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魔導帝国と悪食のカラス  作者: シメキリ・ブッチマン
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02.萱見沢連続惨殺事件

 今から(およ)そ百年ほど昔の話、遥か遠く北の異境から一人の魔法使いが渡ってきた。

 その魔法使いは、たった一人で魔力資源の乏しいこの地に魔導技術を根付かせた。魔力含有素材の運搬技術を与え、それらを運用する機構を整備、異境からの貿易協定まで取り付けて、その献身によってこの祖国は周辺国随一の大邦――魔導技術大国へと急激な発展を遂げた。

 彼の人が没して何十年と経った今でも、この国の基盤には社会資本(インフラ)として張り巡らされた魔導技術が欠かせない。それでいて魔力を有する生物はほとんど生まれない土地柄から、魔力を有し魔術を操る人間――”魔術師”は、ほんの一握りの選ばれた存在だと、敬意をもって扱われている。俗な言葉で精鋭(エリート)と言うやつだ。それなりに苦労はあると聞くけれど、出世は約束されたようなもので、人々からも一目置かれる。ちなみに自分の育った街ではほとんど見たことが無い。まあ、自分には関係のない世界の話だと思っていたのだけれど……




 帝都、行政庁舎特区――公共治安維持局本部・第三庁舎の教育会館控室で、用意された仕立てのいい制服に着替えながら、僕は小さくため息をついた。

 事件の後、見慣れない病室で目覚めた僕は、被害者として検査や取り調べを受けたりと慌しく過ごしていた。お医者さんが言うには、魔力と詳細の分からない魔術……帝国の魔術体系には含まれない、情報の登録のない術という意味らしいけど、とにかくそんなものが植え付けられているらしい。

 そんなことを言われたって実感もない。使い方だって分からないし、正直戸惑っているんだけど……落ち着く暇もなく、魔力保持者となってしまった事を鑑みてと、国家預りの公治局研修生へのスカウトを提案された。

 そして、経済的な支援が受けられると説明され、僕はそのスカウトを受け入れた。


 一人居を帝都に移し、帝都国立の学校へと通うことになる。一般的な四年制の普通学校の三年生だった僕は、転籍先の国立八橘縵(やきつかげ)学院普通学校三年次にそのまま籍を移した形になる。卒業まであと一、二年という今になって転籍というのは、正直とても不安だ。移籍先が名門精鋭校とも名高い国立学院ともなればなおさらだった。

 学習進捗が合わないから、しばらくは個別学習で追いつけるよう見てくれるそうだけど、将来的には公達に混じって学園に通わなければいけないらしく、ちょっと……いや、大変気が重い。


 ――僕を助けてくれた彼も魔術師だったんだろうか。身元が分からないらしくて、疑われているのか憲兵の人が何度も話を聞きに来た。

 彼のした事は――彼が襲撃者たちを殺したという事については、僕らが襲われていたから撃退しただけだ、正当防衛だと何度も弁明したけれど……助けて貰ったのに僕らのせいで疑われているのなら申し訳ない。気絶してしまって、結局お礼の一つも言えなかったし……

 公治局の扱う仕事には、国内の特異な事件への捜査協力も業務に含まれているそうだ。難しいだろうけど、研修生として任される業務の中で、また会えたりしないだろうか――



「失礼する!」


 バンっ、と音がするほど勢いよく扉が開いて、坊主頭の青年が入室してきた。同じ研修生だろうか、僕に用意されたものと同じ黒い詰襟の制服を着ている。驚いて固まっている僕を認め、ざっとこちらの全身を眺めると、大股に近づいてくる。ぎょろりとこちらを確認する眼光が鋭く、すこし背が跳ねた。


「うむ、着替えは済んでいるな。よく似合っている」

「あ、ありがとう……?」


 地元では一般的な私服登校の学校に通っていたから、なんだか気恥ずかしくて落ち着かない。彼はにかりと笑って頷くと、こちらに手を差し出して言った。


「俺は足立四郎助(あだちしろすけ)、君と同じ公治局の研修生だ。同期として案内を頼まれた、しばらくは俺に付いて実務の流れを把握してもらう。よろしく頼む」


 快活に名乗り上げた彼は、慌てて名乗り返して差し出した僕の手を掴むと大げさに振る。彼の手はごつごつと硬く、日常的に体を使う人間の手をしていた。……研修生の仕事ってやっぱりきついのだろうか、僕も家の仕事柄、力仕事を苦手と思ったことは無いけど、彼の体は自分よりよほど分厚く背丈も頭半分ほど大きい。

 見上げて戦々恐々としている僕に向かって、彼はやはり、張り切って言った。


「早速だが出かけるぞ、任務は萱見沢(かやみさわ)連続惨殺事件の現地調査。そう、実務研修だ!」






 研修生制度が経済的支援となる理由。その主たるものがこの実務研修だ。学習を目的とした、半人前にも満たない労働力だとしても、一応は実務をこなしているわけだから当然給料が出る。国勤め、それも中央で働くとなれば、やっぱりそれなりの額になる。奨学金制度と合わせれば、父が目覚めるまで……遅くとも弟が成人するまでの家計の埋め合わせには、有難い金額だった。


