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始まりの王 リリス・パンクライヴの記憶 砂丘の扉

私は、不必要な程に高い玉座に肘をついて座り、街の人間全てが入れるんでは無いかと言う大きさの宮殿内を見渡していた。




魔人のベロみたいに長い、真っ赤なカーペット、まるでゴールドだけで出来た隕石が落ちたんじゃないと言う程の、一面黄金色の装飾。


この宮殿内だけでも、パンクライヴ郷が、いかに比類なき世界かが分かる。




不意に窓枠に目を向けた。


そこから見えるのは、この都市の中枢を握る機械知能クリスタル。


そんな些細な目に触れる物でさえ、広大な異界間ネットワークの安定的存在として、欠かせない物なのだ。





私の目の前には、各異界から寄せ集められた元老院達が跪き、その後ろには、黄金郷パンクライヴの政治的中枢を担う元老院達、その後ろには、人型、異形型問わず、能力が神格にも匹敵するような将軍達、さらにその後ろには、比類なき才を持った戦士や魔術師、機工師達などが並ぶ。




まだ、二十歳を少し超えた程の、乙女と呼ばれてもおかしくないこの私が、目の前のすべてのツワモノ共の誰よりも高い位置に座るのは、申し訳無い気もする。


だが、仕方ない。


私が、この中で一番強いのだから。


違うな……


ゾアと二人でタッグを組めば、ここにいる全員をまとめたより強いはずだ。


ゾアを含めるのは卑怯だって?


私とゾアは一心同体だからいいのだ。




退屈過ぎて、少しヴァイオレンスな妄想をしてしまった……


しかし、目の前の集団は、なんとも統一感が無いな。


それだけ、世界には多様な存在がいるという事なのだろう。


……


あぁ、なんだかとても眠たくなってきた。


早く、終わって欲しい。


私は王に向いてないな。


ふふっ。




目の前で元老院達が、難しい顔をして喋っている。


重要な立ち位置にいる存在は、一人一人意見を述べたがるので、驚くほど話が長い。正直、至極面倒くさいの一言に尽きる。


結局は皆、自分の色眼鏡見た世界で物事を計って、そこから算出された自分が得する我を通したいだけなのだから。




朝から初めて、もう正午だ。拷問だ。


きっとゾアは、城に近い中央市場で、眩い日差しと新鮮な空気を浴び、ルンルン気分で露店の食べ物を漁っているのだろう。


でスキップをしているんだろうな。


ホント羨ましい。




私は、半ば意識が遠のいていた。




「リリス様!!!」




目の前の、元老院の男が私の名を強く呼んだ。




「あぁ、どうした?」


私はジッとそいつを見た。




鎧に無数の札を張る不気味な男。


背がひょろっと高く、体は軟体生物みたく柔らかく長い。


こいつは最近元老院に入った呪詛師らしい。


私の側近が、少し気をつけるように、と教えてくれたので、顔は覚えている。


狡猾に、あらゆる強欲な堅物共と、なにかコソコソしているらしい。





「どうした?ではありませぬ。私は、かねてよりパンクライヴ郷の悲願である計画、"万劫の星棺"について話しておったのです!」




万劫の星棺とは、パンクライヴ郷の叡智を結集した不老不滅の衛星のようなものであり、世界の均衡と救世を自律的に果たすべく作られている、この文明最高峰の魔導機だ。




「あれは、まだ出来ぬのであろう?エネルギーが足りぬ夢物語だと聞くぞ。あの、国家の知能の中枢を握るアーテマですら自分は役不足と言っていたのだからな。今する話では無い。さぁ下がれ」




