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第93話 助けたい人


「…………」

「…………」

「…………」

「やだぁ~。この部屋なんか暑苦しくないですぅ?」

「しーっ。静かになさいな」


 マリアーナと共に壁際で様子を眺めるリサが、暑苦しそうに顔を扇いだ。

 決して広いとは言えない1人部屋に男女が6人、プラス1匹。室温が高くなるのも仕方ない。

 もっとも暑苦しさの一番の原因は、ベッドに腰かけたアイトの前で仁王立ちする、筋骨隆々の男2人なのだが。


「おめーとこうして顔を突き合わせることになるとはな、マーゴス」

「俺はテメーがしぶとく生き残ってやがったことの方が驚きだぜ、ハードルド」


 1人は隣町から戻って来たマーゴスで、もう1人は――どこかで見たことがあるような無いような、スキンヘッドの男。

 ハードルドと名乗られた時にはわからなかったが、「ラキアの家やアリナリの食堂で――」と聞いてアイトもようやくピンときた。


(マーゴスの知る情報屋が、フェリの知り合いでもあったとはな……)


 デュオの同業者であり、フェリの友人。

 好意的に見るべきか悩む相手ではあったが、情報屋がフェリに近い人物であったことにはアイトも少なからず安堵した。

 素性の知れない情報屋よりよほど信用できるし、わざわざアイト達のいる町まで出向いてくれた点も協力的に思えたからだ。


「行きも帰りも、生きた心地がしなかったぜ。見張りの兵はいるわ、魔物もわんさかいるわ……俺一人で行ったのは正解だったな」

「本当にご苦労だったなマーゴス。情報屋を連れてきてくれて助かった。礼を言う」


 マーゴスが別行動をとっていたのには理由がある。

 帝都グランデへの道が、『通行禁止』となっていたからだ。

 向かう途中で厳重なバリケードに阻まれたアイト達は、この町に戻るしかなかった。


(兵士に止められた時は、どうなることかと思ったが……)


 こっそり行こうにも、道がわからないアイト達ではモタついてしまうし、帝都内をゾロゾロと歩き回る訳にもいかない。

 そのため「情報屋を連れて来る」というマーゴスに全てを託し、アイト達は待つことにしたのだ。

 大柄なマーゴスがどうやって兵や魔物の目を掻い潜ったのかはわからないが、信頼して良かったとアイトは思った。


「しかしあれだな。俺は情報屋になった覚えはねーんだが」

「その辺の情報屋より情報通な野郎が何言ってやがる。それに、おめーしかいなかったんだよ。信用できる情報屋は、みんな逃げ出しちまったからな。こんな物騒な国にいちゃ、情報どころか命すら守れねぇ」

