第5話:べんかいしないひ
ソラは、朝早く教室に着いた。
教室には、まだ誰もいなかった。
ソラは、自分の席に座って、かばんから宿題を取り出した。
算数のプリント。
昨日の夜、一生懸命やった。
ソラは、プリントを机の上に置いた。
そして、窓の外を見た。
朝の光が、校庭を照らしていた。
しばらくして、友達のハルが教室に入ってきた。
「あ、ソラちゃん。もういたんだ」
「おはよう」
ソラは、小さく手を振った。
ハルは、自分の席に座った。
そして、かばんをごそごそと探し始めた。
「あれ…? ない…」
「どうしたの?」
ソラが聞いた。
「宿題のプリント…。
入れたはずなのに…」
ハルは、困った顔をしていた。
ハルは、かばんの中を何度も探した。
でも、プリントは見つからなかった。
「やだ…。どうしよう…。
先生に怒られる…」
ハルは、泣きそうになっていた。
ソラは、自分のプリントを見た。
そして、ハルの机を見た。
ハルの机の下に、何か紙が落ちていた。
「ハルちゃん、それ…」
ソラが指さした。
ハルは、机の下を覗いた。
「あ! あった!」
ハルは、プリントを拾った。
でも、プリントは、少し汚れていた。
「よかった…。でも、汚れちゃった…」
ハルは、プリントを拭いた。
そのとき、先生が教室に入ってきた。
「みんな、おはよう」
先生は、にっこり笑った。
「今日は、宿題を集めますね」
先生は、教室を回り始めた。
ソラは、自分のプリントを先生に渡した。
先生は、プリントを見て、頷いた。
「ソラちゃん、丁寧にやってるわね」
「ありがとうございます」
ソラは、小さく答えた。
次に、先生はハルのところへ行った。
ハルは、汚れたプリントを渡した。
先生は、プリントを見て、少し眉をひそめた。
「ハルちゃん、これ…、汚れてるわね」
「ごめんなさい…。落としちゃって…」
ハルは、申し訳なさそうに言った。
休み時間になった。
ソラは、自分の席で本を読んでいた。
そのとき、ミオが、ソラのところに来た。
「ねえ、ソラちゃん。
さっき、ハルちゃんのプリント、
ソラちゃんが拾ってあげたんだよね」
「え…?」
ソラは、顔を上げた。
「わたし、見てたよ。
ソラちゃんが、ハルちゃんの机の下を指さしてたの」
ミオは、にっこり笑った。
「優しいね」
「…別に、普通だよ」
ソラは、少し照れながら答えた。
お昼の時間。
みんなは、お弁当を食べながら話していた。
そのとき、ミミが、みんなに言った。
「ねえ、聞いた?
今朝、ハルちゃんのプリント、
ソラちゃんが隠したんだって」
「え!?」
ソラは、驚いて顔を上げた。
「隠してないよ!」
でも、ミミは、首をかしげた。
「だって、ミオちゃんが言ってたよ。
ソラちゃんが、ハルちゃんの机の下に
プリント落としたって」
「違うよ! わたしは、
落ちてるのを見つけて、
ハルちゃんに教えただけ!」
ソラは、必死に説明した。
でも、ミミは、あまり信じていないようだった。
「ふーん…。でも、ミオちゃんが
そう言ってたよ」
午後の休み時間。
ソラは、廊下を歩いていた。
すると、リンが、友達と話しているのが聞こえた。
「ねえ、聞いた?
