04.魔性の獣(地図有)
「いただきます」
「い、いただきます」
聞き取りを粗方すませて、念のため警部さんにも情報共有を済ませた僕たちは、昼餉のために宿へと戻ってきていた。
足立君の皿に山と積まれたおやきの量に、ちょっと慄く。そういえば警部さんも健啖家のようだった、こういう仕事はやっぱり体力勝負なんだろうな。
「それにしても、なかなか魔物に詳しいんだな。やはり家業の都合か?」
「いやぁ、そういうわけでもないんだけど……。地元が港町でしょう? 市があって色々並ぶんだけど、海外から書籍なんかも沢山入ってくるんだ。家で取り扱ってるのは娯楽品とか、生活雑貨がほとんどなんだけど、個人的に憧れがあって……」
「そうか。なんにしても知識は身を助ける。実は近頃、国内で魔物らしきものの目撃証言があってな――」
そういうと、彼は懐から国内の地図を取り出した。
「東の蓬賴川、北西の逆護湾。ここ数年このあたりで異常行動――猟師の話していたように、魔導施設周辺をうろつき回る獣の報告が上がっている」
言いながら、北の湾の南側と、東に流れる巨大な川の両岸を指でなぞった。この国――波穂之国――は東西を河、南北を海に囲まれた半島国家だ。東に霞岌、南西に美濱という国が地続きで隣り合っている。北は広大な湾とその手前にそり建つ切り岸、北東は険しい連峰が行き来を阻み、北国からの干渉を拒む天然の要塞となっているそうだ。帝都は南端、巨大な陸繋島を丸ごと開発した大都市は、大洋に面した美しい都として有名だった。
「始めは破損された施設の跡のみ発見された為に、周辺国からの間者の仕業として警戒されていたんだ。だが今回のように高魔力設備に積極的に近づく野生動物が確認され、後々計測の結果魔力を有した動物――すなわち魔物であると鑑定された。
保有魔力量は少なく、人を襲うほどの変化は確認されていないが……魔力を持った人間は珍しいからな」
「機会が無ければ確認も出来ないものね」
「そういうことだ。対応に当たった魔術師は国の訓練を受けているし、自然発生したばかりの魔物とは魔力保有量も文字通り桁が違う。警戒して向かってこなくても無理はない。
――現場の人間は棲息していないはずの対魔物訓練なんて受けていないし、そういうものに興味のあるやつは大体研究職に進むから、お前の興味は現場で役に立つかもしれない」
大事に伸ばすといい、そう言って笑う足立君に礼を返す。励ましてくれているだけかもしれないけど、そうだったら嬉しいとも思う。
少し照れてしまって、話題を戻そうと一連の事件について話を向けた。
「惨殺事件のほうは東の辺りに集中しているんだよね」
「ああ、誤差かもしれないが上流ほど多い。北の大湾ならいざ知らず、蓬賴川の川幅では河賊の犯行ということも無いだろう。このあたりは見晴らしもいいしな。被害者が異国人と予想されることから、単に国境に近いためだろうと見られていた」
「国境を越えて、領土内に入り込んだ隣国の人が殺されているってこと?」
「可能性の話だがな。少なくとも正規の手段で入国した者の記録に、被害者と一致する人間はいない。お前が見た少年の風貌から、異国人の内輪揉めの可能性も推されている。
上はそうであってほしいだろうな。排外主義の帝国民の犯行だとすると、国家間の不和を助長しかねない」
やっぱりあの少年が疑われていたのか。いや、たしかに僕らを襲った男たちは殺害してしまったわけだから、謂れのない疑惑ではないんだけど……。
都合がいいと、無理やり悪人に仕立て上げられる、なんてことは無いだろうか。不安が顔に出ていたのか、足立君は励ますように言葉をつづけた。
「霞岌とは犯罪者の引き渡し条約も無い。そもそも現在あそこは首都を除いたほとんどの地域が無政府状態だ、引き渡したところで……帝国内ならば未成年法が適用される。場合によっては酌量の余地があるかもしれんしな」
「そ、そうなんだ……」
