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フィジャナーク王の決意


いよいよだな。


俺は、陽が射しこむ、ちっぽけな教会で、手を大きく広げ、天から吊り上げられるように一切の力なく宙に浮遊し、瞳を閉じている。


閉じた瞳に、形の無い色彩が灯る。


町外れの誰もいない教会での、俺だけの瞑想。


魔王としての核を抉り出し、ただ、民の幸せを祈る陶酔。


何処から現れたのか? 温かく眩い光が、俺の腕も、足も、翼膜も、心も全て、

捻じれて巡る。


愛の匂いがする。生まれた瞬間に、世界と初めて触れ合った感覚。


俺の心は天にいる。


埃にまみれた教会に今あるのは、何も成し得れぬ、俺の傀儡。


生きる悲しみが、指先からほどけてくれたのなら、まだいいが……




――




不意に浮かんだ、妹クリシュマヒノの顔に、意識が現実に戻り、俺は、

ボロい木で出来た床板に、ポンッと着地した。白い埃が舞う。


啓示か……


急がねば。


――俺は、数多の異界を束ねる大都市、電脳都市の中枢に位置する、虚空に浮かぶ大聖堂へ向かった。




女神ゾアリア大聖堂、秘匿の祭壇前――


電脳都市でも、限られた存在しか入る事のできない、この禁域には、女神ゾアリアの心臓と呼ばれる宝玉がある。


俺とクリシュマヒノは、赤翼の血を受け継ぐ者として、この禁域に、幼い頃から出入りを許されていた。

しかし、その宝玉に触れる事は何があっても許されなかった。

今俺の目の前にある、この赤透明の臓器のような秘物に、妹はいつも目を奪われていた、懐かしい。


これに、触れられるのは、電脳都市の根幹を担う魔族の王達のみだ。

かといって、それらの王も簡単に触れるなどはしない。

それは単純に、どんな野心を抱く魔王ですら、心の底から恐れ多いと思ってしまう程の代物だからだ。


俺はと言えば、触れる権利がなかった。他と同じく。

だが、それもついこの間までの話だ。

その権利は、赤翼の一族の王である、クリシュマヒノにあったからだ。


しかし、今は違う。


私はとうとう、一族や民の信頼を勝ち得て、正式に魔王となった。

今では、触れる権利が確かにある。

権利だけでは無い。

奇跡に接せる覚悟も、確立し終えた所だ。



俺は跪いて、女神ゾアリアに、遥か昔にこの地を守って頂いた事に感謝する。

そして、そっと手を近づける。

その手一つで、何でも握りつぶせそうな程に、魔の力を秘めた、破壊無垢な手を。


宝玉に指が触れた瞬間、朽ちた星の冷たさを感じ、こんなにも脆いモノなのか……?

