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もう一度、君とあのワルツを

僕の街は死んでいる――




特に田舎では無いのだが、街全体に活気も無く、飲食店やデパートもほとんど無い。




街を行き交う人々も、ほとんどが覇気の無い顔をして、人生に疲れている様だ。




何故そうなのかは知らない……




調べようとすらしない。




幾度か調べようとは思ったが、この街で生まれ育った僕には、そんなゾンビみたいな空気が体に染みついて、動き出す前にどうでもいいやと投げ出してしまう。




それに、嘘みたいな話だが、この街にはwi-fiやスマホ、テレビと言うモノがほとんど無い。




存在はみんな知っているし、何かに規制されている訳でも無いと思う、単にそれらが面倒な塊の産物と考えている節はある。




そんな事に深い疑問など持たず、ただただ、みんな気怠そうに、しんどそうに、この街で生活している。




ゾンビみたいに、ここで彷徨って、ここで生涯を終えるのだ。




大人は一体何の仕事をしているのか不明だが、いつもどこかに向かい、夜になると帰って来る。




子供は言われるがまま学校に行くが、外の世界には出ることの無い自分達の人生には、ほぼほぼ関係の無いような授業を虚ろな眼で聞いている。




僕はこれらの全てが普通だと思っていた。




街のみんなと同じように。




あの時までは……







とある日の授業――




「では男女で外側と内側で円になり、曲に合わせて先程の練習した踊りを、回転し相手を変えながら曲が終わるまで繰り返す様に。先生はそこで座っているからな。勿論、適当でいいぞ。どうせ意味なんかないんだから……」




