第73話 何の為に
「ふむ、思ったほどの量は無かった様だな。あるいは先程の風の魔術で使い果たしたか……いやコレでは少ないのも当然だが、しかし……」
「アーストは……いない、のか?」
「アイトさまぁ~、待って下さいよぉ。……って何ですかここ?」
祭殿の温室に駆け込んだアイトの目に真っ先に飛び込んできたのは、天井から伸びた光の下に横たわる小さな白兎だった。
そしてそのすぐそばには、黄緑色の石を持った鎧の騎士が1人……少し遅れて入って来たリサも、目にした状況に眉をひそめる。
そして二人の視線を受けたパルガスは、さして慌てる様子もなくアイト達を振り返ると、やや高圧的な態度を滲ませながら口を開いた。
「……貴公らは何者かね? この祭殿は今、一般人の立ち入りを禁じているはずだが」
「ここにいるはずのアースト……仲間を探しに来た」
「仲間、か。なるほど。では先程の魔術は、援軍を呼ぶ為のものだったか」
「違う! アーストは私達に、『逃げろ』と言ったんだ!」
合図の意味を、アイトはもちろんわかっていた。
わかっていながら、背後でリサが呼び止めるのも聞かずに駆け出してしまったのだ。
にも関わらず、合図があったはずの部屋にアーストの姿は無い――アイトは迷わず、サレットから覗く老騎士の顔を睨みつける。
「アーストはどこだ」
「あの神官ならば既に逃げた。一足遅かったようだな」
「そんなはずは無い!」
荒い足取りで、アイトは真っ直ぐにパルガスへと近づいた。
しかし光の中に踏み込んだと同時に、周囲に見えた奇妙な物体に一瞬だけビクリとする。
天井からの光は白ウサギを中心に大きな円を描いていたが、その周り――光に照らされたギリギリの位置に、酷く朽ちた甲冑がいくつも転がっているのだ。
警戒と同時に恐怖を感じたアイトだったが、すぐに敵意を込めて目の前の老騎士へと向き直る。アーストに何かあったのは間違いない、そう感じていた。
「私は近衛騎士団の長、パルガスと申す者。して、君は?」
「勇者だ。連れ去られた人々と、仲間を取り戻しに来た!」
「勇者? ほう、これは面白い」
2人に全く興味が無さそうだったパルガスが、スッと目を細めた。
値踏みする様な視線に負けるまいと、アイトは顔を逸らさずに同じ質問を繰り返す。
「もう一度聞くぞ。アーストと村の人々をどうしたんだ!」
「そこまで知りたいならば教えよう。アーストという名の神官は、もうこの世におらぬ」
「な、に……?」
「時に、勇者とやら。貴公はこの石が、何だかわかるかね?」
そう言ってパルガスは唐突に、手に持っていた黄緑の石を見せるように持ち上げた。
しかしアイトには投げ掛けられた質問どころか、見せられた石の色すら頭に入って来ない。
アーストが死んだ――そんな受け入れがたい言葉だけが、頭の中をグルグルと渦巻いている。
「これは魔法石というもので、世界中の魔道具や魔術研究などに使用されている。では、『魔法石とは何で出来ているのか』……お嬢さんにはお分かりかな?」
「え? あたし?? ……魔力でしょ」
パルガスの手元をジッと見つめていたらしいリサは、急に話し掛けられたことに戸惑いつつも素っ気なく答えた。
魔法石は主に魔道具の材料として、時にはその動力としても使われる魔力の結晶体――アイトはともかく、この世界の住人なら当然知っていることだ。
「そう、魔力を形にしたものだ。では、『魔力とはなんなのか』……答えは『命』。採掘される魔法石は、大地が作り出す生命力の欠片の様なものなのだ」
今度は質問せずに自ら説明しつつ、パルガスは魔法石を持つ手をそっと下ろした。
単純にもう見せる必要が無いからなのだろうが、リサは何やら険しい目でその魔法石を追う。
「人間も同じだ。大なり小なり差はあれど、生き物は必ず魔力を宿しておる。魔術を扱う者には割と常識なようだが……聞いた事は無いかね? 『魔力と魂は密接な関係にある』と」
『魂』という言葉に秘められた恐ろしい予感に、アイトはハッと魔法石を見た。
これだけ長々と説明されれば、流石に誰の頭にも過る――『あの老騎士の手にある魔法石は、何で作られたのか?』と。
「まさか……その、魔法石は……」
「この国ではもう、かつての時代ほど多くの魔法石は採掘出来ない。しかし世界を戻す為には……」
「ふざけるなぁぁああ!!」
気が付くとアイトは、剣を手に踏み出していた。
頭が真っ白になっていた自らの剣が、目の前の老騎士へと真っ直ぐに突き出される。
仇を取りたい――その一心だけで突き出された剣だったが、しかしアイトがパルガスの肉体を貫くことは無かった。
「…………どうした? 刺さないのかね?」
「はぁ、はぁ……くっ! 勇者は……決して人を殺さない!」
胸の前スレスレで踏み止まった剣先が、まだ迷っているかのように震えている。
どう見てもなまくらなアイトの剣がそもそも全身甲の鎧を貫けるはずも無いのだが、パルガスはわずかに瞠目した。
「その魔法石は……アーストから吸い出したのか……」
「うむ、そうだ」
「そんな……そんなことの為にアーストを殺したのか! では村人は? 命を奪う為に、わざわざ攫って来たというのか!」
「その通りだとしたら、どうするのかね? ……そんな朽ち果てた剣で、私を斬ることは出来ぬわ!」
「ぐあっ!? くっ……うわっ?」
一瞬で引き抜かれたパルガスの剣がアイトの剣を弾くように払い、続けて放たれた剣撃をアイトがどうにか受け止める。
そのまま防戦一方の斬り合いを強いられながら、アイトは後ろでオロオロと弓を持つリサをチラリと見た――戦えるのは自分しかいない。守らなくては。
(頼む! 力を貸してくれ!)
神器の剣の柄を握りしめながら、アイトは願った。
重い剣撃を受け止める度に、神器の剣が纏っている錆びがポロポロと落ちていく。
このまま攻撃を受け続ければ、神器と言えどもやがては折れてしまうに違いない。
(お前は私を認めてくれた! 仲間達と同じ様に、私もこの世界にいても良いのだと!)
今でも勇者として接してくれるマリアーナやリサ。
必要なのは勇者であろうとする心だと教えてくれたフェリ。
そして、今はもういない……自力で認めさせれば良いと背中を押してくれたアースト。
仲間達と同じ様に、この神器も自分を認めてくれたのだ。勇者かどうかではない、少なくとも、この世界に生きる者として。
「もう二度と、誰も死なせない……! 仲間を守る為の力を、私に貸してくれ! うおおおお!!」
渾身の力でパルガスの剣を押し返し、神器を下げる様に構えながら突っ込む。
正直なところアイトは、人間相手に力を加減するような高度な剣術は持ち合わせていない。
それでも致命傷は負わせたくないというアイトに師匠が呆れ顔で教えた戦い方――それは。
(相手の利き腕を封じるか……足を狙う!)
パルガスのすね当て部分に狙いを定め、振り上げる様にスイングする。
渾身の攻撃と同時に驚きの声を上げたのは、パルガスとアイト、両方だった。
「む!?」
「なっ……これは……!」
確かに斬りつけたはずのパルガスの足が、黒い霧に包まれている。
そして錆にまみれていたはずのアイトの剣は、金色の光を帯びた大剣に変わっていた。




