黄金の盾 ルアナ・ヴェスペラ
油絵のように、青い空に雲がすーっと溶けた、時間が止まっているような昼過ぎ、私達四人は滝壺に潜む異形を探しに行き、車に揺られていた。
直線以外、見渡す限りが大森林の高速道路を私は運転している。
「外暑そうねー、シスイ」
ヒノが、空を眺めて言う。
「うん、そだね。森の中は結構涼しそうだけど」
人間に文明があった事すら忘れてしまいそうな莫大な森林を見て言った。
湿気なのか、なんなのか分からない、もわっとした気体が、森からドクドクと排出されている。
「よほー!私は出来れば森に入りたくないの!だって、虫に噛まれたくないから!」
ミレアは穴あきジーンズに、ピンクのパーカーを羽織り、今から駅前のカフェにでも行くような恰好をしている。
「虫に噛まれたくないのはみんな同じさ、ねぇクオリアちゃん?」
私は、ミレアの隣で、ぼーっとウィンドウから青空を眺めるクオリアちゃんに尋ねた。
「はい。痒いのは苦手です。毒を持っていればもっと苦手です。でも頑張ります」
ライムグリーのジト目を、だらっと垂れた髪から覗かせてる。
「どく―――!!!余計イヤ!イヤイヤイヤーーー!!!今からでも遅く無いわ。
みんなで帰って、お洒落なビュッフェでも行きましょ!引き返そうよ?のっちゅ!」
後部座席でジタバタするミレア。
「ビュッフェ行くー!!!」
ヒノは助手席でレッツゴーと腕をあげた。
「ビュッフェ行くー!じゃないよ、ヒノ。使命感どこへ吹っ飛ばして来たの?」
数時間前まで、私達の行動が世界の命運を分けるって、真剣な表情で言ってたじゃないか。
「ごめん……」
ヒノは、心の底から申し訳なさそうに言った。ちょっと言い過ぎたかな。
「謝る事ないよ、ヒノ。ビュッフェ行きたいのは普通の事だよ?」
ミレアが、ううん大丈夫。その気持ち大事にしよ?みたいな偽善者を気取ってきた。
「張本人め……」
私は、バックミラーでミレアをチクッと睨む。
「よほほほぅー、こわーい、シスイこわーい、クオリアちゃん、なんかあったら助けてー」
わざとらしい怖がり方で、無表情でぼーっとするクオリアちゃんにくっつくミレア。
「ミレアさん、落ち着いて下さい。おしっこですか?」
夕陽のグラデーションみたいな色の髪を耳にかけ、優しく言うクオリアちゃん。
「何聞いてたのよーーー!!!」
ミレアは、クオリアちゃんの肩を揺さぶり、もうイヤーと叫ぶ。
「あ、そうだわ。これどうぞ」
ヒノは後部座席の二人に、温泉まんじゅうを渡した。
渋い……持ち歩いてんだ。
「よほ。お言葉に甘えますーのっちゅ!」
ミレアは、急にいつものラブな感じ戻る。
幽明曰く、ミレアは今、誰かに猛烈に恋しているらしいが、きっと相手は凄く大変だなと思った。
「どうも、まんじゅうさん……あ……ヒノさん。ふっ……」
クオリアちゃん、自分で言い間違えて、浅く笑った。
「ぶふぉぉぉっ!!!」
ミレアがそれを聞いた瞬間、口から温泉まんじゅうを放出した。
なかなか見れない絵面だな、ガーリーが売りな彼女のこんなシーンて。
てか、私ん家の車なのに……汚い。
前に座るヒノの頭にちょっとかかった。
「ちょっと、ミレア!恩を仇で返す気!?」
ヒノの頬が、ぷくーっと膨らむ。
「あははははは!なんだよそれ」
さすがに、私は笑ってしまった。
恩を仇か、ふふっ。ヒノが食べ物をあげるって結構珍しい事だからね。
「おっほ!だってぇー、ま、ま、ま、まんじゅうさんって何なのよ!?」
ミレアは濃いピンクの瞳をうるうるさせ、体をぷるぷる震わせている。
今にも笑いが大爆発しそうだ。
「すみません。間違えてしまいました。とてもおしっこがしたくて我慢の限界だったので……」
クオリアちゃんは、至極穏やかな顔で言った。
え?
おしっこ、君がしたかったんじゃん!さっきミレアに聞いてたのそう言う事?