先生が、体育館で小さな声をみんなに向けて、いつも通り気怠そうに喋った。




そして、体育館の音響装置に向かい、テーマ曲の花のワルツを流し出した。





「はい……」




全員が同じように気怠そうに返す。






本当に面倒臭いな――




体育祭でこんなことをしようとも、毎年誰一人も保護者なんか来ないじゃないか。




僕は踊りながらそう考え、時計ばかり見る。早く終わらないかと……




長いんだよ。面白く無い上に意味すら無い癖に。




はぁ。





その時だった――




思えばこの瞬間が僕のその後の全てを変えた――





「ねぇ!」




「ん……」




「ねぇってば!」




僕は、声の対象に目を向ける。




「やっと見た。遅すぎっ」




誰だ、この女?こんなやついたかな……




「あ、その顔。私の事誰だ?とか思ってるでしょう?」




「……うん……まぁ」




クソどうでもいいよ。喋りかけないでくれよ。




「その反応……すかしちゃって。モテないよ?」




「別にいいし」




「あーやだやだ……君は違うと思ったんだけどなー」




「何が?」




彼女は何も答えず、何かを企んだような目をしながら、僕の手を握りワルツを踊り続ける。




もうすぐ、この面倒なやつの順番が終わる。早く。早く。時間よ進め。




僕は時計ばかり見る。




「よそばっか向いちゃって、レディに失礼ね。目を覚まさせてあげる ふふ」






次の瞬間――




――




ちゅっ――




――




……




「え……」




それは、初めての体験だった。




目の前の面倒な女は、ダンスの接近をするタイミングで僕の頬にキスをしてきた。




「その顔……笑えるわ。フフフ。ちょっとは目が覚めたみたいね」




彼女はそう言って、黒くて大きな瞳を最大に見開き、この街の誰も出来ないであろう満面の笑みで僕の瞳を覗き込んだ。




「あ……え……は?」




「次、行かなきゃ!バイバーイ」




そう言って、彼女はウインクし、次の相手に移動した。




僕は、雷で打たれた様なその衝撃的な体験のせいで頭がぼーっとし、その後の事は覚えてない。




何も考えないまま体育を終わらし、そのまま保健室に向かい、当然の様に帰宅した。




僕は、いつもの様に部屋の布団に籠り何もせず、いつもの自分を取り戻そうとする。




しかし――




彼女の笑顔と、花のワルツの音楽が頭から離れない。




……




病気だ……




もしかしたら、僕はもうだめかもしれない……




何を見ても、無駄に心が動き出してしまうし、気づけば変な未来を何度もイメージしてしまう。




その内容は、誰にだって口が裂けても言えない。




もし言えば、この街の人間全員が頭が狂ったと僕に言うだろう。




その繰り返す変なイメージとは……名前も知らないあの女の子と、どこか遠い場所でひっそり二人幸せに暮らすと言うモノだ。






それからだった――




僕は、この壊れてしまった心を治すために、原因である彼女に関わる様になっていた。




それは容易かった。




何故なら彼女はクラスメイトだったのだ。一ヶ月前に転校してきたらしい。




クラスメイトなら話しかけても問題は無い。そもそもみんな他人に興味が無いから、変な噂にすらならなかった。




この街の人間は自分に如何に面倒な事が起こらないかが一番最優先事項なのだ。




噂なんてして、関わろうとなど絶対にしない。




彼女と話をしている内に、僕は自分が壊れているのでは無く、この街が病んでいる事に気づきだした。




一体この街とはなんなのだろう?





