決戦 第二幕 ディアログ・デ・フィーユ
「やぁ、君達。前座は楽しめたかい?」
流図トドリは金色の瞳をきらりと輝かせ、気の良い奴みたく言った。
彼女が喋ると同時に、私は宙に漂うゼスパを呼び戻し圧縮してポケットにしまった。
「前座なんて言わないでよ。さっきの異形が可哀想だ……」
私は自分の行為と矛盾した言葉を放った。
「あら、あなたがやったんじゃない?でも、助かったわ。ありがとう」
円環ミレアが私に丁寧なお辞儀をした。
「ごめんね……」
誰に言うでも無く、私は謝る。
円環ミレアは、興味深そうに私をじっと見た。
「ふふっ……言い方が悪かったね。ごめんごめん」
流図トドリは君は悪くないよとでも言ってくれているようだ。
ミコトちゃんは笑顔で薄っすら皮肉を言い出す。
「さっきのダンスマカブルが前座と言う意味ならとても素晴らしかったわ。
でも、自分達に酔ってるみたいな感じは少し減点ね。こっちまで酔って吐きそうだったから」
「可愛い顔してひどいのね?うふふ。酷いと言えば、この前橋の上で酷いダンスを踊っている子がいたわねトドリ?」
円環ミレアはにやりと笑いながら、ミコトちゃんを見る。
「私も見たわ。えっちな配信する奴等よりかはマシだったわよ。あの子のダンス」
ミコトちゃんは少しムキになっている。
幽明は頼むから対話を……と頭を抱えている。
「しっつれいね!今の聞いたトドリ!?」
円環ミレアはプンスカと怒りながらトドリに言う。
「ふはははは、面白い子だね。確かにミレアはちょっとそんな感じで再生回数を稼ごうとする節はあるよ」
トドリはうんうんと頷く。
「トドリーどっちの味方なのよー!ふんっだ」
円環ミレアは顔を赤くして少し拗ねる。
幽明は切り替える様に、前に出て声を張る。
「君達は異形配信をしている流図トドリと円環ミレアだね?急な押しかけを許して。私達は秘密結社シェアプリズム。君達と話がしたくてここに来た。無駄に争う気は無いんだ。どうか信じて」
「秘密結社!?ちょっとカッコつけ過ぎじゃないのー眼鏡っ子ちゃん?ぷぷぷぷー」
円環ミレアは幽明を悪戯っぽく煽る。
幽明は顔を真っ赤にしながらも、自分は間違ってないと訂正はしなかった。私はそんな彼女をかっこいいと誇りに思った。
「バカにしないでよね!バッジもTシャツもあるんだからね!」
ヒノはパタパタと羽ばたきながら腕を組んでムスッとする。
「バッジとTシャツ……うふふ。カワイイ子達」
ヒノの言葉は逆効果みたいだった。
「へー……本格的なんだね。で、そんな秘密結社の皆さんが私達に何を求めているのかな?」
流図トドリは優しい声で喋るのだが、それが逆にとても冷たく感じる。
ふと見た、彼女の胸元には動画で見た幽界ノ勾玉が光っていた。
「君達がしでかそうとしている事をやめてくれないかと交渉に来た。でも、君達の思想を否定しに来た訳では無いよ」
揺るぎない態度で交渉する幽明。蒼い髪が窓から入る陽ざしに淡く光っている。
その出で立ちは、強く正しい女神を彷彿とさせる。
「私達が何をしでかそうって言うのかっしらねー?えへへー」
円環ミレアの瞳はグルグルと動き、ハートとハテナが交互に現れている。
「君達は普通では無い儀式を遂行し、この世界に絶対に入れてはいけない存在の顕現を企んでいるのだろう?」
幽明は腕を捲る。細い腕に銀色の数珠がきらりと光る。
「なんの話かなぁ?知らないのーちゅっ♡」
円環ミレアはとぼけたぶりっ子をして、私達に向かって投げキッスをした。
掌からはピンクのハートがふわりと現れ、ゆらゆらとミコトちゃんの方へ飛んで行った。
しかしそれは、ミコトちゃんに近寄る前に真っ二つになり霧散した。
何が起きたんだろう?
ノウコさんが一瞬刀をピストンの様に動かしたのは確認できたが……
「あっあなた!あの宇宙人と戦ってた女の人だわ!絶対そうでしょ!?
