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第75話 失ったもの、増えたもの


 自分の剣が人を殺した――明らかにそう見える状況に、アイトはショックを隠し切れなかった。

 貫かれた胸からは金色の刃が飛び出していて、纏う光に弾かれる様に黒い霧がモヤモヤと揺れている。


「ぐぬぅ……ぐぐぐぐっ……」


 苦悶の表情を浮かべながら背中へ腕を伸ばしたパルガスが、柄を掴みながら乱暴に剣を引き抜こうとする。

 しかし、刺さっているのは神器の剣――アイトは動揺でおぼつかない足取りになりながらも、パルガスの背後へ周り込んだ。


「け、剣を抜くぞ!」

「なに、を……ぐああ!?」


 幸いなことに、パルガスは肉体を持たない。

 出血などを気にする必要も無いので、アイトは迷わず剣を引き抜く事が出来た。

 剣の刺さっていた部分を埋める様に、パルガスから噴き出していた霧が集まっていく。


「はぁっ、はぁっ……その剣……何かあるとは、思っていたが……神器の……!」

「そうだ。この剣は私にしか扱えない」


 自分で言ってちょっと嬉しくなりつつ、アイトは毅然と言い放った。

 パルガスはよろめきながらも崩れ落ちることなく、2本の足でしっかりと身体を支えている。

 不死身であるはずの英霊騎士(ゴースト)が苦しむ理由はわからないが、命があることにアイトは敵ながらホッとした。


「どうりで、ぐっ……おかしな力を、持っている……訳だ……。この私にこんな……()()()()()を、植え付けるなど……」

「植え付けた? どういうことだ?」

「まさか……自分の剣の力にも、気づいていないとはな……。その剣は私に、『善意の種』を植え付けたのだ……」

「善意の種?」

「あるいは、人の『悪意』を奪う力か……どちらにしても厄介なことだ」


 最初に足を斬りつけられた時、パルガスは膝をすり抜ける神器の剣に『温かさ』の様なものを感じ取っていた。

 そしてその温もりは、その後の戦闘でアイトの剣を受けている間に膝から身体へと染み渡り、パルガスの闘争心を徐々に削いでいったのだ。

 物理攻撃が効かない英霊騎士(ゴースト)にとっては、まさに天敵――パルガスは焦りを含んだ目で、復活しつつある部下達の鎧を見る。


(動けるようになるまで、まだ時間がかかる。……これまでか)