「なんにせよ、少しでも早く事情が聞ければそれが本人の為にもなるだろう。お前の言うように正当防衛が認められる場合だって有りうるんだ。殺された側の情報も無い、状況次第で協力如何によっては司法取引の可能性さえある。だが派手な事件は話題に上がりやすい。市民に不安が広がるほど、けじめをつけねば済まなくなる」
たしかに、このまま見て見ぬ振りもできないだろう。もう一度会えるなら話がしたいと思う。お礼も言えてないんだ……なにか困っているのなら、力になれることもあるかもしれないし。
「俺としては、強引な徴集をしていたという領主の話も気になるんだがな。このあたりなら筱雨の家だろう。まぁ、よくある選挙の人気取りだろうが……。公治局の仕事は本来こういった方面のほうが多いんだ。今回は隣国が絡んでいるから出張っているが、ただの殺人事件ならば警備局の管轄だしな」
「じゃあ、そのあたりも調べていく?」
「いや、軽く聞き取りをして担当に引き継ぐ。こういう分野を得意としている同期がいるんだ」
「事前準備もないうちに警戒させないほうが良い」そう言って、足立君はつまんだおやきをまるまま口の中に放りこんだ。
僕もつられてたくあんを口に運ぶ。地元の塩気の強い味付けに比べ、麹がいいのか甘みのあるそれに、ひどく旅情を感じた。
「イタチは夜行性だそうだから、日の暮れるころにもう一度現場に顔を出そう。俺はこれから情報をまとめて報告を上げてくるが、お前はどうする? 病み上がりなのだから、部屋に戻って休憩してもいい。体調は変わりないか」
「うん、大丈夫。ありがとう」
食事も済んで、これからどうするかという所で足立君に問われた。体に不調は無かったけれど、足立君のほうでやる事があるのならついていっても邪魔になるかと思い、部屋で休むことにした。
部屋に入れば昨夜使った測定器が片づけてあるのが目に入る。そういえば昨日なんだかおかしかったんだっけ……体調も聞かれたし、一応測っておこうかな。
「やっぱり増えてる……」
なんでだろう。偶然だろうか、こっちに来てから増えている? そもそも減るのがおかしいって事で測っていたわけだから、正常に落ち着いただけだと思えば気にする必要もないのかもしれないけれど。
自分だけ、なんだよなぁ。魔力の痕跡は注射を打たれた四人ともから検出されたらしいけれど、魔術を持っていたのは自分だけ、目が覚めたのも自分だけ。いや、馬たちもいるか。でも馬たちは注射を打たれたところは見ていないし、魔力が検出されたなんて話も聞いていない……怪我が治っていたのだから、あの少年に助けて貰ったのは彼らも一緒のはずだけど。逆に馬と父さん以外はそれほど大きな怪我は無かったように見えたな、同じように助けて貰ったんだろうか……。
駄目だな、今答えの出そうにないことを、いくら考えたってしょうがない。
とにかく僕しかいないんだ、皆のために動けるのは。僕がしっかりしないと。母の事は、きっと弟が支えてくれるだろうから、ここで今自分に出来ることをするしかない。
と、自分を鼓舞してみたところで、出来ることといったらこれくらいなんだけど……と、編入前の自主学習用にと用意された教材を開いた。
そろそろ日も落ちようかという時刻、呼びに来た足立君と一緒に現場周辺に戻ってきた。藪と家々の境界辺りに見張りが転々と並んでいて、物々しい空気をしている。
村のはずれ、拝み屋のお婆さんの家のあったあたりにも、遠く手提灯の灯りが揺れているのが見えて、少し安心した。
「警部」
「ああ、足立君。あれから特に進展は無い。今は犯人が事件現場に戻ってきてもいいように離れた場所から監視しとるところだ。魔力保有者が狙われる可能性があるんだろう? 君たちも危ないから、なるべく人の目の届く範囲に居なさい」
「(君たちもって……)」
「ご配慮ありがとうございます。俺たちも辺りを見て回って、変化が無ければ夜の更ける前に宿に戻ろうかと」
「気を付けなさい」と言う警部さんに礼をして、畦道を歩き出す。目線で疑問に思っているのが伝わったのだろう、足立君は苦笑して言った。
「俺も一応、魔術師のはしくれだ。中央ではそこまで珍しくも無い、研修生には特に多いぞ。お前も体調が落ち着けば、魔術の訓練を受けることになるだろう」