呪祖師の元老院は、私の側近に睨みつけられる。




「ですが!!!!!」




呪祖師の元老院は、食い下がらず大声を上げた。




「アジールよ、下がれ。偉大なる始まりの王に、その無礼な態度。次は無いと思え」




人型の体で、三メートル程の背丈の黒髪の騎士が前に出て言った。


呪詛師アジールは、触れるだけで蒸発しそうな、騎士のオーラに慄き、尻もちをついて逃げるように下がる。目だけは恨みを持って……




「おう!クロノ・アース!元気であったか!?神獣ズルゴデモーネを共に倒した以来ではないか!?」




この男は異界の神族の末裔で、名実ともに英雄のような男だ。


先日、私とゾアと、電脳一族のユルルストク姫と一緒に、先に述べた神獣を共に倒した間柄だ。




不死の性質を持つ、神獣ズルゴデモーネを完全に倒す事は困難で、結果、街や村を守る為に、クロノ・アースが、右腕にその災厄を引き受けてくれたのだ。


この者の能力と、ユルルストク姫の封印術がなければ不可能な所業だっただろう。


そのせいで、この英雄は、悪魔になった右腕に力をとられ続け、遙に弱くなってしまったと聞いたが……




「お久しぶりで御座います、リリス殿下。あの時のあなた様と、ゾア様のご武功、今も思い出し、興奮し寝付けない日々が続く程で御座います」




「大袈裟だな、はは。クロノ、楽にしろ。所でだが、ユルルストク姫は今日はいないのか?」


彼女の姿が見当たらない、ゾアは可憐な見た目のユルルストク姫を、妹みたいにとても可愛がっていたな、会わせてやりたい。




「はい。あの一件の後、神獣ズルゴデモーネの研究をすると言ってから、姿が見えません。噂では、神獣ズルゴデモーネを機工の力で改良した、守護神を顕現さそうとしていたそうですが……実際はわかりません。好奇心の多い姫ですから、何処ぞ、旅にでも出ておるのやもしれません」




機工の力?遺伝子編集の事か……?


ちょっと不穏だな。




「わかった、また探しておこう。それで、お主が来たと言う事は、何か早急に対処すべき要件があったのではないか?」




まさしく、そんな顔だ。


私と変わらない年の青年と言ってもいい程の、あどけなさが残る顔立ちであるのに、中々に大変な立ち位置にいる男だ。


私も、そうなのだが。


しかも、軍は率いず、四、五人程の、珍妙な兵達だけを連れて、行動しているらしい。


酒場に、おかしな程に仲が良い連中がいると、噂されているのを小耳に聞いたが、私は恐らく、そのクロノ・アース一味だと思っている。


その証拠に、このクロノ・アースは、先日、酒場の娘と結婚したらしい。




私は、クロノ・アースの背後にいる、珍妙な兵に目を向けた。


じろり……


彼らは、飛び上がり目を逸らす……


全く、大丈夫かお前等?




クロノ・アースは、自分の兵達に、頼むから大人しくしてろよ?と言う風にジェスチャーをとっている。




「はい。最近、"血星界"の動きが活発になっております。


それに伴い、宇宙の果ての獣達が、この近辺に現れる騒動も、しばしば御座います。


さらには、パンクライヴ郷から西の砂丘地帯に位置する、血星界の扉の前に、二体の対となる強力な魔獣が現れたそうです。私見では恐らく、赤光の王の仕業かと……その二体の魔獣の名は、ケルル・ヒビクとクォーデリオンで御座います」