私達三人は、クオリアちゃんを一斉に見た。
「どうかされましたか?」
「よほ!なんでそんな平穏なの!?わけわかんないのっちゅ!」
ミレアはどういう事と慌てている。
「ホントよ!普通に心配だわ。クオリアちゃん大丈夫?」
心底心配そうな、面倒見の良いヒノ。
「もうすぐ、パーキングだから我慢できる?」
車に漏らされたらとヒヤヒヤする私。
「あと十七分と三十五秒は大丈夫です」
正確だな!!!ロボットか!!!
ヒノは、流石に口を押さえて笑いを堪えている。
「シスイ!パーキング急いで!流石に、この子に車でおしっこちゃん、させちゃうのは先輩お姉ちゃんとしてのプライドが許せないわ!」
ミレアは眉をシャキンッと斜めに吊り上げ、妙に顔が勇ましくなった。
なんかいい奴だな君。そして面白い。
「わかってるさ、パーキングは、ここから五分の所にあるから、そこで一旦休憩しよう。私もちょっとトイレ行きたいし。あそこのパーキングには美味しい蕎麦屋もあったから、戦闘前の腹ごしらえも兼ねよう」
私は、ミッション中のスパイのように言った。
「それ、最高じゃない!お蕎麦大好き!そーば、そーば、そーば、そーば」
ヒノは、空気が新鮮な山中で食べる、そばを想像したのだろう。歌まで歌いだした。
「そーば、そーば、そーば、そーば」
クオリアちゃんまで、左右に揺れ、にこやかに歌いだす。
そんな余裕あるんだ、すごい。
「よほほーい!そーば、そーば、そーば、そばそばそーば」
ミレアまで……しかもアレンジしちゃって。
はぁ……
「そーば、そーば、そーば、そーば」
私は、みんなに揃って肩を揺らし、一緒に歌った。
いつしか、車内は和やかな、そばの歌で満たされ、そのまま車はパーキングへ入った。
……
なんだ、このグループ。微妙に波長が合う!
パーキングエリア、屋外のテーブル――
「いっただっきまーす!」
私達四人は、今まさに、そばを啜ろうとしていた。
カップ容器に、かつおだしの効いたスープが、なみなみと入り、琥珀色に輝いている。
その中に、こしがある風味の良いそばが、とぅるりと沈んで渦を巻く。
その上には、恐らく近くで採れたであろう山菜の天ぷらが良い具合に汁を吸って君臨している。
無駄の無い一品。
「なんなのよこれー、ヤバイわ、お出汁マジヤバイ!」
ヒノは、頬を押さえ、もうダメー美味し過ぎるぅーと、感動の降参をしている。
「山菜の天ぷらもイケるよ!青い苦みが、こんなにもお出汁と合うなんて、一体なんなのさ!」
私は夢中で麺をすすり、スープをじゅじゅっと飲む。
「よほほー!少し甘い出汁が、とてもずるいのー」
ミレアも、はーっふ、はーっふっと熱そうにしながらも食べている。
「私にはわかります……この舌に伝わる、バランスの良いデータは……かなり美味しいお蕎麦です。しっかり感じます」
クオリアちゃんがあまりに真剣な顔で言うもんだから、みんなは何かおかしいのだけれど、まぁいいかと一瞬固まってから、再び夢中で蕎麦を啜り出した。
数分後――
「ぷはー、食った食った!!」
ミレアが満足げに、ルミナスピンクの髪をかき上げる。
「うまうまだったね」
ヒノはハンカチで額を拭いて、嬉しそうに笑う。
「美味でした。初めてのお蕎麦大変感動です。ご馳走までして頂きありがとうございます。シスイさん」
クオリアちゃんは丁寧にお辞儀する。少し、アンドロイドみたくぎこちない所はあるが、素直でとてもいい子だ。
ちなみに、私は全員に奢った。異形霊媒関連の貯金で、正直、親に言えないぐらい貯金がある。
「いいのいいの、みんなが喜んでくれたらそれで嬉しいよ。初お蕎麦だったんだねクオリアちゃん。良かったらまた今度どっか食べに行こうよ。この世界の美味しい食べ物教えてあげるからさ」
そう言う私を見て、不思議そうな顔をするクオリアちゃん。
その出で立ちは、異国の制服のようなタイトで黒を基調とした可愛いらしくシックなドレスで身を包む。
