幽霊メイド 夜海サン
大分、陽が落ちて来たなー。
でも、オタクの俺としちゃあ、こっからが本番だ。
夜の電気街以上に楽しい場所ってあんのか?
飲食店のネオンがチカチカ煌めいて、クタクタのサラリーマンがわんさかラーメン屋に入り込む。
ゲーセンには鋭い目の奴だけが残り、電気街中央はメイドちゃん達のビラ配りのオンパレードだ。
この街の闇は明るい――
もはや、道路の中央で叫びたくなるぜ。
たまに、マジで叫んで職務質問されてる奴がいるが、あいつらは街に飲まれちまってた奴等だ。ご愁傷様。俺はバカにはしねーよ。
俺こと、ドミノ・アースはこんな感じで、オタク集う電気街や、アニメ、ゲーム、メイド喫茶にどっぷりハマっている。
他に何をするでもなく、ただただ、周りの異形霊媒を手伝い、その金で、オタクライフを満喫しているのだ。周りっつーのは、主に幽明 灯、たまにアーテマさん。
俺は、繁華街の道路の傍らで立ち止まる――
喉乾いたな。
取敢えず、ジュースでも飲んで休憩しよう。今日は結構歩いた。
俺は、クソみたいにゴミの散らばった裏路地にある、やけに安い自販機で、無駄に増量している炭酸飲料を買った。
ちらっと見えた、財布の中は、最下級の札が4枚。
今日は、これで勝負かけるつもりだ。
見てろよ。今夜こそ、萌えの極意を掴んでみせるぜ。
炭酸飲料の泡の様に、沸々湧いては、すぐ消えてしまう、スゲー楽しい気持ちが
俺の視覚にフィルターをかける。
この街はマジで綺麗だ……
ふと、座り込んだマンションの入り口にあった鏡張りの壁を、俺はじっと見つめる。
俺って存在が投影されている――
気怠い目。
サファイヤみたいな色の瞳なのに、この世に希望が無いみたいにジトーっとしてやがる。
真っ黒なセンター分けの髪。
デケェ身長。二メートルはあるぜ。まず誰にも絡まれねぇ。
若干女みてぇな顔。この変はどうでもいいわ。微妙にコンプレックスなんだ。
禍々しい悪魔の腕。
……
は?って思ったろ?
でも、マジで悪魔の腕。
ここだけ、見た目も、魔術エネルギーも、次元違いにぶっ飛んでる。
今は、パーカーで隠してるが、正直、超禍々しいオーラが駄々洩れだ。分かる奴には分かる。
たぶん、伝記上の尋常じゃない何かの呪いとかそんなレベルの未知災の名残りだ。
この腕だけで、一船、ヤバめのUFO潰したしな。やべぇだろ?
一応、尻尾もあるが、グネグネするだけで害は無い。
ここまで言ったらわかるよな?
俺は、人間じゃねぇ。異形だ。
でも、誤解しないでくれ。心はマジで人間だ。だってアニメでも超泣くんだからな?
逆に実写は泣けねーけど。
萌えの探求が、人生の目標だ。
こんな所でいいか……
あれ、一人で何考えてたんだっけ?たまにぼーっとする癖あっからな。まっいいや。
あっ、てか、ホスト達、こっち来てんな。はぁ……めんどい……
俺は、たまにあるこの勧誘に、ストレスが微妙に積もっている。
せっかく、今から大事な用があんのによぉ。
知らねーぞ、どうなっても。
「お兄さんかっけーじゃん!?絶対ホストだよね!?どこ所属?うち来なよ?金払いめちゃいいよ?女も連れちゃって移籍しなよ」
勝手によく喋るやつだ。うるせーな……
「勝手にごちゃごちゃ喋んじゃねーよ。俺はさぁ……リラックスしてんだよ」
こいつら女を泣かせてるって、漫画で読んでから好きじゃねーんだよな。
「こえーなお兄さん。いや、活きがあっていいよ!リラックスなんかしてないで、ガンガン稼いで天辺とろうぜ!?一緒に沢山の女引っかけまくろうや!」
女を引っかける?同じ人間だろ?何様なんだこいつ。
癇に触ったわ。
俺の悪魔の右腕も、ご機嫌斜めだ。
「女は、引っかけるんじゃ無くて、持ち上げてやるもんだろぉがよぉーーー!!!」
やべ、ウザいからマジ切れしちまった。
メイドとか、同士っぽいオタク達が見てる。
「ふいいぃぃ!お……お前……さっきから、下手に出てりゃ、あんま調子乗んなよ?俺のバックに誰がいんのか知ってんのか!?」
俺に話かけてきてた、ホストAが言う。
「マジでおめぇ、ケンさんに逆らったら終わりだぜ?」
コイツ、なんか持ってんな。
二人は、奇妙なコンビネーションで殴りかかろうとしてきた。
はぁ……
俺は、この間抜け達が瞬きする間に、後ろへ回った。
こいつら、遅すぎ。
カタツムリで出来た靴でも履いてんのか?
