決戦 終章 終末の鬼 複製種
流図トドリ、円環ミレア、災害級の異形が逃走した後、私達は倉庫を出て、
外で待ち構えていた怪丘さんのワゴン車に乗り込んだ。
「さぁ!早く乗って」
怪丘すばるさんは、車のウィンドウから、かなり焦った様に私達に言った。
幽明が怪丘さんに言う。
「すみません、逃げられました。彼女達が何処へ向かっているか、すばるさん分かりますか!?」
「謝らないで。あなた達が生きていただけで十分だわ……って、あれ?ヒノちゃんは?奴等の動きは、特殊部隊が追ってるわ。海の方へ向かっているらしいわよ。恐らく、私達が最初にいたあの場所よ」
「そうですか。では、そこへ急ぎましょう。流図トドリがあの災害級の異形に幽界ノ勾玉を食べさして、様子がおかしくなったんです。何かとても嫌な予感がします……」
幽明は珍しく動揺している。
「ヒノは私が連絡してみます。きっと大丈夫ですよ」
「そう、お願いシスイちゃん」
私はスマホを取り出す。
その間に、ミコトちゃんが言い出した。
「あの異形、不死身みたいね。どんだけ損傷しても回復してたわ。それに能力も向上してた。あれにさらに変なモノを与えたら厄介ね……」
ノウコさんが続く。
「キョウちゃんの、あの攻撃を受けて生きているぐらいですから、奴を倒すのは相当難しいですね……」
「あ、そうだ。あのオレンジ髪の女の子は誰?どこ行ったの?ミコトちゃん」
幽明が尋ねる。
なかなか電話が繋がらないな……ヒノ、何してるんだよ?心配させないでよ……
「あれは私の従姉妹、慈十 叫。妖魔として召喚したけど、もう消えちゃった。あの子生きた人間だから、なかなか維持できなかったの」
ミコトちゃんが幽明に答える。。
「慈十家……って、霊媒界隈でかなり有名な、あの慈十家?てか、生きた人間召喚したんだ……やばいねミコトちゃん」
「そうよ。あの子はうちの花岡家と慈十家のハイブリッドなの」
「なかなか恐ろしい組み合わせだね。結構過激な感じの子だったし」
幽明は凄過ぎて呆れて笑う。
(やっほー)
繋がった!!!
「ヒノ!!!今何処にいるの?」
みんなは私がヒノと話す姿を見て、安堵の表情をしている。
私はスピーカーホンに切り替えた。
(今、ルリメアちゃんと空にいるわ。みんなの車も見えるわよ。上を見てみて)
運転する怪丘さん以外、全員がウィンドウから空を見る。
海から吹き抜ける生暖かい潮風が、車内に充満する。
上空には、真っ赤な翼膜の女の子と、真っ黒の蝙蝠みたいな翼膜の女の子が
二人でハートマークを作って飛んでいる。
「ヒノ流石だね!あのヴァンパイア少女、救出してくれたんだ!」
幽明が言う。
「白と赤ね……」
ミコトちゃんが空を見て、含んだ言い方をする
「赤と黒じゃないですか?」
ノウコさんが不思議そうに答える。
「パンツの話じゃない?」
怪丘さんは、前しか見てないはずのに、そうツッコミを入れた。
「やるわね、怪丘さん」
ミコトちゃんは感心した声を出す。
確かに、異常な観察力だ……
「生きてて良かったヒノ……心配したんだよ?勝手に消えちゃうんだから」
私はスマホに少しぼやく。
(ダーリンごめーん。みんなが気づいてない内がチャンスだと思ったのよ。
寂しくさせちゃったわね!大好きちゅっちゅ)
スピーカーホンで車内に筒抜けだから恥ずかしい……
みんな笑っているし……
「信じてたよ。私達は今から、彼女達を追って、最初の浜辺に行くよ。
ヒノも来てね。でも勝手には行かないでね?災害級の異形の様子がおかしいんだ」
(うん。全部上から見えてるわ。あなた達が到着したら降りる。それまで上空で待機するね)
「うん。もうすぐ着くから待ってて。じゃねっ」
(ばーい)
「みんな、もうそろそろ着くわよ?その前に二つ報告させといてね」
怪丘さんは、神妙な顔をする。
「すばるさん、どうしたんですか?」
幽明が聞いた。
「一つ。彼女達が、政府の管理する異形研究施設に、姿を現したって言ったでしょ?」
「はい、それがどうしたんですか?」
幽明が尋ねる。
「そこからね、極秘資料が消えてたらしいの……"終末の鬼"と言う異界の超古代の禁断の存在に関する資料よ。私が調べたところ、それの複製種を作る為の資料っぽいの」
「それは……」
幽明は信じられないという顔をしている。
「うん、滅茶苦茶やばい資料ね、それが奪われたのが一つ。補足で言うと、さっき灯ちゃんが言ってた、幽界ノ勾玉ってね、あれは、終末の鬼の情報が詰まった、データバックアップの物質みたいなモノっぽいの。それを異界の技術と遺伝子編集の組み合わせによって作り出した人工生物に守護させてるって記述もあったわ。恐らくあの動画の海坊主ね」
怪丘さんは、鋭い目つきで、バックミラーを見ながら話した。
"終末の鬼"その言葉を聞いた時、私は呪いの館で召喚した、巨大な鬼の存在を思い出して、背筋が冷たくなった。
他の面々も、その言葉を聞いた時、かなり困惑した様な顔をしているのがわかった。
もしかすると、それぞれが、終末の鬼について知っているのかもしれない……
「"終末の鬼"か……ノウコ、シビャクを降ろすわ。許してね」
ミコトちゃんが、見た事の無い顔つきをしている。
淡い紫の三白眼が赤みを増して、異様な雰囲気だ。
「……左様ですか……あの魔女を……」
ノウコさんは、とても悲しそうな顔をした。
「いや、すばるさん……でも、あれはそんな簡単に召喚できる存在じゃないはずですよ。私も、あの研究施設をハックして、さらっとその資料を読んだ事ありますけど、私から言わせてもらえば壮大過ぎる夢物語です。……もし本当に出来るのなら、洒落にならないですけど……純粋にエネルギーが足りないはずです」
幽明が、ホームズみたく両手に顎を置いて考えている。
こんな状況で私は、もしかしたらそれを召喚してしまった事があるなんて口が裂けても言えなかった。
「それが、もう一つの報告に繋がるの。現在彼女達は異形配信を利用して、日本中の
100万人を超える、コアな視聴者に呪文を唱えさせているわ。どうやら、予約投稿をしていたらしいの。私は素人だからわからないけど、そのエネルギーが繋がるなら、"それ"の召喚も不可能では無いんじゃないかしら?」
「……」
幽明は固まって言葉を返せない。
ミコトちゃんは、一人で誰かに喋っている……
ノウコさんは顔面蒼白で、俯いている。
ここで、しっかりしなきゃいけない。みんなバラバラになってきている。
「よく考えようよみんな。彼女達は一回は私達に敗北して逃走したんだ。
そんな彼女達が、文明単位の禁忌な存在を、完全に降臨できるのかな?