だが、それに反して、なんとも放って置きがたい雰囲気がある。
「どうかした?」
「いえ……何故、シスイさんが私に親切にしてくれるのかと……」
クオリアちゃんは、そんなデータは見つかりませんとでも言いたげだ。
ヒノとミレアは、そんな私達を見ている。
「親切に理由はいらないよ。当たり前の事だからね」
私はきっぱり言う。
「そうですか、シスイさんの当たり前は、相手を嬉しくさせるんですね!」
無表情だった彼女の顔に、感情の色味が付いた。
「はは、ちょっと恥ずかしいね」
ストレート過ぎて恥ずかしい。
「……んじゃあ、みんなそろそろ行くよ、ここから現地まで遠く無いけど、トイレ行くなら今の内だからね!」
誤魔化すように、私はみんなに合図する。
みんなは、はーいと手を上げ、各自トイレ行ったり、土産の買い物や準備をし、
私達は再び車に乗り込んで、現地へ向かった。
――
先程と同じく、ひたすら大森林の中を走る――
みんなは、お腹が一杯になった事で、少し眠たくなり、ウィンドウをぼーっと眺めたり、スマホを触ったり、本を読んだりしている。
車内はとても静かだ。
それを、ミラー越しに見ながら、頑張らなきゃと微笑む私は、なんだかお父さんっぽいなと鼻で笑う。
とにかく安全運転で行かなきゃ。
気が付けば、既に高速道路を降り、帰れなくなった時の為に、一応予約しておいた旅館の駐車場まで辿り着いた。
キャンセル料払ってでも、安全弁は用意しといた方が良いから。
異形のいる滝壺は、ここから歩いて一時間ほどらしい。
丁度良い場所に旅館があってくれて本当助かった。
「みんなー到着だよ」
私は、うつらうつらになっている三人を起こすように言った。
「よほ?旅館なの?」
ミレアが首を傾げる。
「もし、帰れなかったら泊まろうかなってね、やっぱり日帰りが良かった?」
私は申し訳ない感じで聞く。
「ぜんぜーん、泊りで大丈夫だよ。お店にはトドリがいるし、任せればいいもーん」
それもどうなんだ……
「私も大丈夫です。最近は特に予定は無いので、バイト以外」
クオリアちゃん、案外暇人なんだな。魔法少女感強いのに結構ギャップだ。
「私はむしろ泊まりたい!」
ヒノは両手をグーと握った。
「じゃあ……もういっそ泊まっちゃおっか?どう二人共?勿論、宿泊代は出すし」
私は、ミレアとクオリアちゃんに聞いてみる。急な決定で悪いけど。
「よほほーい!オッケィ!シスイ太っ腹ー!」
ミレアはくるくる回り、すぐさまトドリに電話を掛けだした。
「良いんですか?高いですよたぶん。お金無くなったら悲しくないんですか?」
クオリアちゃんは、またも不思議そうな顔をする。まるで、一つずつ、大事な事を覚えてるみたいだ。
「そうだねー。今はお金が無くなる悲しみより、二人が喜ぶ嬉しさの方が全然大きいかな。その嬉しさって、心に残るじゃん想い出とかで。お金は無くなっちゃうけど」
私は、これでいいのかな?と思いながら、クオリアちゃんに言ってみた。
「その概念はなんとなく知っていました。ですが、心に実感させて貰ったのは初めてです」
クオリアちゃんは胸に手を当て、考えている。
「難しく考えなくていいのよ?楽しい嬉しい、心に浮かんで来た、良い気持ちに従うの」
ヒノは、そう言った後、アガるわー旅館!っと軽く叫んで、駐車場の砂利道を走り出した。
「従うのですね、心に。……私は……皆さんともっと楽しみたいです!」
クオリアちゃんも、同じく走り出す。
私は、走ってじゃれ合う二人を眺めた。
「あの子カワイイでしょ?面倒見てくれて、ありがとね!のっちゅ」
ミレアが不意に、真剣なトーンで私の背後から耳元で囁いてきた。
ちょっとぞわぞわするじゃないか。えっち。
その後、私達四人は旅館にチェックインし、広い四人部屋に案内され、重い荷物を降ろし、ぶはぁーと気が抜けた様に座り込んで、出された簡素な茶菓子と熱いお茶を頂いた。
移動疲れもあったので、そのまま数十分ほど、部屋でだらだらとくつろいだ。