二人の首を後ろから鷲掴みにして、高々と持ち上げる。
「お前らのバックにゃ俺がいるぜぇ。どうだ?安心するか?薄ノロ」
無意識に漏れ出た、俺の右腕の魔圧だけで、周囲のネオンが一斉にショートした。
本物の闇の静けさに怯えるように、この一帯の電気街の暗闇が縮こまる。
「ぐふぇ!おふぅ!ぶおふぇ!すべぇ、ください!!!」
ホスト二人は、声にならない悲鳴を上げてる。
しかし聞く気はねぇ、お前らが、引っかけた女の悲鳴は今まで聞いてやったのか……?
「お!!!ドミノさんじゃないですか!?やっほーでございますぅ」
コイツは、面白れぇ奴と遭遇出来た。
「おぉっ!!!ムービィ!!!何してんだ!?」
この男は、普通の男だ。気の良い奴。空気の読める優しい奴。面白れぇ奴。
でも、その普通は顔と体以外の話。
顔は、ブラウン管テレビ。
体はコードだらけ。
もはや、普通じゃ無さすぎて、コスプレと思ってるやつも電気街には多いが、コイツは本物の異形だ。
「いやはや、パトロールですよ。この街の安全大好きっ子ですから」
お前ホント良い奴だな。
「おふぅ!ぶおふぇ!すけ……ください!!!」
「おぉマジか、今日のこの街は平和だったか!?」
俺は、ホスト二人を持ち上げて、笑いながらムービィに聞く。
「ええ、つつがなく!!!本官、これにて任務終了です!今から遊びモードの別館になりまーす!!!」
ムービィは、画面に子供用番組を流して、列車の物真似をした。
「ガハハハッ!なんだそれ!?超おもしれぇギャグじゃん。お前マジセンスあるわー」
ムービィは調子に乗り、高速でシュッポシュッポと激しく動き回る。
しかし、ものの一瞬で息が切れて止まる。体力あんま無いみたいだ。
「はぁはぁ……ドミノさんは"この後"、予定はあるんですか?」
「あーそれ聞いちゃう?マジでやべーよ?」
そろそろ、持つのめんどいな。
ポイッ!ドサッ!!!
ホスト二人は、五メートル程先のマンションの壁に激突して、大声で咽いた。
「聞いちゃいますよ!?なんですか?もしかして……裏の周辺機器屋さん……ですか……?ふぅ、なかなかお盛んですねドミノさん」
「キモイなお前。しかも、お前のその性癖分かりづれぇよ。ちげーし、幽霊メイド、夜海サン(ヨミサン)に会いに行くんだよ!!この変態テレビが」
「なんと!!!あの都市伝説の幽霊メイドの夜海サンですか!?ホントに実在したのですか?」
ムービィは、ホラー邦画をモニターに流す。
「あぁ、俺も半信半疑だったが、相棒(幽明)に聞いたら、マジらしい。
場所まで教えてくれたから、今から行くとこなんだ」
「おいっ!!バケモン共!!!ただで帰れると、思ってんじゃねぇーぞ!!!」
壊れた壁の下で、ホストAが口から血を流して叫ぶ。
と、同時に。
俺の悪魔の右腕が、そいつの横の壁を抉り潰した。
「なんか言った?」
お前等舐めすぎ。俺は今忙しいんだよ。
萌えの探求で。
「ひぃぃぃっ!!!すみませんすみませんすみませんすみません」
二人揃って、土下座を高速で繰り返す。
そんなけ、頭下げれんなら、営業とかやれよ。
「えっ!私も行きたいです、ドミノさん!一生のお願いです!
