第91話 ルークの大冒険⑥
「!? もう1匹いたのか!?」
中央都市にまで響き渡るほどの咆哮を聞いて、下で戦っていたフリードもようやく事態に気付いた。
見上げた先には、山頂付近で王の如く鎮座する巨大なドラゴンと、腰を抜かしたルークの姿がある。
(あの大きさ……こちらのドラゴンの数倍はある……チッ、あっちが本命か!)
恐らくルークと対峙しているのが探していたドラゴンで、フリード達が囲んでいるのはその子供だろう。
鉱山のドラゴンが卵を隠し持ったまま逃亡し、それが昨夜の内に孵った――その推測を、フリードは一旦保留する。
(ドラゴンが2匹。やはりこの人数では足りない……!)
事情が推測できたからといって、状況の解決策にはならない。
襲い掛かって来る子供ドラゴンの対処で、こちらも手一杯なのだ。
鞭のようにな薙ぎ払われた尻尾を躱しながら、フリードは山頂に向かって叫んだ。
「1匹ずつ確実に仕留める! しばらくは耐えろ!」
(んなこと言われたって……!)
ルークは親ドラゴンを刺激しないよう、恐る恐る下の様子を見た。
フリードが不安定な岩を足場に、子供ドラゴンの攻撃をかわしながら毒針を放っている。
とても早期決着とはならなそうだが、生きるためにもルークは時間を稼がなくてはならない。
「く、クソ~……死んでたまるか! えいっ。とぉりゃ~~!」
ルークは親ドラゴンに向かって、事前にフリードから渡されていた針を投げつけた。
しかしあくまで護身用に持たされただけであり、使い方を教えて貰う時間があった訳ではない。
案の定、針はドラゴンを掠めることなく地面へ落ち、雪の中に紛れて見えなくなった。素人がいきなり針を投げて、急所に当てるなど不可能だ。
「………………」
「あ、あはは……今のはその、挨拶っつーか何つーか……」
ドラゴンはルークから視線を外さなかったが、動こうとはしない。
しかし鋭い眼光に宿る敵意を見るに、逃がしてくれる気も無いようだ。
フリードの真似などせずに手で持って戦った方が、まだ現実的――そう思ってポケットを探り、気付いた。
(ってヤベッ……針がねーぞ!?)
ルークは先ほどの勢いで、護身用の針を1本残らず投げ尽してしまっていた。
完全な丸腰。フリードはしばらく耐えろと言ったが、逃げなければ喰われて死ぬだけだ。
(オレ……死ぬのか……?)
逃げたいのは山々だが、腰が抜けて立てない。
先ほどの針も、腕だけを振り回して無茶苦茶に投げただけなのだ。
自分がとても情けない死に方をする様な気がして、ルークは悔しくなった。
(ライトニアみたいにはなれなかったなぁ。大盗賊ならこんなドラゴン、すぐ倒せただろうに。……そういやあの武勇伝にも、似たような話があったっけ)
祖母が語ってくれたライトニアの物語を思い出しながら、ルークは自分のポケットをもう1度探る。
――『ライトニアは、ドラゴンの耳の後ろから脳天へ向かって真っ直ぐにナイフを突き刺した。そこがドラゴンの弱点だったからだ』――
「……あった」
ポケットから取り出したのは、布でグルグルに巻いた1本のナイフ。
いつも大事に持ち歩いているそれを『使おう』などとは、考えたことも無かった。
何故なら数々の武勇伝を経験してきたそのナイフは、もはや何も切ることが出来ないほど錆び付いていたからだ。
(ばあちゃんの形見のナイフ。ばあちゃんはひいばあちゃんに貰ったって言ってた。でもこんな刃じゃ…………いや、やるしかない!)
