第76話 解放と陰謀
「なるほど……皇帝軍がまさか、本当にこのような暴挙に出ていたとはな」
「とっとと放しなさい! 蹴り飛ばしますわよ!」
近衛騎士団と思しき蹄の音が聞こえてから半日が経ち、マリアーナ達はついに降参を余儀なくされた。
馬が村へ踏み込むと同時に物陰から奇襲をかけたのだが、事前に聞いていたよりも人数が多すぎたのだ。
(10人程度と予想していた騎士団が、まさか50人近い小隊クラスでやって来るだなんて……多勢に無勢ですわ!)
今もなお数人がかりで取り押さえられているマリアーナの様子から、かなり善戦したことは想像に難くない。
しかし村の男達が1人また1人と捕まり、最後まで戦ったマリアーナとマーゴスも結局は捕まってしまった。
しかも今となってはその小隊も、続々と集結した騎馬隊によって200人の中隊規模まで膨れ上がっている。
戦いの途中でやって来たリーダー格の男が、先に捕らえた村人の話を纏めつつ、マリアーナを見て煩わしそうに溜息を吐く。
「放してやれ」
「しかし宰相殿。この娘、放せばまた何をするか……」
「構わん。その時は俺が……いや、私が動きを止める」
実の所、村の入り口で整列する騎士達とマリアーナ達が戦う必要は全く無かった。
何故ならおびき出そうとしていた近衛騎士団は、目の前にいる謎の騎士団によって既に討伐されていたからだ。
それを突然の奇襲に応戦しつつ説明したにも関わらずこの態度なのだから、謎の騎士達が警戒するのも当然だろう。
「ふんっ」
緩んだ騎士の腕を思い切り振り払い、マリアーナは宰相と呼ばれた男を敵意満々で睨みつけた。
近衛騎士団をおびき寄せる為に焚いた、広場で轟々と燃え上がる炎に照らされた馬上の男――来てすぐに『フリード』と名乗った、青い髪の男を。
「あなた方、一体何者なんですの? まるで自分達は『皇帝軍』では無いと言いたげですけれど」
「事実、皇帝軍ではない。我々は首都におわす第一皇子殿下を筆頭に結成された……『解放軍』だからな」
「解放軍?」
深紅の布地に金の獅子が描かれた旗が、夜風を受けてはためく。
フリードによると、ヴェルヘルム帝国では今、2つの勢力が対立しているらしい。
もう何年も圧政を敷いているユベルギアスの皇帝軍と、打倒皇帝を掲げる解放軍だ。
ちなみにどちらの旗も同じ赤の布地だが、皇帝軍は黒い獅子、解放軍は金の獅子が描かれている。
「つまり我々は、皇帝とは敵対関係にある。国民を守りこそすれ、傷つけるつもりはない」
「解放軍と言えば聞こえは良いですけれど、結局は王位の簒奪ではありませんこと?」
「否定はしないが、それが国の為だ。率先して村を襲う皇帝の方が良いと言うのであれば別だが」
「ならなぜ、村が襲われたのに放っておいたんですの?」
「ひと月前、辺境の村が魔物に襲われたと聞いてすぐに部下を向かわせた。しかし村は完全に破壊され、人1人いなかったと報告を受けていたのだ。その頃にはまだ、墓もなかったのでな」
フリードがそう言って、炎に照らされたいくつもの墓を見る。
部下が駆け付けた時には村人全員が洞窟へ逃げていたので、完全に入れ違いだった様だ。
あるいはもう少し遅く来て墓の存在に気付いていれば、生き残りの村人がいることも容易に想像出来ただろうに。
「だったら、生き残った村人を保護してやってくれや。攫われた村人を助けるのも、手伝ってくれりゃありがたい」
捕縛を解かれた後も大人しく座っていたマーゴスが、初めて口を開いた。
挑発するような言葉を投げかけているその目は、フリード達に対し半信半疑であることを物語っている。
(驚いたぜ……まさかこんな野郎が宰相とはな……)
マーゴスは最初にフリードを見た時、どこかで見た事があるような気がしてならなかった。
だから今まで黙っていたのだが、暫く眺めてようやく、相手がかつていた業界で有名な人物だと気付いた。
青き孤狼・フリード――盗賊団の頭ガルデンにいつも仕事を回し、その実力は深淵の魔手に迫ると言われている男だ。
「アンタにそんな人情があるかはともかく、村人を見捨てるなら皇帝と変わりゃしねぇ」
「確かに。その通りだ」
本音を言えば、主にのみ忠誠を誓うフリードにとって村の1つや2つどうでも良い。
しかしその主はいずれこの国を背負って立つ人間であり、自分はその横で宰相になる人間……国民を守る義務がある。
「近くの町まで、村人達を護送しよう」
「おいおい、それだけかよ。故郷を離れろってのか?」