「ったく情報屋が聞いて呆れるぜ。いいネタってのは、荒れてる国ほどよく出回るもんだがなあ」

「……再会に口を挟んで悪いが、さっそく本題に入ってもいいだろうか?」


 マーゴスとハードルドの会話に、アイトが割り込む。 

 一刻も早くフェリの居場所を知りたい、というのもあるが……筋肉に挟まれて座る状況が、単純にキツかった。

 そしてリサの言う通り、暑苦しい。遠巻きに立つマリアーナやリサと比較にならない大量の汗が、アイトの頬を伝う。


「フェリがいる場所は遠いぞ。首都グランツらしいからな」

「首都……? この国の都は帝都グランデだろう?」


 首都グランツ、帝都グランデ。似たような名称に、アイトは自分の耳を疑った。

 てっきりこの町の1つ先にある帝都が主要都市だと思っていたのだが、ハードルドによると少し違うらしい。


「あー、その辺は複雑なんだが……。この国は今、内戦状態でな。現皇帝ユベルギアスのいる帝都と、第一皇子アークウェルの首都とでやりあってんだ」


 元々は帝都グランデが主要都市だったのだが、数年前、皇帝に反旗を翻した第一皇子が西の町グランツを首都として宣戦布告した。

 以来、帝都所属の皇帝軍とアークウェル皇子率いる解放軍とで、国を分かつ睨み合いが続いている……というここ数年の情勢を、ハードルドは語る。


「内戦……そんなことが起きているようには見えなかったが」

「軍事衝突はほとんどねーからな。だが実際、今の帝国は国として機能してねぇ」

「なぜだ? 一応魔王……皇帝がいるだろう」

「皇帝がまともな政治をしなくなって、もう10年以上だ。だから皇子も反乱を起こしたわけなんだが……大半の貴族と首都に引っ込んで以降、そっちも動きはねぇ」


 それはつまり、まともに国を動かせる人間がいないということだ。

 皇帝、皇子、貴族がいながら、なぜ政治を行わないのか……それはハードルドにもわからないらしい。


「ちょっと待て。フェリが首都にいるなら、攫ったのは……」

「ま、皇子っつーことになるな」

「……魔王の、息子か……」


 この時点で、皇子に対するアイトの心証は最悪だった。

 最初は皇帝よりまともな人物に思えたが、フェリを攫った張本人となれば話は別だ。

 パルテラル神殿を破壊し、フェリを連れ去り、アイトもその為に大怪我を追った。個人的な因縁は皇帝よりも大きいと言える。


「話はわかった。首都グランツへはどう行けばいいんだ?」

「おいおいまさか行く気か? こっからだと、帝国の端から端まで移動するくらいの距離があるぞ」

「遠くても構わない。フェリを助けるためなら、どこへでも行く」


 ようやく居場所がわかったのだから、諦める理由は無い。

 ハードルドはそんなアイトの意志を感じ取ったが、口から出たのはそれに反する言葉だった。


「わざわざ行く必要はねーよ。フェリは無事だ」

「なぜそんなことが言える!」

「フェリは今、アイツと……深淵の魔手と一緒にいる」

「! なん、だと……」


 それはアイトにとって、今まで聞いた話の中で一番の衝撃だった。

 確実なアテも無く、時には寄り道しながら、仲間と共にずっと探してきたのに。

 よりによって、自分が一番負けたくないと思っている男に先を越されてしまったのだ。

 悔しさと自分に対する怒りが込み上げて来て、握った木製のベッドがミシミシと音を立てる。


「気持ちはわかるがな、落ち着け」

「これが落ち着いていられるか!」

「アイツがいれば少なくとも、フェリの命が危険に晒されることはねぇ」

「っ…………!」


 本当なら、素直にフェリの無事を喜ぶべきなのだろう。しかし割り切れない。

 なぜ自分はいつも、一歩出遅れているのか。なぜフェリのそばにいるのは自分ではなく、あの男なのか。

 ハードルドにはそんなつもりなど無かっただろうが、その言葉はアイトにとって、責められているようにも感じられた。

 デュオがいればフェリに危険は無い、だが自分と一緒にいたフェリは、攫われてしまった――その差を思い知らされたような気がしたのだ。


「……関係ない。マリアーナ、リサ、行こう」

「え、ええ。アイト様」

「うそぉ~、また歩くんですかぁ~?」

「女探しより、もっと他にやることがあるんじゃねーか?」


 気持ちの整理がつかないまま扉を出ようとしたアイトだったが、ずっと黙っていたマーゴスの声につい足を止めた。

 振り返ると、不安そうなマリアーナやリサ、難しい顔で考え込むハードルド、ついでにベッドで気絶したままのルークと――真剣な眼差しで自分を見る、マーゴスがいる。


「……どういう、意味だ……」

「勇者なんだろ? んで、目と鼻の先に魔王がいる。それだけ言ってもわからねぇか?」

「…………」

「アンタは知ってるはずだぜ。皇帝に焼かれた村や、攫われた人間のことを。それを救う為に戦ったアンタが、事の元凶を無視して立ち去るってのか? 俺が言うのもなんだが、見損なったぜ勇者さんよ」

「それは……」


 目の前に困っている人がいれば何の躊躇いもなく人助けをしてきたアイトが、初めて迷いを見せた。

 皇帝の振る舞いを知った以上、勇者として戦うべきだろう。しかし攫われた仲間(フェリ)は、こことは全く別の所にいる。

 どちらかしか、選べない――足元から冷えていくような感覚を覚えながら、アイトは次に続くマーゴスの言葉に絶句する。


「これはハードルドから聞いた情報だが……攫われた人間の半数以上は、帝都に集められているらしい。その中に、あの村の人間もいるかもしれねぇって話だ」

「なんだって!?」


 アイト達が村人を助けに行った祭殿には、騎士以外に誰もいなかった。

 村人達の痕跡すらないことを不思議に思っていたが、もしかしたら転移装置などで移動させられたのかもしれない。

 あの時に対峙したパルガスも、転移を使って撤退したのだ。――呆然とそんなことを考えるアイトの肩に、マリアーナがそっと手を添える。


「アイト様。どうされますの?」

「……話を、聞こう」


 誰にともなく返事をしながら、アイトはフラフラとベッドに座り直す。

 困っている人々を、助けなくては――しかし今のアイトには、勇者としての覇気も世界平和への熱意も、何故か湧いてこなかった。


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