血星界か、厄介だな。


奴等は、中々に独自の世界を生きる存在達だ。


それにあそこの獣は、大概がかなりの手練れで、その上、仲間意識もかなり強い。


一度、ヒュードルグと言う、真っ赤な両目の、とぐろを巻く巨竜と対峙したが、面倒くさい事この上無かった。


巨木の様な鋭い歯と、血色の瘴気の息で、戦場であった山は、私が勝利した頃には、溶けてしまっていた。


ヒョードルグ一体で、そんなレベルだ。




血星界の赤光の王は、中心に朱玉のある、ほぼ発光体みたいな奴で、特段、悪い奴ではない。


ただ、さっきの点を踏まえて、その頂点にいる存在と考えると、まず、敵にしない方がいいだろう。


道化みたいに何を考えているのか分からない奴で、なかなかに底知れない。


ゾアは結構仲が良く、偶にお茶する仲らしいが……


端的に言えば、ホントに、そっとしといた方が良い連中だが……


クロノ・アース含め、目の前の奴等はそれを全く理解していない。




「そうか……あの扉を閉ざされていては、このパンクライヴ郷にとって、あらゆる面で不利益であるものな……よし、私が自ら赴くとしよう」


他に任せては、大惨事が目に見えているからな。




私の気など知らずに、宮殿に大歓声が上がる。


よし、ゾアについて来て貰おう。


でも、それは伏せる。


ゾアは、魔女と女神の血を引くと言う特殊な存在でありながら、孤児の生まれという事も相まって、この宮殿内にいる奴等は、あまりよろしく思っていない。


嫉妬と差別しか持たぬ下らぬ連中だ。


ゾア自身も、堅苦しいこの場所を嫌い、街の民と仲良くする事を好んでいるので、それでいいのだが。




「では、わたくしも、お供致しましょう」


クロノ・アースが凛々しい声でそう言った。


こいつに関しては信頼がおけるので、偶には、危なっかしいゾアの警護でも行って貰おう。


率いる兵を見ても分かる様に、こいつの目に差別は無い。


街を守るための自己犠牲に迷いが無い事を考えれば、欲自体もあまり無いのであろう。




「よい、養生しろ。子が出来たのであろう?今は父としての務めを果たせ」


私は、悪魔のようになったクロノ・アースの右腕を見ながら言った。




「始まりの王よ、身に余るありがたきお言葉、心より感謝致します」


クロノ・アースはそう言い、身を引いた。




と、いう所で、そろそろいいんじゃないか?




「皆、もう良いか?」




私は半ば、もう誰も喋るなよと睨みをきかせ、深紅の髪を振り乱し立ち上がった。




「はは!!!」




――大宮殿を満たす声が、黄金の装飾を揺らした。







パンクライヴ郷、中央市場――




「ねぇ!!!おじさんまけてよ!?このサンドイッチが、後、銅貨3枚安く無いと、あっちの店の焼き菓子が買えないの!私の三時のおやつが無くなっちゃうじゃない!」




燻製のソーセージを挟んだ、人気のサンドイッチ露店の前で、ゾアが店主に無理難題を言って食ってかかっている。


後ろには長蛇の列。


私は気づかれないようにこっそりと見学する。




「ゾアちゃん、勘弁してくれ。前もそう言って、まけてやったじゃないか?自分の記憶消す魔法でも覚えたのか?」




上手い返しだ、店主よ。この辺りは味もだが、口下手ではやっていけないからな。




「そんな魔法あったら、真っ先にあなたにかけて、すぐにまけて貰うわよ!そしたら今頃私は、美味しいサンドイッチを食べて、この市場を踊り歩いているはずだわ」




後ろの行列や、観衆は、もっとやれゾアちゃん!と、笑っている。




「ほぅ、俺に魔法をかけるだってぇ?そこまでして手に入れたいこの店のサンドイッチは、一体どのくらい美味しいってんだい?」




なんか嘘臭くなってきた。宣伝みたいだ。




「それはもう格別よ。あらゆる異界が攻めて来ても、この店のサンドイッチを分けてあげれば、その美味しさに、きっと平和が訪れるわ。どんな恐ろしい異形も、ほっぺたを押さえて、子供みたいに美味しいーっ!!!って、羽が生えて羽ばたくわ」




ゾアは大袈裟なジェスチャーで、独り舞台を演じる。


観衆は大爆笑で、小銭すら投げる奴もいる。




「俺の負けだ!ゾアちゃん!あんたに口で敵う奴なんていねぇ、始まりの王ですら無理だろうよ。よし、決めた!ゾアちゃんは半額だ!その代わり、みんなは沢山買ってくれよ!!」




