触手を腕や足のように使い、跳ねる様にこちらへ向かって来ている。
獰猛な怪物と言うより、黄金色の神秘的な妖怪みたいだ。
私は物珍しさに、少し見惚れた。
(何見惚れてるんですか!!?あーもう!仕方ない!!)
その瞬間、私の体は透明な何かにお姫様抱っこされ、魔法の様に道路を駆け抜けた。
「あははは!ルオクお前やるな!私、風になったみたいだぞ!?」
(あー重い!あなたに巻き込まれると、こんな事ばっかりだ!)
動画の早送りみたいに道路をグングン進んで、しばらくした後、巨大なマンションの横に平和そうな広い公園が現れたので、私はそこで降ろされた。
「ふぅー、お疲れ。助かったよルオク。お姫様抱っこも悪くないな。初めてされたけど」
(ふんっ!いい様に言っちゃって)
「そんな怒んなって」
私は、公園にある池のほとりで伸びをした――
「はぁーいい空気だ」
(ここでは、なんもしないで下さいよ?)
「こんな落ち着いたとこじゃ、変な事しようにも出来ないって」
(信用できないなー)
「ひどいなお前」
池は深緑のコケだらけで、不自然な程静かだ。
ぶらぶらとその周りを歩いてみる。
なんか変な感じがするんだよなー……
私は、なんとなく足元の石ころを拾い、池の中央へ投げ入れた。
すると……
池全体に匹敵する程の巨大な唇が水面に現れ、むたーっと大きく開いた後、水面の全てのコケを飲み干しだした。
「うおぉーーー!!!なんだよこれ」
(ちょっとぉ!!わざとやってます!!?てか、この街、ホラーゲーム過ぎでしょ!!?)
「あ?この前一緒にやったやつ?」
(そうですあの第二ステージのボスの奴!ってそんな事言ってる場合ですか!?行きますよ!)
「はーい」
私は池から離れながら言う。
池の反対側の、芝生の場所へ小走りで移動した。
そこには、子供が遊びに使うようなピンクのテーブルがあったので、少し休憩もかねて腰を掛ける。
念の為に、魔術で出したネオン色のお札をばら撒いて。
数体、私を見ていた気配が消えた。
「完全に異界に喰われちゃったなこの街」
(どうするんですか?)
「どうするも何も、どうも出来ないだろ?このレベルは」
(なんか正義の味方じゃ無いセリフですね)
「正義の味方なんかじゃないよ私。正義なんて、見方で変わるんだから。
私は一歩引いて観て、バランスを整えるだけ」
(なんのバランスですか?)
ルオクが一瞬姿を現した。
相変わらず美少年だな。
人って造形とはちょっと違うが。
もっと、こう……神々しい。
円環ミレアは、この見た目にぞっこんらしいな。
……
「縁だよ。君」
私は子供みたいな見た目のルオクの鼻をデコピンした。
(いてっ!何するんですか!)
ルオクはまた姿を消した。
「ふふっ」
「ここは、私が今関わるべき縁の場所では無いと思う」
(じゃあ、もうここにあんまり用事無いでしょ?帰りましょうよアカリサマ)
「そうだな……ぼちぼち帰るか」
私は立ち上がる。
(アカリサマ)
「わかってるよ」
次の瞬間――
グランドの中央に砂嵐が巻き起こる。
その中央に明るいグリーンの炎がユラユラ揺れている。
さらに、その中に巨大な人影が一つ。
私は、腰にある鞘から短剣を抜いた。
刃は青白く光っている。
相手に突き出し構えた。
巨大な人影は大きく手を開いた。
吹き飛ぶように砂嵐は消え、奴を包んでいたグリーンの炎が、フラッシュの様に公園全体を、一瞬眩しく照らした。
来る――
私は、短剣に空魔のエネルギーを込める。
端的に言えば変幻自在の属性エネルギーだ。
自分でそう呼んでいるだけだが。
ビュイイイイイイン!!!!!
私の短剣の青白いエネルギーは、二メートル程の長さになった。
相手が突っ込んで来ているにも関わらず、それにびっくりして振り回す。
まるで扱いきれない花火みたいだ。
(ちょちょちょっとーーー!!!危ないなっ!何してるんですか!?)
「ごめんごめん!はは 初めてなんだ」
あぁ、でもなんとなく分かってきた。
奴は、全身が岩石みたく硬そうな骨のみで出来ていて、鋭い三つ指の鉤爪と、ツルツルの鏡面みたいな頭だ。
そんな何にもつかない化け物が、ダイナミックに旋回し私を真っ二つにしようとしている。
(アカリサマ!!)
