第6話:まっていたこと
アカリは、朝からわくわくしていた。
今日は金曜日。
明日は、おとうさんと動物園に行く約束の日だった。
アカリは、もう一週間も前から、この日を楽しみにしていた。
学校のかばんを背負いながら、アカリは、おかあさんに言った。
「明日、動物園だよね!」
おかあさんは、にっこり笑った。
「そうね。おとうさんが帰ってきたら、
また確認してみてね」
「うん!」
アカリは、嬉しくて、玄関を飛び出した。
学校に着くと、友達のミミが、アカリに聞いた。
「アカリちゃん、明日、一緒に遊べる?」
「ごめん。明日は、おとうさんと動物園に行くの」
アカリは、嬉しそうに答えた。
「いいなあ。楽しそう!」
ミミも、嬉しそうに笑った。
「うん! ずっと楽しみにしてたの」
アカリは、もう明日のことで頭がいっぱいだった。
授業中も、アカリの頭の中は、動物園のことでいっぱいだった。
先生が、黒板に字を書いている。
でも、アカリは、あまり集中できなかった。
(明日、どんな動物が見られるかな…。
ぞうさん、見たいな…。
きりんさんも…。
それから、ペンギンさんも…)
アカリは、ノートに、小さく動物の絵を描いた。
ぞう。
きりん。
ペンギン。
全部、明日見られる動物たち。
お昼の時間になった。
アカリは、お弁当を食べながら、友達に話した。
「明日、動物園に行くんだ!」
「いいなあ。何見るの?」
リンが聞いた。
「ぞうさんと、きりんさんと、
それから、ペンギンさん!」
アカリは、指を折りながら数えた。
「楽しみだね!」
みんなが、嬉しそうに言った。
アカリは、もう待ちきれなかった。
学校が終わって、アカリは、急いで家に帰った。
早く家に帰って、おとうさんが帰ってくるのを待ちたかった。
家に着くと、おかあさんが出迎えてくれた。
「おかえり、アカリ」
「ただいま! おとうさん、もう帰ってきた?」
「まだよ。もう少ししたら帰ってくるわ」
おかあさんは、やさしく笑った。
アカリは、自分の部屋に入った。
そして、明日の準備を始めた。
動物園に持っていくもの。
水筒。
おやつ。
それから、動物の図鑑。
全部、かばんに詰めた。
夕方。
玄関のドアが開く音がした。
「ただいま」
おとうさんの声だった。
アカリは、飛び出していった。
「おかえりなさい!
おとうさん、明日、動物園だよね!」
アカリは、嬉しそうに言った。
おとうさんは、少し疲れた顔をしていた。
でも、にっこり笑って言った。
「ああ、そうだね。楽しみだな」
「わたしも! もう準備したよ!」
アカリは、おとうさんの手を引っ張った。
おとうさんは、アカリの頭を撫でた。
「そうか。じゃあ、明日、早起きしないとね」
「うん!」
夜になった。
アカリは、ベッドの中で、天井を見ていた。
でも、眠れなかった。
明日のことが、楽しみすぎて。
(明日、ぞうさんに会える…。
きりんさんにも会える…。
おとうさんと一緒に…)
アカリは、小さく笑った。
そして、ゆっくりと眠りについた。
次の日の朝。
アカリは、いつもより早く目を覚ました。
窓の外から、朝の光が差し込んでいた。
アカリは、飛び起きた。
「今日だ! 動物園の日だ!」
アカリは、急いで服を着替えた。
そして、リビングに行った。
おかあさんは、もう朝ごはんの準備をしていた。
「おはよう、アカリ。早いのね」
「うん! おとうさんは?」
「まだ寝てるわ。起こしてあげて」
アカリは、おとうさんの部屋に行った。
おとうさんの部屋の前で、アカリはノックをした。
「おとうさん、起きて! 動物園、行くよ!」
でも、返事がなかった。
アカリは、もう一度ノックをした。
「おとうさん?」
そのとき、中から、おとうさんの声が聞こえた。
「アカリ…。ごめん…」
アカリは、ドアを開けた。
おとうさんは、ベッドの中にいた。
でも、起き上がっていなかった。
「おとうさん…?」
アカリは、不安になった。
おとうさんは、ゆっくりと顔を上げた。
「アカリ…。ごめん。
おとうさん、急に仕事が入っちゃって…。
今日、動物園、行けなくなった…」
アカリは、おとうさんの言葉を聞いて、固まった。
「え…?」
「本当にごめん。
来週、必ず行くから。
それまで、待っててくれる?」
おとうさんは、申し訳なさそうな顔をしていた。
アカリは、おとうさんの顔を見た。
おとうさんの顔は、大きくて、疲れていた。