「村を復興しても、皇帝がいる限りまた同じ目に遭うだろうからな。打倒皇帝が成るまでは、辺境に居続けるよりも人の多い町に身を寄せていた方が安全だ。……ところで、お前は? 村民には見えないが」
「あ? ああ……俺ぁ……」
フリードがそれを聞くのも当然だ。
怪しいという意味では、成人男性の倍以上の巨体を持つ元盗賊も人の事は言えない。
下手に探りを入れた事で逆に疑われてしまい、マーゴスの目が泳ぐ――やってしまった、と。
「この大男は旅人ですわ。人相は破滅的に悪いですけれど、村の用心棒として雇われているんですの」
「! 嬢ちゃん、おめー……」
どう誤魔化すべきか考えたのも束の間、マリアーナがズイと進み出た。
焦りで頭が回っていないマーゴスでも、何が起きたのかは理解出来る――マリアーナが自分を庇ったのだ。
「……まぁいい。我々もあまり時間が無いのでな。国の行く末より村1つ守ることを優先したいのなら、お前も余計なことは言わないことだ」
「……おう」
ホッとすると同時に冷静になったマーゴスが、小さく頷く。
余計なこと――それは元盗賊としての素性を指している様でいて、フリードの正体を口外するなという口止めだ。
少なくとも、マーゴスはそう受け取った。恐らくフリードは最初から、マーゴスが誰かわかっていたのだろう。
「残った村人のいる場所へ案内しろ。祭殿とやらへも、部下を向かわせる」
「わかった。こっちだ」
少なくとも村の人間に対して、危害を加えるつもりはないらしい。
そう判断したマーゴスは、フリードを村人のいる洞窟へと案内した。
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「という訳で、村の人達は解放軍と共に行ってしまったのですわ」
「そうだったのか……何はともあれ、無事で良かった」
アイトとリサが朝方ようやく村に辿り着いた時には、既に村人も解放軍も町へ向かった後だった。
村長やエレナを含め、アイト達や攫われた人の帰りを待ちたいという村人ばかりだったが、時間が無いというフリードに却下されたらしい。
(攫われた人々のことを知ったら……村の人達は悲しむだろうな……)
アイトは村へ戻る道中で、加勢に来たという複数の騎士と遭遇したことを思い出す。
突然の事で信用は出来なかったが、攫われた人達のことを告げると騎士達は去って行った。
マリアーナの話とも辻褄が合う。恐らく今頃はその騎士達が、村の人達に真実を話しているだろう。
「ですが、わたくしは信じられません。大神官様が……アーストが亡くなったなんて」
「私もだ。まだ信じられない。……村の人達にも、謝らなくてはいけないな……」
「オメーらが気に病むこたぁねぇよ。村の奴らも、それなりに覚悟はしてたんだ」
目元を拭うマリアーナをアイトがやるせない気持ちで見つめていると、話を聞いていたマーゴスが控えめに口を挟んだ。
この村の住人ではないにせよ、少なくとも朗報を待っていたであろうマーゴスの意外な言葉に、アイトはほんの少し救われた気がする。
「マーゴス、お前は村の人達と一緒に行かなくて良かったのか?」
「オメーらに情報屋を紹介するって約束があんだろ。村の代表として、1人は残る必要もあったしな」
「まさか……その為に残ったのか? だが私は、交換条件である村人の救出に失敗して……」
「んなこたぁ問題じゃねぇよ。これは俺からおめーらへの、ケジメみてぇなもんだ」
「……すまない、助かる」
「そうと決まりゃ、早いとこ行こうぜ。弓使いの嬢ちゃんには悪ぃが、こっちも時間がねぇ」
そう言ってマーゴスは、ずっと廃屋の壁に寄り掛かっているリサを顎で示した。
夜通し歩いて疲れたのだろう。ウサギを抱いたままうつらうつらと頭を揺らしている。
ちなみにルークは村の入り口に着いた時点で、一旦捨て置かれた。すっかり小さくなった薔薇を頭に乗せ、今頃は健やかな寝息を立てているはずだ。
「時間が無い? どういうことだ?」
「知り合いの情報屋ってのが、そろそろ町を出るかもしれねぇ。この国にいること自体、珍しいからな」
「そうか……わかった。それで、どこへ向かうんだ?」
「帝都グランデだ。そこに闇ギルドがある」
「闇ギルド……帝都グランデか……」
皇帝のこと、失った人達のこと……考えなくてはならないことは山ほどある。
それでもアイトは進まなくてはならない。今度こそ仲間を……フェリを助ける為に。