出来るのかもしれないけど、絶対何処かに不完全さがあるはずだよ。
私達なら、きっとそれをどうにか出来るよ」
私は、みんなに訴えかけた。
「そうね……私達の文明より遙に進んだ世界の存在達が、叡智を結集して作った
終末の鬼……いくら複製種でも、あの二人に上手く作れると私も思えないわ」
ミコトちゃんが、冷静さを取り戻した。
「ねぇ、シスイ。流図トドリと戦ってみてどうだった?」
幽明が不意に聞いてきた。
私はウィンドウから外を見て答える。
車は浜辺間近だ――
「あの子は、悪い子じゃないよ。ただの意地っ張りで、怖がりで、とても優しい……素直な女の子だよ。かなり背伸びはしてる感じだね」
私は、ありのままの彼女をみんなに伝えた。
「そうか……やっぱりそんな感じだよね。私も円環ミレアと対峙して思ったよ、
彼女も本当に良い子なんだ。どうしても私を傷つけない選択肢を取ろうとしてくるんだ。状況が違えば、友達にすらなれそうな子だったよ」
幽明はみんなに向かってそう言った。
車内は、静かになる。
怪丘さんが咳払いをして、言い出した。
「きつい言い方だけど許してね。良い子なんて、世の中に沢山いるわ。苦しんでる子も同じくね。だから、彼女達が特別では無いのよ。彼女達がやろうとしてる事がそれで肯定されていいはずがないのよ。だから一市民の代表のとして、あなた達にお願いするとしたら、どうやったとしても、彼女達の計画を完全に潰して欲しい……」
一見、厳しい意見に感じるが、怪丘さんは誰よりも、一般人を守ろうとしているんだろう。
それに、私達が言い出しにくい事柄に、敢えて悪役を買って出てくれた気もする。
「……彼女達を力でねじ伏せてしまえば、私達は彼女達の未成熟な考えとなんら変わらないんじゃないですか……?」
幽明が、怪丘さんの意見に反論する。
車内の空気が張りつめる……
「"終末の鬼の複製種"が誕生してしまったら、私達全員でそれをどうにかできるのか?どうすればいいのか?を話そうよ。彼女達がそんな存在の召喚を考える以前に、その資料が何処かにあって、それをだれかが研究してたんでしょ?いずれ、それは誕生してたんじゃないの?」
私は自分の意見を述べた。
「私もそう思います。その最悪の事態をどうするかですね。そして、私達であれば、
現段階ならどうにかする事が可能であるとも思います」
ノウコさんが私の意見に賛同してくれた。
そして車は、既に海浜公園の駐車場に入った――
「みんな、心配しないで。最悪、私がどうにかできるから。
でも、一つ約束して。何が起きても私を責めないでね……」
ミコトちゃんは覚悟をした上で、寂しそうに言った。
私はミコトちゃんを慰める様に言った。
「じゃあ最悪、その何かが起きそうな時は、私が止めるから安心してよ。
止めれなかったら、私の責任でいいからさ。ミコトちゃんは何も気にしなくていいよ」
車は停車した――
ミコトちゃんは黙っている。
「シスイちゃん……残念だけれど、ミコト様が魔女シビャクを顕現をされると、誰も止められませんよ?下手に近寄ると、あなたが……」
ノウコさんが含んで言う。
私はあっけらかん即答した。
「大丈夫ですよ。死なないですから。絶対にここでは死なない。そんな気がするんです。はは」
「そんな、適当な……」
ノウコさんが悲壮な顔をする。
「ノウコ、いいじゃない。もしかしたら止められるかもよ?
そうなったら……私……ホントに……嬉しいわ」
「ミコト様……」
「とにかく、行こう。まだ、未然に防げるかもしれない。降りるよみんな?」
幽明が先陣を切る。
みんなは、シートベルトを外し、外に出ようとする。
怪丘さんが俯いて、伝わらない悔しさを噛み締めて言う。
「さっきは、嫌な言い方してごめんねみんな。あなた達を想っているのは本当なのよ……」
「知ってますよ、すばるさん。あなたはあなたの信念で、みんなを守って下さい。私あなたを信じてますから」
幽明はにこりと笑い、そのまま浜辺に駆け出した。
「灯ちゃん……」
ミコトちゃんとノウコさんも続いて車を降りた。
ミコトちゃんは車から去り際、一言、無表情で怪丘さんに言った。
「あなたの考え私と似てる」
ミコトちゃんなりの自分を責めないでと言う、慰めだろう。
そして、二人は浜辺に走りだす。
最後になった私は、怪丘さんに言った。
「きっと大丈夫ですよ。任せて下さい。怪丘さんは笑顔の方が断然美人さんですよ」
「ありがと……優しいのね、シスイちゃん。……あなたに任せるわ」
怪丘さんはハンドルに顔を埋めながらも笑顔になった。
私はそれと同時に、上空を見上げる。
上には、ヒノとヴァンパイア少女ルリメアがいる。
私は、大きく手を振った。
二人は、私のジェスチャーを見て、急降下して来た。
「シスイ、おっひさー。この子はルリメアちゃんよ、とっても面白い子なの。仲良くしてね」
ヴァンパイア少女ルリメアは、白くて小さい足で、地面にぴょんと着地して、私にお辞儀した。
「こんにちは」
「ヒノ、おひさー。この子カワイイ子だね、よろしく。ちょっと急いでるから、とにかく行こ」
私は、満面の笑みで、ルリメアちゃんにお辞儀を返した。
「……かっこいいわ」
ルリメアちゃんは私を見てそう言った。
「あ……ありがとね」
「だめよ、ルリメアちゃん!私のダーリンなんだから。でも、このくだりは後、
早く行きましょ」
――私達三人は駆け足で浜辺に向かった
幽玄の砂浜――
私達シェアプリズムのメンバーは、全員揃って最初の砂浜に辿り着いた。
命溢れる大森林に囲まれた、秘境の砂浜。
陽が傾き始める時間。
雲一つ無い青一色の空を見上げれば、世界は何処までも続いている様に感じる。
そんな空の下には、広大と言う言葉では語り尽くせない程の、無限に広がる海が、
機嫌良くじっと揺れて、太陽の光にきらきらと反射している。
ただの物理法則なのだけど、私の瞳から見れば、生命の讃美歌に聴こえた。
そんな、最果ての砂浜の中央に、似つかわしくしくない存在が三体。
全てを受け入れてくれるだろう、こんな砂浜にさえ、同化をする事が出来ないという
その存在達の孤独はきっと計り知れないだろう。
その、三体は海をじっと見ている。
その一人、流図トドリがこっちを振り向いた……
恐らく、私を見た気がする。帰りたいけど、帰れない……そんな表情の彼女に、私は、ギュっと胸を締め付けられた。
流図トドリは、円環ミレアと災害級の異形に、大きな声で何かを懇願している。
円環ミレアはとても悲しそうに、または諦めの様な顔で俯いている。
災害級の異形は、きれいな海だ、この海に帰りたい。そんな風にぼーっとしている。
もしかすると、この存在は、最初から、災害級の異形でも何でも無かったのかもしれない……
私達はその場に駆け寄る。
幽明が叫んだ。
「もうやめよう!!!もういいんだ!!!」
流図トドリは、その声を無視して、呪文を唱え始める。
円環ミレアは、空間から真紅の鎖を出し、鎖に巻かれたフルートを手に取る。
そうだ、忘れていた。私は召喚機を全て潰した気になっていたが、あれが残っていたのだ。彼女達の異形配信動画では、あれで海坊主を呼び出していた。
まずい……
円環ミレアは、静寂の砂浜を海に向かって歩き出し、ゆっくり音を紡ぎ出した。
その曲は以前の配信と同じ曲だった、ラフマニノフのヴォカリーズ。
彼女の演奏にあまりに心を打たれてしまったので、私はあの曲を最近よく聞いていた。
彼女から発せられる、心に響くフルートの音色、大自然が紡ぐ、あまりに綺麗な命の情景。
それらが相まって、完璧すぎる雰囲気となり、逆に何かが始まる不穏な予感を抱かせた……
「トドリ!!!もう一緒に帰ろうよ!!!君だってそうしたいんだろ!?
