第87話 ルークの大冒険②
「なるほどなぁ。婆さんが死んで、天涯孤独っつーわけか」
「おう! そういうわけだ!」
諦める気配のないルークを説き伏せようと、ハードルドはまず事情を聞くことにした。
ごく標準的な悪人であれば脅すなりねじ伏せるなりして追い返すところなのだが、相手はまだ子供だ。
行き倒れていたルークに食べ物を与えた店主といい、身の上話を聞いてやるハードルドといい、裏世界の人間にしては随分とお人好しである。
とはいえ店主の方は、とっくに店の奥へ引っ込んでしまっていた。
今日は来客の予定があるとかで、暇そうに見えて意外と忙しいらしい。
闇商店の隅で向かい合う様に椅子を並べて完全に居座るつもりの2人には、さすがに付き合いきれない。
「で、なんでわざわざこんな辺境に来たんだ? 闇ギルドなら首都ジーハスにもあるだろうが?」
「最初は首都を目指してたんだけど、色んな人に飯貰って道聞いて歩いてたらここに着いたんだ」
「……オメーの場合、ちゃんと関所を通って来ただけでも奇跡かもしれねーな。ま、ここにいるってことはどうにかなったんだろうが」
ルークの足取りを詳しく聞いたところで、きっとハードルドには理解できないだろう。
首都へ行こうとして辺境に着き、大賢者の家へ向かわせたのに闇ギルドの入り口へ辿り着く少年である。
「だがなんでまた闇ギルドなんかに用があんだよ? 義賊になりてーなら、地元でやりゃいいだろうが?」
「オレ、有名な盗賊に弟子入りしたいんだ!」
ルークは大盗賊への漠然とした憧れはあるものの、具体的に何をすればいいのかわからなかった。
盗賊ということは盗むのだろうが、旅の途中で見かけたおいはぎや物取りの様な真似はしたくない。
かと言っていきなり曾祖母の様に、ゴブリンの巣に侵入して無傷で財宝を盗み出したり、一晩の間に悪徳貴族のお屋敷から家財をごっそり運び出すなどという芸当が、不可能なのもわかっていた。
そうやってあれこれと考えた末、名のある盗賊に弟子入りするのが一番手っ取り早いのではないかと思い至ったのだ。闇ギルドへやって来たのも、有名人がいるに違いないという単純な理由だった。
「なあ、おっさんも闇ギルドに出入りしてんだろ? スゲー盗賊の知り合いとかいないのか?」
「俺はハードルドだ。いい加減におっさんはやめろ。盗賊の知り合いもいるにはいるが、アイツは別に義賊じゃねーしなぁ。それに今は新入りに下剋上されて、頭じゃねぇみてーだし……」
「弱いヤツじゃダメだ。男はやっぱ強くないと! なーなー誰かいねーのかよー? 盗賊じゃなくてもいいからさー」
「そう言われてもなぁ……ってなんでだよ! 盗賊になりてぇんだろうが?」
「なんでもやれるくらい強くなれれば、あとは自分で何とかする! なー、教えてくれよー。つーよーいーやーつー!」
ルークの考え方は、そう間違ってはいない。
曾祖母のような偉業を為し遂げるには、やはりそれだけの実力が必要だからだ。
大盗賊ライトニアがただ逃げ足の早いだけのコソ泥でないことは、ルークが1番よく知っている。
しかし間違ってはいなくとも、本業の人間にはさぞ甘えた考えに思えることだろう。物心がつく前に裏世界に入り、いつの間にか抜け出せなくなっていた……ハードルドからすれば。
「強いヤツなら、腐るほどいる。だが闇ギルドの人間に弟子入りするなんざ、まず無理だぜ」
「えっ? なんでだよ!」
「アイツらは足がつくことを極端に嫌う。足手まといの面倒を見たばっかりに、賞金稼ぎに尻尾を掴まれるなんて御免だろうからな。仮に弟子入りさせてくれる奴がいたとしても、囮に使われて終わりだ」
「……むー……」
何も知らない素人、特に子供が飛び込んで、簡単に生きていける様な世界ではない。
