第70話 救出作戦開始
「どうしても、祭壇で祈らせては頂けませんか?」
「極秘の任務につき、誰1人通すなとの命令です! ……うぅ、すみません」
まだ日の高い真昼間――獅子の描かれた皇帝旗を掲げる建物の前で、1人の神官が1人の見張りを困らせていた。
気の毒なのはこの見張りが騎士になって日の浅い新米であり、敬虔なアルティミリア教信者でもあったことだろう。
上司率いる騎馬隊が戻るまで門の前に立っているだけで良かったはずなのに、なぜか聖職者の相手をする羽目になってしまったのだから。
「そうですか……仕方がありませんね。騎士団の安全の為、門を守るのが貴方のお役目。私の様に怪しげな者を通すわけにはいかないでしょう」
「いえその、神官様が怪しいと言っているわけでは……」
「よいのですよ。全てはこの私、神官アーストの至らなさが招いたことです」
アーストに言わせれば、怪しいのは騎士団の方である。
ここは各地に建立されているアルティミリア教の祭殿の一つで、いわゆる教会のようなものだ。
基本的に神官が一人は常駐しており、近隣の町村の冠婚葬祭や旅人の休息所としても使われる為、普段は比較的気軽に入ることが出来る。
しかし今は皇帝の勅命の下、騎士団による完全封鎖が行われているのだ。アーストがまだ神殿にいた1ヶ月以上前から、大神官である自分に何の断りも無く、である。
(マーゴスさんの言う通り、捕えられた人々がここにいる可能性は高いでしょう……この辺りは他に大きな建物はありませんし)
この地域は辺境というほどでは無いが田舎で、神殿の利用者もそれほど多くはない。
おかげで人目には付きにくいのだが、これだけ物々しい雰囲気であれば「何かある」と言っている様なものだ。
表向きは周辺の魔物討伐の為に駐留しているということだったが、それならばどうして人の出入りを禁止する必要があるのかという疑問もある。
もちろん実際にどうであるかは、確認してみないことにはわからない。自分から潜入を申し出たアーストは、何としてでも中に入る必要があった。
「封鎖されている時期に来てしまったのも、また運命。神が私に、この祭殿で祈ってはならぬと仰っているのでしょう」
「な、なるほどそうでしたか。神様がそう仰るなら仕方ないですよね」
新米騎士がホッとした表情を見せる。
まるで抱えていた罪悪感が和らいだかのようだ。
(なるほど。攻め所はそこですか)
もちろん神や聖女が何と言おうが、ここで引き下がるつもりは毛頭ない。
とにかく穏便に中へ入りたいアーストは、ここぞとばかりに畳み掛ける。
「しかしおかしいですね、神が祈りを拒絶なさるなどあり得ないことです」
「どういうことでしょうか?」
「もしかすると神は、私を危険から遠ざけようとなさっているのかもしれません」
「危険、と申しますと……」
「例えばこの祭殿に、人々に仇なすよからぬ輩が巣食っているとか」
「ひ、人々に仇なす? それは……」
「ああ、これは出過ぎた事を申しました。帝国を守る騎士様が駐留なさっているというのに、国民である私に危険などあろうはずがありません」
「…………」
新米騎士が、気まずそうに目をそらす。
もう一押し――そう思ったアーストは、静かにその場で跪いた。
「し、神官様!? 一体何を……」
「神がおわすのは、祭壇だけではありません。入れないのであればせめて、ここで騎士団の皆さまの健康をお祈りしましょう」
「え……ここで!?」
「貴方はお優しい方ですね。お名前はなんとおっしゃるのですか?」
「は? じ、自分は……サムと言いますが……」
「そうですか。サムさん、ご安心ください。貴方に悪気はないのだと、神にもそうお伝えしておきましょう」
「ど、どういうことでしょうかっ?」
「神よ……たとえこの荒れ果てた地で私が魔物の糧となろうとも、私の生きるはずだった分だけ騎士団の皆様をお守り下さいますよう。私を見捨てたサムさんを罰したりなさいませんように……」
「見捨てる!? いっいえいえ! そんな罰当たりなことは全く……!」
「しかしご存じの通り、この辺りは魔物が多く、一番近い村でも半日はかかります。やっとの思いで辿り着いた祭殿で休息も出来ないのであれば、野たれ死ぬか……あるいは弱った所を魔物に……」
「うっ……」
新米騎士の同情を含んだ目が、地面の上に跪くアーストの身なりを見る。
ヨレヨレのローブは所どころ薄汚れていて、体が弱いのか顔立ちも青白い。
(さぞや大変な道のりを旅して来られたのだろう……きっと徳の高い神官様に違いない……!)
