第86話 ルークの大冒険①
アルティミリア創世歴1696年。イグスロード大陸はかつてないほど不安定な時代の只中にあった。
約200年前に3代目勇者・藤野晃が張り巡らせた不可侵結界により統一戦争が終結し、大陸中が歓喜に湧いたのも今は昔。
戦争の発端となった王候貴族は健在で、巷では獣人狩りや奴隷商売が横行し、盗賊や魔物も増え続けていることを、人々は不思議に思っていた。
何故なら語り継がれてきた伝説によれば、勇者のもたらす平和とは「諸悪の根絶」であり、悪意の権化とされる魔物は珍獣並に激減すると言われていたからだ。
それでも、3代目勇者の偉業に異を唱える者はほとんどいなかった。
戦争による増税で飢えることも無ければ、自国の王に徴兵されることも、隣国の侵攻で親しい人を殺されることもない。
悪徳貴族や奴隷商や魔物のいる世界も生きやすいとは言えないが、関わらなければどうにか生きられるというだけでも、戦争中に比べれば格段にマシだったからだ。
そして、人々にマシだと感じさせる要因がもう1つある。
それは勇者によって滅せられるはずだった魔物や盗賊を退治する、傭兵や冒険者の存在だ。
彼等の仕事が増えたことにより、元は地域のお役所程度であったギルドは一大組織にまで成長し、いくつもの拠点を大陸各地に築くこととなった。
そしてそれは、常にギルドと表裏一体に存在していた闇ギルドも同様である。少なくとも、辺境の町アリナリにまで拠点を作る程度には、確実にその組織網を広げていたのだから。
「たのもー! たーーのーーもーー!」
「まーた来たのかてめぇは! 合言葉がなきゃ入れねぇって言ってんだろーが! あと、ココは夜しかやってねぇの!」
建ち並ぶ正規ギルドと宿屋の間にあるわずかな路地で、大柄なスキンヘッドの男と小さな少年が向かい合っていた。
そしてそんな2人の様子を、路地の入口から数人の住人が心配そうに覗き込んでいる。どう見ても柄の悪い男が、いたいけな子供をカツアゲしている構図だ。
「入れてくれたっていいじゃん! だってここは闇ギルうぐっ!?」
「アホ! それ以上言ったら、流石に息の根止めるぞクソガキ!」
慌てて屈み込んで相手の口を塞ぎながら、いつもとは文字通り毛色の違う来訪者に闇ギルドの番人は嘆息した。
ここは普段、昼間ですら人目につかない町の死角にあたる場所なのだが、こう大声で怒鳴り合っていては嫌でも目に付く。
もっとも、たとえ大声を出していなかったとしても、明るいオレンジの髪や筋骨隆々の大男という特徴を、目立たせない方が難しいのだが。
「クソガキじゃない! ルークだ! なんでわざわざ来たのに、おっさんの許可を貰わないといけないんだよー!」
「だーれーがーおっさんだ! こう見えてまだ17だっつの! お前みたいなヤツがホイホイ入って来られねぇように、こうして見張らなきゃならねぇんだよっ」
「俺みたいってどういう意味だよ! 聞いて驚け! なんとこのオレはなぁ、あの大盗賊・ライトニアの血を引いてるんだぜ!」
「大盗賊ライトニア??」
名前を聞いてもピンときていない男に対し、ルークは得意気に胸を張る。
幼い頃に両親を亡くしていたルークは、ローグセリアの山奥にある小さな村で祖母に育てられた。
その祖母が寝物語に聞かせてくれたのが、かつて義賊として名を馳せた大盗賊・ライトニアの物語だ。そしてライトニアとは祖母の母、つまりルークの曾祖母と同じ名前なのである。
祖母からそうだとハッキリ聞いたことは無かったが、同じくらい何度も聞かされた曾祖母の豪胆で奔放な武勇伝とも内容が似通っていたので、ルークは自分が大盗賊のひ孫だと信じて疑わなかった。
そして昨年秋にその祖母にも先立たれたルークは、曾祖母のような義賊となるべく旅立ち、迷ったり行き倒れたりしながらようやくこの闇ギルドに辿り着いたというわけだ。
「有名なヤツなら俺も知ってるはずなんだが……とにかく、ダメなモンはダメだ。合言葉は絶対だし、そうでなくてもここはお前みてーな小せぇ子供の来るところじゃねぇんだよ」
「……………………」
「な? わかったらさっさと帰れ。仕事が欲しけりゃまずは正規ギルドに……」
「おっさん。今、オレを小さいって言ったか?」
「だからおっさんじゃねぇっての……なんだ? まだ何か……」
「オレは! チビじゃ! ねええええーー!! やびぎるどに入でろぉぉぉぉ! うわああああーーーーん!!」
「ばっバカ野郎! 大声出すんじゃねぇ! あぁったく……仕方ねえ。ちょっとこっちに来い!」
男はルークを軽々と肩まで抱え上げると、路地を飛び出して町の裏通りへと走り去って行った。
