第92話 仰ぎ気付けば仲間入り
「なるほど。そのドラゴンを倒した男があの……深淵のなんたらだったというわけだな」
「えっ、なんでわかったんだ?」
ちょうどひと山話し終えた所で口を挟まれ、ルークの意識がフッと現実に戻った。
一体どれだけ夢中で話し続けていたのだろう――朝どころか昼になろうかという陽射しが、室内を明るく照らしている。
「オレ様はまだ、ドラゴンを倒したのが深淵の魔手だなんて言ってねーぞ? その時点ではまだ気付いてなかったし」
「そもそもヤツの話なんだ。そのくらいの察しはつく。……まぁ、ほぼ貴様の思い出話だったが」
「見かけによらず頭いいな~お前」
「フッ。数時間前、東の空に朝日が見えたあの時……私は何かを悟ったようだ」
アイトは腕の中におさまっている白ウサギと共に、穏やかな表情で窓の外を眺めている。
睡眠欲も疲れも通り越した今ならば、勇者として真の境地に達することが出来るかもしれない。
そんな気がしてしまうほど、アイトの心は天啓を受けた神官のごとく澄み渡っていた。諦めとも言う。
「じゃあ続けるぞ。獣人達に捕まったオレ様は、そのまま中央都市に連れて行かれて……」
「いや、いい。もういいんだ」
ここからが面白いんだとばかりに話を続けようとするルークを、アイトがゆっくりと手で制した。
その行為はいつもの反射的なツッコミより、よほど効果があったらしい。あまり人の話を聞かないルークもつい口を閉じてしまう。
「非常に参考になった。もう何も聞くことはない」
「なに言ってんだ、こっからが肝心なんだぞ。ようやく先輩が出て来たとこだってのに」
「悪いが今日は忙しいんだ。お前も少し休んだらどうだ?」
「遠慮すんなって。オレ様は深淵の魔手の弟子だからな。2、3日眠らなくても平気だ!」
「……むしろ2、3日眠っていてくれないか……」
胸を張るルークに、アイトはポツリと本音を漏らした。
悟りの心境は長く続かなかった様だ。しかし、何の参考にもならなかったわけではない。
「1つ聞きたいんだが、ドラゴンを一撃で倒せることは『あり得ない』ことなのか?」
「はあ~? あったり前だろ! 獣人族が軍を引き連れてくるくらいなんだぞ? デカいし硬いし強いし、一般人からすりゃ天災みたいなもんだ!」
「その天災をヤツは1人で、しかも一撃で倒せる。……何故だ?」
「な、何故……? んなもん、深淵の魔手がスゲーからに決まってんだろ。先輩をバカにするとぶっ飛ばすぞ!」
「わかったから落ち着け。確かに凄……く、なくはないんだろうが」
相変わらずの対抗心を滲ませつつ、アイトは続く言葉を飲み込んだ。
ルークの話を聞いて気になったことがあるのだが、どう言えば良いかわからなかった。
デュオの強さを知る度に感じる、そして別世界から召喚されたアイトだからこそ気付いた、確かな違和感。それは――
「ったくしょうがねーな~。んじゃ先輩の武勇伝を語り尽くすまで、お前らと一緒に行ってやるよ」
「……は?」
全く予想外の事を言われ、繋がりかけていた考えが一気に霧散した。
アイトの聞き間違えでなければ、ルークの言う「お前ら」とは、自分達勇者一行のことだ。
「ちょっと待て。いつ私がついて来ていいと言った?」
「だってまだ全部話してねーし。先輩の所へ行こうにも道分かんねーもん。あと、お前にちょっと頼みたいこともあるしな!」
「頼みたいこと? なんだ」
「ヒゲだ! お前のヒゲをオレ様に譲ってくれ!」
「…………ヒゲ?」
目をキラキラさせて身を乗り出すルークから、アイトはほんの少し後退る。
お前のヒゲ、そんなものは知らない。知らないが――何故か身の危険を感じる。
「見てわかると思うが、私にそんな余分なものは生えていない」
「誰も抜いて寄越せなんて言ってねーだろ。パルテラル山脈の温泉で借りた付け髭のことだ。姐さんから返してもらったんだろ?」
「っっ!! ま、まさか……お前が言っているのは……!」
よろめくアイトの腕から、白ウサギがベッドへ着地する。警戒すべきは、仲間だけでは無かった。
彼は、ルークは知っているのだ。真の用途はともかく、自分が常に持ち歩いている……黒い付属品について。
「ぜってー大事にするから! 頼む!」
「わ、悪いがアレは……易々と……他人に譲れるようなものでは……」
「そりゃ、大切にしてるってのは手触りでわかったけど。そういやお前、アレどこにつけてんだ?」
「は……? いや、それは……」
「顎につけてるトコは見たことねーし、もしかして胸……」
「そんなわけあるか!!」
「お、怒んなよ! でも他にヒゲがありそうなところなんて……」
「やめろ」
「どこにも……」
「よせ! それ以上目線を上げるな!」
「……………………あっ」
その時、白ウサギがピンと耳を立てて起き上がった。
澄んだ赤い瞳の中には、今この部屋で起こった様々な出来事が映り込んでいる。
目と口を大きく開けるルーク。その口を慌てて塞ごうと手を伸ばすアイト。そして遠慮がちなノックの後に、ゆっくりと開く扉――。
「アイト様? もうお昼前ですけれど、起きていらっしゃるんですの?」
「あ、ああ! 今ちょうど起きた所だ。待たせてすまない、リサ、マリアーナ」
「それは構いませんけれど……あの、何をなさっているんですの?」
ベッドまで倒れ込んだ男2人と、それを青い顔で見つめる女2人。
扉を開けて入って来たのは、すでに起きていたマリアーナとリサだった。
怒涛の如く動いた先程の時間とは打って変わって、室内が水を打ったように静まり返っている。
「アイトさまって……そっち系なんだ……」
今の自分が女性陣にどう映っているかなど、アイトには想像する余裕が無かった。
ルークがもし自分の秘密をバラしてしまえば、今まで隠し通してきた努力も水の泡だ。
アイトは押しつぶされてジタバタともがくルークに、周囲に聞こえないようヒソヒソと話し掛けた。
(いいか!? 絶対に言うなよ!? 黙っているなら一緒に連れて行ってやる!)
(~~~~っっ!)
ルークが気絶する様に顔を傾けたのを、アイトは頷きと捉えた。
ゆっくりとベッドから起き上がり、息を整えて仲間達に向き直る。
「2人とも、ちょうど良かった。彼はルーク。衰弱して行き倒れているのを昨晩見つけて、ここで介抱していた」
「ま、まあそうでしたの。いやですわわたくしったら、てっきり……」
「しばらくは彼も一緒に行動することになると思うが、構わないだろうか?」
「え、ええ。構いませんわ。それよりアイト様。わたくし、至急お伝えしたいことがあって参りましたの」
「伝えたいこと? 何かあったのか?」
「よう。約束通り、情報屋を連れて来たぜ」
「マーゴス! それに……」
ルークからの情報ではない。フェリを救う為に、自分が紡いで来た手掛かり。
マリアーナの後ろからのそりと入ってきたマーゴスと、それに続いて顔を出した人物を見て、アイトは目を輝かせた。