なんでもしますから!かっこ、ブルートゥース接続以外は」
「言ったな!マジでなんでもすんのか!?」
「あぁ……はい。ドミノさんちょっと怖い」
「じゃあ……YOU、一万円持ってる?」
「……えぇ、ME……なんとっ!!!一万円持ってまーす!!!パンパカパーン」
「イェーイ決まり!!!一緒にそれで、夜海サンのメイド喫茶で豪遊しようぜムービィ」
「キターーー!!!金の繋がりは縁の繋がり!!!サイコーーー!!!」
俺達はハイタッチする。微妙に寂しい事言ってない?ムービィ。
「ちなみに、お前ブルートゥースなんでイヤなんだ?」
「それ聞いちゃいます……?」
ムービィはパチパチと瞬きみたいに、チャンネルを変えた。
「あ、いいわ」
「がびーーーん」
「じゃあ、いこうぜ。夜海サン、チェキ撮らせてくれっかなー?」
「オーブになっちゃうんじゃないですか 座敷童みたいに あはは」
「まぁその辺はなんでもいいよ、チェキの落書きとかだけでも俺はまぁまぁ満足するし。大事なんは心だ」
「そうですねっ。わかります。ちなみにチェキってなんですか?」
「分かってねーじゃん全然。写真だよ、小さい写真。まぁとにかく早くいこうぜ」
「そうですねっ!っとその前に」
「どうした?ムービィ」
「ドミノさん先に少し行って下さい。後、絶対振り向かないで下さい。今からこの二人に、一生忘れられない映像見せてあげますんで。異界でもとびっきりのやつを……」
「それはこえーな。程々にしてやれよな」
俺は、ネオン灯る電気街を、良い心地で歩き出す。
後方からは、心底歪な気配がドクドク溢れ、怖いモンがあんまねー俺ですら、自然と鳥肌が立っている……
案の上、尋常では無い叫び声が二つ。
喉が、絶叫の勢いで、もぎ取れてんじゃねーかと思う程の、断末魔が聞こえた。
これも、この街の一つの記号かもな。
次の瞬間には、その事は完全に忘れ、月を見上げて、俺は想像していた。
夜海サンて、どんな見た目なんだろう?
マジで超可愛いかったらどうしよ?
異形同士、付き合ったりして……かーーー
いや、でも俺には心に決めた幽明が……って、あいつは女が好きなんだった。
あぁ!萌えと恋で忙しい!
「おまたーー!っとう!」
ムービィは戦隊モノのヒーローの様に戻って来た。
「どうだったあいつら?」
「一週間の記憶は消えましたね」
「おぅ、じゃあ俺の事も忘れてんな」
「勿論!」
「いい奴め!くらえ」
俺はムービィのチャンネルを連打し、体のコードを引っ張る。
「ちょーっと!やめてやめて、ドミノさんやめて、それ以上触れたら好きになっちゃいますって!」
「お前きめーよ!フハハハハハ」
俺達の笑い声は、どんな人間より大きく、この夜の電気街に高く響いた。
「お兄さん達、かっこいいねさっきの見てたよ」
ビラ配りの、派手なメイド達が数人寄って来た。
「おう、ありがとよ」
「疲れたでしょ?うちのコンカフェで、ゆっくり休みなよ?めちゃ優良店で可愛い子一杯いるよ?」
ちょっと違う。俺が目指す萌えでは無い。闇の萌えだ。
一応聞く。
「ワンタイ幾ら?」
「チェキ込みで6000円」
たっけ!
「ごめん今金ねーわ。なぁム―ビィ」
「はい……来月の電気料金すら払えません」
ムービィはポケットから、何かしらの督促状を何枚かパラパラと出した。
「あっそ、しょうもな。じゃっお金入ったらまた来てねー」
メイド達は、あっさりと次の客へ行った。
あっさりしてんなー。カネの切れ目が縁の切れ目も、最近じゃ早いんだな。
別に今の奴等と縁繋がりたくはねーけど。
「……お元気でー、もうちょっと愛想した方がいいですよー」
ムービィはせめてもの反撃の言葉を、聞こえるか聞こえないかの微妙な音量で、
こっそり呟いた。
俺とムービィはその場に、勝手に振られて立ち尽くす。
「行こうぜ、ムービィ。俺達には夜海さんがいるんだ」
「はい!あんなの眼中無し無しです!」
それから十分程、この街の話だとか、最近自分は何にハマっているだとか、他愛無い会話をしながら、俺達は歩いた。
もう、目的地は目の前だ。
メイド喫茶 アルデバランの地平線――
「ここだぜ、ムービィ……心の準備は出来てるか?」
電気街中央から大分離れた場所に位置し、閑静な住宅街の坂道に面した、気品ある洋風の建物だ。中は薄暗く、ほんのり青い。
一見、営業していない様に見えるが、営業中と優しそうな女の子の字で書いた看板が立っている。