旅館に泊まる選択肢をとったのは、やはり大正解で、最悪態勢を立て直す為に逃げ帰れる場所も出来たし、ここでワンクッションとり、ベストなコンディションで現地に向かえる事は、後の結果にも大きく影響しそうだ。
行き当たりばったりで、終わりが見えない山に入るのは物凄く危険な事なのだろうから。
私達は、旅館前の駐車場に集まる――
「じゃあ、行こうか。例の滝壺は、この辺では有名な観光名所らしいから、案内標識がずっと続いてるんだって、この駐車場の隅に入り口があって、滝壺の終点まで人が歩けるようになってるって旅館のおばさんが言ってた」
私はみんなに軽く説明した。
「最悪迷ったら、私がこの羽で飛んで、空から案内するわ」
その手があったか。
ヒノは、任せてと、腰に手を当て、翼膜を広げて可愛らしくウインクした。
「よほほ!じゃあ後は、道なりに進んで、滝壺の異形をぎったんぎったんにするだけね。腕が鳴るわ!」
ミレアは、瞳の奥がぐるぐる回り、剣の文様になる。
「それなんだけど、燃焼系の属性魔法は厳禁ね、山が燃えちゃうと大変だから。
あと、なるべくその場所を荒らさない様に環境を守りながら戦おう。山からすれば私達はただの部外者だし」
このメンツが全員好き勝手に暴れれば、きっととんでも無い事になる。
「よほ!そうよね。私達に、この地を荒らす権利は無いものね」
ミレアは了解したよと、ふんふん頷いた。
「ミレアも意外と常識人だったのね」
ヒノは、へー、と感心している。
「そうよ!私をなんだと思ってたのよー!心外よっ!の、ちゅっ!」
ミレアはポカスカとヒノを叩く。
「ぶりっ子っちゅっちゅちゃんと思ってたわ」
ヒノは、ミレアの物真似をしながらそう言って、悪戯気に笑った。
ミレアは、温度計みたいに顔が急激に真っ赤になり、両手で覆い隠した。
私とヒノはそれを見て、可愛い子だねと笑い合う。
「あ、皆さん、これをどうぞ……ディバーニバリエ」
クオリアちゃんが、空間から荘厳な杖を取り出し、私達に呪文をかけた。
私達四人は、透明な光の円球に包まれた後、鐘の音で祝福された。
神社に入ったような、清らかな感覚になる。
「クオリアちゃんこれは……?」
私達三人は、クオリアちゃんを見た。
「これは、軽度の災いを寄せ付けない魔術です。きっと、毒虫や、その他噛みつく存在のほとんどを防げるでしょう。あと、躓いたりとかもです」
クオリアちゃんは、優しい笑みで私達に答えた。
「よほーん!最高の魔術キター!カワイイ後輩過ぎる!」
ミレアはクオリアちゃんの頬に、ぶちゅぶちゅと恥ずかしげも無くチューする。
クオリアちゃんは、シャイな男の子みたいに、俯いて頬を染めて、カチンと固まっている。
「超ありがたいわね。羽噛まれたら掻きにくいのよ」
ヒノは、カチカチと歯を鳴らし、噛む真似をした。
「地味に一番助かるね。山で転倒と、虫刺されを避けれるのは、アツいよ」
私は、ありがとうと丁寧にクオリアちゃんの手を握った。
「いえ……このくらい全然です」
クオリアちゃんは褒められた恥ずかしさのやり場が無く、杖の先を地面にポンポンと突っつけた。
「じゃあ行こう!さっさと片づけて、露天風呂と豪華な晩御飯ゲットするぞー!!!」
私は、みんなの士気を高めるべく盛大に腕を上げた。
みんなも、それは良い!!と同じく腕を突き上げた。
険しい山中――
「ジメッジメしてるわね」
ヒノが、拾った小枝で、雑草を薙いでそう言った。
「ホント……思ったより体力が奪われる……」
道こそ悪くはないけど、私の体力の無さがここにきて問題だ……
「ゲロゲロが出そうですぅー」
ミレアは既に体力が尽きて、気分が悪そうだ。ちょっと親近感が沸く。
「みんなで歩くって楽しいですね!」
クオリアちゃんは、ハツラツとした顔で、トテトテと軽やかに進む。
「意外と体力お化け」
ヒノはクオリアちゃんを見てそう言った。
「だね。楽しそうで何よりさ」
私は、ふふっと笑う。
「シスイーおんぶしてー」