怖い事全部辞めて、一緒に行こうよ、私達と!!!」
私は少し離れた彼女に叫んだ。トドリの肩が少し揺れる。それは怯えている様で、お願いだから止めてという様だった……
次の瞬間――
地平線の彼方が大きく揺れた。少し海が盛り上がっている。
「これは……始まるわね」
ミコトちゃんは、みんなから外れた位置に行き、金色の鉾を天にかざしだす。
「避けられませんでしたか……ウノビョーク!!!顕現せよ!!!今こそ、今こそ、
力を貸してくれ!!!我が主を守る為、そなたの眩い光を私に授けてくれ!!!
」
ノウコさんはそう叫び、砂浜の端の方に疾走しだした。その先の海面も盛り上がる。
「シスイ、ここは今からとても危険な状況に陥るわ。私は上からずっとあなたを見守っている。あなたはあなたの信じた様に行動して、心はいつでも傍にいるから」
ヒノがニコッと微笑んで、空く飛翔した。
「ヒノ……」
「あっ、ヒノちゃん!」
ルリメアちゃんも、後を追う様に、この陽ざしさえ吸い込むような、漆黒の翼膜を羽ばたかせヒノを追いかけた。
残ったのは、幽明と私だけだ。
「幽明どうすれば……?」
私は、急に散り散りになった仲間達に狼狽える。
「君を信じろ……」
幽明は一言だけ、そう言って、トドリ達にさらに近づいて行った。
どうしよう……みんなが道を決めたのに、この砂浜で私だけが、宙ぶらりんじゃないか……
地平線で盛り上がりは、超特急でこちらに向かって来ている。
激しく波打つ。
円環ミレアはそんな海面に足を着けながら、まだ音を響かせている。
災害級の異形はさらにその前に位置し、まるで円環ミレアを波から庇う様な姿勢をとる。
どうしよう……、私は一体どうすればいいんだ?
ゼスパか?未来視か?合成召喚か?説得か?
決めれぬまま、周りの状況だけが刻々と変わる。
そして、とうとう。
海面から、物凄く巨大で、闇をギュっと固めたみたいな真っ黒な体の何かが、勢いよく飛び出した。
配信で見た海坊主だ。
災害級の異形が、かなりの小型に見える程の化け物だ。
その海坊主は、クレーン車の様に大きな腕を、災害級の異形と円環ミレアに差し伸べる。
円環ミレア、振り向く。
流図トドリが呪文を唱えたまま頷いた。
そして――
円環ミレアはフルートを海に捨て、災害級の異形の背中を優しく抱き締める。
異形は、あの斑色の鋭く忌まわしい尻尾で、それ以上は無いというくらいに。優しく円環ミレアの頭を撫でた……
そのまま、災害級の異形は、海坊主の手の平に乗った。
そして振り返り、流図トドリを見て深く頷いた。後悔は無いよ、と言う顔に見えた。
流図トドリの肩が激しく揺れる。
次の瞬間――
海坊主は、躊躇いも何も無く、スナック菓子の様に、災害級の異形……もとい、優しき異形をなんの感情も無く丸呑みした。
それは、とても不快な光景だった……
何やら、大きな気配がしたので私は砂浜の端に目をやる。
その砂浜の端っこでは、いつの間にか、体長20メートル程の、全身が虹色の鱗のウミヘビに似た存在が海面の上を浮遊し、その上に、ノウコさんが跨り、妖気満ち溢れた、二つの大きな刀を構えている。
その様は、異界の騎士の様であり、神話の戦乙女の様だ。
砂浜のから見える、そんな非現実的な現象ばかりに、私は少し眩暈がした。
ミコトちゃんも、まるで天に連れていかれるみたいに、上空を浮遊している。
心なしか、笛や太鼓などで奏でられてるであろう、とても神聖であり、禁忌な雰囲気の音色が何処かから聞こえる。
私は無意識に鳥肌が立った。
「シスイ来るよ!」
幽明が、素早く私に警告する。
次の瞬間――
海坊主は、激しく暴れ出し、海面が大きく荒れる。
流図トドリは体に光を纏い、光速で移動し、波打ち際にいた円環ミレアを抱えて、砂浜に逆戻りした。
二人は砂浜で荒れ狂う存在を見て立ち尽くしている。
海坊主のぬめっとした、黒い肌は、どろどろと波打ち出す。
体の骨格も鋭いものに変形していく。
顔の形自体も、無表情の作りから、怒りに溢れた風になり変わっていく。
次の瞬間――
そこに一閃が走った。
それは、ノウコさんとノウコさんが使役する妖魔、ウノビョークだった。
巨大な虹色のウミヘビは、万華鏡の様に、陽に体の色を変化させ、尾びれをゆらりと風で揺れるシーツの様に靡かせ、海坊主の体擦れ擦れを横切った。
その瞬間、ノウコさんは二つの刀で奴の、巨大な腕を、まるで大根でも切る様に切断した。
さらに荒れ狂う海。もはや、静寂の場であった記憶すらも思い出せなくなりそうだ。
そして今度は、奴の周辺に、プリズムの粒子が、溢れんばかりに満ちる。