「いえ……出来てません。さっきから、家のガス栓を閉めたかどうかが、気になって仕方ないんです」
分かりづらいボケだな……全然違う事、気にしてんじゃねーか。
「お前、オール電化じゃねーの?」
「あ、そうでした。よし、行けます」
簡単だな。
「そうか、良かった。もし、夜海サンがガチで怖い感じのお化けだったらどうする?」
俺は念の為に聞く。
「そうですね。私が浄化した後、幸せな女性になるまで一緒にいます」
ムービィの全身のフォルムが月光に輝いた気がした。
「うん。お前と来て良かったわ。お前やっぱ、良い奴だなムービィ。でも、そん時は俺、すぐ帰るから」
「……やっぱり、私も帰ります」
「正直でよろしい。じゃあ入るぜ?」
「待って下さい!!!」
ドアノブに伸びる俺の手を止めるムービィ。
「もう、なんだよ!?」
「そこから、私達の事を、さっきからずっと、血走った目が見てます……」
「え!!!!!嘘!!!!怖い怖い」
俺は、急いで後ろに飛び跳ねる。
「どこどこ、どこだよ!?ムービィどこにあんだよ血走った目」
ムービィは腹を抱え、ケタケタと笑いだす。
「嘘でぇーす!ぼよよーーーん」
「……え、お前マジでタイマン張る?」
「ごめんなさい。癖なんです。極度の緊張でこんなことしちゃう病気なんです」
ムービィは画面にノイズを走らせ、真面目な口調に即座に切り替わる。ホントかもしれねーから責めづらい。
「……そうか、大変なんだなお前も。まっ気にすんな相棒」
「……ドミノさん……アイラブミー」
「自分が好きなのかよ。もうキリがねーわ。はい、もう行く」
俺は、ドアノブをグイッと捻り、店内に足を踏み入れた。
「すんませーん……二人入りたいんですけどー……どなたかいらっしゃいますかー?」
店内を見渡すが、誰もいない。
洞窟みたいに薄暗くて、意外と広い。
テーブルに、青白い炎を演出する電気のランプがあり幻想的だ。
ゆったりとしたソファー席とカウンター席があり、かなりちゃんとしている。
壁紙や小物など、内装をよく見れば、かなりファンシーに可愛らしくデザインされていて、掃除も隅々まで行き届いているみたく清潔感に溢れている。
まとめると、かなりくつろげそうな穴場かもしれない。
「ふぅ、よっこらしょ」
ムービィはおもむろにソファー席に座り出す。
「おいおい、勝手に座っていいのかよ?」
「えーーーだって、疲れましたもん」
「確かに、そうだけど」
俺も、ムービィに流される様に、ソファーに座る。
薄暗い部屋で、ブラウン管テレビ頭と対面で座るってのは、中々、非日常だ。
ムービィの画面に映った俺は、青い光で怪しく輝いて、吸血鬼みたいだ。
その時――
ボフッ!!!
青白いスモッグが俺等のテーブルの真横に現れた。
「おわぁぁぁ!!!」
俺とムービィは軽い悲鳴を上げ、女みたいに、のけ反る。
「どろどろどろどろーーー、いらっしゃいませ、ご主人様♡」
スモッグは次第に薄れ、一人の半透明な女の子が現れた。
……
感じた事の無い閃光が、心を突き抜ける。
萌えの極意が目の前に顕現した。
彼女から目が離せない。超タイプだ。
「……可愛い」
自然と口から心が出た。そして、見惚れる。
その女の子は、カラフルなパステルカラーの長髪で、とても柔らかい雰囲気。
瞳は、インカローズって言う、柔らかいピンクの宝石に似てる。あれより遙に綺麗だけど。色は関係無しに、光の射した海の底みたいだ。
クラシックなメイド服は、清潔感があり、細部まで折り目正しい、
タイトな制服が、ほんの少しきつそうなのも、ギャップで萌える。
「あ……はい、いらっしゃいました」
クソ……緊張して、上手い言葉がでねぇ。
「ふふっ。いらっしゃってくれて、ありがとうございます」
優しいお姉さんみたいな笑顔だ。守りたい。
ぼーっとする俺の時間を切り裂くように、声が対面から響く。
「アイスカフェラテ、頂けますか?」
ムービィはいつの間にか、メニューを手に取り、何も映って無いモニターで吟味している。
少し我に戻った。
てか、どうやって飲むの?
「はい。かしこまりました。テレビさん」
あ、今この子さらっと、テレビって言った。
「じゃあ、俺は……」
メニューを見る。
時間制じゃないのか。俺もアイスカフェラテがいいかな、値段はと……200円……
え、ゲロ安い!!!!!
