第88話 ルークの大冒険③
青き孤狼とは、正規ギルド、闇ギルド両方に通ずるフリードの二つ名だ。
半ば伝説化している深淵の魔手ほどではないが、山奥育ちのルークですら聞いたことがある程度には、ギルド界隈では広く名が知られている。
もっとも、正規ギルドでは一傭兵として登録されており、闇ギルドとはその功績も仕事のやり方も違う。裏の顔を知る者は、裏の人間だけである。
にも関わらず同じ二つ名が表の世界でも有名なのは、彼の名を広めようという信者じみた一派がどこぞの国に存在するから――という噂を、ハードルドは聞いたことがあった。
ルークには殆ど興味を示さなかったフリードだが、自分の代名詞を叫ばれたことで嫌そうに眉をひそめながら振り返る。フリードは自分のこの呼び名が、あまり好きではなかった。
「その名で呼ぶな。不愉快だ」
「えっ。なんで……ッスか? カッコいいのに!」
「おいこらルーク。なんで俺はおっさん扱いなのに、コイツには敬語使うんだ……?」
「カッコいい、か……子供は単純だな」
とは言いつつも、ルークの裏の無い言葉にフリードの雰囲気がほんの少し柔らかくなった。
二つ名が嫌いなのにはちょっとした理由があるのだが、褒められるのはそう悪い気分ではない。
「弟子入りする人間を探していると言ったな。何故だ?」
「ひいばあちゃんみたいな、強い義賊になりたいんス! ライトニアって知ってますか?」
「ライトニア……かの大盗賊か……」
「! 知ってるんスか!?」
フリードが、少しだけ考える様に目を閉じる。
大盗賊ライトニアは、150年ほど前にその名を馳せた女盗賊だ。
最新の情報については耳聡いハードルドも知らなかったが、フリードは心当たりがあるらしい。
ルークは嬉しそうに顔を輝かせる――誰もが知らないと言った曾祖母のことを知っている人間は、初めてだった。
「……俺の下に来るか? 弟子ではなく部下としてだが、やる気があるなら使ってやる。盗賊として悪い経験にはならないだろう」
「ほ、ほんとッスか!? 行きます! よろしくお願いします!」
「おいおいマジかよ……」
ハードルドはあからさまに「やめとけ」という雰囲気を出している。
先程まで警戒していたとはいえ、別にフリードを嫌っているという訳ではない。
ただ先程までルークに真っ当な生き方を説いていた手前、複雑な気持ちだというだけだ。
しかし、反対する理由もない。
自分は保護者でもなんでもないのだから、決めるのはルークだ。
「ならついて来い。行き先はヴェルヘルムだ」
「はい! ハードルドのおっ……にいちゃん! またな~!」
「またおっさんて言おうとしただろ……。まぁ、気ぃつけてな」
よほど嬉しいのか、ルークはハードルドに手を振りながら我先にと外へ飛び出した。
フリードは特に急ぐこともなく扉へ向かい、出口をくぐろうとしてふと立ち止まる。
「…………」
「あん? なんだよ、」
「正規ギルドには、「親子だった」と伝えておく」
「だるぇが親父だ!!」
ハードルドは思い切りツッコんだが、言い終わる前にフリードは店を出てしまった。諦めてため息を吐く。
ああは言っていたが、恐らく上手く報告してくれるだろう。直接殺しには来るが、姑息な真似はしない男だ――そうハードルドは思っていた。
「まさかヤツとこんな辺境で会うとは思わなかったぜ。最近は帝国の方で仕事してるって聞いたが」
青き孤狼がヴェルヘルム帝国を拠点に活動しているらしいという近況を、ハードルドは耳にしている。
だからこそ、久々に向けられた殺気には肝が冷えたが、会えたことを少しだけ嬉しくも思っていた。誰に言うでもないハードルドの呟きに、店主が頷く。
「ああ。俺も商品を頼まれた時は驚いたよ。なんでこんな田舎の店にってな。だがそれも、おめぇさんの相棒よりはマシさね。毎度いきなり来るから心臓に悪いったらねーや」
「相棒ねぇ……アイツが神出鬼没なのは、今に始まったことじゃねえよ。1ヶ月ぶりに顔を見せたと思ったら、ローグセリアまで行ってやがったこともあるし……」
「ナイフ。100本ね」
「はいはい、いらっしゃ……ひぃぁあ!?」
「……これだぜ」
いつの間にか目の前に立っていた青年を見て、店主は思わずカウンターの裏へ隠れる。
ハードルドは慣れているのか特に驚かなかったが、ナイフ100本という言葉に目を見開いた。
「100本も追加すんのか? オメー、大体使った後に回収して使い回してんのに……。次は何処だ」
「北西。いくら?」
「はひ!? ええっと……いつものでしたら、銀で50枚……」
「じゃこれ」
「ま、毎度どうも! すぐ取って参りやす!」
差し出された金貨1枚を受け取った店主が、逃げるように店の奥へ引っ込む。
ちなみに、お釣りを出さないのは暗黙の了解である。いつも「邪魔だからいらない」と言われるので、聞かないようにしているのだ。店主はこの珍客との会話を出来るだけ避けたいと思っていた。
「北西ってぇと、ヴェルヘルムの北の小国か。……なぁ、本当にこんなやり方で良いのか? 仕事すんなら、ローグセリアかヴェルヘルムにでも拠点を移せば良いじゃねーか」
「いいよ。大した手間じゃないし」
「大陸の端から端まで移動すんのがか? 俺はそうはいかねぇんだっつの。ったくなんだってこんなド田舎で仕事するなんて言い出したんだか……。割のいい仕事もねーし変なガキは来るし、碌なことがねぇ」
「楽しそうに見えたけどね。門番」
「暇なんだよ察しろ。……ま、確かにそんなに悪いことばっかでもねーけどよ」
「そ。嫌になったら好きに拠点移していいよ」
「待て待て待て! 俺が行きてぇとは言ってねぇだろ!?」
ハードルドが誰に会いたくて、わざわざ門番を買って出るのか。
知ってて「楽しそう」と言ったのかはともかく、2人とも現状に不満が無いなら、移動する理由もない。
「そういやさっき、『青き孤狼』に会ったぜ。3年ぶりくれぇか」
「誰だっけ」
「フリードだよ! 髪の青い針使い! いい加減に覚えてやれって……」
「ああ、あの『孤高じゃない狼』ね」
「……オメーが来る前に帰って良かったぜ、深淵」
知名度の割にどこか抜けている相棒の様子に、ハードルドがホッとしたように息を吐く。
もしこの男とフリードが顔を合わせていたら、うっかり殺し合いが始まっていたかもしれない。
何故なら彼の一言が相手の殺意に繋がることは珍しいことではなかったし、フリードはその最たる相手だったからだ。
「で、北西の方はどうすんだ? 俺も行くか?」
「ここにいていいよ」
「だろうな。ったく、『相棒』が聞いて呆れるぜ……」
諦めたように自分の頭を掻きながら、ハードルドはふと、旅立ったルークの無事を想った。
そして薄情な相方をチラリと見て考える。「少なくともコイツだけは師匠に向かねぇな」と……。




