第71話 警戒のわけ
「おい、金髪の嬢ちゃん」
「…………」
「作戦は頭に入ってんだろうな?」
「…………」
「チッ……おいアンタ、いい加減にしとけよ?」
アーストが新米騎士を騙くらかす日の前夜。
村の入り口に立ちはだかる様にして立つマリアーナに、マーゴスはイライラした様子で語気を強めた。
2人は村の男数人と共に、かつて焼き払われたこの村へ騎士団を誘い出し、救出の時間を稼ぐのが役目だ。
流石に男手全員を連れて来てしまうと洞窟の守りに不安がある為、腕に自信のある者を4人ほどしか連れて来られなかったが。
村の入り口では、騎士団に居場所を知らせる為にワザと大量の火を焚いている。アイトのいた世界風に言うならば、キャンプファイヤーに近い。
「俺を気に入らねーのは当然だろうがよぉ、必要な会話くらいはしてくれや。アンタにヘマやられて危険に晒されるのは、村のヤツらなんだぜ?」
「そのくらい、言われなくてもわかっていますわ。ふんっ」
しかし協力関係にあるにも関わらず、マリアーナはマーゴスに対する敵愾心を隠そうとしない。
そして信頼するマーゴスに不遜な態度をとるマリアーナに、村の男達も少なからずイライラしていた。
当然マリアーナも状況は理解しているはずだが、失敗の許されない作戦直前にこの空気は非常にマズイ。
「なぁマーゴスさん……本当に大丈夫なんですかい? この人に俺達を助ける気があるようには見えねーし……」
「仲間とかいう他の奴らも、祭殿には行ってないかもしれねーですよ? ひょっとして逃げたんじゃ……」
「勇者たるアイト様が、人助けから逃げるなんてあり得ませんわ!」
アイト達は昼間の内に、祭殿へと発った。
洞窟から祭殿へは半日ほどで着くのだが、騎士団に鉢合わせしないよう遠回りで進む為、早く出たのだ。
純粋に村人を助けようとしているアイトを疑われてムッとするが、しかしそう思わせたのは自分の態度が原因だ。
「あー、いや……この女の態度は別に良いんだよ。おめぇら向こう見張ってろ」
「マーゴスさん……わかりました」
やはり盗賊だった話は聞かれたくないのか、マーゴスが男達を遠ざける。
マリアーナは不服そうに離れる男達を複雑な目で見た後、背を向けて深呼吸した。
このままではいけない――こんな態度では村人だけでなく、アイトにも迷惑がかかる。
(何のためにこちらの役目を申し出たかはさて置き、アイト様の信念を忘れてはいけませんわね)
納得できない部分はあれど、自分とて困っている村人を見捨ようとは思っていない。
個人的感情はともかく、ここまでくれば協力する以外に無いということはわかっているのだ。
「アンタや獣人達を売り飛ばそうとしてたんだ、俺を信じろとは言わねぇよ」
「当然ですわ」
「だがまぁ、一応確認なんだが……アンタ、ちゃんと戦えるのか?」
「!! わたくしはあの時とは違いますわ!」
それ以上は黙れと言わんばかりに、マリアーナの剣先がマーゴスの鼻先に突き出された。
離れた所から、心配そうに様子を見ていた村人達の動揺の声が上がる――しかしマリアーナは剣をしまおうとしない。
「あの時、なぁ……俺ぁアンタに直接何かした覚えはねーんだが」
あの時とは当然、リーフの村でマリアーナを捕まえた時のことなのだが。
実のところマーゴスは、囮となったマリアーナを直接攻撃して気絶させた訳では無い。
「木の枝に引っ掛かってる所を連れて行こうとしたら、俺に斬りかかろうとしていきなり気絶したんだったか?」
あの時も囮作戦だったが、マリアーナはその服装が災いして、隠れようとした木の枝に絡まってしまった。
そしてあっけなくマーゴスに見つかり連れて行かれそうになるも、気の強いマリアーナは剣で反撃を試みる。
しかし、そこはまだレミリアの手解きも受けていないへなちょこ剣技。
剣はマーゴスを掠めることなく通り過ぎ、その勢いでドレスの裾を踏み、転んで別の木に頭をぶつけ、マリアーナは気絶した。
「勇者の坊ちゃんや魔術師のねーちゃんはともかく、アンタにそこまで恨まれる理由はねーと思うが……」
結局のところマリアーナは、勝手に気絶して勝手に捕まったのだ。
もちろん、捕まえて売り飛ばすつもりだったのは誤魔化しようの無い事実なので、単純に悪党が許せないと言われればそれまでなのだが。