チェキはいくらだ?……項目が無い。
「俺も、アイスカフェラテで!とー……後……その……チェキとかってやってないんですか?」
俺は、思い切って聞いてみた。
この子とは、チェキぜってぇ撮りたいからな。
撮った暁には、高級なクッキーの空き缶に入れて、死ぬまで大事にしよう。
「チェキは……そうですねー。何も映らないので良ければ、タダで良いですよ?ご覧の通り幽霊さんなので」
タダ!!!?
「マジですか!?タダ???タダってあのタダですか!?」
「そうですよ。あのタダです」
何故かムービィが答えた。しかも、いつの間にか雑誌読んでやがる。
「お前に聞いてねぇよ!」
俺は、彼女に接する態度と180度違う態度で言い返す。
「ふふふ。愉快な方達ですね。ホントに無料でいいですよ。何にも映らないのにお金は頂けませんから。あ!?落書きは全然しますよ?得意なんです、不器用ですが。へへ」
あぁ超良い子。
てか、子供の遠足のお菓子の方が高いぐらいに、何もかも安過ぎだろ。
俺、もうこの店、一生通おうかな……それが、俺の幸せかもしれねぇ。
見つけた、マイライフ。
「マジっすかー。じゃあ後でお願いします!!!ちなみにお名前は?」
「はーい!承りました。名前は、夜の海と書いて、ヨミです。幽霊でヨミって如何にもですよね。ふふっ。ご主人様達のお名前も是非、教えて下さい。」
一切の不純の無い笑顔で、ケラケラと楽しそうに笑う夜海サン。
「俺はドミノ・アースです。ドミノって呼んで下さい。結構、電気街にいます。推しはいません」
ちなみに、あなたの事がもう好きかもしれません。
「私はムーとビィと書いてムービィです。趣味は、映画を"流す"事です」
「ふふふ、書かなくても、わかるじゃないですかー。面白い方ですね。
しかも、映画を見るんじゃなくて、上映されるんですね。すごい」
「……そ……そうですか?私、すごいですか……」
照れてやがる。
しかも、コイツ俺より先に、面白い人ポジションゲットしやがった!
ざけんな!
「はい。二人共もすごい楽しそうな方達ですね。あと、なんだか可愛いです。えへへ」
ズッキュ―――ン!!!!
え、待って、脈あんじゃねーの。
女の子が男を可愛いって言う時は、相当好感度高いって、なんかのアニメで言ってたぞ?
まじで、俺、将来この店のマスターになってかも。
夫婦で、メイド喫茶ってのも、ありなんじゃねーか?
やっぱり、見つけたわ。マイライフ。
「夜海さんの方が、可愛らしいですよ」
ムービィは、モニターに、ぬいぐるみを映して言った。
当たり前じゃねーか。
人の嫁に何してくれてんだ、この野郎。
「ありがとうございます。でも、それは、本当に大切な女の子にあげて下さいね。
しっかりと、形のある女の子にね。私になんか勿体ないです」
そう言って、夜海サンは、凄く愛しそうな目で、モニターのぬいぐるみを撫でた。
この世に、君に勿体ないモノなんてない。俺が保証する。
ムービィは珍しく黙ってる。
「あわわ、早く飲み物入れてますね、ごめんなさい」
夜海サンは、駆け足で店の奥に行った。
後ろ姿で見ると、結構スタイルもいいな……って俺は、最低か。下衆め。
あぁ……やばい。さっきの、ぬいぐるみを見る目、超可愛かったよー、もう。
今度、絶対プレゼントしよう。
「ドミノさん、どうですか?夜海サンは」
「どうもこうもねーよ。性格も見た目も、天使じゃねーか」
「確かに、天使になり損ねた幽霊、という感じですね……」
ムービィの声は、一瞬、憐れむような声だった。
「天使みたいな幽霊、いいじゃねーか!」
「ですね。彼女には本当に裏の気配が全く感じれませんね、おかしいぐらいに」
お前なんか考え過ぎだよ、神経質そうな画面しやがって。
「俺ああいう子に超弱い」
彼女の事を考えて、テーブルにうずくまる俺。
「ドミノさんは、女性全般に弱そうですが……」
「はぁ、バカにすんなそんな雑魚じゃねーわ。普通の奴なんか好きになんねーよ、俺が好きになる子は、特別なんだ」
「そりゃあ、みんな好きになる人は特別でしょ」
悔しいけど、もっともだ。
こいつ案外、ちゃんとしてるのかも。
話をしている間に夜海サンが、アイスカフェラテを銀のトレーに乗せて持って来た。
「お待たせしましたーーー!」
ドタドタドタ。なんか安定悪いな。
次の瞬間――
「あわわわわわ!きゃーーー!」
夜海サンは、右へ左へふらつき、テーブルにぶち当たり、アイスカフェラテを宙に撒いた。
「うおぁ!」
俺とムービィは咄嗟に声を上げる。息ぴったりの相棒のように。