あれは見事だったわ。特にミラーボールの下で荒々しく斬りかかる所。
まるで古典とサイバーパンクを融合した舞台の、女騎士様みたいでホント素敵だったわよ!」
円環ミレアは恍惚に浸る様な顔をする。
「ありがとうございます。随分よく見ていたのですね?もしや、あれを呼んだのはあなた達では御座いませんか?」
ノウコさんは鋭い眼光を発火させ二人をじろりと睨む。
「怖い怖い。そんな眼で見ないでよ?対話しに来たんでしょ?」
流図トドリは遠慮すると言う風に手を振り微笑する。
「そう、対話しに来たわ。でもね、あなた達が絶対にやってはいけない事をしらばっくれて強情に押し通そうとするのなら話は別よ。この対話は"あなた達にとっての為の機会"だと思ってよくてよ」
ミコトちゃんはそう言いながら、二人に一切怯える事無く数歩前に出た。
そして、何やら一人でブツブツ言っている。少し髪の毛がふわりと逆立っている。
その瞬間――
今まで感じた事の無い、背筋が痺れて凍てつく様な気配が、倉庫の屋根より少し上に一瞬現れた。
ミコトちゃんとノウコさん以外は周囲をぶんぶんと見回して、少しの間呼吸を荒げた。
あれ、いつの間にかヒノがいない……
気配を消して、さっきの壊れた壁から外に出たのかな?
流図トドリと円環ミレアは、ミコトちゃんの正体不明の警告に数歩後退りしている。
そしてミコトちゃんは続ける。
「トドリ、実は私あなたのファンだったの。……物凄くね。あなたってアニメの声優をしてもキャラそのものみたいに心を込めた声を出せるじゃない?そこが好きだったの。でも今はちょっと残念なんだ。あれは嘘だったのかなって」
流図トドリは暗い表情で、その言葉から目を背ける。
「何も知らない癖に!」
円環ミレアは偽りの無い感情を露わにし、声を荒げた。
「まぁまぁ、落ち着こうよ。幽明が言ったように、私達はあなた達の思想自体を否定なんかしてないんだ。沢山の存在を救おうとしているんだろ?それはすごい事だよ。
悲しい過去を抱えながらでも、周りの為に光を見続けて進める事は心から尊敬できるよ」
流図トドリと円環ミレアは黙り込んだ。
幽明は私に続き、彼女達に理解して欲しいと熱く語る。
「君達も私達も進もうとする方向は同じなんだ。
ただ、やり方に不安を感じると言っているだけなんだよ。
それは、君達二人だけで成そうとするには必要な事だったのかもしれないけど……
そもそも君達二人だけで世界を相手にするのは背負い過ぎだって」
「仮に私達が諦めたとして……救われなかった人達はどうなるんだ?」
流図トドリは優しき革命家みたく言った。
「あなた達は本当に世界を救えると思ってるの?
苦しんでる人達って限りないわよ?助けても終わりが無いわよ。あなた達の道に終わりは無い。
それに、肥大した自我で良かれと思ってやった正義が他人を傷つけてるなら、それは本末転倒で、苦しみをあなた達が生み出してるじゃない?それなら、誰も傷つけずに自分や周りの大切な人、救える範囲を救った方が良くない?」
そうは言っているミコトちゃんだが、現に終わりの無い救済を小さな体でずっと実践し続けている。
だからこそ、その道の辛さが分かるのだろう。
彼女が選びたかった道を説いているのかもしれない。
「あぁ……そうかもね」
流図トドリは頭では分かっていても認めるのが難しいと言う顔をしている。
達成できない程の目標こそが、彼女が前に進め生きていける意味だったのかもしれない……
「では、あなた達の正義が正しい保証があるのかしら?さっきの異形を簡単に切り裂いてたじゃない?」
円環ミレアはふざける様子は一切なく、とても真剣な目をして言った。
本心では、さっきの異形の出来事を人一倍悲しんでいるのかもしれない。
いつもの飄々とした雰囲気は、そんな繊細な本心を隠すカモフラージュにも見えてくる。
「……ごめん。生きる為に、仲間を生かす為に、必死だった。言い訳になんてならないけど」
私は自分の罪を偽りなく自白した。結局は私も他を犠牲にして自分を生かしているのだ。
「ほら、そうじゃない。私達も同じよ。守りたい相手を守る為に強大な力を使う、
あなた達となんら変わり無いわ」
私達はその正論に黙り込む。
しかしミコトちゃんが言う。
「かといって、あなた達がしようとしている事は肯定するに値しないわ。
勿論、私達の行為も肯定するに値しないのかもだけど。
だって、何も傷つけなくても救いは実行できるもの。本来それこそが救いなのだし。
間違い通しで話し合っても埒が明かないわ。でも、あなた達の方がより多く傷つける可能性があるから私は止める。それだけ」
