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第94話 束の間の平穏


「いい? 危なくなったら、ほんっとーーに助けてよ?」

「わかってるって。いつでもど~ぞ」

「じゃ、行くわよ。さん、にい、いち……それ!!」


 合図と共に勢いよく開け放った扉から、フェリは脱兎のごとく飛び出した。

 紫の小瓶を後ろ手に投げつつ、脇目もふらずに廊下の角を曲がり、そのまま駆け抜けていく。


「!! クソ女! てめぇまた……ぐっ!?」


 階段を降りる際に少しだけ振り返ると、自分の監禁部屋がある廊下から、毒々しい煙が広がりつつあるのが見えた。

 扉の近くで見張っていたであろう天敵の姿がふと頭を過ったフェリは、自分の隣で涼しい顔をしている男に小声で尋ねる。


「……ねぇデュオ。さっきのアレ、なんの薬なの?」

「ん? 液に触れた対象を跡形もなく溶かしてくれるっていう、優れモノ」

「アンタねぇ……」


 何段か降りかけていた足を戻し、フェリはもう一度廊下を覗き込んだ。

 デュオによって遠くへ捨ててこられたはずのガルデンは、結局3日ほどで帰って来てしまった。

 監視の目が気にならない、平穏な日々を過ごせていたのも束の間――今では魔法薬をコッソリ作ることも難しい。

 天井裏の見張りはデュオのおかげで激減したが、ガルデン個人からの監視がより一層厳しくなってしまったのだ。

 だからそれを掻い潜ってユリアナの塔へ行くために、足止め用の薬か何かを調達して欲しいと頼んだのだが……。


「私が頼んだのは『見張り』を『足止め』する薬! 睡眠薬とか麻痺薬とか……。被害が広がって怪我人が出たらどうするのよ!?」

「へーきへーき。空気に触れると少しずつ蒸発するから、煙が無くなる頃には死体も残らないよ。これで永久に足止めできるね」

「そういう問題じゃないっての! 人生まで足止めしてどうすんのよ!!」 


 このままユリアナのいる塔まで逃げる隙はいくらでもあるが、フェリにも良心というものがある。

 人の出入りが少ない建物であったことは不幸中の幸いだが、ガルデンならどうなっても良いというわけではない。


「フェリの方がしょっちゅう殺されかけてると思うけど」

「仮に正当防衛だって、死なせるのはイヤよ」


 しかも怪我人や死亡者が出た場合、もしかしなくとも実行犯はフェリである。

 だが、その心配は杞憂に終わった。爆発音と共に煙が消し飛び、ガルデンの怒鳴り声が聞こえてきたからだ。


「あ、元気そうね。ならいいわ、行きましょ。次からはあんまり過激じゃない薬にしてよね」

「はいは~い」


 ホッと息を吐いた後、フェリはガルデンの怒声を背にユリアナの塔へ向かった。



----------



「フェリ姉さま、芽というのはいつ頃生えてくるのですか?」

「植えてから5日くらいで芽が出るはずだから、明日には生えてくるんじゃないかしら」


 銀封じの塔へ着いた後、フェリはすぐさまユリアナを連れ出した。

 連れ出したと言っても、部屋の階段を降りた先の扉から出て、塔の外壁をグルリと周るだけなのだが。


「そうなのですね。ふふっ、また1つ楽しみが増えました」


 一緒に塔の根元に造った小さな花壇を眺めながら、ユリアナが楽しそうにクスクスと笑う。

 数日前に外へ行こうと誘った時は戸惑っていたが、今は部屋にいる時よりずっと体調も良さそうだ。

 その様子に、フェリもまた穏やかに微笑む。アークウェルに直談判したのも、無駄ではなかった様だ。


(本当はもっと、色々な所へ連れて行ってあげたいけど……)