奴の周囲の空間だけが、御伽噺の幻想的な絵本の世界になったみたいだ。
これは、ヒノの能力だ。
私は空を一瞬見上げる。ヒノは髪を逆立て、呪文を唱えている。
ルリメアちゃんも同じく。彼女は、岩でも持つような格好で両腕に力を精一杯込めている。
私も何かしなければと、反射的に異形の鎌ゼスパを光速回転させ、上空に展開して、待機させた。
プリズムに囲まれた、幻想的な世界。粒子は際限なく満ち溢れる。
その中で、腕を無くし苦しむ海坊主。
その空間に、あらゆる生物の骸がぞろぞろと湧き出てきた。
それらは海坊主の体に這ってまとわりつき、その巨大な存在を何処かへ引きずり込もうとする。
片腕で必死に取り払おうとする海坊主。
しかし、それはキリが無かった。
それを見ながらも、私は流図トドリと円環ミレアに距離を詰める。
幽明も同じく。
次の瞬間――
ヒノは上空から、鋭い雷刃を一撃、海坊主へと打ち放つ。
その、雷刃は空間に満杯になったプリズムの粒子の、爆発の起因となった。
一つ一つの粒子が十字型に連鎖的に閃光し、ドミノ倒しみたいに一斉に広がる。
乗算の如く、威力は連鎖するごとに跳ね上がっているようだ。
その場所だけ、海水は無くなり、激し過ぎる超爆発の連撃に、ゴムボール見たく
海坊主を体をあちらこちらに跳ねさせた。
やがて爆発は収まり、空間も元通りになる。
海面には、焼け焦げて突っ伏した海坊主が、動かずに海に飲まれている。
「やったか!?」
幽明は、太陽に眼鏡を光らせて覗き込む。
しかし――
海面が揺れる。
奴には、まだ息があった。
海坊主は、体をビクンビクンと動かし、上半身を起こす。
その体は、いつの間にか、赤く変色し、無造作で荒々しい毛が生えている。
焼け焦げた皮膚は再生し、力がみなぎっているみたく、極めて太い血管が幾重にも浮いている。
ノウコさんが切り裂いた腕さえも、何も無かったかの様に新しく生えている。
それは、膝をついて立ち上がり、地響きを立てて、海面から砂浜へ上陸してきた……
終末の鬼、複製種が誕生してしまった――
私は、四方八方を見回す。ミコトちゃん以外は皆、息を呑んで固まっている。
ミコトちゃんは上空で、半透明の青色をした神輿の中で眠っているみたいだ。
なんとも不思議な光景だ。
私は、目の前の流図トドリと円環ミレアに目をやった。
あろう事か、彼女達は震えながら、その終末の鬼に向かって土下座をしている。
「何やってるんだ下がれ!!!」
幽明は怒鳴り声をあげる。
二人は一切聞かない。手を強く握り合っている。
終末の鬼は、ドンッ……ドンッ……ドンッ……ドンッ……と、彼女達に近寄る。
その時だった、町全体に響くような大きなサイレンが砂浜に鳴り響く。
私は、察した。
恐らく、怪丘さん率いる特殊部隊は、この鬼の出現を確認した後、
一斉に街の人々を避難させる方向に動いたのだ。
目の前の状況とその音が相まって、かなり不穏な状況だ……
やがて、鬼は土下座をした二人の前で立ち止まって、渇きに満ち、血走った目で見降ろした。
上空にいる仲間達は、下手に手が出せないと言う雰囲気だ。
この二人をとにかく逃がさなきゃ。
何故か鬼が、この二人を一番に狙っていると感じる……
まるで、生贄が足りないと言っている様な気がする。
私と幽明は二人の体を掴み、引っ張る。
「いつまで意地張ってるんだよ!!!早く逃げるよ!!!」
私は流図トドリに言う。
「嫌だ!!!私はみんなを救うんだ!!!平和を作るんだ!!!」
流図トドリが言う。
「バカかっ!!!お前にはあれが平和をもたらす様に見えるのかっ!?お前は親友がこんな風になっている選択が正解だと思うのかっ!?」
幽明は激高して流図トドリに言い放った。
流図トドリは円環ミレアを見て、口を開けたまま、顔面蒼白になる。
その、円環ミレアは目を見開いてガタガタと震えて、死にたくないと連呼している。
だが、気づいたときにはもう遅かった……
生物とは思えない程の、巨魁で赤太い野蛮な手が、円環ミレアを掴んで自分の元へと引き寄せる。
「ミリアーーーッッッ!!!!!!!」
流図トドリはすぐさま立ち上がり、手を伸ばす。
「トドリーーーッッッ!!!!!!!」
円環ミレアは泣きじゃくりながら足搔いて、そこから逃げようとするが、一切何も出来ずにいる。
私は反応的に誰よりも早く動いた。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
頭上にあったゼスパのサイズを、終末の鬼の半分程まで、巨大化させて、
奴の胴の下方辺りから、全力でスライドさせ、体を真っ二つに引き裂いた。
ブシューーーウウウゥッ!!!!!!
