第74話 金色の剣
「その光、どうやらただの剣では無さそうだな。……しかし……むぅ……っ」
アイトに斬りつけられたパルガスの膝から、剣の軌跡に合わせて黒い霧が立ち昇っている。
しかし何故かパルガスは、足の様子には見向きもせずに苦い顔で自らの左胸を押さえていた。
一方、アイトの目は敵の様子を気にするどころか、自分の握る金色の剣に釘付けになっている。
(本当にこれが、あの神器の剣なのか!?)
腰に下げられる程度の大きさだった神器の剣が、今は両手でなければ持っていられないほどの大剣に変化している。
アイトは神器を見てそれはそれは嬉しそうに目を輝かせたが、すぐさま正気に戻るとパルガスに向けて剣の柄を握り直した。
「そんなことより、貴様のそれは何だ!」
「……私も、ただの年寄りでは無いということだ」
一応気付いていたのか、パルガスの足から吹き出す黒い霧にアイトは警戒を強めた。
霧はやがてうねりながら萎んでいき、膝の部分へと徐々に吸収されてしまう……敵は無傷だ。
「我々近衛騎士団は、皇帝陛下から直々に英霊騎士の名を賜っている。肉体を持たぬ、不滅の守護者としてな」
「肉体が無い……?」
それはつまり、剣での物理攻撃が無意味になるということだ。
せっかく神器の力が顕現したというのに、これでは肩透かしも良い所である。
アイトが何とも言えない表情を浮かべていると、パルガスは天井に大きく空いた穴を見上げながら呟いた。
「そろそろ、日が暮れて来た……」
穴から覗く空が、いつの間にか赤みを帯び始めていた。
射し込んでいる光は徐々に減っており、温室内の暗さがより一層不気味さを増している。
「そろそろ、私の部下達も目覚める頃だ」
「部下だと?」
「我々は不死身の身体と引き換えに、少々制限があってな。貴公の仲間が開けた大穴によって霧化していたが……じきに戻る」
周囲に転がっている鎧達が、黒い霧を集めながらカタカタと揺れ始めている。
それを見て肝がギュッと縮こまる様な感覚を覚えたアイトは、嫌な予感を払拭する様に大剣を構え直した。
「よくわからないが、すぐに決着を着ける!」
「焦った所で、貴公では私を倒すことはできぬ」
「倒す!」
アイトは初めて、攻勢に打って出た。
柄を握れば握るほど、自分の手に馴染んでいく様な気がする。
パルガスに反撃の隙を与えないよう、アイトは何度も剣を打ちつけていった。
「勇者には元来、大いなる力が宿っていると聞く。事実ならばその力、我が主君の為に捧げて貰おう」
「そうはいかない!」
一振り一振り全力で打ち込まれる大剣を、パルガスは難なく受け止める。
そもそも経験の差があり過ぎるアイトの剣技など、いくらでもいなすことが出来るのだ。
だが今、パルガスの調子はすこぶる悪かった。
余裕の応戦とは裏腹にその顔は青ざめ、疲れるはずの無い自分の息が少しずつ上がっているのに気付く。
(むぅ……何故だ……? 先程から、体の動きが鈍いような……)
思い当たるのはアイトに足を斬られた事だが、肉体の無い自分に傷など残ってはいない。
パルガスはアイトの剣が帯びている光を一瞥した後、一度だけ深く息を吐いて踏み込んだ。
「どうやらこちらも、早く決めさせてもらった方が良さそうだ……ぬん!」
「うっ!? クソッ……」
突如として振り払われたパルガスの剣が、何倍も大きなアイトの剣を弾く。
そして間髪入れずに繰り出される怒涛の剣撃に、アイトはまたも守勢に立たされてしまった。
二の腕、腿……剣で受け止める間もなく、身体に無数の傷が出来ていく。しかしアイトは諦めない。
「くっ……まだだ!」
剣から伝わる振動で腕が痺れるのを感じながら、アイトは大きく右へ飛ぶ――狙うのは剣だ。
下から狙いを定めた先程と違って高く振り上げられた剣が、金色の残像を残しながらパルガスの剣へと打ち下ろされる。
「甘い! そのような剣技で、皇帝陛下の近衛騎士を討てると思うてか!」
しかしアイトの大ぶりな剣筋を、熟練の老騎士は完全に見切っていた。
振り下ろされた大剣に沿って周回させるように剣を逸らしたパルガスは、逆にアイトの剣を絡め取る。
「アイトさま!」
「っ!!」
甲高い金属音と共に打ち上げられた大剣が、クルクルと回転しながら宙を舞う。
ついそれを見上げそうになったアイトだったが、後ろから聞こえたリサの声で反射的に倒れ込んだ。
そしてそんなアイトの肩を間一髪、トドメとして突き出されたのであろうパルガスの剣先が掠める。
(ダメだ、間に合わない……!)