「ああうん、ごめんじろじろと見て。学園でそういう授業があるとは聞いていたんだけど、今まで身近に居なかったから驚いて……」
どんな魔術を使えるの? と、聞こうとして思い止まる。たしか、使用する魔法ってけっこう私的な情報というか、あまり詮索しないほうがいいんだって読んだことがある。……海外の冒険小説で、だけど。
聞いてもいいのだろうかと、悶々と考え込んでいるのが顔に出ていたのか、「俺は一般的な汎用魔術しか使わないぞ」と釘を刺されてしまった。闊達そうに見えて、他人の様子によく気がつく人だ。
「魔導線設備とやらを見にいってみるか、この辺りは手が足りているようだ」
「橋の方だったよね、任せるよ」
自動車で通った道を辿るように歩いていく。道中、手に灯りを下げた憲兵の人とすれ違うけれど、集落から離れるほどその間隔は広がっていった。遠くに施設のものらしき常夜灯と、そこにも見張りが立っているのか、揺れる灯りが一つ二つ見えた。
――ふと、妙な気配を感じた。なにか、満たされるような……例えるなら、焚火の熱を、遠くからその気配だけを感じているような……。
これは何だろう。周囲を見渡してみるけれど、方向もあまり定かでない。どちらかと言えば、導線施設のほうから感じる気もするけど、もっと広い範囲から感じる気もする。……川?
気を取られて半歩後ろを歩いていた足が、無意識に一歩道を外れた。
「柊弥? どうかしたか」
声をかけられて我に返る。そうだった、一人になるなと言われているんだった。そもそも仕事中に勝手な行動をしたら良くないに決まっている。
「ごめん足立君。なんだか変な気配がした気がして……」
「変な気配? なにか見たのか」
「ううん、うまく説明できないんだけど……でも気のせいかもしれないし、気にしないで」
そう言うと足立君は少し考え込んでから、いつものように堂々とした態度で言った。
「いや、些細な違和感が手がかりに繋がる場合もある。どうせ他に手がかりも無い、確認に行こう。だが、俺から離れるな」
そう言って、彼は茂みの中に足を踏み入れた。先導をしてくれるらしい。方向を確かめるようにこちらを振り返るので、僕もあわてて足を進めた。
萱見沢の両岸、特に上流の地域は、昔は起伏の多い山地だったそうだ。例の百年前の魔法使いが、農地として扱いやすいように大規模な土地整備をしたらしい。
川に近づくにつれ、自然の堤防として残された土手のあたりが意外と高低差のある地形をしていると気づく。大河に繋がる細い川の跡も見え、沢と名づけられた当時の名残が窺えた。
進むほど、違和感が強くなった。川辺一帯がおかしな気配を有しているみたいだ。だけど足立君はなにかに気づいた素振りも無い、自分にしか分からない感覚なのだろうか。
特に強く感じるほうへ足を向ける。いくらか進むと、低木が茂る根本、土の露出した傾斜になった木陰に、十糎程度の横穴がぽっかりと開いていた。
「これは……イタチの巣穴か? 中にいるのは子供ばかりか」
「みんな小さいね……親は出かけてるのかな」
灯りを掲げながら覗き込むと、そう深くない穴の中に手のひらにすっぽりと収まるくらいの小さなイタチの子供が、団子のようにくっついてきゅうきゅうと鳴いていた。
さすがにこの大きさで人は殺せないだろう。親は餌でも獲りに出ているのか。
……イタチって肉食だっただろうか。もしもこの子たちの親が犯人だったとしたら、可愛い顔をして、この子たちも人の肉を食ったのかもしれないんだ。そう考えるとちょっと恐ろしい。
「――ッ、柊弥!」
突然足立君に腕を引かれ、庇うように彼の背後に押し込められる。背中越しに彼の視線を追うと、川の方角から一匹の見事な体躯のイタチが毛を逆立ててこちらを威嚇していた。
「……喜べ、お前の推察は当たっていたようだぞ」
イタチはじりじりと間合いを探っているようなそぶりを見せていたけれど、構えて微動だにしない足立君にしびれを切らしたのか、突然勢いよく飛び掛かった。




