第89話 ルークの大冒険④
「っつーわけで、オレ様は最初『青き孤狼』の部下として修業を始めたんだ!」
「一体いつになったらヤツの話になるんだ……?」
闇商人の店を飛び出した所まで聞き終えて、アイトは我慢できずに口を挟んだ。
話の途中で何度ランプの火を取り替えたかわからない。ちなみにアイトが聞かされたのはアリナリの部分だけではなく、ルークが育った村を飛び出してからの一連の珍道中である。
「先輩の話ならもう少し先だぞ。オレ様の大活躍を聞いてこそ、先輩のスゴさが際立つってもんだ!」
「際立たせる必要は無い。要点だけ話せ」
「そうがっつくなよ~。先輩のこと気にしてない振りして、興味津々じゃねーか」
「なっ……ち、違う! 誰がヤツの話なんぞ気にするか! 強いというなら話を聞いていても損はないと思っただけだ。……それに、認めたくはないが…………補欠とはいえ、一応仲間だからな」
ルークの感想を反射的に否定はしたものの、気になっているのはバレバレである。
それがライバル意識によるものなのか仲間意識によるものなのかはさておき、知りたいとは思っていた。
間違っても、今までなんとなく聞き流していた『深淵の魔手』という二つ名を、心の底でカッコいいと感じていた――などと口に出すつもりはない。
いずれにしろ、とにかく強くなりたいと思っている今の自分にとって、強者の話は少なからず刺激になる。……という建前を、アイトはムリヤリ自分に信じ込ませた。
「んじゃ、次はオレ様が囮として国境警備隊に保護された話を……」
「出来るだけ省略してくれ。頼むから」
アイトはふと、窓の外を見た。空が少しずつ明るくなっている気がする。
もう今夜は寝られないかもしれない――そんな予感はしていたが、アイトは何故かルークの話に聞き入るのだった。
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商業大国ゲルトからヴェルヘルム帝国までの道のりは、ルークにとって楽な行程では無かった。何故なら齢8歳にして、初の不法入国を体験させられたからだ。
大森林の道なき道を昼夜問わず突き進み、国境線を見張る兵士の目を盗むための囮になり、正規ルートとは比較にならないほど多い夜盗や魔物に襲われ……とにかく驚きの連続だった。
2人とも正規の通行証を持っているのに、どうして関所を通らないのか――そんな質問にフリードがただ「近いからだ」と答えたことも、ルークには頭をガツンと殴られた様な衝撃だった。
「これは旦那様。お帰りをお待ちしておりました」
「ああ。留守中に問題は無かったか?」
「はい。首都からの定期連絡でも、特に問題はないとのことで御座います」
「やぁぁっと着いた~~……」
フリードに続いて部屋へ入ったルークは、絨毯の上でガクリと膝をついた。
出迎えた男は一目で執事とわかる服を着た老人で、上体をきちんと折り曲げて礼をしている。
夜遅くに着いた場所はルークの故郷と同じ山奥ではあったが、田舎者のルークが見たこともないほど大きなお屋敷だった。
しかし、「ここが目的地なのか」「なぜ旦那様と呼ばれているのか」「これからどうするのか」といったごく当たり前の質問を、ルークはしない。
追いつくのもやっとなフリードの移動に耐え抜いた結果、あれこれ質問する気力もないほど消耗していたからだ。「今更そんなことでは驚けなくなった」というのもある。
「ところで、こちらの少年は……」
「アリナリで拾って来た。体力とすばしっこさに関しては合格点だが、戦い方はこれからだな」
「左様でございますか。その年で合格点とは、なかなか見込みが御座いますなぁ」
「ごう……かく……?」
ルークは最後まで気付かなかった様だが、無理な行程は全てフリード流のテストだったらしい。
そもそもこの頃には既にヴェルヘルム次期宰相と呼ばれていたフリードであれば、警備兵を説得するまでもなく国境を素通り出来る。暗殺者としての実力をもってすれば、敵に見つからずに進むことも容易いだろう。
それをしなかったのは、どの程度ルークが使えるかを事前に知っておきたかったから……それと単純に、やる気の確認だった。もし途中で弱音を吐いたり諦める様なら、フリードは迷わずルークを置い行くつもりだったのだから。
(なんかよくわかんねーけど、オレってスゲー!)