 生憎、『許可』を貰えたのは塔の周辺だけだ。それにユリアナ自身、あまり長くは動けない。

 こうして塔の周りを歩くのも、ユリアナの身体を気遣ってほんの数分のみ。本当に、ただの散歩だ。


「こうして外へ出られる日が来るなんて……思いませんでした。フェリ姉さまとお会いしてから、毎日がとても楽しいです。このローブも、とても気に入りました」

「ごめんね、お下がりで。でも、昔のローブに使い道があって良かったわ。体が丈夫になれば、きっと城の外へも出られるようになるわよ」

「本当ですか? そうだと嬉しいです」


 ユリアナは今、大賢者お手製の紫のローブを羽織っている。

 首都グランツへの転移事件の際に、フェリが森の中に置き忘れてしまったローブが、色々あって戻って来たのだ。

 髪の色といい、自分とよく似た外見のユリアナを見ていると、フェリは少しむずがゆい様な不思議な気持ちになった。


(妹がいるって……こんな感じなのかしら)


 ふと、そんなことを考える。ちなみにフェリ自身のローブは、とある事情から今ここには無い。

 同じ髪の色をした2人がお揃いのローブを着ていたら、それこそ姉妹のように見えただろうが……。


(そういえば、実の妹とは話したことすら無かったわね)


 血の繋がった妹も、いるにはいるのだが。外見もおぼろげにしか思い出せないほど、全く関りの無い人物だった。

 覚えているのは、大賢者ラキアの所へ送られると聞いた時――相手の女性が抱いていた赤ん坊、ということくらいだ。


「そういえば、あの方……天井裏の君は、来ていらっしゃらないのですか?」

「……天井裏?」


 過去への複雑な想いに意識が逸れ始めていたフェリだったが、珍妙な単語によって一気に呼び戻された。

 デュオの名前自体は、何度か目の前で呼んでいるので知っているはずなのだが……。いつの間にかユリアナの中で、おかしなあだ名が付けられていたらしい。


「その何とも言えない呼び方は、もしかしてデュオのこと? アイツはまぁ、そうね。色々と忙しいのよ」

「ふふふっ、まだ一度もお顔を拝見しておりませんから。殿方のお名前を勝手にお呼びすることはできません」

「そういうもんかしら……」


 フェリは別に構わないのではと思ったが、王女ともなれば色々としきたりなどがあるのだろう。

 貴族的どころか一般的な市民の生活とも無縁な幼少期を送って来たフェリには、わからないことだ。


「ま、いいわ。それよりユリアナ、そろそろ戻らないと」

「もう、ですか……? 今日はとても調子がいいのですが」

「調子が良い内に戻った方がいいわ。部屋までは階段もあるんだし、少しずつ慣らしていきましょう。続きは明日ね」


 ユリアナの気持ちは痛いほど理解できたが、『絶対に無理をさせない』というアークウェルとの約束もある。

 それにフェリも、遊んでばかりはいられないのだ。まだ何も生えていない花壇を名残惜しそうに見た後、ユリアナはしょんぼりと頷いた。


「はい、フェリ姉さま……。あ、それではこの後は、私の部屋でお話ししませんか?」

「そうしたいけど、この後ちょっとやる事があるの。終わったら行くから、休んで待っててくれる?」

「わかりました。では、先に戻りますね」

「部屋まで送るわ」


 ユリアナを支える様に背中へ手を添えながら、塔の螺旋階段をゆっくりと上る。

 そして部屋に送り届けた後、フェリはまた塔の外にある花壇へ小走りに戻って来た。


「デュオ。終わった?」

「終わったよ。一応ね」


 塔に一番近い木の上から、デュオが飛び降りて来た。その手には、預けていた紫のローブを持っている。

 周囲に誰もいないことを確認しながらそれを受け取ると、フェリはローブの中から『新たに増えた荷物』を取り出した。


「こんなに? 随分とあからさまね」

「多分だけど、昨日より増えてるよ。探すのが面倒になるくらい」

「頼んだ時から面倒臭そうだった気もするけど……ありがと。じゃ、さっさと処分しないとね」


 2人の間に積み上がった、あるモノ……。

 それは、怪しげな模様や形をした、お札や人形の山だった。


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