ソラちゃんって、意地悪なんだって」
「え、そうなの?」
「うん。ハルちゃんのプリント、
隠したらしいよ」
ソラは、立ち止まった。
胸が、ぎゅっと苦しくなった。
(違うのに…。
わたし、隠してないのに…)
ソラは、リンたちに声をかけようとした。
でも、足が動かなかった。
(説明したら…。
わかってくれるかな…。
それとも…、もっと変な風に思われるかな…)
ソラは、黙って、その場を離れた。
下校時間。
ソラは、かばんを背負って、教室を出ようとした。
そのとき、ハルが声をかけた。
「ソラちゃん」
ソラは、振り返った。
ハルは、少し困った顔をしていた。
「あのね…。みんなが、
ソラちゃんが、わたしのプリント隠したって…」
ハルは、言いにくそうにしていた。
ソラは、ハルの顔を見た。
ハルの目は、信じていないような、
でも、少し疑っているような、
そんな目だった。
ソラは、口を開いた。
「わたし、隠してないよ。
落ちてるのを見つけて、
ハルちゃんに教えただけ」
「…うん。わかってる」
ハルは、小さく頷いた。
でも、ハルの声は、少し自信がなさそうだった。
ソラは、もっと説明しようと思った。
でも、ハルの顔を見て、やめた。
(説明しても…。
ハルちゃん、完全には信じてない…。
だったら、何を言っても…)
ソラは、小さく答えた。
「…そっか。じゃあ、またね」
ソラは、教室を出た。
ソラは、一人で帰り道を歩いていた。
空は、青くて、雲が流れていた。
でも、ソラは、空を見上げる気になれなかった。
(隠してないのに…。
なんで、わたしが悪者みたいになってるの…)
ソラの胸が、苦しかった。
(説明すれば…、わかってもらえるかな…。
でも、誰に説明すればいいの…。
みんな、もう信じてくれないかもしれない…)
ソラは、立ち止まった。
道の端に、小さな石が落ちていた。
ソラは、その石を見つめた。
そして、小さく、石を蹴った。
石は、ころころと転がって、草むらに消えた。
ソラは、また歩き出した。
家に帰ると、おかあさんが出迎えてくれた。
「おかえり、ソラ。今日は学校どうだった?」
ソラは、かばんを置いて、おかあさんの顔を見上げた。
おかあさんの顔は、大きくて、やさしかった。
ソラは、言おうと思った。
(今日、変な誤解をされたこと。
わたしは、何もしてないのに。
みんなが、わたしを悪者だと思ってること)
でも、ソラの口は、動かなかった。
おかあさんは、きっと言うだろう。
「じゃあ、ちゃんと説明しなさい」
「誤解は、説明すれば解けるわ」
「ソラが悪くないなら、堂々としてればいいのよ」
おかあさんは、やさしい。
でも、おかあさんには、わからない。
説明しても、信じてもらえないかもしれない怖さ。
説明すればするほど、疑われるかもしれない不安。
ソラは、小さく答えた。
「…ふつう」
おかあさんは、少し心配そうな顔をしたけど、それ以上聞かなかった。
夜になった。
ソラは、ベッドの中で、天井を見ていた。
部屋は、静かだった。
ソラは、小さくつぶやいた。
「わたし、何もしてないのに…」
ソラの目が、少しだけ熱くなった。
でも、泣かなかった。
泣いたら、おかあさんが来る。
おかあさんが来たら、また説明しなきゃいけない。
ソラは、毛布をぎゅっと握った。
(説明しなくても、いいよね…。
いつか、誤解が解ける日が来るかもしれない…。
それまで、待てばいい…)
ソラは、目を閉じた。
でも、すぐには眠れなかった。
胸の奥で、苦しさが、まだ続いていた。
次の日の朝。
ソラは、いつものように目を覚ました。
窓の外から、朝の光が差し込んでいた。
ソラは、ゆっくりと起き上がった。
胸の中を、確かめた。
苦しさは、まだあった。
でも、昨日よりは、少しだけ軽くなっている気がした。
ソラは、鏡の前に立った。
いつもと同じ顔。
でも、目だけが、少しだけ違う気がした。
ソラは、かばんを背負って、家を出た。
ソラは、いつもの道を歩いて学校へ向かった。
空は、青かった。
鳥が、さえずっていた。
ソラは、立ち止まって、空を見上げた。
青い空。
白い雲。
きれいだった。
(今日も、誤解されたままかもしれない。
でも、いつか…。
いつか、わかってもらえる日が来るかもしれない)
ソラは、小さく息を吐いた。
そして、また歩き出した。
教室に着いた。
ハルが、ソラを見て、小さく手を振った。
ソラも、小さく手を振り返した。
ハルの目は、昨日よりも、少しだけやさしかった。
(ハルちゃん…。
もしかしたら、わかってくれたのかな…。
それとも、まだ疑ってるのかな…)
ソラは、自分の席に座った。
そして、窓の外を見た。
青い空。
白い雲。
ソラは、小さくため息をついた。
(わからないけど…。
でも、わたしは、何もしてない。
それだけは、わかってる)
ソラは、教科書を開いた。
誤解は、まだ解けていなかった。
でも、ソラは、弁解しなかった。
いつか、わかってもらえる日が来ると信じて。
いつもの朝が、始まった。
【第5話 おわり】