あ、こいつ濡れるとやばいかも……
俺は咄嗟にムービィを庇う態勢をとった。
だが――
宙に撒かれた、アイスカフェラテは、それだけが時間が巻き戻ったみたいに逆再生し、まるで小型の竜が一瞬だけ咆哮して巣穴に戻るみたく、冷えたグラスに吸い込まれていった。
すげぇ。なんだ今の。
魔術っぽくないな……
「大丈夫ですか夜海サン!?」
俺は、薄暗い店内で、この世の一大事が如く、声をあげた。
「本当にごめんなさい。お二人共濡れていませんか?私ったらホントにドジです。もう……この仕事辞めちゃいたいです……グスッ……グスッ……ふぇーん、えーんえーん」
夜海サンは唐突にポロポロと涙を流す。
その無防備な泣き顔に胸が痛い。
夜海サンは、それでも挫けたく無いと言う様に、俺達に丁寧配膳する。
「俺は大丈夫です。なぁムービィ」
ムービィはマーモットが楽しそうにダンスする映像を流し、グーっと親指を立てている。ひょうきんな奴だぜ。
「優しいでず。優し過ぎまず」
夜海サンは、女の子らしい可愛いキャラクターの刺繍が施されているハンカチで、
涙を拭う。
「もう泣かないで下さい夜海サン、転んで死ななかっただけでもいいじゃないですか?」
しまった、死んでたんだ。俺は本当の阿保だ。傷ついたかな。
「ありがとうございます……もう死んでますけど……てへっ」
拭った目のまつ毛は濡れているが、その目は楽しそうに、茶目っ気を含め笑っている。
恋に落ちる音があるなら、きっと夜海サンに聞かれたかもしれない。
逆に伝わって欲しい。
萌えの極意は恋だったんだ……
ごめん、幽明。お前の事も、ガチで毎晩考えるぐらい好きだが、もう一人好きな人ができてしまったんだ俺……
「死んでてもいいんです!今この瞬間の生を謳歌しましょう!」
ムービィはいきなり立ち上がり、俺達に熱弁する様に説きだした。
「だから私死んでますよ。ふふっ。変なご主人様達」
俺達三人は顔を見合わせて笑う。幽霊と半悪魔と顔がテレビ人間。
そこには普通は無いし、人間がいないが、幸せだ。
俺とムービィは、少し落ち着いて、渇いた喉を冷たいカフェラテで潤した。
茶葉の香りが鼻に通るし、品のある甘さだ。
一般的な喫茶店なら800円取られてもおかしくない。
店内の暗がりをより鎮めるように、氷がカランと音を立てて溶けた。
俺達は、しばし、スマホをいじったり、雑誌を読んだりしたりしてリラックスする。
夜海サンに、あんまりガツガツ話し掛けて、めんどくさいと思われたくはない。
しかし、チラチラ見てしまう。この子の引力は木星ぐらいありそうだ。
あまりに強大な可愛さの質量に、俺のどうでもいいこだわりが、まとめて潰されそうだ。
当の本人はのほほんとしているが。罪だ、可愛いは正義であるが罪でもあるんだ。
「どうしたんですか、ドミノさん?私なんか変ですか?」
早っ!
気づけば、俺の真横に座っていた。瞬間移動だ。俺すら気づかねーってすごいな。
あと、凄く近い。俺の横顔を、キョトンとした無防備な顔で見てる。
「夜海サン。そんな近寄ると、ドミノさんがあなたの事好きになってしまいますよ?」
ムービィは、女性のファッション雑誌に目をやりながら言った。
「いいじゃないですか、ふふ。ドミノさんはイヤですか、私と仲良しになるの?」
「もう手遅れです」
「クスッ。カワイイ、ドミノさん」
あぁ、良い匂い。花のシャンプーの香りがする。キラキラした光さえ見えそうだ。
何の話してるかも、そのせいで曖昧だ。
ムービィはそんな俺を前に、全然気にするでも無く、こんな服着ようかな……?とか、自分の事をブツブツ言ってる。
「夜海さんは、趣味とかありますか?あと、夢とか?」
お互いを知る事で仲が深まるんだ。漫画でそう読んだ。
「ありますよー。趣味は、静かな場所お散歩したり、街なかの幸せそうな人達眺めたり、色んな世界の存在の方と楽しくお喋りしたりですかね。夢ですかー……?夢は、みんなが怖い時、安心させてあげられる存在になりたいですね。幽霊なのに変ですよね ふふっ」
ガチで良い子だ。
「変じゃ無いです全然!きっと叶えられますよ」
俺は、勇気を出して横を見る。
俺と夜海サンは真正面で見つめ合う。
「じゃあ、叶えられるか、ちゃんと見てて下さいね?」
一瞬もブレる事無く、俺を見つめ、彼女はそう言った……
……
何が正解だ?返すべき一番の言葉がでねぇ。
大事な瞬間なのに、彼女が綺麗過ぎて喋れねぇ。
「はい。見ますとも」
ムービィが割り込んできた。
!!!!!
