第77話 小さな味方
朝日で白み始めた町の煙突からは、朝食を作る為の煙が少しずつ上り始めている。
そんな光景を、フェリは眠い目でぼんやりと眺めていた。ユリアナに会いに行くには、まだ少し早い。
「朝ごはん食べて、ユリアナの部屋で1日過ごして、またこの部屋に戻る毎日……はぁ」
脱走する際に割った窓ガラスは既に取り替えられ、持ち出した燭台は暖炉の上で元通り火を灯している。
この城に監禁されるようになってからかれこれ1ヶ月。ある程度は自由に城内を歩き回れるようになったが、それでも軟禁生活には変わりない。
(結局あれから金髪男との接触は無いし、かといって逃げる隙も無いし……)
手枷を外されたことで、フェリは『銀封じの塔』というユリアナの住まい以外であれば魔術を使えるようになっていた。
だが「配下には手練れが多い」というアークウェルの言葉通り、少しでも不審な動きをすれば即座に黒服の『配下』達に囲まれてしまう。下手な真似は出来ない。
不審な動きというのはつまり、窓を乗り越えようとしたり、外からきた商人に手紙を渡そうとしたり、厨房に忍び込んで下剤を調合しようとしたりと、そういうことである。
「そろそろ着替えないと。アレすごく時間がかかるのよね……」
今着ている寝間着のワンピースの方が動きやすいのにと思いつつ、フェリはすっかり慣れた手つきで部屋のクローゼットを開けた。
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「フェリ姉さま。今日はどんなお話をして下さるのですか?」
「う~ん、そうね……どんな話がいいかしら」
アークウェルと会ってからというもの、フェリは実に平和な日々を過ごしていた。
日がな一日紅茶を飲みながら、妹姫であるユリアナと他愛ないおしゃべりに耽る……。
アイト達が心配なのは変わらないが、フェリにとってはそれなりに心穏やかでいられる環境だった。
そこかしこから監視の目を感じはするものの、少なくとも、枷を付けられ監禁部屋でただ焦っていた頃よりはずっと良い。
「歴史の話をもっとお聞きしたいです。統一戦争を終結させた勇者さまのお話も、この世界を創った神々のお話も面白くて……」
「歴史って言っても、全部書物の話よ? 私の読んだ物語が事実とは限らないし」
「でも、私の知らないことばかりです。お勉強で読んだ歴史は、フェリ姉さまのおっしゃるような素敵なお話ではありませんでしたから……」
「まぁ歴史なんてその国に都合よく伝わっていくものだし、そこは仕方ないかも……。やっぱり読むなら歴史書よ。おススメはミエール・バッファの『イグスロード大陸の記憶と記録』ね」
「ふふっ、フェリ姉さまは博識なのですね」
毎日話す内に随分と明るくなったユリアナは、フェリを「姉さま」と呼び慕うようになっていた。
そしてフェリもまた、真っ直ぐに好意を示してくれるユリアナを可愛い妹の様に思い始めている。
アークウェルが来た時に『あんなこと』を考えた理由は、きっと監禁生活のストレスか何かだったのだろう――フェリはそう思うことにした。
「ユリアナだって色々詳しいと思うけど。美味しい紅茶の淹れ方とか、ドレスの着方とか」
「習慣の様なものですから……。フェリ姉さま、今日のドレスもとっても似合っています」
「ありがと……でもやっぱり苦しいのよね、息が」
フェリはここ最近、貴族令嬢の様な美しいドレスを着て過ごしていた。だが、決して着たくて着ている訳では無い。
普段着ていたワンピースに、燭台の先端で修復不能な大穴を空けてしまったからだ。
ローブは月明の滝の洞窟に置いて来てしまったので、着替えも無い。
「妙に膨らみがあって歩き難いし、ウエストは締め付けられるし……マリアーナったらよくこんな服で戦えるわね」
「フェリ姉さま? マリアーナさま、というのは……」
「仲間の1人よ。私と同じ年くらいで、いつも赤いドレスを着て戦ってるの。剣を振り回してね」
「まあそれは……とても豪気な方なのですね」
豪気と言われると少し違う様な気もしたが、気が強いタイプなのは間違いない。
フェリはふと懐かしむ様な気持ちで思い耽りそうになり、そしてハッとした。ユリアナの目に興味の色が浮かんでいる。
「え、え~と……そうだ! じゃあ今日は各国が作った歴史書の違いについて話を……」
「フェリ姉さま。私、姉さまのお仲間の話が聞きたいです」
「…………仲間の話、ね……」
話題を変える前にお願いされ、フェリは「しまった」と思った。
