第84話 いつも通り
「くらえ必殺! 『正義の押し付け』!!」
金の光を纏う一閃が、幅1メートルほどもあるオークの胴体を横薙ぎに切り裂く。
断末魔と共に黒い霧となって消えていく魔物に背を向けながら、トドメを刺した勇者はその剣を鞘へと収めた。
「流石ですわアイト様!」
「きゃ~! アイトさまつよぉ~い! カッコいぃ~!」
「ふっ……神器の剣の力が目覚めた今、この私に死角はないっ」
仲間達の歓声に頬が緩みそうになるのを我慢しつつ、アイトはグッと拳を握りしめた。
神器の剣が大剣に変化してから、つまり真の力に目覚めてから、戦いがかなり楽になった気がしている。
フェリやアーストの様な援護や治療の出来る者がいないので、今後はかなりの苦戦を強いられるものと覚悟していたが、今のところ大きな怪我も無い。
「神器の力も、今や完全に引き出せていますわね。まさしく選ばれし勇者ですわ!」
「あたしを守りながら戦うアイトさま、と~ってもステキでしたぁ!」
「ありがとうリサ、マリアーナ。だがそのアストラールの光も、キミ達の美しい輝きには敵わない」
「まぁ、そんな……」
「やぁ~んっ、アイトさまったら~!」
これまでのアイトは、主力としてもマリアーナに一歩及ばず、フェリやアーストの様な派手な攻撃も出来なかった。
魔剣士レミリアに師事してから少しは戦えるようになったものの、現代っ子であるアイトが数か月修行したからといってすぐに達人並の剣術を扱えるはずもない。
経験不足はもちろんのこと、「向き不向きで言えば間違いなく、お前に剣士としての才能はない」と師に言わしめるほど、とにかく突っ込んで行く程度の実力しか無かった。
しかし今は、フォローなしでもそこそこ戦えている。サラリと臭いセリフを口にしながら、アイトは肩越しにのぞく神器の剣の柄を嬉しそうに眺めた。
(奪われた聖剣と比べて、神器の剣はかなり使いやすい! そして何より……光る!)
厳密に言えば聖剣も淡い光を帯びてはいたのだが、アイトほど純真でなくとも『より光る』ということに一層の特別さを感じる人は多いだろう。
腰に下げるのでは無く背中に背負う様になった大剣はかなり重いが、それすら心地良く思えてしまうほどアイトはこの神器の剣を気に入っていた。
「これからもあたしを守って下さいね? アイトさまっ」
「そういうのを足手まといと言うのですわ。戦えないなら戦えないで、後方支援くらいしたらどうなんですの? ここへ来るまでの間も、夜の見張りを任せれば途中で寝てしまうし、食材探しもすぐサボって……」
「やだぁ~姑みた~い。あたしはアイトさまの心の回復役なの。守っても貰えない誰かさんとは違うんですぅ~」
「あまりにも弱すぎる貴女と違って、アイト様はわたくしを対等に扱って下さっているだけですわ! 大体、心の回復役ならわたくしだって――」
リサとマリアーナはいつも、アイトがどんなにダメダメでも褒め称えては取り合ってきた。
それは変わらないが、リーダーとしての役目を果たしている今、好意も3割増しなのは間違いない――。
そう思ったのは、聖剣を失ってから神器の剣を扱えるようになった最近まで、アイト自身が少なからず引け目を感じていたからなのだろう。
(そういえば、2人とこんな風に会話するのも久々だな……)
2人とも、これまでの旅路をずっとそばで支え続けてくれた仲間だ。
なのに最近の自分はフェリのことばかり考えていて、以前の様に好意に応えることをしていなかった。
久々に頬を赤らめてくれる2人を見て、アイトはようやく自分の立ち位置を取り戻したのだと確信する。
フェリへの気持ちは変わらないし不謹慎なのもわかっているが、自分の為に争ってくれる彼女達のことも大切なのだ。
「ところで2人に聞きたいんだが、『正義の押し付け』という技名をどう思う? 英語はあまり得意ではなくてな……」
「そもそもリサ、貴女はいつも……えっ? あ、あら。わたくしは素晴らしいと思いますわ。エイ語というのは、よくわかりませんけれど」
「あたしも良いと思いまぁ~す! アイト様が叫ぶと同時に剣がピカーッと光ってシビレちゃいますぅ」