お前が言うな!
絶対、俺のターンだろ!?
ムービィのやつ、先越しやがった!!!
その気無いフリして、さっきからゴール決めてきやがってるな。油断できねー。
「俺もです!あなたの速度で隣を走って行きたいです」
変な事言っちまった……クソが。
「ホントですか?ありがとうございます二人共。今日はなんだか凄く楽しいお給仕です!うふふ。テンション上がっちゃうなー」
俺とムービィは、顔を見合わせる。
思っている事は、なんとなくお互い理解できた。
次の瞬間――
夜海サンは、再びテーブルの横に立つ、とても楽しそうに両手の人差し指を立てて、
腰を下げてる。
「そろそろ、三人でチェキ撮っちゃいますか?」
「はい、撮りましょう!!!」
待ってました!俺は即答する。
「そうですね!!!私も久しぶりに、良いお時間を過ごせた、記念を頂きたい」
ムービィは雑誌を置いた。
夜海サンが手を上に向けると、店の奥からチェキカメラが、青白いスモッグに乗って飛んで来て、彼女の細くて白い手にそっと乗った。
俺達は、促されるまま、アンティーク調の壁の前に立つ。
「じゃあ、ポーズ決めて下さいね、ワンツースリーで撮りますから」
俺達三人は、密集する。夜海サンの体が俺の体に透過する。
しかし、背中に回された、彼女の手の感触は確かにある。
銀のトレーを運んでいた事も考えると、幽体ながら物質に触れる事もできるのか?
たまに、世界の層を隔てて、自由自在に接触できる存在ってのがいると、聞いた事があるし。
俺はこの子とちゃんと同じ世界にいる。
目の前では、チェキカメラが、ユラユラとひとりでに、浮遊している。
「はい、ワンツースリー!」
パシャッ!
「もう一枚!ワンツースリー!」
夜海サンが言った。
パシャッ!
「最後に私の分も!ワンツースリー!」
パシャッ!
計三枚のフィルムが、ふわりと地面に落ちた。
「オッケィ。私、奥で落書きしてきますね!?お二人は、ごゆっくりしてて下さいね」
「はい!ありがとうございます!超楽しみです!」
俺は、夜海サンにオーバーリアクションなポーズとり返した。
きっと、好きなのがバレバレだろう。
「えぇ、もう少しくつろがせて頂きます」
ムービィはまたも、雑誌を手に取る。
夜海サンは、トタトタと歩いて、奥に行った。
もう、歩き方まで好きだ。
「ドミノさん。ちょっと真剣な話してよろしいですか……?」
なんだ?夜海サンになんか感じたのか?
「どうしたんだ?暗い話は聞きたくねーぜ?」
「いえ……どちらかと言えば明るい話です……」
「なんだよ……?」
俺とムービィはじっと見合って、沈黙する。
ムービィが重い口を開けた……
「この服似合うと思いますか、私?」
ムービィは、婦人服のファッション雑誌の、夏にかけての勝負スタイルと言うページを俺に見せ付け、黄色いワンピースを指差す。
バカ紛らわしいよ、お前!