本音を言うのであれば、フェリだってユリアナに仲間の話を聞かせたいし話したい。
だがそれをしてしまうと、自分がどういう経緯でここに連れて来られたのかバレる可能性がある。
特に口止めされている訳ではないが、目の前にいる娘を実の兄がムリヤリ攫わせたのだと知ったら、体の弱いユリアナはショックを受けるかもしれない。
「あの……ダメ、でしょうか……?」
「……ううん、いいわ。じゃあ仲間達が、私の住んでいた師匠の家にやって来た所から――」
フェリは魔王の件や首都グランツに転移した時のことは省いて、平和の為に召喚された勇者と旅に出たという体で話を聞かせることにした。
出会いのこと、盗賊団のこと、修行のこと、出会った人達のこと……初めて聞く冒険話に、ユリアナは驚いたり喜んだりしながら身を乗り出している。
これはこれで体に負担が掛かるかもしれないのだが、思ったよりユリアナの調子が良さそうなのでフェリもつい話してしまう――これが良くなかった。
「そんな訳で、最初は苦労したのよ。戦い方も知らないし、ご飯も作れないし」
「けれど勇者様達は、世界を救う為にそれを覚えたのですね」
「アイトはとにかく真っ直ぐで、まさにザ・勇者って感じね。困っている人がいたら……放っておけない性格だし」
「? そうなのですか。一度お会いしてみたいです」
「話し方とかはちょっと強がってる感じがするし、軟派だけどね……不思議と人を惹きつける所があるのよ……」
「姉さま……?」
「リサは何考えてるのかわからないけど、足並みを崩したことは無いし……マリアーナはちょっと偉そうだけど、少しは仲良くなれたかな……って、思ってて……」
「フェリ姉さま、もう良いのです。……ごめんなさい」
本当はもっと話を聞きたかったが、ユリアナは乗り出していた体を引いて座り直した。
何故なら自分が興奮すればするほど、フェリの声が反比例するように弱くなっていくのに気付いたからだ。
ユリアナの表情を見て、フェリも手に持っていたティーカップを静かに下ろす――楽しい思い出を語るほどに、仲間が恋しくなってしまった。
「フェリ姉さま……私、本当はずっと気になっていたのです。この部屋へ来た時、どうして手枷をなさっていたのですか? どうして扉からではなく、屋根から……」
「それは…………あっ!」
悩みながら口を開いたと同時に、フェリはティーカップの紅茶をこぼしそうになった。
ガンガンと壊れんばかりの音を響かせ、ユリアナの部屋の扉が乱暴にノックされたからだ。
「ここにいるのはわかってんだクソ女! さっさと出てきやがれ!」
「げっ……わ、わかってるわよ! 今出ようと思ってたの!」
そして外からの怒鳴り声である。
クソ女という呼び方から察するまでもなく、思い当たるのは1人しかいない。
フェリは姿を見せない手練れに常時監視されてはいたが、最も厄介なのはその男――ガルデンだと思っていた。
(部屋へ戻る前に起きるなんて……抗体でも出来ちゃったのかしら?)
ガルデンは、フェリが自由に歩き回るのを良く思っていない。
軟禁されている部屋を少しでも出ようとすると妨害してくる為、こうして遊びに来るのも命がけだった。
時には下剤、時には睡眠薬などを仕掛けてその目を逃れていたが、ついにこの場所を突き止められてしまったらしい。
「ごめんねユリアナ! 話はまた明日」
「待って下さい、フェリ姉さま」
慌てて立ち上がるフェリの腕に、ユリアナがそっと手を添える。
強く引き止められた訳でもないのに、真剣な声にフェリもつい動きを止めてしまう。
扉を蹴破られるのではないかとハラハラしつつ、フェリはユリアナの目を見つめ返した。
「フェリ姉さま。もし、フェリ姉さまが何か悩んでいるのでしたら……相談して下さいませんか?」
「…………」
「私ではお役に立てないかもしれません。ですが私は……私はフェリ姉さまの味方になりたいのです」
「ユリアナ……」
話しても、良いのだろうか――優しく添えられたユリアナの手を、フェリはギュッと握りしめる。
ユリアナはまだ8歳で、巻き込めるような人間ではない。だが事情がある事を察した上で頼れと言ってくれたことに、フェリは嬉しさが込み上げてきた。
「……ありがとう。明日も来るから、少しだけ考えさせて」
「あ、あの、はい……! お待ちしています……」
自分でも大胆な言動をしたと気付いたのか、ユリアナが頬を赤らめながら下を向く。
一方、殺気が放たれている扉へ小走りに向かっていくフェリの顔は、少しだけ明るかった。




