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フィジャナーク王


なぁ妹よ、そんなにも、この世界が嫌いか?


俺は、眼下に広がる広大な超文明都市を、雲海貫く転移の塔の頂上から見渡し、一人でそう呟いた。


並みの知を超えた技術の結晶である建築物達が、カラフルで立体なパズルのピースの様に、遙遠くまで、ひしめき合っている。


電脳都市の空には、反転重力の飛空車が飛び交い、魔術で浮遊する存在が無数にいる。

それらは、虚空の道路に沿った統一感のある動きをしている。

まるで、都市に血液が流れているみたいだ。


都市の中央には、空に浮かぶ壮大な教会がある。

女神ゾアリアと、始まりの王リリス・パンクライヴが祀られている教会だ。

その周りには、巨大な未知の幽体が三体浮遊している。

それぞれ見た目は違い、原始の獣、超科学の集大成、自然的概念の具現化。

そのような印象を受ける存在達だ。

蜃気楼かにも見えるが、確かにそこにいる。

彼らはこの都市と教会を守護する存在らしい。

立場上、この都市を知り尽くしている私でも、それらの正体は分からない。

異形なのか?特殊召喚なのか?もっと別の何かなのか?

きっと、答えを知るのは、女神ゾアリアぐらいだろう……

それら自体を信仰し、八ある季節の変わり目に、祭を開く民達もいる。


この電脳都市は別次元の世界や、全く世界が異なる異界や、同じ世界であり広大な宇宙の果てに住む存在達のハブの世界として知れ渡られている、超文明都市だ。


そして俺は、その電脳都市の霊脈を握る魔族の次期王だ。


世界の均等を司る「魔王」となる男だ。


この転移の塔から都市の景色を眺めて、その役割を考えると、

足がすくむ。

心の奥底が弱い俺には、王など向いていないのかもしれない。

だが、俺が責務を放棄する事は無いだろう。

それは、今は亡き母様との約束を果たす為……

大切な者達をあらゆる脅威から守り続ける為……

それらの為なら、恐怖で崩れ落ちる膝すらも引きちぎり、前へ進む事を俺は選ぶ覚悟がある。


俺は、ぼうっと電脳都市を見つめた。なんだか朧気だ。

幸せだった過去の記憶が、色褪せた古い映画みたく頭に流れる。

気が付けば、頬に涙を伝わせていた。

しかし、そんな俺に使命を果たせと言わんばかりに、天の世界の風は、轟く竜みたく意思を持って動き、ビュービューと俺の横を掠めた。

無垢な大気の匂いで、眼が覚める。


――俺は、溜息を一つつき、弱い自分を風の中に置き去りにし、転移の塔を降りた。


魔導式エレベーター内――


階段で登れば、一日はかかる程の、神話的高さの転移の塔も、このエレベーターの

おかげで、地上と頂上の移動に数分もかからない。


俺が先程まで居た頂上の、飛竜が自由に飛び回れる程の莫大な広さ、

あの場所の転移魔法陣から、転移魔法が扱える者であれば、簡単に他世界へ移動できる事を考えれば、本当に神格が作りし塔なのかもしれない。

俺の一族が所有しているが、この塔の詳細も、ほとんどが理解していない。

この塔の名は"アシュトリクエルム"

電脳都市には、このアシュトリクエルムの様な、理解の範疇を超えた古代の叡智が、そこかしこにある。



俺は沈黙の中、無駄に広いエレベーター内の、不壊のクリスタルで出来た鏡面の壁を見た。


そこには、当たり前だが、俺が映る……


肩まで伸びきった髪。まるで、夜の灯台に照らされた海の様な、静かで明るい青だ。

母様の髪と同じ色。

薄く透き通ったピンクの目。クリシュマヒノが言うには、人間の世界には、俺の瞳にそっくりな宝石があるらしい。

確か、パパラチアサファイアだったか?そんな名前だった。

よく見ると、いつの間にか、眼も濁ってきたかもしれない……


俺は、そんな自分の瞳に、ふと、時間の流れ感じ、全身を見た。

そこには、本当に自分なのか?と疑いたくなるような、屈強な男が立っていた。

二メートル程の背丈。ついこの間まで、母様より小さかったはずなのに。

腕も足も、魔導が滲み出そうな程に、筋肉が凝縮し、血管が世界樹の根みたく浮き出ている。

その上に、簡易的な衣と鎧。鎧は、古めいた渋い黒の、王では到底無いような地味な鎧。村あがりの青年が、騎士の格好をさせられているみたいだ。

だが、決定的に、俺が他とは違いたらしめるモノがある。

背中からはみ出る、大きな翼膜。

真紅の混じり気の無い赤色だ。

飛竜の羽などとはまた違う、魔の偉大さを具現化したような翼。


……


これが、俺だ。


俺の名は”フィジャナーク”

