夜風の散歩
私はヒノと自転車を二人乗りして、夜風を浴びている。
「お風呂上がりの、夜の散歩って最高だね」
ヒノが後ろで、空を見上げて言う。
彼女の、甘々な女の子みたいなシャンプーの香りが前まで香ってくる。暖色の明るさまで感じる様だ。
「お風呂上りに、部屋の窓を開ける上位互換だね」
微妙な例えをする私。
目の前には、車すら走って無い、のっぺらぼうな無音の道路。
棺桶みたいな閑静な住宅街。
それに沿って、等間隔のひ弱な灯の電柱がずっと先まで続いてる。
「変質者出てきたらどうするー?」
ヒノが飛行機の様に、両手を伸ばし、気持ちよさそうに風を切っている。
勿論、動力は私。既に汗掻きそう……
「んーーー。あの星落とすかな?」
私は、一等星だろう星を指差した。
「シスイが言うと洒落にならないんだよねー」
ヒノが後ろから、指でビューッボンボンと頭を突っついてくる。
「痛いなー。自由人め」
私は自転車を揺らし反撃する。
足が微妙に疲れてきた。
「てかさー、さっきの星、パパラチアサファイアに似てない?」
ヒノがリズムに乗って私を抱き締める。タイヤがパンクしそう……
そして、今、なんてった?
「え、ヒノなんて?パパラッチ?」
「ふふふふっ、逆になによそれ?へーんなの」
パパのお昼ご飯とでも思ったのかな?
パパで思い出した。
「あ、そういや、そこの水路。アリゲーターガ―いるらしいよ?」
私は、道路の傍らの水路を顎で示した。
「もうダーリン、連続で騙そうとするの禁止」
ヒノは、ぐずったように、私の背中をどんどん叩く。
私、太鼓じゃ無いよ。
そして、アリゲーターガ―は実在するよ。
恐らく、その水路にも本当にいる。確かな情報筋があるから。パパでは無く、ママだけど……
「もしさー、アリゲーターガ―って生き物が実在したとして、ヒノはどんな姿想像する?」
逆の発想だ。
「んーーー、門番みたいな異形で、ドリルついてるやつ」
「ふーーーん。そりゃ水路にいちゃまずいね」
笑ってはいけない。ヒノからまだまだ面白い物が引き出せそうだから。
テンポを合わせるんだ私。
チャポン……
私とヒノしかいない、非現実に静かすぎる夜の道路に、水が跳ねる音が響いた。
私とヒノは同時に水路に目を向けた。
「シスイ飛ばして!!ドリル来るよ!」
「そのつもりだよ!でも、前に口裂け女もいるんだ!!」
「きゃーーー!恐怖のサンドイッチだわ!しかもさっき、私UFO見たし。たぶんあっちも私達見てたっぽいよ!?」
ヒノは食いしん坊だから、食べ物の例えをよく使う。
「もう、だめじゃん私達……」
私は呑気に自分達だけの道路を自転車で漕ぎながら、三文芝居をする。
「そうね、あれを使わないと、きっとダメね……」
ヒノは、少しアニメ声を出した。最近、一緒にアニメを見てるからだろう。
「あれって何?この絶望的状況を回避できる手段があるって言うのかい?」
坂道に入り、私は力を入れて漕ぎながら言う。
相変わらず、夜の街は何も起こらず、ただただ、星がりんりんと瞬いているだけだった。
「あるわ、古から伝わる秘宝を使えばきっと……」
振り向くとヒノは、この前、ガチャガチャで取った、ラメが入った大きめのスーパーボールを月にかざして目を細めている。少し笑える光景だ。
「まだ 持ってたんだそれ」
「うん。初めて、この世界でしたガチャガチャのやつだもん」
ヒノは、感慨深く呟いた。
「で、その思い出のスーパーボールで、こんな奇々怪々な状況を何が出来るって言うのさ?」
私は挑戦的な言い方でヒノを試す。
「よく聞いてくれたわね相棒」
あ、急な相棒呼びだ。
「あぁ、うん。勿論相棒だからね」
ちょっと家から離れすぎたかな?帰りがしんどいかも……
帰りは、ヒノが漕いでくれるかな?