 人数にものを言わせれば神器の剣を無効化できる。それはわかっていたが、パルガスは諦める様に目を閉じた。

 身体は全くの無傷だが、胸を締め付ける様な予想外の感情に苦しめられている。部下達が動けるようになるまで戦えるほど、今のパルガスには元気も闘気も無かった。


「勇者……確かアイトと呼ばれておったか。貴公がこの先も皇帝陛下の意に背くというならば、いずれまた会うこともあろう」

「ユベルギアスが悪なら、私は戦う!」

「……今回は退かせてもらおう。目的の物もほぼ集まったのでな」


 そう言うと同時に、パルガスの足下に小さな魔法陣が現れた。

 見ると周囲の鎧達にもそれぞれ同じ文様が浮かんでいる。アイトはパルガスの持つ魔法石を見た。


「待て! その石を置いて行け!」

「手に入れた所で、貴公にはどうすることも出来ぬ」

「その石は……うわ!?」

「むぅ!?」


 咄嗟に駆け出そうとしたアイトの横を、鋭い線がすり抜ける。

 辛うじて避けたそれは、標的を定め真っ直ぐに飛ぶ一本の矢……それが、魔法石を持つパルガスの手に命中した。


「きゃあっ、当たった! アイトさま、褒めて褒めて~!」

「バカな! 石が……!」


、物理攻撃によって霧化した手から魔法石が零れ落ち、パルガスの目と腕が魔法石を追って彷徨う。

 しかし既に発動された魔法陣によって、パルガスとその部下達の姿は一瞬にして消え失せてしまった。


「消えた……のか? ところでリサ、今のはキミが……」

「や~ん、怖かったですぅ~!」

「り、リサ! 今は傷が……痛たたた!!」

「あたし、少しはお役に立てました~?」

「あ、ああ。もちろんだ。キミと……この剣のお陰で助かった」


 問答無用で抱きついて来るリサに応じつつ、アイトは神器の剣を眺めた。

 パルガスの言っていた力の意味はよくわからないが、これで戦える――アイトはふと、失った仲間のことを想う。


「……アストラール……」

「え? なんですかアイトさま?」

「この神器の剣に、アストラールという名前を付けようと思う」


 自力で神器をモノにしろと言ったアーストが、前に言っていた。

 何の為に剣を欲しているのか明確にすること、そしてほんの少し剣と仲良くなることが、神器の力を引き出す鍵だと。


(アースト……私がこの剣で、必ず仇を取る!)


 このやり方が答えになるかはわからない上に、言葉の意味に関しては正直うろ覚えだ。

 しかしアイトはこの神器をそう名付けることにした。どことなくアーストに似た名前を。


「とにかく、急いで戻ろう。マリアーナ達が心配だ」

「あ、あの~……アイトさま。お願いがあるんですけどぉ」

「ん? どうしたんだ?」

「そのウサギ、あたしが飼っても良いですか~?」

「ウサギ? この白ウサギを連れて行くのか……ん? リサが??」


 白ウサギに関しては、アイトも心の隅で気にはなっていた。

 まさかリサの口からそんな言葉が出るとは思わなかったが、最初からずっと横たわっている所を見るにウサギはかなり弱っている。

 しかも例の薔薇が興味津々な様子でウサギに向かって口をバクバクさせていとなれば……どちらにしても、放っておけば死んでしまうに違いない。


「ひど~い! どういう意味です~? あたしだって、大神官様が死んじゃって悲しんでるんですよ? 大神官様の代わりにそのウサギを大切にしようと思ったのに……グスン」

「い、いや……そんなつもりは無かった。そうだな、そのウサギは……アーストの形見のようなものだ」


 動物を飼いながら旅をするのは難しい。

 しかし失った仲間と入れ替わる様に現れたその生き物を、アイトも放っておく気にはなれなかった。

 リサは白ウサギを適当に抱き上げながら、すぐそばにあった長いものも一緒に拾い上げる――今まで気付かなかったが、アーストの杖だ。


「いざとなったら非常食にもなりますし~。あ、ついでに大神官様の杖も私が預かりますねっ」

「あ、ああ……わかった。よろしく頼む」


 形見と言うならむしろ杖の方なのではと思ったが、リサが自分からこんなことを言い出すのは珍しい。

 率先してウサギの世話と杖の管理をやりたいと言う仲間の言葉に、反対する理由は無かった。

 アイトが頷くと、杖とウサギを抱えたリサが残る問題――巨大な薔薇その他に目を向ける。


「そういえば、この子どうしますぅ?」

「……私が運ぶしかないだろうな。マリアーナ達のいる村まで」


 ルーク達が天井の穴を大きくしたこともあって温室内はまだ少し明るいが、じき完全に陽が落ちる。

 アイトは肩を落としながら、ゲッソリとやつれた様子のルークと、心なしか一回り小さくなった薔薇の生き物を見た。


「ええ~? 普通に歩いても村まで半日かかるのに、それじゃ1日近くかかっちゃいますよぉ? 置いて行っちゃいません?」

「怪我もしているし、何か理由があって来たのかもしれないだろう? 流石にこの薔薇は……どうすべきか判断に困るが……」


 出来れば連れて行くのは遠慮したいが、薔薇は今、取り上げられたウサギの代わりにルークを舐めまわしている。

 ルークを気に入っているのか捕食する為にまとわりついているのかわからないが、今のところ離れる様子は無い。


(……まぁ、勝手について来るだろう)


 結局、徐々に小さくなる謎の薔薇からルークを守りつつ、アイトは夜通し村まで歩く羽目になったのだった。


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