アカリは、何か言おうとした。
でも、言葉が出てこなかった。
アカリは、リビングに戻った。
おかあさんが、心配そうに見ていた。
「アカリ…」
アカリは、黙って、自分の席に座った。
朝ごはんが、目の前にあった。
でも、食べる気がしなかった。
おかあさんが、やさしく言った。
「おとうさん、本当に申し訳ないって…。
急な仕事で…。
来週、必ず行くって言ってたわ」
アカリは、小さく頷いた。
でも、胸の奥が、ずーんと重かった。
午前中。
アカリは、自分の部屋で、じっと座っていた。
昨日準備したかばんが、そこにあった。
水筒。
おやつ。
動物の図鑑。
全部、使わないまま。
アカリは、窓の外を見た。
空は、青くて、いい天気だった。
動物園に行くのに、ぴったりの天気だった。
(今日、行けると思ってたのに…)
アカリの目が、少しだけ熱くなった。
でも、泣かなかった。
お昼になった。
おかあさんが、部屋に来た。
「アカリ、お昼ごはんできたわよ」
アカリは、小さく頷いた。
おかあさんは、アカリの隣に座って、やさしく言った。
「アカリ、残念だったわね。
でも、おとうさんも悪気はないの。
仕事だから、仕方なかったのよ」
アカリは、おかあさんの顔を見上げた。
おかあさんの顔は、大きくて、やさしかった。
アカリは、言おうと思った。
(楽しみにしてたのに。
ずっと、ずっと、楽しみにしてたのに。
おとうさんが、約束破ったこと、
すごく、悲しい)
でも、アカリの口は、動かなかった。
おかあさんは、きっと言うだろう。
「おとうさんも悲しいのよ」
「来週、行けるから、我慢しなさい」
「もっと大人にならないと」
おかあさんは、やさしい。
でも、おかあさんには、わからない。
楽しみにしていた気持ちが、どれだけ大きかったか。
それが、なくなったときの、がっかりが、どれだけ重いか。
アカリは、小さく答えた。
「…うん。わかってる」
午後。
アカリは、一人で外に出た。
家の近くの公園に行った。
公園には、誰もいなかった。
アカリは、ブランコに座った。
そして、ゆっくりと揺れた。
空を見上げた。
青い空。
白い雲。
きれいだった。
(今日、動物園に行けると思ってたのに…)
アカリは、小さくため息をついた。
がっかりは、まだ消えなかった。
でも、アカリは、おとうさんを責める気にはなれなかった。
おとうさんも、きっと悲しかったんだろう。
アカリは、ブランコから降りた。
そして、また家に帰った。
夕方になった。
おとうさんが、仕事から帰ってきた。
「ただいま」
アカリは、リビングにいた。
おとうさんが、アカリに近づいてきた。
「アカリ…。今日は、本当にごめん」
おとうさんは、申し訳なさそうな顔をしていた。
アカリは、おとうさんの顔を見た。
おとうさんの目は、悲しそうだった。
アカリは、何か言おうとした。
でも、言葉が出てこなかった。
(がっかりした。
すごく、がっかりした。
でも、おとうさんも、悪気はなかった)
アカリは、小さく頷いた。
「…だいじょうぶ」
おとうさんは、少し安心したようだった。
「来週、絶対に行こうな」
「…うん」
アカリは、小さく答えた。
夜になった。
アカリは、ベッドの中で、天井を見ていた。
部屋は、静かだった。
アカリは、小さくつぶやいた。
「楽しみにしてたのに…」
アカリの目が、少しだけ熱くなった。
でも、泣かなかった。
(がっかりした。
でも、来週、行けるかもしれない。
それまで、また待てばいい)
アカリは、毛布をぎゅっと握った。
(でも…。
来週も、行けなかったら…)
アカリは、目を閉じた。
不安が、少しだけ残っていた。
でも、アカリは、また期待することにした。
来週こそ、動物園に行けるかもしれない。
そう信じて。
次の日の朝。
アカリは、目を覚ました。
窓の外から、朝の光が差し込んでいた。
アカリは、ゆっくりと起き上がった。
かばんを見た。
水筒。
おやつ。
動物の図鑑。
まだ、そのままだった。
アカリは、かばんをそっと撫でた。
(来週…。
来週こそ、使えるかな…)
アカリは、窓の外を見た。
青い空。
白い雲。
アカリは、小さく息を吐いた。
(また、楽しみにしよう…。
がっかりするかもしれないけど…。
それでも、また期待しよう)
アカリは、かばんを棚に戻した。
そして、朝の支度を始めた。
【第6話 おわり】