そんな神官が地元民しか来ないような田舎の祭殿にやって来たというだけでも、その予想を確信させるには充分だった。
ちなみにローブの泥はアーストが門に来る直前に自分で擦り付けて来たもので、顔立ちに関してはある特殊な魔術でぼんやり見えているだけである。
「す、少し休むくらいだったら……」
「……よろしいのですか?」
「は、はい。団長が帰るまででしたら」
「ありがとうございます。ではお邪魔致しますね」
気が変わらない内にと、アーストはにこやかに、しかし素早く門をくぐる。
こうして気の毒な見張りサムは、敏腕スパイと化した大神官にまんまと騙されたのであった。
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「アイトさま、上手く入れたみたいですよぉ~?」
「ああ、だが少し心配だ。アースト1人で大丈夫だろうか」
「今更ですよぅ。大丈夫じゃなかったら、作戦が失敗しちゃうじゃないですかぁ」
アーストが祭殿に入って行く様子を、アイトとリサは高台にある岩陰から見ていた。
周囲には身を隠せるほど背の高い草木は少ないが、隆起した地面や大きな岩が多いので、気付かれずに様子を窺うにはうってつけだ。
「それはそうだが、作戦の要はアーストだけじゃない。最悪の場合、私達2人だけで村人を助け出す事も考えなくては……。囮になったマリアーナ達の為にもな」
「ブロンズはどうでもいいですけど、あのゴツイ人がいれば大丈夫じゃないですかぁ~?」
マリアーナはマーゴスと共に、主な騎士団をおびき出す役目を負っている為、ここにはいない。
てっきりこちらの救出チームに加わるものとアイトは思っていたのだが、マリアーナが自分から囮役を買って出たのだ。
マーゴスを強く敵視している様に見えたマリアーナがそちらを選んだことは不思議だったが、確かにあまり戦力が偏るのも良くない。
信頼できる仲間が別の役割を担ってくれることは、アイトにとっても安心できることだった。
ちなみに現時点で言うところの『戦力』とは、アーストとマリアーナのことである。
「リサ。キミもマリアーナが強いことは知っているだろう? ……ところで前から気になっていたんだが、『ブロンズ』とは何なんだ?」
「金ピカ羊の呼び名です~。フェリとあの黒装束の人が付けたんですよ~?」
「黒装束? ……アイツか」
黒装束と聞けば、嫌でも思い出す。
元は自分の言った「ブロンド」が原因だとは知りもせず、アイトは途端に不機嫌になった。
(フェリが大変な時に……ヤツは一体何をやっているんだ?)
アイトはデュオに対する感情を、未だに整理できていなかった。
憎むほど何かをされた訳でもないのに、口を開けばケンカ腰の言葉しか出て来ない。
からかわれた様に感じることもあったが、その言動には何か気付かされた様に感じる事がある気も……しなくはない。
性格も、どういう人物で何を考えているのかも全くわからず、とにかく捉え所がない――しいて言えば、そこが気に入らない。
(だが、アイツは強い……私にヤツの半分でも力があれば、フェリを連れ去られることも無かった)
少なくとも、嫉妬はある。それはアイト自身も理解していた。
自分には倒せない魔物を一撃で仕留めるくらい強く、より長い時間を共に過ごす自分より――フェリに近い。
(だが、これからは違う。強くなるんだ。いつか貴様を越えてやる!)
今の自分には、裏付けされた自信がある。漠然とした不安を抱えていた以前とは違う。
アイトは腰に下げた剣の鞘を握りしめながら、祭殿でもうすぐ起こるはずのアーストの合図を待った。