あ、私の名前出てた。


店主が大声を上げた後、観衆は我先にお金を渡してサンドイッチを手に入れようとしている。




「みんなーお願いねー!おじさんいつもありがと!お仕事頑張ってね!」




ゾアは、サンドイッチを手に入れた後、みんなに手を振り、店主にウインクする。


店主も、今日の演技は最高だと言う風に、ゾアにウインクを返した。




私は、スキップしながら市場を歩くゾアに、背後から声をかける。




「ゾア」




ゾアを囲む賑やかな市場は、強い日差しを受け、露店の影が濃くなっている。




「あら!王様!いらっしゃったのね?こんにちは」


ゾアは、赤い瞳をぐるりと光に反射させ、ローブをスカートのように手で広げ、上品に挨拶してきた。




何、そのノリ。




「楽しそうじゃんか、さっきのサンドイッチ私にも一口頂戴よ?」


私は彼女に近寄り、ほれほれ寄越せ寄越せと、いたずらする。




「んもーーー!ダメ!せっかく一舞台終えたお金で買った、大切なご飯なんだからー!」


ローブにかかる無垢白の髪を、きらんきらんと揺らしながらジタバタし、プクーっと頬を膨らます。




ゾアは食べ物関連では、冗談が通じない。




「冗談だよ、はは。ちょっとお願いがあるんだ、歩きながら話そう」


私は、後ろに隠していた、一本の白いバラを、ゾアの前に手品のように差し出した。




ゾアは、パッと目を見開いた後、うっとりとした優しい目をして、私を見て、ふふっと笑い「いいわ」と言った。






石畳で出来た入り組んだ市場を、練り歩きながら、先程の砂丘の扉の話をする。


様々な、料理や菓子の匂いが、陽の粒子と共に漂っている。


視界の隅に流れるように映るのは、あらゆる異界の骨董品や、宝石、武具や衣服などだ。




私とゾアは、様々なモノを感じながら、砂丘の扉と血星界の話をした。




「どう思う?私的には、血星界の連中にはあまり関わらない方が良いと思うんだけど、宮殿の奴等は、どうにかしてほしい雰囲気満々なんだ」


私は率直に言う。




市場を歩く民が、私の深紅の髪を見て、お辞儀をするので、ありがとうと手を振る。


偶に、手で自分を隠す者もいる。


私の黄金色の瞳はあらゆるモノが見えると、民も周知の事実だからだ。きっと怖いのだろう。




「んー、私的には、あなたはあなたの判断で動くべきだと思うわ。だって王だもの。他の存在がなれなかった立場にいるあなたが、他の存在の意見を聞いても仕方ないでしょ?」


ゾアは、サンドイッチを頬張りながら言う。


しかし、その赤黒い瞳は何処か遠くを見ている。




「確かにそうだね。私的には、血星界の連中は、見た目に反してこっちから仕掛けなければ何もしないから、ホントにそっとしておきたいかな。私自身、赤光の王は嫌いじゃないし」




色味の強い御伽噺の連中であって、悪い奴等では無い。


ただ、その恐ろしい見た目と、類稀なる戦闘能力が、元老院達には目障りなのだ。


同時に、手に入れたいと無様な欲をかいている。




「うん。私も好きよ、赤光の王。茶目っ気あって面白いし、同胞は大切にするし。ただ、怒らせたら……ちょっと、やばいんだよね。あはは」


ゾアのちょっとは、みんなで言う、理解が追い付かない災厄だからな。




「まぁでも、そんな感じだよね。じゃあ、どうしよ。ほっとこうかなー」




無責任過ぎるかな?




「その二体の魔獣だけでも見る価値あるよ?ケルル・ヒビクとクォーデリオンだっけ。その子達って、絶滅寸前で滅多にお目にかかれない種族だった気がするわ。最後の一体ずつかもしれない」




「いいね。そういう感じなら、気が乗るよ。見たくなってきた。ちなみに強いの?」


なんか、ただのお出掛けみたいで悪いけど。




「強いわ。特に、ケルル・ヒビクの白銀色の爪とクォーデリオンの黄金色のクチバシは、あらゆる物質の最高峰に位置する優れた素材って、知り合いのドワーフが言っていたから、それから繰り出す技も、なかなかのはずよ」