――





彼女は最初に出会った時のまんまの明るい性格で、とても話しやすく、僕達二人は他愛無い会話を沢山する程の仲になった。




彼女との繰り返す会話で、僕の心の病んだ氷はすぐに解けていき、太陽みたいな彼女の世界に打ち解けていった。




恋人では無かったが、まるでこの街で二人だけ存在する確かな人間の様な気分だった。




――




ある日――




死んだような空気の校舎。




僕達は授業をサボり、グランドで話をしていた。




校舎の影が地面にくっきりつけられる程に、陽ざしが強い日だった。




不意に、彼女の制服のスカートが午後の風に意味ありげにほどけた。




それは、すごく不思議な風だった。




その瞬間――




彼女の影は訳も無く猛烈に逃げる様に走り出した。




グランドに漂う陽の匂いが、何故か彼女の背中を少し遠く感じさせた……




彼女が走り去ろうとした瞬間。




僕はある言葉を言おうとした。




今でも思う。僕はあの時、彼女に言いかけた言葉をちゃんと言うべきだったのだと。




そうすれば、今もその言葉が胸に止まったまま苦しむ羽目になる事は無かっただろう。




僕は何も言えぬまま、ただただ彼女の後を追って全速力で走った。




何かから逃げ出した彼女は、息が切れたのか、ゆっくり速度を落とし、終いには悲しそうに立ち止まった。まるで何かに捕まるのを諦めたかのように……




そして、ようやく振り返り、明るい作り笑顔でまるで何も無かったかの様にこう言った。





「ねぇ、一緒に二人だけで逃げようって言ったらついてきてくれる?」




「何から逃げるの?」




「呪い」




「え……呪い?」




「そう……私がこんな街にわざわざ逃げて来た理由。でも……意味無かったけどね……」




「呪いから逃げて来たってどういう意味?」




「そんなのどうでもいいの。大事なのはあなたがついてきてくれるかって話」




「んーーー……そうだな……」




風が吹く――




「例えば、風が僕らを何処か遠い場所に飛ばしても、君となら行けると思うよ……」




「ふふ……ありがと。今のちょっとかっこよかったよ」




「ありがと。キザすぎたかなって、ちょっと言ってすぐ反省したけど」




僕は笑う。




彼女も笑う。




しかし、僕は真剣な表情に戻し、彼女に告げた。




「例えば、世界が君を攫っても、僕は誰より君を探すよ?」




「そう……」




彼女はとても複雑そうな顔をして俯いた……




だが……なけなしの元気と言う顔で、意地悪気に僕にこう返した。




「まぁねー、ノートの最後のページに、私と一緒に遠くの街で二人で暮らしたいなんて夢を書いてるぐらいだもんね」




「……!!!いつ見たの?」




「ひ・み・ちゅ」




そう言って、彼女は校庭の裏の陰でスカートをなびかせ、くるりんと回り、僕の唇に人差し指を当てた。




僕は、ただ茫然と立ち尽くし思う。




何故、こんな彼女が呪われないといけないのだろうと……






そんな日の帰り道――




二人で、程々にじゃれ合い帰宅していると、不気味な紫の夕焼けの空が、道を染め出した。




彼女は不安そうな顔で急に黙り、縮こまりだした。




「大丈夫だよ」




僕は彼女の肩を抱き、空を睨んだ。




僕は言った。




「もし、君が呪いに攫われても絶対僕が見つけ出すから……」




彼女は何も答えず、ただ大泣きし僕の肩にしがみついた。




その空が現れて以降、彼女は段々元気が無くなった。




彼女を取り巻く、何もかもが不穏な空気にも変わっていった。




他人に興味の無いクラスメイトでさえ、彼女を警戒する様にもなった。




そんな事から、彼女は呪いに巻き込むまいと、僕を避けるようにもなった。




あの時の彼女は最初の面影は無く、いつも寂しい顔をしていた。




そんな陰鬱な日々が続いたある日、僕は彼女に呼び出された。




「夜に屋上に来て」と……





屋上、夜――




空には、この世界に呪いなんて存在しないと言う様に、優しく輝く星が無数に散らばっていた。




屋上から見渡す街は、三百六十度が眠りにつき、静寂に飲み込まれていた。




そんな屋上の真ん中に彼女の後ろ姿があった……




僕は近づく――




だが、彼女は振り返らない。




……




……




彼女は、そのまま一言。





「もういいよ」





「……」





言葉が出ない。





出さなきゃいけないのに。





僕には分かるのに。





顔を見なくても分かるんだ。





彼女はとても泣いている。





瞳も心も。





そんな胸が張り裂けそうな声だったのに……





何故か、僕は一瞬躊躇してしまった……





本当は……




まだいけるよ。




一緒に逃げようと言おうとしたんだ。心の底から。




しかし、一瞬の迷いに俯いてる瞬間に……






彼女は跡形も無く消えた……






それは、なんの比喩でも無く、文字通り、どこにもいなくなった。




僕は勿論、すぐ屋上を見渡したし、下にも落ちて無いかも確認した。




しかし、何処にも彼女の姿は無かった。




見渡しはしたが、どう考えてもそんな事では無いとは分かっていた。




あの一瞬で、屋上のど真ん中から何処にもいける時間なんて無い。




間違いなく呪いのせいだ。




あれは、まるで空間か何かに飲み込まれた様な雰囲気だった……




音すら無かった。




ただ……




この街に漂う陰鬱な気配に似た、気味の悪さは感じた。




あれ以来、僕は呪いについて研究している。




そして、ずっと彼女を探し続けている。




もう、一年経つが手がかりは全く無い。




しかし、諦める気も無い。




きっと今も彼女は、何処かで僕の名を呼び続けているはずだからだ。




そんな気がするんだ。




彼女がどんな世界に行こうと、どんな存在に連れ去られようと、僕は絶対に連れ戻すつもりだ。




いつかの約束を果たして貰うために……




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「……!!!いつ見たの?」




「ひ・み・ちゅ」




「見たんだからさ……」




「何?見たんだからどしたのよ?ふふ 真剣な顔しちゃって」




「責任取って欲しい……かも……」




「へー、女の子に責任押し付けるんだー、っでどんな責任なのかね?」




……




「僕の夢。叶えてくれよ」




「え……?」




「あのまんまだよ」




「それって……」




「そうだよ。プロポーズだ」




「……」




「呪いもこの街も全部捨てて、いつか遠い場所で二人で一緒に幸せに暮らそうよ……」




「……」




「いや……かな?」




……




「いやじゃないよ……」




あの時の、心底嬉しそうに涙を浮かべ首を振ってくれた彼女の表情を僕は毎晩思い出す。




……絶対に連れ戻すから、待っててくれよ。



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