第78話 曖昧な記憶
「だから……本当に知らないってば……!」
「それを俺が信じると思うのか? ああ!?」
銀封じの塔から城内へ入ってすぐ、フェリは案の定、最近の不審な睡魔について追及されてしまった。
苦しさに顔を歪めながら、フェリは自分の首を絞め上げるガルデンの腕を外そうともがく。
元はと言えば睡眠薬を仕掛けた自分に原因があるのだが、認めれば死、認めずとも死だ。
(どうなってんのよ! 私が逃げるのは阻止するけど、死ぬのは構わないってこと!?)
塔と繋がるこの廊下には普段から人が来ない。
にも関わらず、影の見張りが助けてくれる気配も無い。
殺しはすまいと高を括っているか、単純にガルデンを恐れている可能性もあるが――それならばフェリにも考えがある。
「っ……放して!」
「ぐ!? ああああ!!」
フェリはガルデンに向かって、思い切り衝撃波を放った。
と言っても戦闘時の様に、対象を囲んだ結界内で魔術を発生させるという殺傷力の高いやり方では無い。
ガルデンの正面に結界の一種である防護壁を生じさせ、その上から衝撃波を打ち付けるという当て身の様な技だ。
風圧によって吹き飛ばされたガルデンが壁に激突するのを目で追う余裕も無く、フェリは喉を抑えて咳き込んだ。
「けほっ、けほっ……悪いけど、いつまでも無抵抗だなんて思わないで」
「てめぇ……」
未だ完治していない体の包帯を忌々し気に握りしめながら、ガルデンが睨む。
怪我人に攻撃するのはフェリもいい気分では無かったが、壁に大穴を開けずに済んだことにはホッとした。
魔力制御は相変わらずでも、『まず結界を張って魔術を放つ』という戦い方が染み付いていたお陰で、加減出来たのだから。
「って、ちょっと……まだやる気なの!?」
「テメーを殺さねぇ理由があるかああ!!」
急に周囲の温度が上昇するのを感じて、フェリはガルデンが魔力を練っているのに気付いた。
しかし止める間もなく、弾ける様に吹き出した炎が通路いっぱいに広がり、全てを焼き尽くそうとうねる。
フェリは結界で間一髪それを防いだが、およそ戦闘とは無縁だったきらびやかな廊下は、あっという間に黒く焼き上がってしまった。
「っ……もうこれ以上、私に構わないで! 完全に逆恨みじゃないの!」
「ハッ、逆恨みだと……!?」
フェリにとっては、懇願にも近い抗議だった。
盗賊団を撃退しただけで、ここまで執着されては堪らない。
しかし傷を押さえながら壁に寄り掛かるガルデンは、それを鼻で嗤った。
本調子では無いのか鼻白んだのか、戦いを継続する様子を見せないガルデンを、フェリは訝りながら睨み返す。
「上手くあの王女に取り入ったみてーだなぁ? テメーのせいであんな体になったってのによ」
「……なに言ってるの……?」
何かおかしいとは思っていたが、どうやらガルデンは盗賊団のことで自分を敵視しているのではないらしい。
それを確信した後、フェリは気付いた――そういえば月明の滝で、何か気になる事を言われなかっただろうかと。
「……ねぇ、『銀に連なる者』って何なの?」
「!! てめぇ……!」
フェリは何となくした質問しただけだったが、どうやらガルデンの逆鱗に触れてしまったらしい。
先程までとは比べ物にならない殺気を感じて思わず後退ったフェリの肩を、一瞬にして距離を詰めたガルデンが掴む。
「知らないなんざ言わせねぇ!! じゃあ何か? 何も知らねークソ女の為に、俺達は犠牲になったのかよ!?」
「な、何を知らないってのよ……!?」
「魔力だ」
「え?」
「テメーらの魔力を増やす為に、俺達は………!」
「痛っ……!?」
先程まで傷口の包帯を握っていたからだろう、ガルデンの手についた血が、青いドレスの肩口に赤く染み込んでいく。
言っている事は未だに理解できなかったが、『魔力を増やす』『犠牲』――その言葉を聞いて、フェリの頭が小さく痛む。