ゾアは魔獣にとても詳しい、その知識量は、パンクライヴ郷のアカデミーで講義を開くべき逸材のレベルであると私は思う。


しかし、アカデミーの浅はかな連中は、それを許さない。


自分達が築き上げた、無駄に凝り固まった古い常識が、たった一人の天才に崩されるのが耐えられないんだ。


いつの時代もそうやって、稀人は埋もれるのだろう。凡才達の自己保身の我欲に。




「へーそんな素材にお目にかかれるんだ。じゃあ、行こっかな。ゾアは来れるの?」


私は、遠回しに一緒に来て欲しいなーと、目線を送る。




「勿論よ、私も気になるもの」


当たり前でしょ?と、長いまつげをパタパタっとさせ、寄りかかって来た。


彼女のふんわりとした髪が頬に触れる。




「じゃあ、決まりだね」




私とゾアは顔を見合わせ、さぁ旅行の始まりだ!っと、いうような笑顔になる。




その後、私達は市場で水や食料を買い込み、砂漠地帯を旅する準備を整えた。







黄金郷パンクライブ、西の砂漠の入り口――





私達は、アーテマが作った二輪の魔導車で二人乗りし、ビュンビュンと風を切って都市外れまでやってきた。




ここからは、細かな砂地になるので、この移動手段は使えない。




「こっからは、あの子で行こうかしら?」


ゾアが延々と続く砂漠を見て言う。




「あの子って、例のあの子?」


あーあの子かー……




「そうそう。リリスの大好きなあの子」




好きって言うか、癖が強い印象しかないんだけど。


でも、飛行の能力と、地理感覚はズバ抜けているし……




ゾアは、既に呪文を唱えている。


杖は無しで、手の動きと、ゾアしか理解出来ない創作言語。


ゾアの魔圧で、周辺の砂が浮き上がりウェーブを描き出した。


砂一色の場所に、ルビー色のオーラがあらゆる場所から湧き出た。




「アルタカルタ、あなたの出番よ!!!」




すると、空間に大きな円形の水溜まりが出現し、その中から十メートル程の肌色の存在が、とぷんっと飛び出した。


砂地に水が落ちて、少し涼しげになる。




「よしよし、良い子ね」


ゾアはアルタカルタを撫でた。




それは、人肌のような質感で、まさに砂色の怪鳥だ。


楕円形の体は広く大きく。羽以外に特徴と言える物が無い。


顔も無ければ、鮮やかさも無い。


その羽ですら、菓子作りのヘラのように、無個性なのだから、全くよく分からない生き物だ。




「ほら、リリスも撫でてあげて」




「あぁ……うん」




巨人の腕を撫でているみたいだ。


羽一本すらない。




「喜んでる喜んでる」




「ホントに?全然動かないけど」




恐らく、顔であろうニョロっとした部分が私を見て固まっている。


うん……寡黙なやつは嫌いじゃないよ。





私達は、アルタカルタの背に乗り、広大で熱気渦巻く砂漠地帯を飛翔した。




点々と存在する異形以外、何も存在しない。


もう少し行けば、オアシスがあるが、今日はそこまで行かない。


砂に目線を落とせば、巨大な十字の濃い影。


隣を見れば、自由を堪能する、ゾアの爽やかな笑顔。


熱さも吹き飛ぶ、私の体をすり抜ける風。


今、私達は生きているんだと感じる。




悪くない。




そんなこんなで、充実した砂漠のエアライドを満喫していると、遠目にある物が見えて来た。




階段だ。




何も無い砂地に、突如巨大な階段が出現し、それは光渦巻く亜空間の入り口に繋がっている。




私達は、その場所に降下した――




「アルタカルタお疲れー。楽しかったわ、ありがとね。後、帰りもお願いね」


ゾアはそう言うと、ポケットから果実を出して、アルタカルタの前に放り投げた。


アルタカルタは突如ぐねりと動いて、首でそれをグシャッと巻き込み吸収した。




「ウーウーウー」


低い唸り声を何処からか出し、ゾアにすり寄る。




なんとも……突っ込みどころが多い生物だ。


少し、可愛くなってきたじゃないか。


一応撫でとこ。




私とゾアは、上を見上げる。亜空間の入り口が、重みのある光を発し、ぐるぐる流動している。




「行きますか」


ゾアが淡白にそう言った。瞳はまん丸。




「うん、とりあえず行こう。ここ暑いし」


私は深紅の髪をバサッと振り乱す。額の汗を拭う。





――そうして、私達は砂のかかった階段を上り、亜空間に入り込んだ。





亜空間内――




「これは、なかなか良いお出迎えだねぇ」


私は前方を見て、言葉に反して気迫を持って言う。




亜空間内に入ると温度はグッと下がり、暗くなった。


直線に続く、石で出来た幅広い道以外は、物質は無く、空間と、紫の色味だけがある。




そんな直線の道も長くは無く、三分も走れば最奥の扉まで辿り着ける。


巨人が通れそうな程に、巨大で荘厳な闇色の門。




だが、問題はそこだ。


門の前に、明らかに苛立った気配の、神々しい魔獣が二体いて、空間を揺らしながら、こちらに近付いてきている。




「出ましょ。かなり怒ってるわ」


ゾアは真剣な顔で言う。これはかなり危険なサインだ。




私とゾアは引き返そうとする。




あれ、入り口が閉ざされている……




「出れないみたいだね」


私は、少し溜め息気味で言う。




ゾアは反対側の門を見ている。


「あっちも結界が張られているわ。きっと条件の魔術ね。強制解除はかなり時間が、かかるかも」




「条件って?」


半ば分かっていた。




ゾアは、二頭の魔獣を顎で示した。


それらは私達に、けたたましい咆哮を轟かせてきた。耳がどうにかなりそうだ。




はぁ……


結局こうなるか。




私は魔導剣を構える。


即座に、魔蔵からエネルギーをそれに充填する。


剣に刻まれた線が、光で脈打つ。


次の瞬間には形を変える。




ビュイン!!!




