第82話 ローブの中身
「では今、フェリ姉さまのお仲間の1人が……あちらにいらっしゃるのですか?」
「ええ、あちらにね」
デュオと少し話した後、フェリはいつもの様にユリアナの部屋へやって来た。
今日も来ると約束していたし、自分の事情についてやはり話した方が良いと思ったからだ。
ついでにデュオも付き添ってはいるのだが、ユリアナと3人でテーブルを囲んでいる訳ではない。
「結局隠れるなら、許可取った意味ないじゃないのよ……」
「あ、あの……よろしくお願いします。ユリアナと申します……」
デュオはフェリの部屋以外では、基本的に天井裏や壁の中に潜んで過ごすことに決めたらしい。
ユリアナが上に向かって深々とお辞儀をすると、天井からコンコンと返事の様な音が聞こえて来た。
(ていうか、本当にちゃんと許可取ったのかしら?)
フェリが風呂と着替えを済ませて部屋に戻ると、デュオは既に待っていた。
ガルデンは適当に捨てて来たらしく、アークウェルへ許可を貰うことも済ませたのだと言う。
しかし信じがたい速さではあるが、今もデュオが放置されている所を見るにウソではないのだろう。
ちなみにデュオ曰く、フェリの見張りは既に補充されているらしい。天井裏の殺伐とした雰囲気を想像すると、フェリは胃が痛くなった。
「それで、フェリ姉さま……今のお話は本当なのですか? 兄さまがフェリ姉さまをムリヤリに……」
「直接って訳では無いけど、そうなるわね。信じられないとは思うけど」
ユリアナは案の定ショックを受けた様だったが、倒れたりすることも無かったのでフェリは安堵した。
もちろん、脱走を手助けして欲しい、アークウェルへ探りを入れて欲しいなどと頼むつもりは毛頭ない。
ただ真実を話すことで、「自分は味方だ」と言ってくれたユリアナに応えたかったのだ。
「フェリ姉さまの仰ることを、疑ってなどいません。ですがどうして兄さまが……とても立派な方ですのに……」
「理由はあるんでしょうけど、本人に聞くのは諦めたわ。教える気は無さそうだし……。それよりユリアナ、今日は話のタネに変わった物を持って来たの」
「え? 変わった物……ですか?」
これ以上心配をかける必要はないと、フェリは少々強引に話題を変えることにした。
持って来たローブからいくつかの魔道具や魔法薬を出していくと、ユリアナの目が興味ありげに見開かれる。
「このローブは天井裏の『お仲間』が預かってくれてたんだけど、魔道具や魔法薬が入ってるの。流通してない物が殆どだから、見たことないんじゃないかしら」
「どれも見るのは初めてです……! フェリ姉さま、この緑色の瓶はなんですか?」
「それは作物を急激に成長させる魔法薬ね。家の作物を育てるのが面倒臭いからって私の師匠が作ったんだけど、旅では今のところ使ってないわ」
「何故ですか? これがあれば、旅の食べ物に困ることは無いのでは……」
「その薬を使われた土は、それから10年植物が生えなくなるのよ。そもそも師匠なら魔術で副作用なく作物を、しかも標準より数倍大きいものを育てられるから、お蔵入りになったの」
フェリがラキアに引き取られてすぐの頃、その魔法薬を誤って庭にこぼしたことがあった。
そしてその場所が、10年経った最近まで雑草1本生えない黒い土に変色していたことを思い出して、フェリは少しだけ懐かしい気持ちになる。
「そのような副作用があるのですか……慎重に使わなくてはなりませんね」
「ええ。自然の生態系を破壊したらマズいもの」
(でもフェリ、魔力制御の修行とか言って森とか破壊してなかった?)
「まぁ食料に関しては、大体は森や川で調達出来るもの。あんまり必要ないわね」
フェリは何か聞こえた様な気がしたが、ユリアナが気付いていないので黙殺する。
次にユリアナは、赤い棒状の魔道具を持ち上げて首を傾げた。先端にある丸い太鼓の左右に、木の実で作った振り子が付いている。
「ではこの、紐の付いた太鼓のようなものはなんですか?」
「それは確か『喧伝太鼓』ね。でんでん太鼓とかいう、こことは違う世界の楽器をイメージして師匠が作ったの」
「こことは違う世界、ですか……。お仲間の勇者様も、その世界から来られたのですよね?」
「そうね。同じ世界かはわからないけど、歴代の勇者は毎回何かしらの文化をこの世界に伝えているわ。楽器とか料理とか」
「では今の勇者様も、何かをこの世界に残して下さるかもしれませんね」
「アイトが? ……どうかしら」
今の勇者がこの世界に残しそうなものを、少しだけ考えてみる。
そもそもアイトは勇者として世界を救う以外のことは考えていないし、特に得意なことも特殊な技術もあるようには見えない。
思わず真剣に推理していると、フェリの耳に悪魔の囁き……もとい天啓が降りた。
(ヅラでしょ)
「ああ、なるほど。それはあるわね」
「はい? なんですかフェリ姉さま?」
「え!? あ……ううん、何でも無いわ」
人工的な髪を被る人間はこの世界にも既にいるが、アイトの持っているものほど完成度の高いものではない。
例の物を商会にでも提供すれば、爆発的ヒット商品が生まれるのではないかとフェリの師匠ゆずりの商魂が言っているのだが……流石に魂を売り渡せとは言えないので、不可能に近いだろう。
フェリは天井をチラリと睨んだ後、ユリアナから喧伝太鼓を受け取って音を鳴らしてみた。棒の部分を指の間でコロコロ回すように動かすと、振り子の木の実が太鼓の膜に当たりポンポンと軽い音を立てる。
「それで、この喧伝太鼓はどのような魔道具なのですか?」
「森の中なんかで使うと、近くの魔物を呼ぶ効果があるらしいわ。まぁ使わないわね」
「魔物……! ど、どうしましょうフェリ姉さまっ、音が……!」
「大丈夫よ。この音が聞こえる範囲に魔物がいないと効果がないの。あんまりにも小さい音だから、少しでも風が強いと聞こえないし」
「そうでしたか……よかった……」
(それ魔道具って言えるのかなぁ。フェリ、もしかして師匠さんに騙されてない?)
「……言われてみれば……」
「フェリ姉さま、他のものも見てみたいです」
「そ、そうねっ。じゃあドラゴンの卵なんてどう? ちょっと事情があって持ち歩いてるんだけど、滅多に見られるものじゃないわよ?」
「ドラゴンの卵……あの、怖くはありませんか?」
「ただの卵だから大丈夫よ。待ってて、確かこの辺に……あれ?」
ドラゴンの卵を取り出そうとして、フェリはあることに気付いた。
ローブの中を見る時、いつも目に入っていたある物がない。慌てて中身をひっくり返す様子に、ユリアナは疑問符を浮かべている。
「ここ? あれ? なんで……」
「フェリ姉さま? どうかなさったのですか?」
「どうしよう……!」
やはり無いことを確認したフェリは、ユリアナに返事をする余裕もなく立ち上がった。
そして天井裏どころか塔全体に響き渡るのではというくらいの声音で、その一大事を叫ぶ。
「髪飾りが無くなっちゃった! それに私……あの子に餌あげてない!!」
「あ」
デュオに貰った髪飾りが今どこにあるのか、フェリは聞いていない。
言い忘れていたことに気付いたのだろう、天井からは何か知っていそうな空気が漂って来いていた。