先に上半身が力が抜けた様に、体から滑り落ちる。
下半身は数秒経った後に、バタっと後方に倒れる。
紫と緑を混ぜた、どこか人工的な色の血が、遅れて盛大に吹き上がった。
倒れた上半身の手が緩み、円環ミレアが泣きながら這い出る。
「いやだいやだいやだ私死にたくないよぅ!!!!!うぇーーーーん!!!ふぇーーーーん!!!!!うぇーーーーん!!!!!いやだよーーーー!!!」
慌ててこちらに向かって走って来る。異形配信では、底知れぬ雰囲気だった彼女は、今や本当に、ただの怯えた女の子だ。
「シスイ、流石だ!でも気をつけて。奴は再生するよ!」
幽明が袖まくりをして、銀色の数珠を光らせる。彼女の暗い青の髪に潮風が吹き抜ける。
流図トドリはすかさず彼女を保護し、抱き締める。
「ミリアごめん……ホントにごめんね……」
その後、流図トドリはこっちを見て言った。
「ありがとう……シスイ」
「まだ終わってないよ、しっかり守っててあげてね」
私は終末の鬼を指さした。
終末の鬼の上半身と下半身は痙攣しだす。
そして、次の瞬間――
二つの切断面から、神経の様なモノが無数に伸びて、瞬く間に肉体を形成しだす。
私が次の判断を起こす前に、終末の鬼、複製種は二体に増殖していた……
その二体はずしりと何事も無かった様に立ち上がる――
流石に常軌を逸したこの状況に、ノウコさんとヒノとルリメアちゃんが私達の近くまで戻って来た。
「キリがないわ。いい方法は無いの幽明?」
ヒノがルビー色の髪を振り乱しイライラしながら言う。
「わからない。政府の資料には破壊不可と書いていたし……でも、この手の異形は
一気に全てを破壊するか、儀式みたいな条件によって誕生したなら、その条件を崩す事でどうにか出来るかもしれない……」
幽明が言い終わると同時に、私は砂浜を取り巻く気配に違和感を覚えた……
街を覆うサイレンの音が少し変わったのだ。それはまるで誰かが真似をしている様な音になった。サイレンを面白がってふざけて真似る様な不気味な声……
信じられない程不気味だ……
ウノビョークに跨ったノウコさんが言った。
「始まります……魔女の降臨です。皆さん何を置いてでも、速やかにこの場から遠ざかって下さい」
ノウコさんが言い終わると、ウノビョークは体をうねらせ、本能的に、すぐにその場から遠ざかった。
「……やばいわね、みんな早く」
ヒノはすぐ逃げようと、残った全員を誘導する。
そして、全員が様々な状態ながらも、その場を後にし、離れた位置から終末の鬼二体を見ていた。
その二体は、こちらに来ようとしたが、上空を見上げてピタリと止まった。
空間に大きな三角形の穴が開いている。中は宇宙の銀河の様な雰囲気だ。
そして――
その中から、ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!と三本の巨大な白い棒が排出され、
砂浜に刺さって直立する。それは古代文字の様な解読不能な字が大きく刻まれており、それがドクンドクンを煌々と波打っている。
二体の鬼はそれに触れようとするが、一瞬の内にその三本の柱は光を帯びて半透明になり、触れる事が出来なくなる。
そして変形していく……
霧や、蜃気楼みたく、掴みどころの無い大きな人型。
その大きさは、終末の鬼達にも劣らない。
人の形を模しているが顔は無く。
その三体は、いずれも金色に輝いている。
三角形の立ち位置のまま、両手を宙に掲げて、まるで何かを待っているかのようだ。
終末の鬼達はイラついた様に、ぶぅんぶぅんと、血色溢れる赤腕を、豪速で振り回すがただ宙を捉えるばかりだった。
いつの間にか、三角形の空間は閉じている。
神聖な、それでいて禁忌な音が、より強く、砂浜一面に響く。
私達は、その異様な光景に目を奪われていた。
すると――
天高い場所に、一つの青白い光が轟轟と燃えながら、出現する。
異常な程までの、神秘的な気配。下にいる全てが跪くべきの様な気がする。
それは、三体のデイダラボッチの中央に向かって降りてきた。
よく見れば、あれはミコトちゃんが乗っていた不思議な神輿じゃないか……?
あの中に、ミコトちゃんがいるのかな?
終末の鬼達がはそれを真っ直ぐ見上げる。
金色のデイダラボッチ達は、さらに大きく腕を伸ばし、三体で、その神輿を支える態勢をとった。
まるで、王女や姫に従う、屈強な兵士達を思わせる。
私はさらに目を凝らして神輿の中を見る。
……おかしい。
ミコトちゃんのはずなのに、そうではない気がする。
深い黒に紫が彩る美しい髪に、スラっと伸びた四肢。服は真紅のドレス。この位置からでも分かる特徴的な瞳。
とてもミコトちゃんに似ている……
あの子が今より、10歳、歳を重ねたみたいな姿だ。
「あれは……ミコトちゃん?」
私は、皆の中でぽつりと呟いた。
ノウコさんが一言。
「いいえ、魔女です。魔女シビャクです」
みんなは、ノウコさんを見て、シビャクと言う聞き慣れない言葉を反芻した。
その時だった――
魔女シビャクは地を見降ろし、手を掲げた。
次の瞬間――
地にある全てが数秒間、1メートル程度、宙に浮いて自由を奪われた。
砂浜の砂も、海の水も、鬼やデイダラボッチ、それに私達まで。
全てが彼女の意思のままに浮かされた。
「これは……」
幽明の顔がいつになく深刻だ。
「なんなのさこれ?」
私も困惑する。
「いやいやいや!!!」
円環ミレアは悲鳴をあげている。
「ミレア!暴れないで!ちゃんと捕まってて!」
流図トドリは円環ミレアを抱き締めながら叫んだ。
「自由が利かないわ……」
ヒノが羽ばたかずに、恐ろしいモノを目にした表情で宙を舞っている。
「あんたらの友達、ちょっとやばくない?」
ルリメアちゃんも、動けずジタバタしている。
「これが、魔女シビャクの力です。ですが……まだ序の口です」
ノウコさんは必死にバランスをとる。
次の瞬間――
先程とは逆に、全てが落下した。
地がけたたましい轟音と共に、盛大に揺れる。
「いててて……ノウコさんあれは敵なの?」
私は、サンドワームの様に地でうねるウノビョークの上で、上手く受け身をとった
ノウコさんに尋ねた。
「どちらでも、ありません」
「はぁ……ヤバイ巨人が五体と魔女が一体って事だわね。女神と魔女には逆らうなって言い伝えが身に染みるわ……」
ヒノは絶望と言うより、呆れた感じでやれやれとする。そして続けた。
「あなた達、どうにかしなさい」
ヒノは、流図トドリと円環ミレアを睨んだ。
二人は黙り込む。
「ヒノちょっと……」
私は二人を庇おうとした。
「シスイは黙って――これがあなた達が、己惚れたあげく、引き起こした結末よ。
救済?笑わせないで。破壊の間違いでしょ?本当に誰かを救いたい意思があって、この状況を自分達でどうにも出来ないのなら、みんなに心から謝罪して、お願いしなさい。もう、私達が頼む番はとっくに終わりよ。これは、王の端くれとしての意見よ」
その正論に全員黙り込み、彼女達を見つめる。
魔女シビャクの下では、何やら鈍くて巨大な音がしている。
終末の鬼達とデイダラボッチ達が激しい殴り合いを始めた様だ。
きっとデイダラボッチは実体化したのだろう、さっきより色がかなり濃い……
沈黙の中、流図トドリが泣きながら声を出す。
「本当にごめんなさい……助けて……助けて下さい……お願いします。どうか、皆さん……あれを止めるのを手伝って下さい……」
円環ミレアも淡いピンクの瞳から、きらきらと光る大粒の涙を流しながら言った。
「なんでもします……罪は後で償います……だから……だからお願い。あれに誰も傷つけさせないで……」
私達シェアプリズムのメンバーはお互い見つめ合い、頷き合った。
「最初からこうなると思ってたわよ。あんた達ホントバカすぎでしょ?