と、自らの心の暗闇の引力に吸い潰されそうになったので、俺はこの秘物を抱き締め耐え抜いた。


母のように、子のように、愛するように、欲するように、抱き締めた。


天井のライトに透かす。


女神ゾアリアの心臓の内部には、超高純度の魔力が波打っている。

満杯では無い。八割程度だ……

この魔力の塊は、赤翼一族の一部の存在や、特異な稀人のような存在にしか扱えないプリズムと言う属性を凝縮したエネルギーだ。

ごく少量ですら手に入らない膨大な密度のエネルギー結晶だ。


俺は、赤翼の一族でありながら、プリズムの魔術を誰にも継承されず、これに魔を注ぐことが出来なかった。

なので、クリシュマヒノに代わりに行って貰い、あやつの言う事を聞いていた。


しかし、最近の事。

俺は、赤翼の一族の墓の前で、今日のように、祈りの瞑想をしていた。

その時ふと、体の中にプリズムが宿るのを感じた。

正直、至極驚いた。

誰から受け継ぐでも無く、祈りのみでその身に奇跡を宿したのだ。


俺は、この啓示のような出来事があってから、間違いなく自分には一族の加護があると確信し、女神ゾアリアの復活を急いている。

クリシュマヒノはこの事をまだ知らない。


女神ゾアリアの心臓に魔を注ぐにはもう一つ条件がある。

それは、女神ゾアリアと始まりの王リリス・パンクライヴの再会の地で、

女神ゾアリアの魔術を模した、古代の魔導機に魔を流す事だ。


つまり、禁忌の魔術を受け継ぐクリシュマヒノが、無意識に引き寄せられた現在いる世界で、あやつが住んでいる地下にある魔導機へ魔を流せばいいのだ。


実は、俺はもう、女神と王の復活までの、全てのイメージが出来ている。


初期段階として、俺が全力であの魔導機にプリズムの魔を放てば、女神ゾアリアの心臓は、間違いなく満ちるだろう。

後は、クリシュマヒノが女神ゾアリアの卵を、再会の地の、強力な霊脈で召喚すれば、魔が満ちた秘物と相まって、女神は再度、降臨されるだろう。

そして、それを感じ取った、遙彼方の世界に浮遊する星の棺は、すぐさま、再会の地へ赴くだろう。


俺は、少し先の未来を精細にイメージした後、懐に女神ゾアリアの心臓を入れ、その場を後にし、転移の塔、アシュトリクエルムへ向かった。





転移の塔、エレベーター内――


デジャヴであろうか?


この前も、俺はこのエレベーター内の鏡で、同じような表情で、自分の体を見ていた気がする。

前は、まだ魔王では無かった。だが、今は魔王だ。

こんなにも物事と言うのは、簡単に変化してしまうのだな。

鏡だけを見るに、特段俺の何かが変わったわけでもないがな。


灯台に照らされた夜の静かな海、みたいなこの青い髪すら、まださほど長さが変わっていない。

瞳は少し晴れたか?母様やクリシュマヒノが綺麗だと言ってくれた、あの時の色に少し戻って来た気もする。

パパラチアサファイアだったか?