ミレアはゾンビのように背後から抱き着こうとする。ピンクのパーカーがやけに森に浮くいている
「ちょっと、私だって生粋のインドア派だから体力無いよ!」
そう言って、かわす。
「うわわ。じゃあ、ヒノちん。私をおぶって飛んでちょーらい」
ミレアは無茶を言って、ヒノに抱き着こうとする。
「あっち・いって」
ヒノは持ってる小枝で、ぶんっぶんっと、ミレアを薙ぎ払う。
ちょっと可哀想。
「よほーん。ひどいひどい、しょんぼりなのー」
ミレアが悲しい声を出す横で、ヒノは薄っすら笑っていた。
ちょっと残酷ヒノが面白い。
「皆さん、静かに」
クオリアちゃんが、耳を澄まして立ち止まった。
「どしたの?」
私は尋ねる。
「何か来ます」
クオリアちゃんは、杖を空間から出現させ、側方に構える。
私達は、戸惑いと共に構えた。
すると……
視線の先に、大きめの黒い影が見えてくる。
凄い勢いで、こっちに走ってきている。
「あれは……クマだ!!!!!」
私は、大声で叫んだ。
そのクマは、既に近くまで来ており、近くで見ると、かなり巨大で迫力がある。
二メートル程はあるかもしれない。
どす黒く巨大な四足を落ち葉の上で鈍く響かせ、意思疎通の余地なんてまるで無いように、荒い唸り声を上げて、こちらに猪突猛進している。
グゴォォォォォ!!!
「どうする、シスイ!?」
ヒノは眉間に皺を寄せて構えている。
クオリアちゃんは今にも魔術を繰り出しそうだ。
私はなるべく穏便に済ませたい。
一発で決めるか。
「私が気絶さそうか?あまりここで雷は使いたくないけど?」
その時だった――
「なーんだ、クマちゃんですか」
ミレアは、特段気にする雰囲気でなく、だるそうに前に進みながら変な言葉を言った。
「ぐるぐるのぽーい」
次の瞬間――
クマの足元にゴールテープみたく、真紅の鎖が空間から出現し、クマはそれに盛大に躓いて、物凄い勢いで一回転して、地面に突っ込んだ。
ミレア以外が唖然としていると、さらに鎖は数十本と現れて、巨大なクマを瞬く間にがんじがらめにし、そのまま宙に引きずる。
それはまるで、強大な存在の人形劇を見せられている様だった。
巨木の幹に、捉えられた海賊のように縛り付けられた巨大クマ。
小型の獣が一斉に逃げ出す様な、空間が震えるうめき声を出し散らかすが、鎖はびくともしない。
ほんの少しだけ可哀想だ。
「ミレアさん、さすがです」
クオリアちゃん、感激したようにすり寄る。
「ミレア、よくやったわ。これ、あげる」
ヒノは、でかしたと言う風に跳ねて喜び、ポケットからチョコ菓子を渡す。
「よほ!ラッキー、疲れた時は糖分よねー」
ミレアは、ふふーんと鼻歌を歌う。
「ありがと、ミレア。なんとか助かったよ。それと、あれっていつほどけるの?」
改めて思うと、やっぱりこの子滅茶苦茶強い。
一時期は敵だったのが恐ろしい。
「よほ。一日経ったらほどけるようにしとくから、クマさんはだいじょうぶなのだ」
ミレアは大きなピースサインを出す。
「助かるよ、なるべく傷つけたくないからね。ミレアが来てくれてよかった」
「いいのよ。っさ、行きましょ」
ミレアはご機嫌になり、一番先頭を歩く。
私達四人は再び歩き出す――
目的地はもうそんなに遠くない。
滝壺前――
ザーっと言う音と共に、涼し気な空気が鼻孔や肌に触れて、水を連想させた。
「この先じゃないかしら?」
ヒノがゴールを前にした明るい顔で言った。
私達の目の前の視界は、歩く毎に広く開けて行く。
完全に林を抜けた――
竜が踊り飛び込んでいるような巨大な滝と、広く透明な池が現れた。
池は一面、エメラルドに煌めいている。入り込む陽射し相まって、女神の湖のようだ。
「到着だね。近くで見るとすごい迫力だ」
私は、みんなにご苦労様の声色で言う。
「なんだか爽快ね、ザッパーンって感じで」
ヒノは、両手をバッと広げて、スカッと笑う。
「よほほ。どっかにいるわね異形。ヒシヒシと魔力が伝わるもの」
