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第83話 隔たり


 ドラゴンを丸飲みにした髪飾りを回収した後、崩落事故の怪我人の治療やガルデンの襲来と立て続けに事件が起きた。

 要するに余裕が無くて存在を忘れていた訳だが、少なくとも失くしたことを慌ててしまうくらい大切な物には違いない。

 しかし、上から聞こえた「あ」の声に一縷の望みをかけて天井を見つめるフェリに、デュオが何かを言う気配はなかった。


「……ねえデュオ、もしかして何か知ってるの? なら教え…………ん?」


 催促すると天井の板が一枚外れ、上から小さな紙がヒラヒラと落ちて来た。

 フェリは片手でそれをキャッチすると、紙に書かれた短い文章を読み上げる。


「えーと、なになに? 『髪飾りは今ちょっと訳アリで、オレンジ頭のちびっ子が持ってるよ』……?」


 読み終えた瞬間、フェリのこめかみに青筋が立った。

 ルークが持っているというのは理解できたが、なぜ紙なのか。

 天井をキッと睨み付けるともう1枚落ちてきたので、乱暴にそれを掴む。


「もうっ、なんなのよ……『ちなみにアレは魔力を食べるんだけど、食べなくても髪飾りに戻るだけだから大丈夫~』ですって? そもそもなんで髪飾りが生きてんのよ! あれじゃ安心して髪に着けられないじゃな……えっ? ユリアナ!?」