クリシュマヒノが好きな異界の宝石に似ているらしい。

何処かで見つけたら、買っておいてやろう。あいつは宝石が好きだからな。

全てが片付いて、俺の意思が伝われば、あいつは昔みたいにそれを喜んでくれるだろう。

俺は、王の鎧に収まりきらなかった、翼膜をバサッと広げた。

それは、原初の無垢魔を具現化したような威厳で溢れている。

混じり気の無い真紅は、俺が女神ゾアリアの末裔と言う、間違いのない証。



転移の塔頂上――


天空の城のような雲海貫くこの場所に、転移の魔法陣がある。

ここで転移の呪文を唱えれば、あっさりと別の世界へ移動できる。

転移先から帰還をするだけであれば、魔法陣はいらない。指鳴らしだけでも帰れる。


勿論、行く先の世界の認識を確実にしている事、それなりの魔力を持つ事が必須だが。

俺は、地球と言う世界、クリシュマヒノが現在いるその世界へ転移する。


久しぶりだな。


少し気持ちを落ち着けてから行こう。


俺は、遙遠くに目を向けた。

電脳都市より、もっと奥、そこにある地平線は、沈みかけた陽に染まっている。薄い雲になぞられて、緋色は淡く伸び、街を穏やかなまま夜に迎え入れようとしている。

ゴォーと言う大気の流れと共に、渦巻いた雲達がどんどん風に流され、何処か遠くへ消えて行く。


美しいな。


このような景色に感銘する余裕を、どの民達も公平に持てる世界にしてやりたい……


……それは、ちょっとあやふや過ぎるか。バカだな俺は。


「エテルシフトラ」


――俺は、異界へと飛び立った。






クリシュマヒノの家、女神ゾアリアの祭壇前――



……


着いたか。


クリシュマヒノの気配がしないな。あいつはまた、遊びにでも行っているのだな。

少し見て回ろう。


俺はひとまず、目の前の祭壇に礼拝し、女神ゾアリアと始まりの王リリスに、今後の世界平和を祈った。


その後、周囲を見渡し、二階に上がったりなどする。


あいつめ、全然掃除をしておらぬではないか、全く、兄として一言言ってやらねば

ならんな。それに娯楽本や、菓子などの嗜好品に溺れ過ぎだ。


あいつらしいと言えば、あいつらしいが。


しかし、落ち着くな。

こんな物置小屋みたいな場所でも、血を分けた兄妹の気配を感じれば、気が静まるとはびっくりだ。

クリシュマヒノがこのような所で、満足しているのも驚きだが。あいつは、服が千着あろうとも満足しない奴だったのに。


いかんいかん。

想い出に浸り過ぎた。


俺には、目的があるではないか、命を懸けた目的が。


俺は、再度祭壇前に行き、その前に並ぶ長椅子をグッと押して、地下室への通路を出現させ、導かれるように階段を降りた。


そこには、俺が設置させた、女神ゾアリアの魔術を模倣した魔導機が稼働していた。

黄金の歯車が重なり合い、魔のエネルギーでガタガタと自律的に回転している。

ダイヤル式の異界数字が変化し、女神ゾアリアの復活の刻を測っている。


俺は、しばしそれを見つめていたが、邪魔の無い内に用事は先に済ませようと思い、懐から、女神ゾアリアの心臓を取り出す。

赤透明の臓物型の宝玉は、明るく無い地下室で、怪しく俺を視るように光る。

宝玉内に浮かぶ、高濃度のプリズムの魔力は、銀河のように手の届かぬ輝きを見せ、俺の目を魅了した。


俺はそれを魔導機の前に置き、一歩下がる。


この宝玉を完全に満たすには、相当な魔力が必要だ。

クリシュマヒノですら、半年はかかるだろう。

残るは二割。


ならば、俺では……


5秒で十分だ。指二本は犠牲にするがな。



「レードプリズミア」


俺は淡白に唱えた後、硬化させた片方の手の爪で、もう片方の手の、小指と薬指を切り落とした。


足元に赤、赤、赤、ポタポタ……

脳裏に、赤、赤、赤、ドクドクドク……


イメージ。女神。天国の門。我が究極の都市。


痛み?