背丈の五倍程のエネルギー剣。




私、愛用の剣。




他の者は、光煌の剣と呼ぶ。




私はそれを鞭のように、しならせ下方に振り抜く。




ゾアの前に出て言った。


「ちょっと下がってて、すぐ片づけるから」




ゾアは、私の背中にそっと触れる。


「なるべく傷つけないであげて」




「わかってるよ」




――私の、黄金の瞳が、奴等の核、未来、存在を捉えた。







一体の魔獣が、轟速で突進して来る――




闇色の飛竜種だ。広大な惑星に住む王獣とも言えそうだ。


奥の巨大な扉と変わらない巨体。


六の脚で跳ね、首から頭にかけて無数に生えている角から、緑の閃光が爆ぜている。魔人のような両腕は、空間を引きちぎるように空を漕ぎ、私一直線を目指す。


右腕の爪……白銀に近い色味のそれが、異様な気配だ。




コイツが、ケルル・ヒビクだな。





次の瞬間――




奴の無数の角から、私一点に向けて、螺旋状の光線が発射された。




ほぼ一瞬の出来事。




……




見えてるよ――




私は、出来うる限り開脚してそれをかわし、姿勢を低くしたまま、全身のバネを十分に使って前方に大跳躍する。


ピストンの様に、地を連打する両足。


私の軌道は、光煌の剣の残像が残り、白銀の蛇のようだ。


私は、稲妻と速度を競っても恐らく勝てるだろう。


光を超えた蛇。


もう、奴の懐だ。


私は、光煌の剣の柄を奴の胴に向け、呼吸器当たりの内臓に、間髪入れず、みねうちを放り込んだ。




亜空間内の容量がオーバーのする様な、激しい衝撃音が響き渡る。




未来が視える――




こいつは、数秒後、口から液を吐き出し、ぶらぶらと巨体を揺らした後、脚から力が抜けて、オーラが滲む程の神々しい肉体を、あっけなく地面にのたわらせる。


その後に、もう一体が、風の魔術の斬撃を、私の背に打とうとするだろう。




「ゾア!!!無風の魔術を!!!」


私は、顔を向けず叫ぶ。




「え!?あ、はいはい!!!行くわよ!!!」




ゾアの魔術スピードはかなり速い。


既に、亜空間内の大気の流動が最小限になっている。


それと同時に、ケルル・ヒビクは未来視通り、ドゥテンッと倒れた。


もう一体の怪鳥は、上手く羽ばたけず反転重力の術に切り替えたようだ。


風の呪文が発動しない事に混乱して、天に向かいとんでもない怒りの咆哮をあげている。






さて……




私は、怪鳥に目を凝らす。


奴の現在の怒りの気配は凄まじい。まるで、もう一体の魔獣が最愛の恋人のだったみたいに……


あぁ……そういう事か。




その怪鳥は、見事な緋色の巨体で、あらゆる方向に、巨大な翼を持っている。


蛇の様な長い胴と尾が、反転重力で浮遊し、規則的にうねっている。


その胴には、翼と同じ数の人らしき腕。


顔には朱の宝玉の輝きを持つ、目が四つある。


クチバシは途轍もなく巨大で、アルタカルタすら一飲みできそうだ。


引き合いに出して悪いが……


そのクチバシの先端上方に、黄金色のアンテナのような、魔の結晶が光っている。




クォーデリオン……名前負けしない、王獣だな。




クォーデリオンは風の魔術は諦め、反転重力のみで空間を移動する。


スイッチが入ったみたいだ。


信じられない速さで、虚空を泳いで突撃して来ている。


滑空する、スチーム機みたいだ。


それは鮮やかで、もう少し見ていたかったのだが、そうはいかない。


油断する間もなく、あんぐり口を開けて、長いベロで私を掴もうとしている。


でも、これも視えているんだ。


私は予め、身の回りに、極雷の粒子を展開していた。




不用意に近づくとえらい目に合うよ?