「そ、そうか? よし、ならやはりこれでいこう」
特別な力を手に入れたことが嬉しくてたまらなかったアイトは、敵を斬る時に必殺技……つまり掛け声をかけることにした。
記憶の片隅にあった英単語や当て字を組み合わせたのだが、意味はもちろんある。それは祭殿で戦い、初めて神器の力で退かせた敵・パルガスの言葉だ。
≪その剣は私に、『善意の種』を植え付けたのだ……あるいは、人の『悪意』を奪う力か……≫
アイトもあれから色々と試してみたのだが、神器の剣の効果についてはまだ確信を持てていない。
ハッキリしているのは、『人の心に作用する』ことと『魔物に対して必殺効果がある』こと、そして『物理的な傷を負わせることは出来ない』ということくらいだ。
ちなみにこの世界では、刃物として役に立たない剣を嫌がる者の方が多いのだが……普段から「出来るだけ生き物は斬りたくない」と思っていたアイトはむしろその効果を喜んでいた。
「本当に不思議な剣だ。悪人を改心させたり、戦意を削いだり……なんにせよ、人を傷つけずに済むのはありがたい」
その効果のほどは、最近やたらと多い盗賊との戦いで確認済みだった。
動きを封じようと斬っても傷一つ付かなかった男達はいずれも、しばらくすると何故か腑抜けた様に降参してきたのだ。
その理由は全員同じ、『やる気が無くなったから』――。ネーミングセンスはともかく、パルガスの言った通りの効果があるならこの技名もそれほど的外れではない。
「それよりアイト様、そろそろ日が暮れますわ。早く滞在している宿へ戻った方がよろしいですわよ」
「うっ……またあの町へ戻るのか……」
実はアイト達は今、事情があってとある町に滞在している。
目的地である帝都グランデから半日程度の距離にある、クエルノーツという町だ。
今いる所は修行という名目で、アイトによって半ば逃げ気味に外出してきたに過ぎない。
「あたし、お腹空いちゃいましたぁ。それにお風呂も入りたいです~!」
「そうだな……2人とも、付き合わせてすまなかった」
アイトはどうにも気乗りしない様子で、当たり一面に広がる岩海を名残惜しそうに見つめる。
丸一日ここで素振りをしていたのだが、岩陰から魔物がいくらでも飛び出してくるので訓練には最適な場所だ。
それに町を狙う盗賊も退治できるので、一石二鳥……むしろ「町から離れられる」ということも考えれば、アイトにとって一石三鳥くらい良いことだらけだった。
「もう少し修行したかったが、今日は戻ろう。そろそろマーゴスも帰ってきているかもしれないからな」
宿があるにも関わらずアイトが渋る理由はもちろんあるのだが、それでも野宿よりはマシである。
用事で別行動をしているマーゴスを待つ約束もある為、帰らないという選択肢はそもそも存在しない。
「ほらリサ、あの子はちゃんと連れて帰るんですのよ」
「少しくらい放っといても平気でしょ~。野生に帰る気ないみたいだしぃ」
リサとマリアーナのやり取りをなんとなく聞き流しながら、アイトが町へ向かってゆっくり歩き出す。
その様子を、今日一日ずっと大岩の上に鎮座していた小動物が目で追っていた。――祭殿でリサが「連れて行きたい」と言った白ウサギだ。
「そういえば、今日のエサはちゃんとあげたんですの?」
「多分ね~」
「そんなことでは困りますわ! 結局昨日もわたくしがエサをあげて、アイト様がお風呂に入れたんですのよ!?」
「ホント~? 忙しいから助かるぅ。今日もよろしくね~」
「あ・な・た・が・連れて行きたいと言ったのに、なんでわたくしが面倒をみるんですの!?」
アイトがふと振り返ると、白ウサギのいる大岩の前でリサとマリアーナが言い合いを始めていた。
大切な仲間を失った直後にも関わらず、勇者一行のハーレム模様はいつも通りだ。というより全員が、アーストの死を未だに信じ切れずにいる。
目の前でアーストの最期を見た訳ではないからということもあるが、何故か今こうしている最中も、そばで微笑んでいるような気がしてならなかったからだ。