切れない刃物など、形の悪い石ころと同じだ。
しかし、石ころでもないよりはマシ……ルークはナイフの柄を握り、一心不乱に駆け出した。
「うわああああ死んでやるうううう~~~~!!」
戦う意思とは裏腹な叫び声を上げながら、ドラゴンに接近する。
その時初めて、ドラゴンが反応を見せた。雪の上に座ったまま、両翼だけを大きく羽ばたかせたのだ。
「うわああああ死んだああああ~~~~!!」
生じた風圧に押し返された体が、豪快に後ろへと転がされていく。
たまたま雪の塊にぶつかったお陰で崖からの転落は防げたが、気が付くと手の中のナイフを落としてしまっていた。
「ああ! ばあちゃんの形見が!」
ナイフは石ころとしての威力すら発揮することなく、岩の隙間から崖下へと消えていった。
しかも運悪く、フリード達のいる足場がある方向ではなく、下が見えないほど高い急斜面にである。
最初は軽い金属音を立てながら転がっていたナイフの音も、しばらくすると聞こえなくなってしまった。
「グルルルルル……」
「や、やべ……」
いきなり大声を出したルークに怒ったのか、ドラゴンが鎌首をもたげながら唸り始めた。
しかし、今さら静かにした所でもう遅い。口を覆ったまま固まるルークに向かって、ドラゴンが牙をむく。
「――――――――――――――――!!」
「わああああああ!!」
先ほどと同じ咆哮。
鋭い牙が並ぶ顎を開けながら、ドラゴンが襲い掛かる。
ルークは避けることも目を閉じることも出来ず、死を覚悟した――しかし。
(……え? なん、だ……?)
ルークは一瞬、時が止まったのではないかと思った。
弓を射つような「スパンッ」という音がした後、ドラゴンが口を開けたまま静止したのだ。
そしてその音がする前には……ドラゴンの頭を下から斜めに貫く、一筋の光を見た気もする。
(う、ウソだろ……?)
うめき声すら上げないドラゴンの巨体が、徐々に視界の下へ下へと落ちていく。
そして回転する様に左翼、頭、右翼と崖の向こうへ消え、完全に見えなくなった。
「…………」
「あそこだっけ。中央都市アベイル」
「!? あ……あ……っ」
それと同時に、「周囲に音が戻った」とルークは思った。
まるで雪崩でも起きたかのような轟音が、遠い地上へと滑り落ちていくのがわかる。
先ほどの静けさが嘘の様に、今のルークには山間の風の音も――崖際に立つ黒装束の男の声も、聞くことが出来た。
「(死にそうな時は時間をゆっくり感じるってばあちゃん言ってたけど、ホントだったんだなぁ。……ん?) あれ? あ……ああ~! 形見のナイフじゃん!!」
すぐ近くに何か落ちる音がしたので見てみると、ついさっき失くしたはずのナイフが目に入った。
下に落ちた物が何故上から落ちて来たのかはわからなかったが、ルークは嬉しくて思わずナイフを拾い上げる。
「あれ? なんか汚れてる……それに錆の匂いも強くなって…………血?」
一瞬、ルークの脳内に1つの仮説が生まれたが、それはあり得ないと思い直す。
こんな切れ味の欠片もないナイフがはるか崖下から飛んで来て、ドラゴンの脳天を貫通するなど――不可能だ。
「あ、そうだ。すみませーん! もしかして、フリードさんに言われて助けに来てくれたんス……か……?」
いつの間にか、崖際から北を眺めていた男はいなくなっていた。
フリードの仲間だろうと思ったが、ルークの横を通らずして下へ降りることは出来ない。
崖の北側は地面までほぼ垂直に伸びる完全な絶壁で、辛うじて足場のある南側とは訳が違うのだ。
ルークは半信半疑で北側の崖下を覗き込むも、やはり壁伝いに降りていく無謀な人影は見当たらない。
「ここから飛び降りた……わけないか。暗殺者っつっても、人間がこんな断崖絶壁から飛び降りて無事でいられるはずねーもん」
「ホー、お前は暗殺者なのか」
「何言ってんだ。俺は盗賊見習いだ」
「帝国から入国したことはわかってイる。エルドリアに何を盗みに来た」
「盗まねーよ。オレ達はただドラゴンを……を……おおおお!?」
またも形見を落としそうになりながら、ルークは両腕をピンと上に伸ばす。
降伏のポーズを取らなければ、殺されていただろう。長い槍をルークの首筋に当てて睨みつける、鎧を着た獣人達に――。