「見とけって」
私は光の短剣を音符を描くように、滑らかに揺らす。
下方に収め、居合の準備。
後数秒で、奴の鋭い爪が私のか細い体を切り裂くだろう……
……
奴も同じイメージをしていると思う。
鏡面の頭がそんな顔をしている気がする。
よし、今――
地面と同化していた、ネオン色のお札が、一斉に奴の脚に飛びつく。
奴はそれに足をとられ、私からかなりずれた位置で切り裂きを放った。
ビュウーンッと鋭く空間が裂ける音。
私は奴の背後に回り、すかさず、居合を一閃――
一太刀というより、滑らかなムチ。
音を置き去りにする激しい光線が火花を散らし、岩石みたいな巨大な奴の腕を溶けたバターみたいに切断した。
刃を振り抜いた軌道には、まだ焔の属性が波打ちながら雷電を走らせている。
奴は衝撃で大きく転がり、先程私が座っていたピンクのテーブルを大破させた。
私は奴に近付いて、光の刃を突きつける。
「何の対策もしないで、こんなとこで休憩するかよ」
奴は、少しびっくりした感じで、肩を押さえている。
(潰しますか?)
ルオクがあっさり言う。
「いや、いい」
目の前の骨の異形は、まだ残っている方の腕で地面を掴み、苦しそうする。
「お前大丈夫か?」
それを招いた張本人だが、一応心配してみる。
すると――
腕が吹き飛んだ肩口から、ズボボボっと新しい腕が生えてきた。
「自己再生か、やるね。牛乳沢山飲んでるの?」
(なんかひどい)
奴はさらに、両手で地面を掴み出す。
地面はその部分だけ地割れのように盛り上がる。
「ちょ、ちょっと!まだなんかすんの?」
奴は、頭の鏡面に高い音を響かせ絶叫しだした。
(あーーー五月蠅い!!!!!)
ルオクのイラつきがピークに達する。
ルオクは空間から、巨人が使うハンマーのような古めかしい物体を顕現させ、奴の頭上で待機させる。
神々し過ぎて咽る程の魔圧が、ハンマーにはみなぎっている。
次の瞬間――
骨の異形は、今度は背中から何かをずっぽり出現させた。
骨でつぎはぎの、ビーチパラソルみたいな翼膜だ。
(いいですか?)
「ルオク待て」
私は、片手を上げ何もするなと合図する。
ハンマーは、このグラウンドを消失させるようなエネルギー量を、全体から吹き出し続けている。
骨の異形は、ハンマーを鏡の頭で凝視しながら、翼膜を羽ばたかし、少しずつ浮いていく。
そして何を思ったか、ハンマーのヘッド部分にそっと手を触れ、
もう片方の腕で、胸を押さえた。
「ルオク、あれなにしてんだろ?」
(さー……触らないで欲しいんですが)
骨の異形は、さらにバタバタと翼膜を羽ばたかせ、グラウンド中央の上空まで飛んで行き、歓喜した様に大きな咆哮をあげた。
そして、グリーンの揺らめく炎を遥か彼方まで筒形に出現させ、その間をくぐる様に盛大に飛行して、何処かへ去って入った。
「えーーー……後半、私無視じゃん」
(自分の世界って感じでしたね……)
私は、花火のような匂いが漂う、陽の落ちかけた公園で、シュールな余韻に浸る。
「さっ、帰ろっか」
(ええ、なんか疲れましたね)
「うん、もう歩けない。お姫様抱っこもっかいして?」
今の可愛かったな私。うん、自然に女の子っぽかった。
(絶対うそでしょ。さっき元気よく居合してたじゃないですか?)
「それはそれ。お前は私をお姫様抱っこするのが嫌なのか?」
今のも、かなーりあざといな。
(嫌と言うか……面倒臭いですかね。受け入れたら、そればっか言われそうだし)
ふん。照れ隠しめ。
「わかった。じゃあお前が助けたいと思った時だけでいいよ」
(それぐらいなら)
……
……
(なんで動かないんですか?)
「え?別に」
……
……
(あーもう!!!)
そして私は、再度ルオクに抱きかかえられ、この異界に喰われた街を、風の如く脱出したのであった。
「楽しいな」
(楽な人わね!!!)