だがせっかく避けたにも関わらず、アイトには無防備な体勢を立て直す時間が無かった。
パルガスは剣を突き出した姿勢のまま素早く手首をひねり、アイトへ向かってその刃を振り下ろす。
(ここまで……なのか……)
死を覚悟する間もなく固まったアイトの顔が、放心した様にぼんやりと上を向いた。
走馬灯の様なものだろうか。金色に光る輪っかがゆっくりと落ちてきているのが見える。
綺麗だな――そんなことを呑気に考えていた、次の瞬間。
「ああああああ!! そんなぁぁああ!!」
「ぐむぅう!?」
ゆっくりと流れていた時間が、急に動き出したように感じた。
頭に硬いもので殴られた様な衝撃が走り、痛みで視界が真っ赤に染まる。
(死んだ)
仰向けに倒れながら、アイトは確実にそうだと思った。
しかし無意識に動かされた手が、見苦しくも兜の位置を確かめる。
大丈夫だ、ズレてない――アイトは心の底から安心した。これで悔いは無い、と。
(……いや、死んで無いな)
確かに頭は死にそうなほど痛いのだが、少なくとも直前の絶叫には身に覚えがない。
自分の隣に、天井から落ちて来たらしき瓦礫の塊があるのに気付いて、アイトは悟った。きっとこれが頭に落ちて来たのだ。
チカチカと火花を散らしていた視界が少しずつ落ち着いて来た所で、アイトはまだ残る痛みに呻きながら体を起こした。
「うぅ……一体何が……」
「クエ~ッ、クエックエッ」
視界を覆うほど大きな赤い物体に、アイトはまだ自分の視力が戻っていないのかと思った。
しかしそうではない。目の前にいるのがジタバタと蔓を動かす異形の薔薇だと気付き、アイトの口が限界まで開かれる。
(な、何だ!? 魔物か!?)
あまりの巨体を見て本能的に声を押し殺したが、薔薇の魔物は特に襲い掛かって来る様子は無い。
そしてふと、視界の端に……赤い生き物の下敷きになる様にして、どこかで見た事があるような黒いものがはみ出しているのを見つけた。
(黒装束? まさか……)
薔薇の動きを警戒しながら、アイトは恐る恐るその黒い物体に近付く。
そして思った通りの服装の先にオレンジの頭があるのを見て、それが前に少しだけ会ったことのある少年だと思い出した。
「お前は確か……」
「ようやく……着いたッス……。これでオレ様は……深淵の魔手の弟子、に……ガクッ」
「お、おい!? 何故こんな所に……リサ、ちょっと来てくれ!」
最も会いたくない人物では無かったことに内心安堵しつつ、少年を引っ張り出そうとリサを呼ぶ。
しかしリサは動かない……薔薇の化け物に近付きたくないのは当然だ。そもそもアイトは、今がどういう状況かをすっかり忘れている。
「あ、アイトさま? 剣が……」
「剣?」
リサが恐る恐る指差した先に誘導されるように、アイトが顔を動かす。
そしてようやくすぐそばに、ついさっきまで自分を殺そうとしていた男がいるのを思い出した。
「ぐ、ぅ……一体、この剣はなんなのだ……!」
「なっ……パルガス!?」
驚くべきことが多すぎて、何が何やらわからない。
いつのまにか落ちて来ていた神器の剣が、パルガスの左胸を背中から貫いていた。