「はぁ……お前が好きな服を着ろ。例え、それがおかしくても、電気街の奴等が笑っても、お前が真剣に考えた結果ならなんでもいいじゃねーか」
「……私が真剣に考えた結果ですか?」
「おうよ。人がマジに真剣に歩んだ道なら、それがどんな些細でも、笑ったり、安易に否定しちゃあ、いけねーと思うんだ。それってそいつの生きた軌跡だろ?」
「……ドミノ君、かっこいいです」
いつの間にか、隣に夜海さんがいた。瞳の奥が揺らめいている。
「あ、え、いや、そんな事ないですよ」
ちっと臭すぎたかな。今の、聞かれてたんか……
暑苦しい奴と思われてないかな。
「あなたは私の生きた軌跡を理解してくれると?」
ムービィは、虚ろな画面で聞き返してくる。
「そんな大層なモンじゃないけどな。でも、今日を一緒に楽しく過ごしてくれた、俺の知る短い間のお前の事は、ちゃんと理解したぜ」
ムービィは叫んだ。
「ぼよよーーーん!!!!!」
「えっ!大丈夫ですかムービィさん?」
夜海サンは、割と本気で心配して駆け寄る。
「あぁ、大丈夫ですよ、夜海サン。極度の気持ちの高ぶりでこうなるらしいっす」
俺は夜海サンに言った。
「……そうですか。お大事に」
夜海サンは、心配そうな顔を浮かべた。
「これは、失礼しました。はは」
ムービィは、画面にクリオネ達が穏やかに揺らめく、水槽の映像を流した。
「お二方、チェキ完成しましたよ!」
夜海サンは、ガラッと表情を切り替える。
「うおぉっ!超見たい!」
俺は、歓喜のあまり、席を立ち上がった。
「ブッブー、それはダメです!」
夜海サンは、バッテンマークを作り、照れくさそうに笑う。
「なんでですかぁ!?」
「恥ずかしいからです!ドミノ君も、ムービィさんも帰ってから見て下さい。出来れば、お互い見せ合いもしないで下さい!私の事ちょっとでも好きならそうして欲しいです」
大好きだ。
「ドミノさん、そうしましょう。彼女の言った通りの方が、楽しめそうです」
ムービィはうんうんと頷く。
不意に、ムービィの前のグラスが目に入った。
そう言えばこいつ、アイスカフェラテいつの間にか飲んだ?
まぁいいや。
「んだな。野暮な事はしねー主義だし」
俺はチラッと時計を見た。
もう、結構いい時間だな。明日、幽明の異形霊媒手伝わないといけないし。
「じゃあ、早く見たいし、そろそろお開きにしますか?」
俺は、ふたりに、あっけらかんとした笑顔を見せる。
「そうですね。マーモットに餌あげないといけないですし」
ムービィ、マーモット飼ってたんだ。
「……そうですか、ちょっと残念ですね。でも、ホント楽しかったです。ありがとうございました」
夜海サンは、少し浮かない顔をした後、イヒヒと笑った。
「じゃあ、夜海サン。お会計いいですか?」
「はい。アイスカフェラテが二つで、400円です」
「安すぎません!?普通のメイド喫茶なら10000円取ってますよ?マジでもっと払わせてください。超楽しかったんで」
俺は夜海サンに言う。
「そうですよ。流石の私でも引くレベルで安過ぎます」
ほら、このムービィですら、マトモになっちゃう値段なんだよ。
「いいんです。私、お金使わないし、あまり好きじゃありませんから……
もし、そう思うなら、余ったお金でまた来てください!」
夜海サンは、指と指を交差させ、女の子らしいポーズで目配せしながら言う。
「来ます。毎日でも来たいです!なぁムービィ?」
「えぇ、私達の秘密基地にします」
なんかそれは、強引な乗っ取りだなー……
まぁ、そんくらいって事か?
「絶対ですよ?他のメイドさん達の所行ったら、私の事大好きになっちゃう呪いかけて引き戻しますからね?うふふ」
夜海サンは、くるりと回転し、パステルカラーの髪の香りを、さららと漂わせた。
「もう、じゃんじゃんかけて下さい」
「うふふ」
――そんなこんなな、やり取りをし、俺とムービィは店を出た。
夜は、一回転して少し空の闇が引いてる。
後ろには、笑顔で見送ってくれる夜海サン。
超満足した――
俺とムービィは、真夜中より、幾分か静かになった電気街を淡々と歩く。
「楽しかったな」
「えぇ、御一緒させて頂き、ありがとうございましたドミノさん」
「こっちこそ、ありがとうなムービィ」
俺達は夢のような、ひと時の余韻に浸る。
萌えとかどうでもいい、あの子が好きだ。
その後、二、三、言葉を交わし、お互い満足な面構えのまま、駅の方まで歩き、
俺達はそこで分かれた。
俺は、放置自転車や、キタねぇ路上のゴミすら、まだ眠ってそうな、
誰もいない道路の傍らで、ふと、立ち止まる。
チェキを取り出す――
そこには、俺とムービィ二人だけが、暗い部屋で、笑っていた。
その上に、可愛い絵柄が、不器用ながらポスカで描かれている。
少し胸が痛い。
裏を見た。
メッセージだ。
(ドミノ君大好きかもです!?二人だけの秘密ですよ?)
言葉の下には、幽霊の三角巾とハートマークの絵柄が添えられていた。
……
……
よしっ。人生始まった。