闇ギルドには合言葉が無いと入れない――いくら焦っていたとしても、番人自らがその掟を破る訳にはいかない。
ちなみにこの一連の出来事は近隣住人によって、町の治安維持も行っている正規ギルドへすぐさま通報された。
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「はーなーせーー!! オレをどうするつもりだーー!!」
「おう、ハードルド。ガキを1人誘拐したって聞いたぜ。売るつもりなら良い商人を紹介してやるよ」
「情報が早えにも程があんぞ店主……」
カウンターの奥から出て来た細面の店主に渋い顔を向けながら、ハードルドは抱えていたルークを床へ下ろした。
ふくれっ面のルークは今にも逃げ出そうとしていたが、ハードルドに首根っこを掴まれているのでそれも叶わない。
路地から全速力で駆けて来たのは、町の外れにある古びた小屋だった。しかしその存在を知る町の住人が近付くことは、まずない。
何故ならこの小屋こそ闇ギルドに通じているともっぱらの噂であったし、実際に怪しい人間もよく出入りしているので、平穏な生活を望む住人には関わりたくない場所だったからだ。
「俺は奴隷商じゃねぇし、誘拐でもねぇよ。このガキが入り口で騒ぐから、人目につかねぇここに連れて来ただけだ」
ちなみに、この小屋が闇ギルドに通じているなどという事実はない。この噂は闇ギルドが意図的に流している偽情報というやつで、本当の場所を隠すための身代わりの様な役目を担っている。
と言っても、ここが闇商人の店であるという点では「関わりたくない場所」であることに何の違いも無い。客であれ、ルークの様にまんまとウソ情報を掴まされた人間であれ、ここに来る人間など所詮は訳アリなのだから。
「にしてもこのガキ……一体どうやってあの場所を嗅ぎつけたんだか……」
「俺からすりゃあハードルド、おめーも充分ガキだがな。ちなみに、場所は俺が教えた。行き倒れてたコイツにエサをやったら、懐かれちまってよ」
「この前はありがとなー、店主のおっちゃん!」
「はあっ? おい店主……いくらアンタだってそりゃあ、冗談じゃ済まされねぇぞ?」
ハードルドの雰囲気が一瞬ピリついたのを肌で感じ、不健康にやせ細った店主が肩を竦める。
通常、闇ギルドの場所や合言葉はほとんどの場合、既につなぎのある者に教えて貰うしかない。
世界各地に散らばる情報を取捨選択して場所を特定することは出来ても、そう簡単に入ることは出来ないのが闇ギルドの特徴だ。
それをその辺の子供においそれと教えられてしまっては、身代わりとしての意味がまるで無くなってしまうのだから、門番のハードルドが気色ばむのも当然だろう。しかし、店主にも言い分はある。
「まぁそう硬いこと言うなよ。合言葉までは知らねーんだ」
「そりゃそうかもしれねぇが、だからってなぁ……」
「おいおっさん! 店主のおっちゃんを悪く言うなよ。俺が迷わない様に、ちゃんと地図まで描いてくれたんだぜ!」
「おっさんじゃねぇっつの! あ~わかったわかった、今回のことはいい。アンタも色々大変だろうからな。しかし地図まで描くのは親切が過ぎるってもんだぜ」
「わかってくれて嬉しいぜ、ハードルド。だけどそいつは不慮の事故ってもんだぜ。まさか俺も、本当にあんな場所に闇ギルドがあるとは思わねーしなぁ……」
闇ギルド側からそれなりの対価を貰ってはいるが、こういった役目は危険も伴う。
ウソ情報だと気付いて大人しく帰る人間ばかりなら良いが、中には店主を脅して場所を吐かせようとしたり、腹いせに殺そうとする者もいる。
そのため、偽ギルドとしての役割を任されてはいるものの、店主は闇ギルドに出入りしたことも無ければ、秘密を守る意味でその場所も合言葉も知らされてはいなかった。
店先で大騒ぎする子供を厄介払いする為に仕方なく吐いた入り口も、長年ここで裏世界と関わった人間としてある程度目星をつけていた場所……とは遠く離れた、他人の家だ。たまたま辿り着いてしまったというだけで店主を責めるのは、気の毒というものである。
しかし事実として、ルークは見つけてしまった。先程ハードルドと言い合っていた路地こそ真の入り口であり、実は店主の予想とも概ね一致している。何故そんなことが起こったのか。それは……
「しかし驚いたな。まさか本当にあの性悪大賢者の家が闇ギルドだったとは」
「はあ? おい店主、そりゃどういう……」
「えっ? あそこって大賢者の家だったのか?」
店主とルークの言葉に、ハードルドがポカンと口を開ける。
ルーク8歳。生まれつき方向感覚に難はあったが、運だけは良かった。