生き残れたら、ちゃんと反省しなさいよね。私を監禁したお詫びも、ちゃーんとして貰うからね」
ルリメアちゃんはビシッと二人に指差した。
その後、こう続けた。
「だからぁ……生きて帰れる様に、自分達のできる事を精一杯して、ヒノちゃん達に協力しなさいよ!」
腕組みをして、ふんっと横を向くルリメアちゃん。
こんな優しいツンデレを初めて見た。彼女に対して二人がした事は、きっと、とても酷い事だったろうに。
そんな最中にも、終末の鬼達の所から響く激闘音は、どんどん凄みを増していく。
「ルリメアごめん。ちゃんと反省するし、償いはするよ……だから助けて」
流図トドリは頭を下げて、そう言った。
「ごめんなさい……ルリメア。本当になんでもするから、手を貸して頂戴」
「その言葉忘れないでよね?」
二人は真剣な眼差しで頷く。
「はぁーあ、めんどくさいけど手伝いますか」
取敢えず私達は一致団結し、この状況をどう打破するかを考えた。
魔女シビャクは神輿の上から、私達の方を見ている。
デイダラボッチは三体で交互に、終末の鬼達を殴りつけている。
そこには、技術も何も無く、ただ激しく腕を振り回し、鬼の体や顔などを
無心に叩き潰そうとしているだけだ。
その威力は格別で、終末の鬼は何度立ち上がっても跪いてしまうぐらいだ。
しかし、その体は損傷した瞬間から再生していく。
そして、終末の鬼達も遂に、怒りの臨界点を超えたのか、砂浜全体が激しく揺れる咆哮を吐いて、デイダラボッチ達に渾身の拳を振りかざした、その金色の巨体は海まで簡単に吹っ飛ばされた。
次の瞬間には、もう一体のデイダラボッチが海とは反対側の原生林に飛ばされ、
最後の一体は、終末の鬼達に羽交い絞めにされている。
それを、上空の神輿から、とてもつまらなそうに見る、魔女シビャク。
「押されている……」
幽明が呟く。
「……魔女シビャクが押される事はありません」
ノウコさんが、ゆらゆら揺れるウノビョークの上でいう。
このウノビョークは案外いう事を聞くタイプで、会話する私達の辺りに顔を持って行き、ノウコさんが話やすい様にしている。少しカワイイ。
ノウコさんが続けて言う。
「それと、命が惜しければ、どんな状況でも決して近寄ってはいけません」
みんなはそう言われ、黙ってデイダラボッチがあと少しで敗れる状況を眺める。
ルリメアちゃんが声を上げる。
「遠距離なら良いって事ね?」
「あの魔女の獲物に手を出すのは……危険です」
ノウコさんは何かを思い出したかの様に、身震いして言った。
「大丈夫大丈夫。やばくなったら飛んで逃げるから」
お気楽そうに言うルリメアちゃん。
「え……飛べない私達どうするのさ?」
羽や乗り物が無い、地上組は顔を見合わせる。
「細かい事は気にしないの銀髪ちゃん。さっきの鎌貸して?」
ルリメアちゃんが手を出す。
「ゼスパの事?」
「うん、それそれ」
えーーー……凄い嫌だ。
自分以外に触られたく無い。
それに、なんかやばい事になりそうな予感がする。
「いやだ……」
みんなは私の方を見る。心なしか、貸してあげてと言う雰囲気に感じる。
「ケチ。その鎌、200年前は私が使ってたのに。つまんないのー」
「えっ!!!」
全員がその言葉に驚き、さらに貸してみたらと言う視線が集まるあ。
羽交い絞めされたデイダラボッチも、コテンパンに殴りつけられて敗北の寸前だ。
「シスイ……お願い」
流図トドリは、私に懇願する顔をしてきた。
「……はぁ。あーもぅ!好きにしなよ!これでみんなが助かる可能性があるなら、
私はもう、この鎌はいらないよ!ルリメアちゃん!ホントに頼んだよ!」
「えぇ任せて!私が編み出した使い方たーんと見せてあげるわよ。あと、ちゃんと返すから心配しないで」
ルリメアちゃんそう言って手を差し出す。
みんなは笑って私を見ている。
そうだ、武器なんかどうでもいい。大事なのは、みんなを守る事だ。
それが出来ずに、武器や力に囚われてたら本末転倒じゃないか。
私は、ゼスパを小型のサイズにし、ルリメアちゃんに渡した。
「はぁーーーーいいわね。すごくいいわ。懐かしい。元気だった?ケルル?」
あっ、自分で名前つけるタイプなんだ……
「うんうん。伝わるわ。頑張ってきたのねケルル。じゃあ、あなたの真の姿で
皆を助けてあげてくれない?うんうん、ルアナ・ヴェスペラとちゃんとくっつけてあげるから。私がそう言っとく。……うん、敵はね、あの赤い鬼達よ」
何の話だ?ルリメアちゃんは一人でゼスパにブツブツ喋っている。
そして、ルリメアちゃんは蝙蝠の様な翼膜でパタパタと宙に羽ばたいた。
その前を、ゼスパが浮遊している。
「偉大なる者の一部よ。それを導きとし、今、この現象界に姿を現せ。
それはかつての伝説の様に、勇ましく気高く。例えその身が幻であろうとも、私は貴方を誇りと思うだろう……」
ルリメアちゃん呪文を唱えた。呪文と言うか、詩の様だった。英雄を讃ええる詩。
すると――
終末の鬼達の背後に、闇色の大きなシルエットが浮かんだ。
それは、空間の歪みにも見えるが、なんらかの巨大な生物にも見える……
なんの生物とはなかなか言い表せないが、例えるなら、SF映画で出てくるみたいな、地球より遙に広大な惑星の王獣という感じだ。
次の瞬間――
二体の終末の鬼は、幻で出来た巨大な爪に何度も引き裂かれ、その場にがくりと倒れ込んだ。
鬼達の巨体の大きな背中を覆う程の、三本の鋭い爪痕が入った最初の瞬間だけは、なんとか認識出来た。
程なく、闇色のシルエットは本当に幻であったかのように姿を消した。
「これで終わり。久しぶりだったけど出来たわ。私もまだまだイケるわね」
ルリメアちゃんはふふっと笑った。
ノウコさん以外のみんなの顔に勝機の笑顔が戻る。
ノウコさんは、魔女シビャクを見ている。
私も、魔女シビャクを見た。
魔女シビャクは、じーっと私達を見つめた後、まるでつまらないわと言う風に、手の甲に顎を置いて遠くを見た。
そして――
反対の手を上げて、そのまま下に振りかざした。
次の瞬間――
ドドドドドドドドドドドドドド……!!!!!!!