 汽車に乗り、北東へ数時間。東の国境近くの田園地帯であるこの地方は、北北東の山岳地帯から流れる大河に恵まれた豊かな大地で、古くから稲作の盛んな地域でもある。汽車の窓からは初夏の心地いい風が吹き込み、高い空の下、青々とどこまでも続く田圃が広がっている。


「(こんなに長閑(のどか)な場所で猟奇殺人かぁ……)」


 田舎には田舎なりの闇がある。分かってはいても、こうも清々しく心地いい風景に、似合わないなぁと感じてしまう。


「事件の概要を共有しておくが――」


 個室車両(ボックス)に向かい合って座る足立君が、そう切り出してこちらへ紙の束を差し出した。ぱらぱらと中身を確認すると、文字列に混ざって周辺の地図に印を付けたものなどがまとめてある、詳細はこちらを確認しろという事かな。紙面をめくりながら彼の話に耳を傾けた。


萱見沢(かやみさわ)連続惨殺事件とは、おおよそ5年ほど前から継続して被害が確認されている、血まみれの衣服と僅かな肉片のみが発見される殺人及び死体損壊事件の俗称だ。

 被害者、容疑者ともに身元は不明だが、現場に残された衣服が全て隣国――霞岌(カキュウ)で見られる様式であること、国内で身元に心当たりのある人間が名乗り出ないことから、被害者は異国人であると推察されている。

 異様なありさまだが、現場に魔術の痕跡は無く、周辺にも容疑者となり得る魔術師は登録されていない。少なくとも、魔術で肉体を細切れにできるような魔術師はな」

「おおよそ五年前というのは?」

「最初に通報があったのは四年前だ。その後同じような通報が続いたことから周辺を捜索した結果、劣化した黒く汚れた衣服が山の中から何枚か見つかった。時間が経っていて正確な時期を特定することは出来ず、それでも衣服の形が残っていることから、そう長い年月は経っていないだろう。まあ仮に五年としておこうという判断だろうな」


 渡された資料には、簡略化された線で印刷された地図の上に、赤い丸が二十余り散らばっている。町外れに散らばっているそれが遺留品の発見地点ということなのだろう。何枚か、異国風の衣服の白黒写真がそえられているが、もとの布地が暗いのか、血の汚れはよくわからなかった。


「共有できる情報はこんなものだ、長く続く事件の割に、全く捜査が進展しないと担当官が嘆いていた。今から向かうのはお前が巻き込まれた事件の現場だが、成果があるかどうか……。ところで、お前はどうしてあの場所に? 籍は治濵(はるはま)港のほうだと聞いているが」


 真面目な話はここまでと区切るように、少し姿勢を寛げて彼は聞いた。威圧感のある風体だけれど、口を開くと人好きのする印象で、同い年なのだから遠慮するなと言ってくれたこともあって、汽車の旅を共にして数時間、最初に抱いた緊張感は消えていた。


「家が行商をしているから、手伝いで同行していたんだ。川上に馴染みの村があって、その帰りで……。人気のない場所だったから、誰かが通報してくれて助かったよ。

 最近物騒だって噂は聞いていて、用心はしていたんだけど……、やっぱり形だけ真似をしたって駄目だね」

「噂というと、やはりこの一連の事件が話題に上がっているのか?」

「ううん、そんなにはっきりした話じゃなくて。なんでも様子のおかしい獣が出るらしいんだ。それに誰某(だれそれ)の行方が分からないとか、帰ってこないとか、そういう話も増えているみたいで。まぁ地元は港町で人の往来も多いから、高飛びだの駆け落ちだのって話なら珍しくないんだけど……」


 事情の思い当たらない人だとか、何時々々帰ると言っていたはずの人だったとか、周囲の人が噂しているみたいで。そう付け足すと足立君は神妙な顔をして考え込んだようだった。


「確か今度の事件も、共に襲われた被害者が引き摺られていくところだったのではなかったか? もしそのまま何処かへ運ばれてしまえば、同じように行方不明者として片付けられていたかもしれんな。本当に無事でよかった」


 まっすぐに目を見てそう言ってもらって、ちょっとだけ言葉に詰まった。

 本当に、皆が生きていて良かった。父さんたちはまだ目が覚めないけど、命に別状はないと聞いている。怪我をしたように見えた馬たちは、人が駆け付けた時には元気一杯で、運んでいた荷物と一緒に実家のほうへ送ってもらえたらしい。

 きっとあの少年が治してくれたんだ。でなければ、皆はともかく父さんは、警邏に見つかるまで命がもたなかったろう。

 ちょっとだけ震えてしまった声で足立君にお礼を言って、皆の事を話した。無事を祝ってくれた後、彼の家にも馬がいるそうで、自然とそちらに話題が移っていった。


 ――あれ、父さんたちは目覚めないのに、馬たちが目覚めているのはどうしてだろう。なんとなく、怪我が深くて目覚めないのかと思い込んでいたけれど、正直、馬たちも先を望めないほど酷い怪我に見えた。同じように治してもらえたのならおかしいんじゃないか?

