第95話 暗躍
「お札に、人形に、変色した砂……随分と悪趣味ね。ずっと塔の中で過ごしてるユリアナに、呪いをかけるなんて」
フェリが以前、デュオに言われてユリアナの枕カバーから見つけたもの。それは、1枚の紙きれだった。
魔法陣が描いてあるわけでも、呪詛が書かれているわけでもないただの紙。しかし、だからこそタチが悪い。
「仮に気付いても、ただの紙切れにしか見えないでしょうし。この砂も、あの暗い部屋じゃわからないもの。これで全部?」
「フェリが怪しいって言ってた場所は全部調べたよ。柱の影とか引き出しの裏とか。とりあえず、ヤバそうなのはこれだけかな」
「……これだけって言っても、結構あるわよ?」
念だけが込められた無地のお札が20枚に、輪郭だけ適当に縫われた人形が6体、墨か何かで染めただけの砂粒。
地面に小さく描いた魔法陣の上に呪い道具を乗せながら、フェリはむしろ感心した。よくこれだけ溜め込んだものだ。
「作りが雑なのは置いておくとして……隠してる割には数が多すぎるわ。気付かないユリアナもユリアナだけど、相手もあんまり慎重なタイプでは無いみたいね」
呪い道具は、部屋の至る所に仕込まれていた。
お札という名のただの紙切れだけでも、花瓶の底に貼られていたり、ぬいぐるみの服に縫い付けられていたり……。
巧妙に隠されていたそれらを数日かけて、かつ限られたわずかな時間の中で探し出した、デュオの苦労はいかばかりか。
「で、フェリはこれが、あの皇女の体調不良の原因だって考えてるわけだ?」
「1つ1つは大したものじゃないけど、これだけ集まれば多少の影響はあるはずよ」
呪い道具は、魔道具とは違う。
お札であれ人形であれ、道具自体に危険があるわけでもなく、魔力を込めて作動するものでもない。
それは魔術師でなくとも、割と一般的な知識として知られている事だが……呪い道具というものは、時に魔術的な作用を引き起こすことがある。
「強い情念には、意図せず魔力が込められてしまうことがあるの。想いが強ければ強いほど、道具そのものが魔力を持ったりね」
強く念じるという行為は、魔力を練る行程とよく似ている。
守りたい、苦しめたいというイメージへ魔力が変換され、道具そのものに力が宿ってしまうのだ。
毒を吐き出したりする魔道具の方が圧倒的に危険だが、邪念が溜まれば周囲の空気も悪くなる。体調不良くらいなら、引き起こせるという訳だ。
「でも、憎しみというほど強い悪意ってわけでもないみたい。今の所はイタズラ……みたいなものかしら」
「今の所は、ねぇ」
呪い道具を乗せ終えたフェリが周囲に結界を張り、魔術で作った火を魔法陣へ放り込む。
すると燃え上がった火が描かれた線をなぞるように広がり、ひし形の結界内をみるみるどす黒い煙で満たし始めた。まるで、具現化された人の悪意を見ている様だ。
(勝手に部屋を探ったりしてごめんね、ユリアナ……。でも誰かに呪われてるなんて、本人に言えるわけないもの)
先程の楽しそうな顔を思い出して、フェリの心がチクリと痛む。
ユリアナを外へ連れ出したのは、気分転換をさせたかったから。それは間違いない。
しかし結果的に、家探しをする為におびき出した形になってしまったことで罪悪感が残ってしまった。
(明日、ユリアナの体調が良かったら……もう少し長く散歩できるかしら)
そもそもその為に、数日かけてこんなことをしていたのだ。
健康な人間であれば少々の呪いは跳ね返せるが、ユリアナは違う。
身体が弱い上に悪意の充満した部屋にいたのでは、良くなるものも良くならないだろう。
もしかしたら明日は、見違えるほど元気になっているかもしれない――煙が炎と共に縮んでいくのを見て、フェリは安堵の息を吐いた。
「さてと。思ったより時間が掛かったけど、ようやく片付いたわね。次はあの何様皇子に頼まれた探し物だけど……」
「何様と思うならやらなきゃいいのに。ホントに探す気?」
「当たり前じゃない。こうなったらキレイさっぱり解決して、アイト達の所へ行くわ。……で、デュオ。もう1つ頼みたいことがあるんだけど」
「えー……」
やることは、他にもある。
ニッコリと笑うフェリに謎の強制力を感じながら、デュオは諦めた様に肩を落とした。
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ユリアナの部屋で呪いの紙切れを見つけた日。フェリはすぐさまアークウェルのいる王間を訪ねた。
あまり得意な相手ではないし出来れば二度と会いたくはなかったのだが、ユリアナの保護者だ。報告しないわけにはいかなかった。
「話はわかった。では今後そのような物が持ち込まれぬよう、塔周辺の見張りを増やすとしよう。それでよいか?」
「よいわけないでしょ」
呪い道具がこれ以上増えないよう、塔へ出入りする人間を取り締まるのは別にいい。
しかしそれだけでは、ユリアナを呪おうとした犯人やその理由もわからないままである。
アークウェルの対応は、フェリにとっては物足りない……というより、冷たいものに感じられた。
「妹が呪いをかけられてるってのに、随分と呑気ね。気にならないの?」
「呪いなど、王侯貴族にとっては日常茶飯事だからな。そういった類の物は、この城の至る所に隠されている。ここに住まいを持つ貴族の部屋にも、我の寝所にもな。特に次期宰相の執務室は見物だぞ」
「そんなにふんぞり返って言うことじゃ無いと思うけど……」
呪いを行使するのは、一般市民よりも貴族などの特権階級である場合が多い。
何故なら彼等はいつの時代も、体裁を重んじるからだ。酔って殴りかかったり、気に入らない相手に石を投げつける様な、直接的な真似はしない。陰湿とも言う。
(まぁこの男くらい強い意志を持ってれば、呪いの1つや2つ何の影響もないんでしょうけど)
慣れているが故に、その危険性への理解が薄らいでいるのだろう。魔術師の目で見れば明らかな影響が、彼等にとっては日常茶飯事なのだ。
1つ1つに構っていられない、というのもあるだろうが……しかし彼等が耐えられるからと言って、ユリアナも耐えられるとは限らない。
「私はただ、もう少しユリアナを守ってあげたらって言ってるの。お姫様だし、妹なんでしょう?」
「姫には皇女として十分な待遇を与えている。魔力が不安定なため塔でしか生活できぬが、衣食住に不便はないはずだ」
「衣食住って……自由に外へも出られない、誰も会いに来ない環境なんて、不便極まりないわよ!」
フェリも以前、アークウェルから『監禁生活が住みやすいかどうか』を聞かれたことがある。
あの時は何かの冗談かと思ったが、今の話を聞いてそうではないことに気付いた。アークウェルにとって、住みやすさに自由というものは含まれないのだ。
「相談するだけ無駄だったわね。呪いの件は私がなんとかするわ。ユリアナも出来るだけあの部屋から離すようにして……」
「それはならぬ」
説得を諦めて自分で何とかしようと考えたフェリの言葉は、思いのほか強い言葉で遮られた。
ハッとして顔を上げると、玉座に座って淡々と話していただけだったアークウェルの瞳が、今度はフェリを真っ直ぐ見据えている。
「姫をあの塔から出してはならぬ」
がらんとした王間でたった1人、玉座に座る男。
それを映すフェリの瞳に、一瞬だけ――よく似た別の光景が、重なった気がした。