かくいうハードルドも、今まで何度死にかけたかわからないくらい危険な目に遭った。
ルークの様な純真無垢な少年に勧める気には到底なれない――ハードルドは不満そうなルークに、諭すように語りかける。
「なぁルークよ、わかっただろ? 闇ギルドってのは、そういう輩ばかりが集まってる所なんだ」
「……………………」
「義賊ってのは立派だが、世間から見りゃ盗賊と同じだ。人のためになることがしたいなら、正規ギルドへ行って傭兵にでもなった方がいいってもんだぜ」
「やだ」
「おいルーク……」
「やだ! オレは大盗賊になりたいんだ!」
ハードルドの経験ゆえの善意を、真っ向から否定する。
心配されているのは理解できたが、ルークとて盗賊というものについて考えなかった訳ではない。
子供なりに考えて考えて、結論を出した。たとえ世間に蔑まれようと、曾祖母の様に生きてみたいと。
「ばあちゃんも言ってた! 自分に恥じない生き方をすれば、それでいいって!」
「そりゃ……そうだがよ……」
「ふんっ、いいもんね! おっさんが紹介してくれないなら、自分で探す!」
「今日はやけに騒がしいな」
唐突に割り込んだ、3つ目の声――。
ルークの剣幕にたじろいでいたハードルドが、素早く立ち上がる。
そして警戒するようにジリジリと、ルークから距離を取り始めた。
しかしその目線は、ルークの肩越しから更に奥へと向けられている。
そんなハードルドの様子にキョトンとしながら、ルークは後ろを振り返った。
「わわっ? わぁぁ!!」
今度はルークが、ハードルドと同じように後退る。
店の入り口に1人、灰色のローブを着た人間が立っていた。
顔は見えないが、目深に被ったフードからは束ねた青い髪が垂れている。
「フリード! てめぇどういうつもりだ!」
「俺はただ誘拐犯を捕まえに来ただけだ。正規ギルドから依頼があったんでな」
「ケッ、白々しい野郎だぜまったく。俺があのまま座ってたら、殺ってたんだろうが?」
「バカを言うな、眠らせるだけだ。こちらの仕事で、そう簡単に殺しは出来ない」
「なら妙な気配飛ばすんじゃねぇよっ」
「? 何の話してんだ??」
2人は今、フリードがハードルドへ飛ばした殺気について話している。
しかし素人のルークにはそんなもの読み取れないので、ただただ首を傾げるしかない。
そんな疑問に答えるつもりもないのだろう。フリードはルークを一瞥した後、再度ハードルドを見る。
「それで、この子供はどうした? 誘拐でないなら、そう報告する必要がある」
「闇ギルドの連中に弟子入りしたいとかで、入り口で大騒ぎすっから引き離しただけだ」
「そうか。なら、俺は俺の用を済ませる」
そう言って、フリードは真っ直ぐ店のカウンターへ向かった。
すれ違う時にハードルドは少し緊張を見せたが、本当に捕まえる気は無いらしい。
「店主。いるか?」
「! ……へぇへぇっ。これはこれは、お待ちしとりました」
カウンター越しに声を掛けると、店の奥から店主が小走りでやって来た。
どうやら店主の言っていた来客というのは、フリードのことだった様だ。
「頼んでいた品を貰おう」
「へぇ、こちらです」
店主がカウンターに出した包みは、すぐさま灰色のローブの中へしまわれる。
フリードにとって、今回の依頼はついでに過ぎない。本命は商品の受け取りであり、元々ここへ来る用事があったのだ。
むしろこんな所に出入りしていることを正規ギルドに怪しまれない、いい口実が出来たとすら思っていた。
「なぁハードルドのおっさん。あの人、スッゲー強そうだな~」
「次におっさんつったら得意技の首打ちをお見舞いしてやる。……ま、強いな。『青き孤狼』なんて二つ名がつくくれぇだ」
「ええーー! 青き孤狼!?」
ヒソヒソとハードルドに話し掛けたルークが、いきなり大声を上げた。