クォーデリオンは、私の範囲に入った瞬間、激しい青白い閃光に包まれ身を震わせる。


私はと言うと、属性変換の魔術の応用で、私に降りかかる雷電は全て、吸収の魔に変えている。


奴と私が共に感電するたび、奴のエネルギーが私に移るのだ。


電撃に見せた吸収が近いかな?




この辺にしとくか……




私はスタスタとクォーデリオンの前に移動し、吸収した風の魔のエネルギーを足に集中させる。


私はステップを踏んだ。


かかとが、隕石みたいな魔圧を持ち、輝きだす。


そして――


貰ったエネルギーにおまけをつけて、盛大に回転回し蹴りを、奴のクチバシに決め込んだ。


これで割れないか……流石だな。


クォーデリオンは脳が揺れ、上手く方向がとれなくなり、そのまま地面に落下した。




終わり……




ではないんだな。




「リリス!!!」


ゾアが背後から叫んでいる。




私は、手を上げる。手を出さないでいいよの合図だ。




気配がする。私を喰らいたい気配。




ごめんな。そりゃ怒るよな。




私寸前に迫る、ケルル・ヒビクの口。




君はあれだな、




少し遅い。




私は、深紅の髪の残像を残し、ケルル・ヒビクの背後に回る。




大きく息を吸った。




そして止める。




空間全体が、私に従う様に止まる。




私の拳が半透明に青白く光り出した。





――蒼界乱断拳――





ドドドドドドドドドドドドドッ!!!!





コンマ一秒の間に、無数の拳を繰り出す奥義。


これは、現象界も幽界も関係無く、叩き上げる必殺だ。


二つの世界層を行き来するのは難しいが、それをする事で、威力はその歪みによって


計り知れなくなる。


冥府の一族に教えて貰った、お気に入りの技だ。




そうなるよな。




ケルル・ヒビクは、私が全てを打ち込む間もなく、声すら出せず倒れ込んだ。





……





私の目の前に、二体の神々しい魔獣が横たわる。


前後の結界が解ける気配がした。




「ちょっと!今のやり過ぎじゃない!?」


ゾアが女の子走りで、駆け寄ってくる。





「私は食べられかけたんだ、これぐらいは我慢して欲しいさ」


仕方ないだろ?と軽く笑った。




「まぁね。食べられる事は、絶対無かったけど」


ゾアは上を見てと目線を送る。




上空には、原初の光属性を纏った、この空間すらぶった切りそうな巨大な刃が現れた。


ステルスか……




「君も大概じゃないか」


私は呆れる。場合によっちゃ、私の技より悲惨だよ。




「ひっどい言い方。せっかく心配してたのにー」


ゾアは、クネクネとにじり寄って来て、抱き締めてとせがんで来る。


ここでこういうのは控えた方が……


ほら、さっきの手前だし。




「とにかく、帰ろう。成り行きで用事は片付いたし」


ホント、成り行き。




「そうね!……あっ、ちょっと待って!」




ゾアは頭上の巨大な刃を自由自在に動かした。




「おいおい!何するのさ!勘弁してあげてよ!」


私は慌てて止めようとする。




「違う違う。一応、戦利品は貰わないと!」


ゾアはそう言って、ケルル・ヒビクの白銀色の爪と、クォーデリオンの黄金のクチバシを、バターみたいに滑らかに切り取った。




「……いいの、これ?」


私は、目を点にしてゾアに言う。




「いいの!レアなんだから!!」


理由になってないよそれ。





そんなこんなで、私達はそのレアな素材を持って、亜空間から脱出し、再びアルタカルタと共に、パンクライヴ郷に戻ったのだった。





------------------------------------------





後日の事だが、私自身が忘れていた誕生日の日に、ゾアは誕生日プレゼントをくれた。


あの二つの素材を知り合いのドワーフに加工して作って貰ったと、白銀色の鎌と、煌めく黄金色の盾を、サプライズでプレゼントしてくれた。




その時の、照れるようなゾアの赤い顔は、生涯忘れないだろう。




それに大喜びした私は、ゾアと二人で誕生日を心行くまで過ごし、その後、言葉に出来ない程の甘い時間を過ごした。




これは、私が確かに彼女と生きていた記憶の一部だ。



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