ミレアが、品定めするような目で、ぐるりと見渡している。
「ええ、恐らくは池の底ですね」
クオリアちゃんは、池の中央をジト目で見つめている。その先だけ、底が見えず、別の色がある気がする……
……
私達は四人は池に近付き、ぐーっと覗き込んだ。
ヒノが言った。
「シスイ、ゼスパ出しなよ。前にカリダノが、シスイの異冥府の鎌ゼスパ・ヴェスぺラと、ルアナ・ヴェスぺラはお互い引き寄せ合うって言ってたじゃない」
「そうだね。いっそ池に入れてみよっか?別に濡れても問題ないし」
私は、ポケットの中から、圧縮したゼスパを取り出す。
いつも、念動でスマホサイズの銀色の塊にして、肌身離さず持ち歩いてるのだ。
「見事な物質ですね」
クオリアちゃんは、感嘆する。
「おっほ!これかーゼスパ。やっぱ半端ないエネルギーだわ。普通の存在が触れたら一発アウトー!ってかんじ!」
ミレアは笑いながら、少し後退りする。
それ、よく言われるけど全然わかんない。なんも感じたこと無いし、むしろ持ってたら安心するもん。
私はそう思いながら、ゼスパを宙に放り投げた。
「展開!っと」
ゼスパは、虚空で二メートル程の鋭利な鎌となる。
怪しく光る銀色のボディは、この世界の金属では無いと見るからに分かる。
その上には細かな文様が掘られており、古代の壁画のような、それでいて何処かの都市を描いてるようにも見える。
「ほほー!さらりご立派!」
ミレアは拍手する。
私は、その鎌を念動で高速回転させ、一つの円にする。陽射しが綺麗に反射して、
巨人の天使の輪のようだ。
一応、今は属性は纏わせない。様子見。
「なんだか神秘的よねー」
ヒノは、懐かしいような目つきで見ている。
少しデジャブを感じた。
「改めて見るとね」
私はそう言って、ゼスパを水面に近づけた。
水面ギリギリでホバリング。
池全体にしぶきと、波が広がる。
私達は、足元に打ち寄せる水に構いもせず、その光景を眺める。
神話の森にいるみたいだ。
次の瞬間――
池の中央が、黄金に輝いた。
滝とは正反対の位置にいる私達から、結構近い。
かなりデカいな。
私は、ゼスパを水面から離す。
と、同時に水中の巨大な黄金の塊から、腕のようなモノがにゅるりと伸び、水面から出て来て、ゼスパをがぶりと掴もうとした。
正体不明なそれから、本能的な欲望を感じる。
「なんなのさ、あれ」
私は、シュールな光景に小さく声をあげた。
「あれよ、シスイ。ほらやっつけて!」
ヒノは、早く!と急かすように、結構容赦ない事を言う。
「綺麗な金ピカ!」
ミレアは面白そうに食い入る。
「あれで確定ですね。用心しましょう、中々のオーラの持ち主です」
クオリアちゃんが杖を構える。杖の先端の宝玉が魔獣の瞳みたく揺らいだ。
私達がそう言った瞬間には、その金ピカの腕の持ち主は、水の抵抗なんて物理法則は一切知らない様に、池の底から、莫大な水しぶきと共に、強大なジャンプをした。
「きゃーーー!出て来たわよーーー!」
ヒノは、戦隊モノの、怪人に出くわした一般人みたいな反応をした。
あえて、コメディチックにしてる気もする。
"それ"は宙で数秒回転し、見せ付けるように輝いた後、再び池にバシャンと着地し、文句あるか?と言う様にふてぶてしく直立した。
私達は全員びしょ濡れ。
全員が目を拭い、私達をこんな風にした張本人を見る。
黄金のゴーレムだ――
ヤシの木みたいに背が高く、目は、二つ赤い光線が怪しく灯り、体中ブロックの塊みたいで、それが無脊椎動物みたく、とても柔軟に動いている。人より可動がスムーズかもしれない。
その黄金の肉体は、物理も属性も何も通さないような、強靭な雰囲気があり、メラメラと金の波動を滲み出している。
「やば、想像以上に強そうじゃん」
私は、ぽつりと呟いた。
そんな呆気にとられた私には、既に、黄金の腕が迫っていた。
「シスイ!!」
ヒノが私の隣で鋭く叫び、プリズム色の魔弾を掌から超高出力で連射した。
ドドドドドンッ!!!