何万発もの光の雨が、下にいる終末の鬼達に降り注いだ。
その眩しさと、ビッグバンの様な轟音に、私達は顔を伏せた。
少しの間、全員が何もできぬまま、耳を抑え、下を向いていた。
音は突然、歯切れよく止んだ……
魔女シビャクの下には、もう何者も存在してはいなかった。海と原生林に吹っ飛んだデイダラボッチもいつの間にか姿を消している。
「なんて力……」
ヒノが驚愕した声を上げる。
「あれが、魔女シビャクの力です……」
ノウコさんが言った。
「魔女……」
幽明はその言葉を反芻する。
流図トドリと円環ミレアは、その光景に、ミコトちゃんの自分達をどうにでもできると言う脅しが、嘘では無かったと心を持って納得した顔をしている。
ルリメアちゃんは、笑顔のままかちんと固まっている
その時、未来視が発動した。
再び、魔女シビャクは手を上げる。
それもこちらに向けて――
「逃げて!!!!!!!!」
私は全員に叫んだ。
みんなは一斉に私を見る。
魔女シビャクは私を見て薄っすら笑った。
そして、手を上げ……
無数の光の雨を、私達の上空に出現させた。
私の中の感覚はスローモーションとなった。
私は魔視で、その光の雨のエネルギー構造を解読しようとする。
しかし……
無理だ――
今までの魔術とは比較にならない程、複雑すぎる上に、私の、このコピーの魔視を見越したような、エネルギーの流れや構造を全て見る事を、断固拒否するロックがかかっている
出来たとしても、数秒止めるのが限界だ。
その数秒で、みんな逃げてくれたらいいか……
……
……みんな、生きて。
「うああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
私は喉が潰れる程、絶叫した。
体中の血管も破裂しそうだ。
でも、止める事は出来ない。
みんなの為だ。
みんなが逃げるまでは……
私は、目の前の世界では無く、エネルギーの流れだけの世界を見ていた。
これが、ヒノや幽明が言っていた、魔蔵かもしれない。
世界の別の層。
……
私は気づいたら……こちらに向かう光の雨を止めていた――
みんなは動けずにいた。
時間は、十秒も経ってないのだろう。
どうして!!!早く逃げて!!!もう持たないよ……
お願いだから……
宙で静止する光の雨。
その先に見えた魔女シビャクは、とても愉快なだと言う様に笑っている。
あぁ、終わりだ。もう持たない……
クソクソクソクソ!!!!!!!
誰も救えないのか?
このまま全てが消え去り終わるのか?
……
いやだ。
……
その時だった――
久しぶりに、心の声が聞こえた。
恐らく、転生前の私……
(諦めてはならぬぞ、私よ)
(達成せよ、私よ)
(時が来た)
(始まるのだ)
「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
私は、魔女シビャクの光の雨の権限を乗っ取り、軌道を変え、ひとつ残らず海の彼方へと消し飛ばした。
……
一瞬の出来事で、
どうやったかは、覚えていたない。
ただ、それらの現象の権限が全て、自分に与えられた気がした……
「シスイ……」
ヒノの声だ。心配する声。
「助かったよシスイ……」
幽明の気の抜ける声。
「魔女シビャクを止めた……」
ノウコさんの現実を受け入れられない声。
「銀髪ちゃん……王の匂いがするわ……それも本物の……」
ルリメアちゃんの声だ。
「シスイ……君は……」
流図トドリはやっと探し物をみつけたかの様に言った。
「トドリ……これこそ……私達の光……」
円環ミレアも、まるでこの私が、自分達の願いを叶えてくれる救世主みたいなニュアンスで喋った。。
私は、魔女シビャクを見る――
しかし、そこには、気絶しているミコトちゃんしかいなかった。
そして、耳元で声が聞こえた。
(我は魔女。王よ、またの手合わせを願おう)
辺りを見回したが、何処にも魔女シビャクの姿は無かった。
青白い神輿はゆらりと地に降りてくる。
しかし、下では一体の終末の鬼が再生しようとしている。
「ミコト様!!!」
ノウコさんがウノビョークを全速で飛ばし、ミコトちゃんの元に駆け寄る。
体より先に再生した鬼の腕はミコトちゃんを掴もうとしている。
ノウコさんはその鬼の腕を、竜巻の様に回転するウノビョークから、無数の斬撃を繰り出して、木っ端微塵にした。
ノウコさんは、ミコトちゃんを神輿から拾い、ウノビョークに乗って、こちらへ戻って来た。
「ノウコさん、ミコトちゃんは無事ですか?」
幽明が尋ねる。
「えぇ、気絶しているだけです」
「そうか、よかった……それにしてもおかしいね。何故片方の鬼だけが、再生するんだ?」
みんなは考える。
「それが本体だからじゃない?」
ヒノが言う。
「そうなんだろうけど、何を持って、本体なんだろう?」
その時、沈黙を破る様に私のスマホが鳴った。
画面を見る。
響だ――
相変わらずマイペースな奴。
ちょっと笑える。
「だれだい?」
幽明が、不思議そうに言う。
「響だよ。どうせどうでもいい内容だよ。それより本体は……」
「シスイ!すぐ出るんだ!」
幽明が必死な顔で言う。
みんなの顔にハテナが浮かぶ。
とりあえず私は言われながらに出た。
きっと幽明は響には女神がついてるから、何か大事なヒントをくれると思っているのだろう。
私はスピーカーホンにする。
(こんちゃー!バイトあがりの響ちゃんでーす!!!しーくよろよろー!!!)
思わずヒノが笑いを吹き出した。
「あの子ホントバカすぎ。 ふふふ」
「何?響?今忙しいんだけど?」
(あれれ、ご機嫌斜めですねー。せっかくシスイさんの占いしてあげようとしたのに)
「占い?」
幽明は私見て頷く。
(はーい!新作占いアプリでーす!)
アプリかよ……
「うん。なんて?私の運がどうしたって?」
(何かあったんですか?助けに行きましょうか?……まぁいいや……それによるとですねー……)
まぁいいのかよ……
(派手なアクセサリーは外しましょう!ですって。ふふ)
もう!!!デートでもあるまいし!!!
カリカリするの辞めよう。響に罪は無い。でも、早く切ろ。
「わかったそうするよ。またね響」
(あっちょっ!!!ラッキーアイテムは金髪の女の子……)
私は、響の言葉が終わる前にスマホを切った。
皆は、流図トドリを見ている。
私は体が復活していく、鬼を警戒する。
「……あっ!」
流図トドリが閃いた風な顔をする。
みんなが一斉に聞き耳を立てる。
「本体には幽界ノ勾玉があるのかもしれない……」
「でかした!!!全てわかったぞ!!!」
幽明は満面の笑みで眼鏡をクイッとあげる。
「みんな!奴を破壊して、幽界ノ勾玉を見つけるんだ。それを潰せば奴はもう二度と復活しない。簡単な話だったんだよ!怪丘さんも言ってただろ?あれはデータのバックアップみたいなもんだって!」
みんなも全て理解し、一気に士気が高まる。
幽明がパーカーのポケットから、球体を取り出す。
それは、ヒノが倉庫突入前に、盛大な属性魔法を披露し、それを余すことなく閉じ込めた、膨大なエネルギーの玉だ。
「ルオク!この玉を奴の口に放り込んで来てくれ」
空間から声がする。幽明の妖魔だ。
(えぇー自分で行きましょうよアカリサマー、今日はもう、踊り疲れちゃいました)
「えっルオク君!?」
そう言って円環ミレアは頬を赤くしてキョロキョロしている。
「早く行け!成功すれば、ここにいる全員の美女から黄色い声援を浴びれるんだぜ?お前はそんなチャンス逃すやつだっけ?」
(無敵艦隊ルオク号発進!!!)