≪フェリ……生き残ったのは……だけだ……≫
≪キミだけが僕の…………に……なる資格がある……≫
断片的な言葉が、脳の内側から波紋を広げるかの様に、響く。
フェリは記憶なのかすらわからない何かが、殻を割って出てこようとしている様な感覚を覚えた。
(なに……これ……)
知っている部屋、知っている声、なのにその光景だけは知らない。
しかしそれに対して感じたのは興味では無く、純粋な恐怖――深く考えようとする度にひび割れていく殻が、何故だか怖くて堪らない。
「知らない……そんなの……私には関係ない!」
「ぐぅっ!? ま、待ちやがれ……!!」
自分が魔術を放ったのかも直接押し返したのかもわからないまま、フェリは駆け出した。
傷を押さえてよろけるガルデンを振り返ることも無く、廊下を曲がり、階段を上り、戻りたくなかった部屋に駆け込み、扉を閉める。
「なんなのよ……私が……何したっていうのよ……?」
身に覚えのないことのはずなのに、フェリの心は何故かざわついていた。
魔力が高いと言われる一族に生まれ、その魔力を更に高めようとする父親の試みに耐えた幼少期。
しかし結局は見捨てられ、一族の跡を妹が継ぐことになったのを機に、自分は大賢者ラキアに引き取られた。
「犠牲になったって言うなら、私だって……」
それを言うならフェリ自身も、父親の非人道的な試みの犠牲者だ。
そもそもあの暗い部屋に閉じ込められていた自分に、誰かに恨まれる機会など無かった。
銀に連なる者というのがもしフェリの身内のことだったとしても、それはフェリの罪ではない。
――そのはずだ。
「もう、わけわかんないわよ……」
扉に記した魔法陣によって、誰も部屋に入って来ることは出来ない。
フェリはフラフラとベッドへ近づくと、血の付いたドレスのまま枕に突っ伏した。
≪ここにいるのは貴女の為にならない……生き延びる為に、ここを出なさい≫
枕に顔を埋めながらふと過ったのは、亜麻色の髪と紫の瞳を持つ、優しげな女性の顔だった。
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「や~っと来られた。フェリ、俺様のこと忘れてないといいけど」
明るい月に照らされた塔の上から、デュオは静まり返った城内を見下ろしていた。
肩に引っ掛ける様にして掴まれた紫のローブが、ほんの少し冷たい夜風を受けて揺らめいている。
「確かにここにいれば安全だけど、もう2ヶ月経つし。俺様も会いたいんだよね~……難しそうだけど」
ほとんどの人間は眠っているようだが、見回りの兵や宿直の侍女達の気配はまだ残っている。
だが『難しそう』と言ったのはそれが理由では無い。城のそこかしこに潜む『気配を感じさせない見張り』に対して言ったのだ。
「んー、フェリの部屋は……多分あそこかな? 5人も張り付いてるし」
デュオからすれば、隠していようがいまいがある程度の気配を感じ取ることは容易い。
そして気配があれば、それぞれの位置を把握できるのは道理――より複数の気配が固まっている場所、つまり見張られている場所に、フェリはいる。
(ま、行けるけどね。フェリもまだ寝てるだろうから、のんびり片付けて……ん? 動いたか)
城中に散らばっていた複数の気配が、急に目的を持ったように動き始める。
デュオの方も特に気配を隠したりはしていないので、向こうもこちらに気付いたのだろう。
フェリの見張りだけではない。いくつもの殺意が真っ直ぐ自分を目指しているのを感じて、デュオは笑った。
「もしかして、わざと気配を感じさせてたとか? だとしたら、ちょっと時間がかかるかもな~」
そう言って、普通の人間なら眩暈を起こしそうな高さの塔からデュオは躊躇なく飛び降りる。
額に巻かれたハチマキとは別に、その腕にはドラゴンの刺繍された布がしっかりと結ばれていた。




