第72話 光の先に見えたもの
「パルガス将軍。例の件を外部に知られる訳にはいきません」
「この男、どうやら1人旅の様です。今ここで……」
「待て。神官ならば『アレ』を集めるのに丁度よかろう」
騎士達のそんな会話の末にアーストが連れて来られたのは、礼拝室のすぐ隣にある中庭という名目の温室だった。
基本的に自給自足の祭殿では、このような温室で野菜などを育てることが多く、雨風を防ぐために窓ガラスも大きめに作られている。
しかし本来なら温室全体を照らすはずの陽の光は、適当に打ち付けられた板によって殆ど遮られていた。
祭殿の造りをある程度は把握しているアーストですら、ここがどこかすぐには思い出せなかったくらいだ。
(中庭……? こんな所で一体何を……)
わずかな光に照らされた植物が萎れているのを見た後、アーストは老騎士――将軍パルガスの背中に視線を戻す。
全く光が無い訳ではないので何も見えないという程ではないのだが、暗闇に浮かぶ紫の鎧は実に不気味だった。
「暗くて申し訳ない。ちょうど良い広さの場所が他に無くてな」
「祭殿を任されていた神官長はどうなさったのですか?」
「長寿祈願の祭司を務める為、今は都に行っておる」
「この祭殿の神官長が、都の祭司を?」
「皇帝陛下が直々にお命じになったのだ。断るわけにはいくまい」
「首都で行われる神事は、首都の神官が務めるものですが……そのような事もあるのですね」
そのような事は、あり得ない――口に出した言葉とは全く逆のことを考えつつ、アーストは穏やかに微笑んだ。
アルティミリア教は世界中に布教しており、今いる祭殿の様に近くの町村の祭事を纏めて担う所も多くある。
だが都ともなれば当然、町の中に祭殿があるはずだ。あえてこんな辺境の神官長を呼びつけることもそうだが、皇帝に関わる重要な神事が大神官の耳に入らない訳がない。
「ふむ……神官殿は、何やら我々を疑っておいでの様だな」
「私はただ不思議に思っただけです。皇帝陛下の長寿祈願という重要な神事があるのに、何故このような所に近衛騎士団がいらっしゃるのかと」
むしろ自分の方が怪しまれているのは承知の上だったが、アーストでなくとも疑問に思うはずだ。
近衛騎士団とは皇帝の側近。その長ともなれば、常に皇帝のそばで身を守る役目を負っているはず。行事があるとなれば尚更だ。
それだけの例外が起こる理由――村人の救出しか頭にないアイト達を悪いとは思わないが、アーストとしてはその辺も探りを入れておきたかった。
「周辺地域の魔物討伐も兼ねて、神官長が不在の間この祭殿の留守を守るよう我々は皇帝陛下に命ぜられたのだ。辺境への御心遣いに感謝されこそすれ、疑惑の目を向けられるいわれはあるまいて」
「では、後ろ暗いことは何もないと?」
「ない。……と言いたい所だが、どうも神官殿は心当たりがあるらしい」
穏やかな口調とは裏腹に険しい表情で振り返ったパルガスに、アーストは思わず立ち止まった。
いつの間にか庭園の中央に誘導されていたアーストの周囲を、5人の騎士達が一定の距離を空けながら囲む。
「……攫った村の人々はどこにいるのですか」
「やはりそれを探りに来たか……なるほど、村の跡地に向かった騎馬隊の帰りが遅いのはその為か」
「質問に答えて下さい。村が襲われてから、大勢の人間がここ以外に移動させられた形跡は無いという情報があります。理由があって攫ったのなら、どこかに閉じ込めているのでしょう?」
「こうは考えないのかね? 『もう用が済んだ』とは」
「……まさか……殺めたのですか……?」
マーゴスの予想していた通り、流石にそれだけは無いだろうとアーストも考えていた。
命を奪うつもりなら、攫ったりはしないはず……それはフェリの件でアイトを説得した際にも言ったことだ。
小さい建物とはいえまだ祭殿内を隈なく探した訳では無いし、村人が捕らえられている可能性は十分に残っている。
しかしアーストには、何故かパルガスの言葉が事実であると思えてならなかった。少なくとも祭殿内に、村人の気配はない。
「全ては陛下を、ひいてはこの国を守る為だ」
「国を守るべき皇帝直属の騎士が、国民を害するのは構わないのですか」
「国の礎は、皇帝だけではない。若い者にはわからぬだろうが」
「平和に暮らしていた村に火を放ち、罪のない村人を連れ去る正当な理由ですか? そんなもの、この先何年生きようとわかりたくありませんね」
「貴様! 将軍に無礼な口をきくな!」
微動だにせず突っ立っていた騎士の1人が、剣を引き抜きながら一歩踏み出す。
それをパルガスが手だけで制するのを、アーストは冷ややかに眺めた。怒りとも悲しみともつかない気持ちが胸の中でざわつく。
(やはりあの人の言う通り……世界はこのまま変わらないのでしょうか……?)