「とにかくだ。自分から囮役を買って出た以上は、ある程度戦って貰えなきゃあ困るぜ」
「あの時とは違うと言っていますでしょう! 敵を倒す術もちゃんと会得していますわ!」
「そうかい、それなら俺も文句はねぇよ。じゃあな」
「お待ちなさい! ……貴方、勘違いしていますわ」
「あん?」
「わたくしが貴方に捕まったのは、わたくしが弱かったからですわ。そんな事を逆恨みするほど、わたくし器の小さい人間ではありませんことよ」
「……つまり、アンタのその態度には別の理由があるってぇワケか?」
さっさと持ち場に戻ろうとしたマーゴスは、マリアーナの意味深な言葉に足を止めた。
マリアーナが何の為に、敵対心を抱く自分と一緒に戦う側を選んだのか……単純に興味があった。
「正直、思い出されたくも無いのですけれど……はっきり言っておきますわ。アイト様には言わないで欲しいんですの」
「だから、何をだよ?」
「決まっていますでしょう!? 木の枝に引っ掛かっていたあの時! あの時わたくしが、か…………」
「か?」
「~~っ、か、かぼちゃのパンツを穿いていたことをですわ!!」
「……ああ?」
全く予想外の言葉に気の抜けた声が出るのは当然だが、マリアーナの表情は鬼気迫っている。
しかしハッキリ言って、マーゴスはそんなもの見ていない。ドレスが捲れ上がっていたのは覚えているが、気にも留めていなかった。
仮に見ていたとしても、果たして記憶に残っただろうか……確かに少々珍しいものではあるが。
「アイト様にバラしたらただじゃおきませんわよ!」
「いや……知らねぇんだが……」
「まあ! やっぱり言うつもりですのね!? 見張っていて正解でしたわ!」
「あーあーわかった忘れる! 言わねぇからちゃんとしてくれ!」
見てもいないものを見なかった事にしろというのも理不尽だが、今は時間がない。
何故ならマーゴスの耳はこの時、遠くからわずかに響く馬のいななきを捉えていたのだから。
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(どうにか入れはしたものの、村人達はどこにいるのでしょう……?)
見張りのサムに案内までしてもらったアーストは、集中したいからと1人で礼拝室に入った。
アルティミリア教信者の礼拝が長いのは常識なので、しばらくは自由に動いても気付かれないだろう。
(攫った人々を閉じ込めておける場所などあったでしょうか……この祭殿にそこまで広い部屋はありませんし)
各地にある祭殿は大きさや形まで細かく定められている為、大体同じ造りをしている。
パルテラル神殿であれば聖堂や修行堂など広い部屋もあるが、ここは簡易的な儀式を行うだけの小さな建物だ。
祭殿ではこの礼拝室が最も広い部屋のはずだが、あるのは古びた長椅子と正面の聖女像、入り口に飾られた甲冑のみ。
アーストは聖女像に向かって一度だけ祈る動作をした後、独り言にしてはやや大きな声で呟いた。
「……お祈りはまた今度にした方が良さそうですね」
「おや、何故かね?」
さして驚きもせず、アーストは静かに振り向いた。
そしていつの間にか後ろに立っていた騎士にニコリと会釈する。
「てっきり、後ろから襲いかかられるのかと思っておりました」
「ほう、儂に気づいていたのか」
「礼拝室に甲冑なんて置きませんからね。人が入っているとは思わなかったので、少々驚きましたが」
「それは悪いことをした」
腰に古びた剣を携えた老騎士は、穏やかな物腰でゆっくりと頷いた。
かなりの高齢に見えるその騎士と入れ替わる様にして、入り口にあった甲冑が消えている。
(そう、人が入っているとは思いませんでした……)
相手の落ち着いた様子にアーストも冷静な態度を崩さなかったが、内心では疑問だけが渦巻いていた。
礼拝室に入った時から甲冑の不自然さには気付いてはいた。しかし、『人間を素通りした』つもりはない。
「ちなみに、捕らえられた人々はどちらでしょう?」
「そう焦らずともよい。貴殿もこれから同じ場所へ行くのだ」
礼拝室の扉が開き、数人の騎士が駆け込んでくる。
すっかり取り囲まれてしまったアーストは、特に焦った様子もなくゆっくりと両手を上げた。