「これに、二人で愛を込めるの。そうしたらきっと、これが私達を導いてくれるわ」
超漠然としてるじゃん……
「ちなみになんだけど、どうやって愛を込めるの?」
ふと見た自販機が、暗がりの世界に、自分も眠りたいと言わんばかりに、灯がチカチカと点滅していた。
「こうやるのよ!」
ヒノは、私の背中に顔をぐりぐりぐりと埋め込んで、笑いだした。
「ふふふ」
「なんか怖いよヒノ。さっき言ってた奴らより、一番怖い」
こんな真っ暗で不確かな世界で、唯一の相棒が、奇妙な行動をとりながら笑ってるんだから、私は非現実的な不安に駆られる。
「もう、わかんないの?あなたに入りたいぐらい大好きって事なのにっ」
「そう言われれば、確かに愛を感じるんだけど、前置き無しはさすがに、シュールなホラーだよ」
私達の声が、閑静な住宅街に、瞬きの間に消える。
「じゃあこれは?」
ヒノは、ただ普通に私を抱き締めた。
「ん……普通のハグじゃない?」
……いや、ちょっと違うかも
「ブー!違いますー ガオ」
「痛っ!背中噛みつかないで」
ヒノはたまに恐竜の真似をして、本当に噛んでくる。
「正解はね、世界一大好きだよ?のハグでしたー」
……
そう言われちゃったら、気付かなかった私が悪い気がするじゃん。
あんなに煌々と光る星の下で、心から愛しい相手に、世界一大好きなハグをされたのに私は微塵も気づかなかったんだ。ティラノサウルスに噛まれても文句は言えないって思っちゃうじゃん。
「ごめんねヒノ」
彼女の抱き着く手をぎゅっぎゅっと二回握った。
「いいわ。それより私眠たくなってきちゃった」
「切り替え早。古の秘宝の導きどうなったの?」
「んーーー、必要無かったわ。やつら、私達の愛には敵わないって降参して消えたわ」
面倒になると、超適当になる時あるんだよねヒノ。
「へー、いつ話したの?」
私は、自転車を方向転換させ、家路へ向かう。ヒノはかなりおねむだ。後ろから伝わる体温が温かい。
「ダーリンの背中を掘ってる辺り」
「器用だなー」
「自分達もそれやってみるって言ってた……」
もはや、声がむにゃむにゃ言ってる。
「え?ドリルの異形と口裂け女と宇宙人が!?」
「うん……主にドリルが」
ほぼ、眠りかけなのにボケてきてる……
「それは、愛じゃ無くて、攻撃でしょ?」
一応、つっこんだ。
……
……
あ、ヒノ寝た。
はぁ……仕方ないか。
私は、ヒノを起こさない様に、自転車を漕ぎながら、夜空を見上げた。
際限の無い、青深い闇の空に、沸々と眠っていた感情が湧いて来る。
有り余る程の、虚ろで確かな星の輝きに、散らばった自分の心を投影させていく……
……
もし、ヒノと出会わず、私は今この夜空の下で自転車を漕いでいたのならば、
何を思うんだろうか?
……
もし、そんな私が、背中に愛のドリルを受けて騒ぐ私を見たらなんて言うだろう?
……
もし、いつかヒノと離れ離れになってしまって、心が壊れてしまった私がいるのなら、世界一大好きなハグをされている私を見てなんて言うだろう?
……
……
怖い……
……
私は堪らず、片方の手で、私を抱き締めるヒノの手を握りしめた。
「ふふ……寂しがり屋さん……」
ヒノは寝ぼけながら、私を強く抱きしめた。
私は、彼女の名を呼びたかったが、何も言わなかった。
もし、喋ってしまうと、泣いている事がバレてしまう……
それが、なんだか物凄く恥ずかしい事の様に感じ、
私は唇を噛み締めて、出来るだけヒノに悟られない様に、
夜の流れる風の中、ペダルを強く踏み続けた。
きっと、夢の様な、星を見過ぎたのだろう。