「ですが1ヶ月留守にすると仰られた時には、みな驚きました。国外への御用でしたら、他の者に任せてもよろしかったのでは?」
「少し、種を撒きにな……。だがもう用は済んだ。後は任せた部下からの報告を待つだけだ」
(…………ん? なんだあの黒いの)
「あの白髪の若者で御座いますか? 少しばかり気性が荒いように思いましたが……」
「適材適所というやつだ。ヤツにも使い道はある」
「流石で御座いますなぁ」
「あ! ああーー!!」
よく理解できない会話をぼんやりと眺めていたルークは、急に腰を抜かして2人を指差した。
正確には、2人より向こう――バルコニーに繋がる開け放たれた窓の前に、男が1人跪いているのに気付いたからだ。
しかしそれを指摘する間もなく、窓の大きなカーテンが揺れ動く度に1人、また1人と何者かが部屋の中へと入って来る。
自分が叫ぶより前にフリードと執事がその状況に気付いていなかったら、ルークはとっくに逃げ出していたかもしれない。
「どうした。報告に5人も来るとは珍しいな」
「皇子殿下のご指示です。緊急の要件の為、すぐ動ける者全員で行けと」
「言え」
「はっ。今日の昼に北の大鉱山で見つかったドラゴンが、エルドリア共和国へ逃げ込みました。被害は拡大し、2日後には中央都市に到達すると予想されます」
「バカな……何故すぐに捕獲しなかった! 北の大鉱山は国境のすぐそばだ。逃がせばどうなるかわかっていただろう!」
「も、申し訳ありません。すぐに傭兵を手配しようとしたのですが、あの地域は正規ギルドが機能しておらず……我々が到着した時には、もう国境を越えていて……」
「帝都から手が回っていたのか。俺が留守にしている間に……やってくれたな……」
フリードは悔しげに眉を寄せながら、腕を組んで考え込んだ。
ドラゴンは基本的に、ヴェルヘルム帝国にしか棲息していない。国内に多くある鉱山が、その成長に適しているとされているからだ。
気性は荒いが、刺激しない限り他の生物に危害を加えることはしない。そんなドラゴンが町を襲ったとなれば当然、エルドリアは帝国の関与を疑うだろう。
(あの方の悲願を成就する為にも、他国との摩擦は避けなくてはならないというのに!)
フリードは暗殺者集団のリーダーだが、こういった公の事件では正規ギルドを通すようにしている。
帝国の中枢がほぼ暗殺者によって動かされている現状を国民に知られたくないというのもあるが、出来るだけ真っ当な国にしたいという主君の思いを体現したかったからだ。
しかしこうなってしまっては、正攻法は使えない。国軍ではまず入れないだろうし、別の正規ギルドから傭兵を派遣しても間に合わないだろう。それに正規ギルドの件と同じ様な、妨害も予想される。
(ここから行った方が早い……だが、この人数で対処できるか……?)
「あの、それともう1つ……ご報告したいことが……」
全員がフリードの結論を待つ中、部下の1人がおずおずと声を上げた。
上司の思考中は邪魔をしないというのが彼等のルールだったが、どうしても言いたいことがあるらしい。
ちなみにルークも質問したくてウズウズしていたが、見えない圧力でも感じたかのように押し黙っていた。とてもハードルドの時の様に、気安く声を掛けられる人種ではない。
「なんだ?」
「理由は不明ですが、エルドリアに深淵の魔手が向かっているそうです」
「ヤツが? ……1人でか?」
「はい。特に仲間は連れていないとのことです」
「……チッ」
自分がこの人数でいけるかどうか悩んでいるというのに、あの男は1人で向かったという。
それがたまらなく悔しく思えたのか、フリードは一層冷たい目で部下達を見渡した。射殺されそうな空気に、部下達が冷や汗を滲ませる。
「……行くぞ。お前も来い」
「へっ? あ、はい……」
深刻そうな雰囲気は伝わって来るものの、ルークには何の事かサッパリわからない。
そんなことよりも、また一晩中走らされるらしいという事実に、ルークはショックを感じずにはいられなかった。