”花を揺らす風”と言う意味らしい。どこかの世界の言葉だ。

名付けたのは母様。


きっと、魔王に似合わない名だろう。

だが、俺はこの名で呼ばれる度に、まだ優しい存在でいられる。

俺が俺でいられる、大切な名前だ。



魔導式エレベーターが、音も無く地上に到着し、扉を開く。

機械と言うより、神殿やダンジョンのからくりのようだ。


俺は、塔から出て、見渡す限り一面の砂の世界に足を踏み入れる。


ジャリと言う音が、熱と共に、俺の鎧の金属に響き渡る。


空を見上げる。


眩しいな……良い日だ。


今日は、少し遠回りしてから城に帰ろう。なんとなくそんな気持ちになった。


俺は、地上から見る空が好きなのかもしれない。


電脳都市の中央街でも歩くか……


一歩踏み出し、砂漠の熱気を肺一杯に吸い込む。


俺は、雲すら貫く巨大な塔の真下で、静かに眼を閉じる。


そして……


大きく翼膜を開いた――


体が宙を浮く。忘れられた古代都市の砂漠に、俺の影だけが濃く動く。

崩壊した建造物や石碑には、命の気配が無く、死んだ影を砂に落としている。


「ルルムマスカート」


赤翼の一族に受け継がれてきた秘術を唱えた。


俺の真紅の翼膜は、原初の炎を無尽蔵に放出する。

原色の青や緑。他にもあらゆる色が、輪廻の様に循環し、どろどろと血色の炎に飲み込まれては、新たに出現する。

まるで、空に輝く火の星に、罪の数だけ身を炙られているようだ。


恍惚。


全能感に心までが支配される。


まるで、目前に見える全てを握り潰せそうだ……


俺が魔王でなくて、だれが魔王になる?


……


……


では、行こう――


俺は、空間すらよじれる速度で飛行し、電脳都市まで一瞬で移動した。

俺の居た場所には、原初の炎と、プリズムの魔導がカラフルな残像として、まだ残っている。


電脳都市中央街――


俺は、出来るだけ民の地を荒らさぬように、ふわりと着地する――


幾つかの通行者が声を上げる。


「フィジャナーク様!!」

街の子供達だ。

人の様な見た目の子、彼方の世界から来た異形の子、など多種多様な子供達のグループだな。この街らしい。


「元気がいいな、お前達」


「ええ、偉大なるフィジャナーク様を見られたので、わたくし達の心は晴れました。

憂いの一つも、あろうはずが御座いません」

子供達は、俺に跪く。


「そうか、良い子達だ。顔を上げろ」


「はい。魔王様」


「これこれ、俺はまだ魔王ではない……」

子供達は不思議そうな顔をする。


「しかし、クリシュマヒノ様は我等を捨て、異界の者になったと、皆、噂しておりますが……?」


「……」


その瞬間だった――


その言葉を吐いた子供は、周りの大人に尋常では無い罵声を浴びせられ、仲間内の子供達からは激しく殴られた。


「おい、坊主。フィジャナーク様の妹姫様を愚弄する気か!?」

俺より、数倍は巨大な爬虫類型の異形が大きな口をぬべーっと開け、声を上げた。

腕も足も、巨木の様に太く、タコのように何本も生えている。

陽の光さえ吸い込む様な、不気味な黒い肌。


そんなに怒鳴るな、子供から見れば、お主はきっと怖い。そう言いたかった。

この都市には、こんな存在すら、ちっぽけに見える程の異形で溢れかえっている。


「いえ……そんなつもりは御座いません。私はただ、フィジャナーク様こそ、我等の王、他に並ぶ者などいないと、言いたかっただけなのです……」

半ベソをかきながらも、人の様な子は、覚悟の眼差しを俺に向ける。

強い子だ。


まわりの連中は黙り込む――


「子よ、ありがとう。しかし、すこし違うのだ。誰が王であっても、お前の心に、お前と言う王を持て。王が私であっても、クリシュマヒノであっても、お前はお前を生きるのだ、良い眼の子よ」

俺は、その子の頭を我が子の様に撫でた。


子供達も周囲の大人達も、よくわからない、何故自分が王なんだ?と言う顔できょとんとしている。

だが、その後、ただ黙って俺に跪いた。


「騒がせて悪かったな、みんな。では、行かせてもらう。良い一日をな」

俺は、後ろを振り向かず民に手を振った。


背後から、俺の名を呼ぶ声が沢山聞こえた。


その後、俺は、なるべく気配を消し、電脳都市を歩き出した――


しかし、面白い街だ。

様々な異界言語の広告が、虚空にホログラムとして漂い、娯楽の多様性を思わせる。

上空には、都市の巨大な血管のように、透明色の魔術式エアレールが走っている傍らを、魔族が術で飛行しているのだ。

地上では、一風変わった銃の様な武器を持った異星人がいると思えば、異界の筋骨隆々な魔獣が、呪いを纏った斧を持っていたり、小さな人型の魔術師が大きなリュックに魔術書らしきモノを沢山詰め込んで観光していたりする。