無いな。あるんだろうが、感じぬ。


俺が、これに失敗して、民が苦しむ道を辿る方が遙に痛い。


成し遂げる為に必要なら、喜んで差し出そう。一人では、何も掴めぬその指など。


俺のプリズムの魔力は、覚悟と犠牲により、飛躍的に出力をあげ、暗い地下室を、光の海に変えた。

その全てのエネルギーは、黄金の魔導機に注入される。


全ての歯車は砕けそうに周り、数値を示していたダイヤル式の異界数字も、ある一定で止まった。


宿命は、あるべき地点に収束し、これからの物語は臨界点を超えるだろう。




そして……



女神ゾアリアの心臓は、脈を打ち出した――



非常に濃い極彩色のプリズムで満杯になったそれは、新たな生を受けたのだ。


俺は、血だらけの手でそれを大切に握りしめ、懐にしまった。

脈打っているのが俺か、"あれ"かはよく分からなかったが、二つの心臓を背負うというのは、なかなかに悪くない気分だ。


……


ガタッ。


上から物音がした。


帰って来たか。


全てを成し終えた俺は、地上への階段を登る。久しく会う妹の顔を見る為に。




一階、祭壇前――



「久しぶりだな、クリシュマヒノ」

目の前の妹は、固まったまま震えている。


「……フィジャナーク兄様」

小さな声で、俺の名前を呼んだ。


「勝手に入って悪かったな。勝手ついでに助言だ、もう少し片づけるようにしろ。一応姫なのだぞ」


「……その手どうしたの?」

クリシュマヒノは、俺の血だらけの手を見て、青ざめている。


「汚してすまぬな。気にするな」


「気にするわ、痛そうだもの。今、消毒と止血を……」

クリシュマヒノが二階に上がろうとする。

寂しいな、きっと仲間に連絡でもするのだろう……



「よい。それより話がある」

俺は早く本題に移りたかった。


「……いやよ」

クリシュマヒノは頭を抱えた。


「逃げはもう出来ぬぞ?民ですら苦しみに向き合って生きている。我等が逃げてどうするのだ?」

もう少し優しくは言えないのかと、自分で呆れてしまう。


「……お願いフィジャナーク……」

少し懐かしい呼び方だ。


「もう、遅いのだ。これを見よ」

俺は、脈打つ女神ゾアリアの心臓を見せた。


「そんな……」

膝から崩れ落ちるクリシュマヒノ。


「お願い!!!この世界には手を出さないで!!!」

少し強くなったな、妹よ。その強さ、俺と共に見して欲しかった。


「手を出すなど一言も言ってはいない。何度も言うがこれは救済なのだ」

そうだ、お前は誤解しているんだ。


「違う。今までの行為が、救済な訳が無い」

クリシュマヒノは激しく俺を睨んだ。

……俺では無いな。

魔族組織の奴等や、電脳都市の一部の連中だろう。


「お前は、女神ゾアリアが嫌いなのか?幾つもの胸打たれる真実の逸話を、子供の頃より何度も聞かされ、その愛に光を感じなかったのか?」

それがとても不思議だ。


「それは……」


「そうであろう。お前も分かっているはずだ、電脳都市の誇り高き公平な平和と、女神ゾアリアの圧倒的な救済の世界の前には、この世界の穢れた面は見るに堪えないと。母様もそう言っていただろ?」


「……」


「……でも、この世界にも、全てを覆すような圧倒的なモノだってあるのよ……兄様が知らないだけでね……」

クリシュマヒノは、上手く言い返せない事が悔しそうだ。


「そうなのだろう、それは否定などせぬ。でなければ、お前はここまでこの世界に執着してはいないだろうからな」


「じゃあ……?」


「ああ。分からぬ事を、勝手に自分の考えで決めつけなどせぬ。それが王だ」


「フィジャナーク」

クリシュマヒノの顔が、少し嬉しそうだ。


「しかし条件がある、それだけは王として譲れぬのだ」

本題に入るか。


「条件って?」

クリシュマヒノは目を細めた。


「まず一つ。電脳都市の軍がこの世界に来ぬように、俺が止めてやる。その代わりに、お前は仲間の連中に、私や私の仲間に一切手出しさせるな。つまりどちらも攻撃せぬと言う事だ」


「いいわ。勿論」

クリシュマヒノは素早く承諾した。


「もう一つ、女神ゾアリアの復活は、電脳都市の悲願だ、お前もそれを十分理解しているだろう?それは、お前の召喚の儀無しでは実現せぬ事だ。ここで俺は、良い事を思いついた」



「……何?」

クリシュマヒノは不穏を感じ取っている。相変わらず気配に敏感な奴だ。


「天空の塔にて、お前の最愛の友、あの無垢白の髪の乙女と俺で一騎打ちさせろ。

俺が勝てば、女神ゾアリアの復活に協力して貰う。あやつが勝てば、俺は金輪際、手を引こう。これの意味がわかるか、クリシュマヒノ?俺とお前で全てを賭けて戦おうと言う事だ。理解してくれ、俺が考えた答えはこれしかない」


「いやいやいやいやーーー!!!!!!それだけはやめてーーー!!!!」

先程より、激しい感情だな。

世界より、あの乙女が好きなのか……


「……許せ、妹よ。そして、選べ。選ばず逃げるのであれば……どうなるかわかるな?俺が止めるのにも限界があるぞ。お前の仲間達が理外の強さを誇るのは知っているが、電脳都市の軍や、守護神獣達も底知れぬ強さだぞ?」


「お願い……」

泣かないでくれ。


「連絡を待つ。ではな……偶には母様にも花を活けに来い」


俺は指を鳴らし、電脳都市へ帰還した。


これでいい。


こうしか無いのだ。

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