 やっぱり打ち込まれた注射が悪さをしているんだろうか。帝都に戻ったら、医者の先生に確認しておかないと。






 事件現場からいくらか南に下ったあたり、萱見(かやみ)駅の乗降場へと滑り込んだ機関車は、勇ましい駆動音を響かせながらその巨躯を制止させた。

 百年前の興隆期にもたらされ、全土にその圏域を延ばした蒸気機関車は長い年月のなかで補修を繰り返し、今尚国中を駆け巡っている。見上げれば、黒い躰に刻まれた無数の傷が貫録を感じさせた。


「じきに日も暮れる。今日は捜査の指揮官殿に挨拶をして、現場にはここから明日自動車を出してもらおう」


 そう言って、足立君は辻馬車を呼び止め、宿へ向かうように伝えた。並んで乗り込むと、彼は続けて説明してくれる。


「事件現場が広く点在しているため、交通の便がいいこの町に捜査本部を置いているんだ。ここから彼方此方(あちらこちら)に足を延ばすとして、こちらでの滞在は数日掛かるだろう。都に上がったばかりで忙しないが、なに、帝都に戻る頃には下宿先の手配も整っているだろうさ。

 帝都に戻ったら下町を案内しよう、用があったら北瀬(きたせ)の学生街まで出たほうがいいんだ、面白い店も沢山あるし、庁舎周辺は物価が高くていけない」

「うん、ありがとう。世話になるよ」


 足立君と明日以降向かう道程を確認している内に、そう時間もかからず宿についたが、慌しく憲兵の制服を着た男たちが行き交っていて(せわ)しなさげな雰囲気だ。


「話を聞いてくる、少し待っていてくれ」

「ああ、足立君!!」


 宿へ入って行こうとする足立君を、往来から呼び止める声があった。見ると、国有の印のついた自動車の助手席から、身を乗り出して手を挙げる中年男性がいる。


「すまないが急いでいる、後ろに乗ってくれ!」

「何があったんです、警部」


 足立君は後部座席のドアを開けながら、前の席の男性に聞き返す。仕草で促され、僕も奥の席へと乗り込んだ。


「事件だよ、新しい死体が挙がった。惨殺死体だ」





 駅から自動車で東に半時間ほど、大きな橋を乗り越えたそのあたりは、宿場町としての役割を持つ萱見(かやみ)駅周辺に比べてずいぶん静かな場所だった。田畑とこんもりとした(やぶ)が交互に重なる風景に、ときおり思い出したように農家がぽつぽつと置かれている。

 遺体は藪の中に倒れていた。無惨に抉れた肉塊は(はらわた)と手足の一部を残すのみで、共に引き裂かれたのか、ぼろぼろに引き千切れた衣服の残骸らしきものが所々に肉に食い込むように残っていた。


 あまりの惨状に血の気が引く。足立君は下がっていてもいいと言う風に手で制して見せたけれど、これが自分の仕事となるのなら慣れなければいけないだろう。被害者を観察しながら、邪魔にならないよう半歩後ろに待機した。辺りには捜査のための憲兵が行き交い、記録を取り撮影機を向けたり測定器を用意したりと、淡々と仕事をこなしている。


「通報があったのはついさっき、君らと会う五分ほど前だな。この辺の村人が山菜取りの最中に発見した。すぐに走って警邏に通報したそうだ」


死体は一人、今のところ周辺からは何も発見されていない。と話す警部さんの横で足立君は険しい顔で一点を見つめている。


「足立君、どうかした?」

「これを見てみろ」


 彼が指さしたのは、遺体の背があったと思われる場所に残る布片だ。破けた上に血で汚れて分かりづらいが、藍染めの縞木綿だろうか、少し色の()せた紺の細柄模様のそれは、このあたりで見かける野良着では定番の生地だった。襤褸(ぼろ)()いだのか、四角く補強するように独特の針運びの跡が残っている。


「ひし形の連続した(なが)(びし)の文様、国内東部でよく見られる刺し子の伝統図案だ。損傷が激しく分かりづらいが、これ(まで)発見された隣国風の衣類とは明らかに違う」

「それって……」

「これが意図された偽装でなければ、被害者は帝国市民である可能性が高い。一連の事件との関係は分からんが、もし関りがあれば大事になる。すぐに中央に報告を上げなければ」


 鑑識の人に、記録を二揃え用意するようにと指示を出す足立君。確かに遺体を見れば、地元の人間が仕事の最中に襲われたんだろうと想像するような自然さがある。だけど最初から、少し気になっている部分があった。


「ま、待って足立君。忙しいところ悪いんだけど――」


 素人の自分が、と躊躇う気持ちもある。だけど、むしろ素人だからこそ、気になることがあるのなら黙っているより言って判断してもらったほうが良いかもしれない。そう思い直し口を開いた。


「この遺体は、一連の惨殺事件とは無関係かもしれない」



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