かつての友と袂を分かったのは、いつのことだっただろうか。
アーストはそれ以上は反論せず、静かに目を閉じた――責める資格はない。もしかしたら自分も、彼等と同類かもしれないのだから。
「それで、このような所に連れて来てどうなさるおつもりですか?」
「皇帝陛下直属の騎士団とはいえ、アルティミリア教団を敵に回すことは得策ではない。そのため階級の高い神官長は遠ざけたが……地方を巡礼している神官一人くらいであれば、隠すのも容易かろう」
通信機でほぼ毎日行っているアーストからの連絡が途絶えれば、パルテラル神殿は大騒ぎどころではないのだが、目の前にいる神官が誰なのかを騎士達は知らない。
自分を取り囲む周囲の気迫が高まるのを感じて、アーストも手に持っている杖に力を込めた。当然、抵抗はする。負ける気もしない。
「念の為に申し上げますが、そう簡単にはいきません。これでも戦闘経験は豊富な方なのですよ」
「なるほど。それは是非とも見せて頂きたいが……戦いにならなければ意味は無い」
「!? これは……!」
周囲の隙を探っていたアーストの目が、咄嗟に足元へと向けられる。
立っていた騎士達の足元を頂点にしていくつもの線が交差し、湧き上がる光の帯がアーストの体を絡めとっていく。
(魔法陣!? しかもこの術式は……)
魔法陣の光によって、薄暗かった温室の様子が今はハッキリと見える。
室内に生えていたはずの植物は全て刈り取られていて、魔法陣のある場所だけが綺麗に整地されているのだが……しかし今、それを深く考えている時間は無い。
「っ……せめて合図だけでも……!」
魔法陣の意味を瞬時に理解したアーストは、下からじわじわと巻き付いて来る光から逃れる様に杖を高く掲げる。
そして杖先に集まった空気の塊が吹き上がるように天井へと発射されたかと思うと、石造りの天井を派手に粉砕した。
「き、貴様! 何の真似だ!」
風の魔術の勢いに煽られたのか騎士達がよろめいたが、魔法陣の発動は止まらない。
地面から伸びて来た光の帯は既に、杖を持つアーストの腕にまでしっかりと巻き付いていた。
天井の大穴から覗く光に照らされて白い石の欠片がキラキラと落ちてくるのを見上げながら、アーストは合図の意味を強く念じた――『逃げろ』と。
(アイトさん、来てはダメです。せめてマリアーナさんと合流して立て直しを……!)
実のところアーストは、最初から自分1人で村人を助け出そうと思っていた。
待機しているアイトやリサを蔑ろにするつもりは無いが、たとえやる気があっても、今のあの2人に戦う力があるとは言い難い。
だからこそ偵察の名目で単身祭殿へ乗り込み、合図を出す前に村人と脱出するつもりでいたのだ。
しかし、状況は変わった。
一番の強敵であろう騎士団長がここにいるのであれば、戦力差があり過ぎる。そして自分は恐らくもう、戦えない。
――それなのに。
「アースト! どこだー!! リサ、こっちだ!」
決めていた合図は2つ。「来い」か「逃げろ」。
足の力が抜けていくのを感じながら、少しずつ近づく声にアーストはつい笑ってしまう。
「そう……でした……。貴方は、そういう方でした……」
どちらの合図を出しても、アイトなら必ず駆けつけてくる。しかもこんなに早く。
もしかしたら潜入した自分を心配して、結局近くまで来ていたのかもしれない。アイトならあり得る。
これでは作戦もへったくれもないが、アーストの心にはもう焦りも心配も無かった。戦う力の有る無しに関係なく自分を助けに来てくれた青年を、ただ信じたいと想う。
(アイトさん……貴方ならきっと、その剣にも認められますよ……)
アーストの身体が、膝から崩れ落ちる――あの勇者なら、変えられるかもしれない。
無意識に温室の入り口へと向けた視界が最後に捉えたのは、白銀にきらめく小さな光だった。
「ここか! アースト!」
祭殿の入り口からここまで全力で駆け抜けて来たアイトが、温室へ飛び込む。
しかし天井からの光に照らされていたのはアーストでは無く、紫の鎧を来た老騎士と……一匹の小さな白ウサギだけだった。