様々な世界がこうもバランスをとりながら、生活しているのは、いつ見ても愉快だ。


俺は、鎧の軽快な金属音を鳴らしながら、スタスタと歩く。


気分が良い。


悪く無い散歩だ。


母と妹と、身を隠しながら、街を歩いた事を思いだす。

クリシュマヒノは、なんでもかんでも異界の露店の食べ物に目を奪われ、食べ散らかしては、腹をよく壊していた。

母様は、そんなあいつを、いつも優しく撫でて、「ヒノは沢山食べて偉いわね ふふ」と笑っていた。


俺は、体の弱い母様の代わりに、毎回あいつをおぶる羽目に合っていたな……

あの時、小さいながらに思っていた。

きっといつか、この幸せなままで、魔王となり、母様とクリシュマヒノを守り続けて行くのだろうなと……淡い夢を描いていた。


しかし……そんな現実は訪れ無かった……


魔王になったのは、クリシュマヒノだった――


昔からクリシュマヒノに負ける事は無かった。

あいつだけでなく、他の誰にも、俺は負けなかった。王である父ですら凌駕する程の才があったのだ。おれは、女神ゾアリアの加護を色濃く受けているらしい。


ただ、魔術において、クリシュマヒノは禁忌の魔術を二つ継承していた。

大規模転移魔法と女神ゾアリアの復活の卵。

それが、我が一族や、この電脳都市にとっては何より価値のあるものだったのだ。


故に、才だけの俺は魔王にはなれなかった。

その時は、どうしようもなく落ち込んだが、しかしおれは宿命を受け入れた。

妹が王になる事を心から祝福もした。


しかし、不幸は続いた。

褒めてくれる母様もいなくなってしまったのだ。

俺とクリシュマヒノは、この世の終わりの様に悲嘆した。

いつしか、交わす言葉は粗野なモノになり、お互いに不信を感じ、

結局、クリシュマヒノは、この世界を避ける様に、他の世界へ転移し、

魔王と言う、責務さえ放棄した。

そう、俺に残る、最後の愛さえ、他の世界に奪われ消えてしまった。


俺には何も無くなった――


何故こうなった?


何故、みんな俺から離れていくんだ?

何故、そんな寂しい事をするんだ?

俺は、昔から何一つ変わってはない。変われてはいない……

ただ……みんなを幸せにしようと、進んできただけなんだ。

でも、それは、そんなに悪い事なのか?



俺は、世界に自分の宿命を問うて、ぼんやりと蜃気楼のように見える都市を眺めながら歩く。



クリシュマヒノ……お前は、皆を幸せに出来る力がありながら、何故に役目を果たさないのだ?

異界の娯楽に慣れ親しみ、自分だけが幸せならそれで良いのか?

お前の力があれば、人間の地球とやらも、我等の世界のように救済できるのだぞ?

どんな生命にも公平が与えられ、互いを尊重し合い、誇り高きこの世界の様に。


俺が、異形をそちらの世界に転移しろと命じた時、お前は侵略だと言ったな?

俺にはどうしても、そうは思えぬ。


中には、知恵の回らぬ蛮族が居たかもしれないが、俺の本意ではない。

しかし、そんな蛮族であれ、我等の同胞だったはずだ。


その同胞達の幾存在かは、お前の仲間によって、殺されてしまったな……


あの時、お前は胸が痛まなかったのか?


そやつらが、先に攻撃仕掛け、お前の仲間の命を狙ったのなら、それは自業自得なのかもしれないが、お前は魔王として、その戦いを止める算段を頭が擦り切れるまで考える事はしたのか?


俺は、その状況を遠目から、そちらの世界で見ていた。全てをお前に任せると、心を無にして。


屈強な我が同胞を、聖女の様な神秘さを持った、銀髪の女性が、簡単に退けていた事には、正直驚いたぞ。


だが、すぐに気づいた。"あれ"は普通では無い。


我等の始まりの王、リリス・パンクライヴ様のような面影を持つ、無数の世界でも稀な存在だ。


"あれ"が、何を起こすかが、この俺にも読めない……怖い……くらいだ。


同時に"あれ"が、お前をそちらの世界に繋ぎ止める杭なんだろうと俺は直感した。


お前を、悲しみの奈落に落ちない様に繋ぎ止めてくれている女。


俺は、そやつに、お前に光を与えてくれた事を、兄として感謝している……


だが……


その者は……放ってはおけないのだ。


我が世界と、そちらの世界の繁栄の為、悲願の女神ゾアリアの復活の為の障壁となる事は間違いないだろう。


仲間や、組織、民の為に。倒さねばならぬ。




許せ……




――




俺は、息を一つ吐き、高ぶった感情を、道端に捨てる――


今日は、少し考え過ぎたな……


そして、彷徨う様に、電脳都市を歩いた。


露店通りを歩いていた時、不意に、道の片隅に咲く花を見つけた。


これは……母様の好きな花だ。


活けてあげよう。


……


伸ばした手が止まる。


やはり……


そのまま、そこで咲くが良い。


美しき花よ。


我が誇れる都市に住まう、愛しき民に、その姿を

存分に見せてやってくれ。


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