「私達だって誰も傷つけたくなんかないさ……」
流図トドリは自分の手を見る。まるで汚れてしまった手を見ている様だ。
「じゃあ、誰も傷つけなくていいんじゃないかな?そんでもって、一緒にもっと大きな事を成し遂げようよ」
幽明は自信ありげに笑う。
彼女達はほんの少し興味を示す。
「もっと大きな事?」
円環ミレアが幽明に不思議そうに問う。
「単純さ、良くも悪くも君達は人知を超えた強大な事を成し遂げる寸前までもってこれた才能がある。そして私達は、それを止めれる程の才能がある人間の集まりだ。
そんな存在が全員で協力し合えば手が届くかもしれないよ?"真の解決に"
私達はそうするべくして出会ったのかもしれない」
「答えになってないわ」
円環ミレアは突っぱねる様に言葉を返した。
「当然だよ。答えは君達と私達でこれから探すんだから」
幽明はきっぱり言い切った。
「まるで、私達に仲間になろうって言ってるみたいじゃないか?」
流図トドリが乾いた笑い見せる。
「鈍感ね。そう言ってるのよ」
ミコトちゃんは、呆れた声を出す。
「仲間ね……」
流図トドリは円環ミレアを見つめて、その後私達を見た。
「なろうよ?悪くないよ仲間?楽しいしね。なってくれたら命懸けで君達を守るって約束する」
私は二人に安心してと微笑んだ。
二人は少し悩んだ後、こしょこしょ話をしだす。
少しの間、場に柔らかな沈黙が流れる。
……
「じゃあさ、証明してみせて」
流図トドリが元の調子を取り戻し、あっさりと言う。
「証明?」
幽明が首を傾げ聞き返す。
「そうよ。手始めに私達を救ってみて。私達の想像を超えるモノを見せて、あなた達に任せてもいいと思わしてね!えへへ」
円環ミレアは無邪気に笑う。
「想像を超えるモノ?」
私は聞き返した。
「そうさ。やっぱり私達は、ここまでやっとの思いで到達した事を、保証も無く簡単に辞める事は出来無いよ。私達より大きな事を成し遂げられるって君達が言うのなら、力尽くで私達を止められる事もできるでしょ?それを証明として見たいんだ」
流図トドリは少し楽しそうな顔をした。
これは、不穏な展開だ。
全員が一気に戦闘モードに入ってしまっている。
せっかく仲間になれそうなのにわざわざ戦う必要なんてあるのか?
なんでこうなるのさ……?
私は彼女達を傷つけたくない。私の仲間を傷つけられたくない。
ヒノ、みんなになにか言ってよ。
って、あれ?ヒノは?
いつの間にかいない……
そう言えば、会話にも入ってなかったじゃん。
もしかして、ヴァンパイア少女ルリメアの救出に既に向かってるのか?
確かめたいけど、この緊迫の中、今は迂闊には動けない。
「死んでも責任取れないよ?どの道何が起ころうと、あなた達の計画は
私が完全に消滅させるのだから、怪我が無い内に辞めといた方が賢明だと思うけど?」
ミコトちゃんは最後通告の様に言い放ち、スタスタと二人に近寄る。
「それは怖いね。でも、勘違いしないで。君達の交渉には賛成なんだ。
これでも、私もミレアもあまり知らない君達を結構気に入ってるんだよ?
もしかしたら、私達が救われる時が来たとまで思っているよ。ミレアは恥ずかしがって直接は言ってないけど」
流図トドリは私達に嘘偽りない好意を向けた喋りをする。
「もう!トドリ言わないで!」
円環ミレアは顔を赤くし、トドリをポカポカと叩く。
「だからお願い、私達の全てを受け止めて」
流図トドリはそう言った。
すると円環ミレアがウインクしてバチンと指を鳴らした。
次の瞬間――
チャーチオルガンの横当たりの空間から、鎖でがんじがらめに縛られた災害級の異形が姿を現した。
「ステルス……あの鎖、気配まで消せるのか。これはもう避けられないね……みんな戦闘準備だ」
幽明は、周囲を警戒しながら円環ミレアにロックオンし距離を詰める。
円環ミレアは幽明を見て空間から蛇の様に鎖をジャラジャラと出す。
顔をとても生き生きとしている。
「仕方ないね……」
私はそう言って、ゼスパを放り投げ盛大に展開した。
激しい稲妻と煌々と輝くプリズムを纏い、私の頭上で光速回転しホバリングする。
さらに私は魔視で流図トドリを視て、彼女のエネルギーの流れを追い、光速武術に即反応出来る様に身構えた。
ミコトちゃんとノウコさんは、鎖が緩んで解き放たれようとしている、災害級の異形にゆっくり近づいている。
災害級の異形は自由になった腕を地面に降ろし、青白い息を吐いて、体から熱気あふれる小爆発を起こしている。
今まさに私達は未曾有の戦いを始めようとしていた……