奴の黄金の体は、玩具みたく後方に吹っ飛ぶ。
助かった。
「ありがとヒノ!」
しかし、黄金のゴーレムは体操選手の様に、体を捻じ曲げて、優雅とも言える程に、見事に着地した。
「じっとしてなさい!!!」
ミレアがすかさず、真紅の鎖を奴の周囲に展開し、四方八方からがんじがらめにする。
蛇の様にジャラジャラと奴の体に絡みつく赤。
擦れる金属音が、森の中で響く。
黄金のゴーレムはバシャバシャと水を弾きながら、ティラノサウルスみたいな野太い咆哮を発した。
「フレアベルジュ!!!」
クオリアちゃんは、異形の声に対抗する様に、可憐な声で短く叫び、賢者の杖を掲げる。
黄金のゴーレムの頭上に、蒼い炎で燃えた宝剣が現れ、十字閃光を放った後、キュリリリリンと不思議な聖なる音を出し、奴の体に爆槌した。
ガキンッ!!!
しかし、宝剣は、奴の黄金の鎧を通過する事は許されず、見るも無残に真っ二つに割れ、池に落ちて沈む。
「クッ、かなり硬いですね……」
悔しそうなルリメアちゃん。
「シスイ!早くなんとかしなさい!コイツとんでも無いバカ力よ!」
ミレアが冷や汗を流し、私に叫ぶ。
どうすればいいんだ。
ルリメアちゃん曰く、体内に秘武器ルアナを取り込んでるって言ってたな。それを剥がせばいいのか?
私は、宙で待機しているゼスパに、周りに影響が出ない程のイカズチを纏わせ高速回転させた。
そして、その雷刃の円を、ゴーレムの体にビュっと向かわす。
内部は傷つけないように微調整で。
接触――
全てを弾く鎧と、切れないモノは無い鎌が激しくぶつかる。
金属がけたたましく弾ける轟音と、燃え盛る火花の渦が、池の中央で巻き起こる。
さながら、伝記の子竜が怒り狂っているようだ。
「どっちも凄まじく強力ね……キリがないかも」
ヒノは神妙な顔でそう言った。
「よほー!あいつ私の鎖を防御に利用してるわ!」
眉を吊り上げ、ムカつくと言う表情をするミレア。
黄金のゴーレムは力ずくで回転し、繭の様に、身に真紅の鎖を纏う。
「原初の炎使いますか?恐らく溶けますよ?」
ルリメアちゃんが危ない目つきで言う。
「ダメだ、なんだかそれは、ここで使っていいモノに思えない。それに、奴の中にある武器まで溶けたら大変だ」
私はクオリアちゃんをなだめる。
その時だった――
(我よ、我が盾に命令せよ。しかと掴め。如何なるものにも、其方の愛しきモノを明け渡さぬ意思を示せ。全てを其方の眼で覆え」
「うわわわわわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
私は絶叫した。
私の心に偶に浮かぶ声が、これまでになく、とてもはっきりと私に喋りかけ、眩暈がし、瞳の奥が焼けるように痛み出したのだ。
「ダーリン!!!どうしちゃったの!!?」
ヒノの声が聞こえる。
私は目を押さえて、蹲る。
「シスイ!?どうしたって言うのよ!?」
ミレアは、必死に鎖で奴を押さえながら、私を心配してくれている。
「シスイさん!……なんですかこれ……理解できない量のオーラだ」
クオリアちゃんは、私に近付こうとしたが、数歩後退った。
「シスイこっちを見て!!」
ヒノが私の顔を押さえる。
私は、彼女の匂いに少し正気になり、薄っすら目を開く……
「ゾア……」
口から勝手に言葉が出た。
「え……?」
ヒノは固まる。
「やだ、あなたの目どうしちゃったの?」
「私の目どうかした?」
「えぇ……物凄く光ってるわ……」
どう言う事だ……
違う。知っている。
これは私が意図的にやっている。
目をこうする感覚も、こうしたらどうなるかも理解できている。
私は、立ち上がり、その眼で全体を見渡した。
これは……
魔女シビャクと戦った時に視えた世界じゃないか、
純粋なエネルギーだけの世界。