その声が聞こえた次の瞬間には、球は物凄い速度で飛んで入った。
「みんな、今から私が終末の鬼を木っ端微塵にするから、再生する前に幽界ノ勾玉をぶっ潰してくれ!」
全員が、うんと、勢いよく頷いた。
特に流図トドリは今にも飛び出しそうだ。
そして、数十秒も経たない内に、また空間からルオクの声が聞こえた。
(アカリサマ、完了です!吐き出さない内にレッツブーーーン!)
「じゃあいくよみんな!?」
幽明は両腕を掲げ、銀色の数珠を光らせる。
「イル……ドメイ……マジル……エンシェン……アーケイン……アカーシャ……アクト……ディルアクト…………アカリ」
「偉大なる魔蔵よ、さぁ今こそ、太古から受け継がれし、限りない魔力を私に与え給え!!!」
「アクト・マジリカ・アカリ!!!」
次の瞬間――
終末の鬼の体から、物凄い衝撃派が起こり、四方八方全てを風で凪いだ。
遅れて、あらゆる属性魔法がジャックポットみたく、ひっきりなしに、終末の鬼を飲み込む。
やがて、行き場を失った魔力粒子が、サァーっと、蜃気楼の様に宙を舞う。
そして――
混じり気の無い、鮮やかな焔が終わりを告げる様に、ボンッと一つ輝いた。
もう、そこには何一つ跡形が無くなっていた。
「今だ!!!」
幽明がそう叫んだと同時に、流図トドリは誰よりも早く、残像すら残るスピードで
スタートダッシュした。
私が気づいた時には、光のオーラを纏い、まるで流星の様に、爆発のあった場所をあちらこちらと飛び回っている。
やがて……
彼女の動きがピタッと止まる。
彼女は、垂直に天高く駆け上がった。
一番星の様にきらりと光る。
そのまま急降下。
その速度は、ドンドンドンッと何段階も加速し、一つの地点に突っ込んだ。
そのまま、ピストンの様に、その地点と宙を何度も往復し、光を帯びた拳を無尽蔵に叩き込んでいる。
その地面は耐えきれる事無く、より深い穴を掘られて、クレータの様になる。
流図トドリの動きが止まった――
数秒の沈黙。
そして、彼女はクレータの中から叫ぶ。
「みんな!!!潰したよ!!!」
私達は大歓声を上げた。
しかし、流図トドリは戻って来ない。
それはまるで、終末の鬼が、もう復活しないか見張っている様であった。
二度と悪い芽を咲かせまいと、見張っている様であった。
だが、それが再生する事は、二度と訪れなかった。
帰りの直前――
「じゃあね、シェアプリズムみんな。本当にごめんなさい。いつかきっとお返しするから傍でずっと待っていてね。それと……本当にありがとう」
流図トドリが、車に乗る直前の私達に言った。
円環ミレアも続く。
「本当にごめんね。これからは、自分の出来る範囲で人助けしてみるから。
小さくても、自分の手でやってみるから。誰も傷つけたりなんか絶対しないわ……
出来れば……その……あなた達に見ていて欲しい……かな。
……また会おうねバイバイ。大好きのっちゅー」
「君達、それは仲間になってくれるって事でいいのかなぁ?でもそうあるべきだよね?だって、なんでもしてくれるって言ってたもんね?ふはは」
幽明が悪戯っぽく言う。
二人は顔を見合わせ、深く頷き合う。
流図トドリが言う。
「勿論だよ。私達は君達の仲間に凄くなりたいよ。逆に、君達が良いのかな?って感じだけど……」
二人はニコニコと笑う。
幽明はみんなを見る。
「きちんと近くでお灸を据える必要があるからね、覚悟しなさいよ!
もう悪い事出来ない様に、私達が見守ってあげるわ」
怪丘さんが笑いながら言う。
「美少女枠は埋まっているけど、それでもいいなら大歓迎よ?
なーんてね。一緒に進んで行きましょ」
ヒノが微笑む。
「私達は、君達二人を幸せにできるぐらいの強さはあると思いますよ?
そして、君達が私達の事を守ってくれる、あらゆる強さがあるとも思っています!win-winですね!よろしくお願いします。」
ノウコさんは、まだ寝ているミコトちゃんの頭を撫でなら言う。
「一緒に行こう、二人共。私は君達と生きたい。君達と答えを探して行きたい。
拒否権は無いよ?これからは、ずっと一緒だ。ずっとさ……ちゃんと守るからね」
私は彼女達に微笑んだ。
私達が話す内に、いつの間にか二人は、ポロポロと涙を流していた。
しかし、その顔は素晴らしい程の笑顔だった……
「ちょーーーっと待った!!!」
ルリメアちゃんが彼女達の背後で言い出す。
「なんか私の事忘れてない!?ねぇっ私も、そのシェルポリズムにいれてよ?
いいでしょ!?活躍したんだから!ねぇ、ヒノちゃーんお願いー」
みんなは一斉に笑い出す。
「シェアプリズムね。うん、大歓迎だよ。ルリメアちゃん」
幽明が、ククっと笑いながら言う。
「お笑い担当は空いてるわよ、ルリメアちゃん。あなたと一緒のチームになるの凄く楽しそうだわ。よろしくねっ相棒!」
ヒノはみんなを見る。
みんな笑いながら、歓迎する様に頷く。
「やったー!これで退屈じゃなくなるわ!あっ!じゃあ連絡先教えて!」
ルリメアちゃんは、黒い空間からスマホを取り出した。
「現代的なヴァンパイアちゃんね」
ミコトちゃんが目を閉じたままそう言った。
ノウコさんが涙を流し、何も言わずミコトちゃんを強く抱きしめた。
皆は安心し、海岸に響く程に、大きく笑い合った。
そして、私達は間もなく車を発進させ、帰路に向かった。
いつまでも大きく手を振る、新しい仲間達を背にして……
――次の日の朝、静寂の浜辺にて。
「これからどうする?ミレア」
流図トドリがは静かな海を見ながら言った。
円環ミレアは立ち上がり、くるりと回転し、フリルがカワイイ服を浜辺に見せ付けながら、流図トドリの瞳を覗き込む。
「とりあえず……引っ越そっか!?」