「うぅ……」


 痺れを切らしたフェリが天井に向けて追及し始めると、テーブルの食器がけたたましい音を立てて床に落ちた。

 見ると青い顔をしたユリアナが、テーブルの向こうに倒れ込んで苦しんでいる――フェリは投げ捨てて駆け寄った。


「ご、ごめん。さっき叫んだのがいけなかったのかしら……大丈夫?」

「フェリ姉さまのせいでは、ありません……今日は少し、体調が良くなかったので……」

「どうして言わなかったの。とにかく横になりましょう、ほら捕まって」

「はい……ごめんなさい。生き生きしたフェリ姉さまを見ていたら、楽しくて……」

「生き生き?」


 フェリは助け起こしたユリアナをベッドに寝かせ、布団をかけた。

 急に熱でも出たかの様に荒い息を吐きながらも、その頬は僅かに緩んでいる。

 ユリアナにとって、デュオに会ってからのフェリの姿はとても眩しく見えていたのだ。


「はい……昨日までより、ずっと明るいです……。今が本当の……フェリ姉さまなのですね……」

「続きは明日ね。あんまり話さない方が良いわ。誰か人を呼ぶ?」

「いいえ。私のこれは……誰かに癒せるようなものでは、ないので……」

「そう……いいわ。状態が落ち着くまでここにいるから、安心して眠って」

「わかり、ました……。ローブの中身……また見せて下さいね……」


 そう言って微笑みながら、ユリアナは気絶する様に眠り始めた。

 フェリは少しだけ心配になって手を伸ばしたが、胸が規則正しく上下しているのを見てホッとする。

 伸ばしていた手でそのままユリアナの髪を撫でると、フェリは天井に向かって小さな声で話し掛けた。


「……デュオ。いるんでしょ?」

「いるよ~」


 先程まで頑なに出て来なかったのがウソの様に、気付けばすぐ隣にデュオが立っていた。

 フェリは開いたままの天井を呆れ顔で見た後、腕を組みながら溜息を吐く――やはり自分は、怒ってばかりいる。


「なんで紙なんか寄越したのよ? 直接言えばいいじゃない」

「ん~、ちょっと手が離せなくて……おっと」

「えっ? な、なに……!?」


 天井でコツンと物音がしたと同時に、穴から一本のナイフが飛んできた。

 デュオはそれを見もせずに指先でキャッチし、先端の向きをクルリと変えて天井の穴へ投げ返す。

 すると一拍後、うめき声と共に何かが倒れる様な音が聞こえた。フェリは怪しむ様な視線をデュオに向ける。


「……デュオ、本当にアークウェルに許可取ったの?」

「取ったよ? 城の中に潜んでて良いか聞いたら、「構わぬ」だって」

「じゃあなんで襲われてるのよ」

「単に俺様の名前狙いだったり、個人的な恨みだったり。とりあえずは今ので最後」

「名声に私怨……アンタの生きてる世界を考えたら、不思議は無いけど……」


 サラッとそんなことが言えるのは、慣れているからだろう。

 天井裏で行われていたらしい音無き戦闘を想像し、フェリは小さな不安を抱いた――デュオは暗殺者だ。

 会っている時の軽い口調や飄々とした態度で忘れがちだが、一度ナイフを手にすれば二つ名に恥じない手際で人の命を奪う。

 これまでに買って来たであろう恨みや、深淵の魔手を倒して名を上げたいという理由から、命を狙う者がいてもおかしくない。

 フェリは無性に、デュオが今までどんな生き方をしてきたのか気になった。天井の板一枚を隔てた向こうにある、自分の知らない世界について。


「フェリが気になるって言ってたの、その子? 具合悪そうだけど」

「ええ。アークウェルの妹なんだけど……なんだか放っておけないの」


 しかし聞けない。

 目の前の暗殺者はやたら自分(フェリ)に優しかったが、同時に感じている隔たりも気のせいではないとわかっていたからだ。


(価値観の違いというより、見ている物が違い過ぎる……。それはデュオが深淵の魔手だからなの?)


 暗殺者の存在については、必要悪だという考えは変わらないし嫌悪感もない。

 だが()()が自分の気持ちに素直になれない理由の1つでもあることを、フェリは自覚していた。

 人を傷つけたくない、殺したくないと思っている自分が、何の躊躇いもなく人を殺せる人間と心を通わせてもいいのだろうかと。


(って、なんで今こんなことを? デュオが人を殺すなんて、珍しいことじゃないのに……)


 再会したばかりなせいか、妙なことばかり考えてしまう。

 ユリアナを気遣う様にベッドへ手を添えながら、フェリは先程までの考えを振り払おうと頭を振った。


「フェリ?」

「なんでもないわ。ここにいる間は、せめてユリアナのことを気遣ってあげたいの」

「ふ~ん。でもフェリ、今日中にここから逃げるとか言ってなかった?」

「逃げたいけど、今日はやめとくわ。アイト達も無事みたいだし、ユリアナが心配だもの」


 フェリは今日こそ、ユリアナに全てを話して城を出るつもりだった。

 しかしこんなに辛そうな状態を見てしまったからには、放って逃げることなど出来ない。

 アイト達の無事もデュオから聞くことが出来たので、フェリは少しだけ心に余裕が出来ていた。

 下手に飛び出して、自分を探してくれているアイト達と入れ違いになってしまっては元も子もない。


「どっちにしても、アンタは脱走を手伝ってはくれないんでしょ」

「今のところはね。けど、あんまり感情移入はしない方がいいと思うよ? フェリのことだから、後で悩むと思うし」

「別れが辛くなるって言いたいの? 平気よ。落ち着いたらまた、会う機会もあるだろうし」

「……そっかそれならいいけど」

「? とにかくもうしばらく、ここにいるわ」


 言葉の真意が全く伝わらなかった様だが、デュオはそれ以上何も言わなかった。

 フェリは気付いていない。自分がこの国に何をしに来た人間で、敵がユリアナにとってどういう存在なのか。


(ま、わざわざ言う必要もないかな。最近元気なかったみたいだし。…………どのみち傷つくことになるなら、今でなくてもいい)


 せめて自分といる間は、フェリを苦しめたくはない。

 デュオにとってはそれが最も優先されることで、言ってしまえば他の事はどうでも良かった。

 アイトの大怪我も、攫われた理由も、フェリにこれから起こるであろうことも……全て知っていながら。


「それよりさ、この部屋なんかおかしくない?」

「おかしいって何がよ。部屋が薄暗いのは、ユリアナが興奮しない為らしいわよ」

「あのねフェリ、自分が魔術師だってこと忘れてるでしょ」

「べ、別に忘れてないわよっ」


 相変わらずハッキリと答えを言わないデュオにムッとしつつも、フェリは部屋を見渡してみる。

 いつも通りだ。皇女に相応しい内装や家具、ベッド――しかし順に視線を巡らして、ふと違和感に気付く。


「……この感じ……」


 誘われるようにウロウロと部屋を一周した後、またベッドの前に戻る。

 そしてユリアナを起こさない様に慎重に、枕の隙間に手を入れて中を探る。


「! ちょっと……これって……!」


 何かを探り当てた手と共に、ゆっくりと引き出した物。

 それを見て一瞬で深刻な表情をしたフェリを、デュオは黙って見つめていた。


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