物質も見えるが。もっと別の層の世界が折り重なっている。
私が魔視で見る世界より、もっと深い世界。
私は、これの使い道を知っている。何故か、心の奥底ではっきりと分かっている。
これは……"触れれない世界への対話"を可能にする。
私は黄金のゴーレムに向き直り、ボソリと言う。
「ルアナ・ヴェスぺラ。私と共に、来てはくれないか?」
他の三人は、どうしちゃったのと、奇妙に私を見ている。
次の瞬間――
ミレアの鎖にくるまったゴーレムは、絶叫の雄たけびを上げ出した。
「ミレア、鎖外していいよ」
私は気にせず、そっと言う。
「よほ?どういう意味?それはとても危険よ!」
ミレアは、ダメよと首を振る。
「いいんだ……大丈夫」
ミレアはかなり拒絶の意を示していたが、足元の水が黄金に変わっている程の、未知のおびただしいオーラが放出される私の瞳を見て、半ば降参するように、仕方なく言った。
「そう……」
鎖は解かれ、黄金のゴーレムの体から、シュルシュルと寂しく離れる。
その瞬間、奴は物凄い跳躍で私、一直線に向かって飛んで来た。
「ルアナ」
私は微動だにせず、一言。
黄金のゴーレムの体は、私に到達する前に、何かに押さえつけられた様に、宙で、がくっと止まる。
「一体これは……」
クオリアちゃんは理解できないと言う、恐怖の顔だ。
「ダーリン……」
ヒノは凄く心配している。
宙のゴーレムの背中は、ドロドロと溶け出し、中から眩しい程に輝く、黄金の盾が出現した。
それは、ゴーレムの体内の繊維と、まだ繋がっているが、意思を持ったように、強引に離れようとし、そのまま、ブチンッと引きちぎれた。
ゴーレムは、宙で絶叫し続けていたが、引きちぎれたと同時に、糸が切れた人形の様に池に落ちて、体もどんどん小さくなったあげく、全く別の水生生物の異形のとなり、気絶した。
宙に漂い、再会を喜ぶかのような、銀の鎌と黄金の盾。
「おいで、ゼスパ、ルアナ」
私は、そう言って両手を広げる。
二つの武器は、忠誠を誓う様に、私の元に寄って来た。
私は、その二つの秘武器に、やっと"みんなで"再開出来たねと微笑んだ後、
念動で、手のひらサイズの金属の塊に二つとも圧縮した。
私の掌に、異冥府の十の秘武器の内の二つが眠っている……
銀と黄金、破壊と救済。
とても美しい二つを眺め、どこかから湧いてくる懐かしい感情に、私はうっとりとする。
尋常では無い光景を目の当たりにした他三人は、私の様子を伺いながら、声をかけてきた。
「よほ!?任務達成って事でいいの?」
ミレアがちょっと警戒するように言う。
「シスイさん……あなたは一体……」
クオリアちゃんは私の全身をスキャンする様に見ている。
「ダーリン。とにかく無事でよかったわ。あと、目光り過ぎよ」
ヒノは私が無事だった事に、それだけで全然良いわ、と言う顔をしてくれた。
「あっごめん!」
私は、魔蔵視を辞め、いつも通りの世界を視る。
そして、いつも通りの私で明るくみんなに笑った。
「みんな、ありがと!任務は大成功だよ!怖がらせちゃって、ごめんね」
みんなは私らしいその声を聞いて、不安が吹っ飛んだかのように飛び跳ねた。
「よほほーい!はぁー疲れた、びしょ濡れだし、さっさと旅館に帰って休も!温泉入りたいのっちゅー!」
ミレアはやれやれと言う感じだ。
「はい!私も、お風呂入りたいです!後、とってもお腹が空きました!皆さんとの晩御飯凄く楽しみです!」
クオリアちゃんも、早く帰りましょうといいたげだ。
「熱いお風呂に入って、たらふく豪華なご飯みんなで食べるわよー!夜中はみんなで遊び尽くすんだから!」
ヒノは、行くわよーっ!と、今からが本番のように張り切った。
「うん、帰ろっか」
今は何も考える必要は無い。
また一つ、壁をクリア出来た。
それだけで、いいじゃないか……




