第6話 大賢者の弟子
「なんでこんな事になったのかしら……」
生い茂る木々の1つに寄り掛かりながら、フェリは疲れ切った様に肩を落とした。陽のすっかり沈んだ暗い森の中で、月だけが周囲を淡く照らしている。
森の中と言っても、ここはいつもの大森林では無い。ヴェルヘルム帝国領土内の小さい森の1つに、追っ手を撒く為に逃げ込んだだけだ。
居場所がバレないよう、焚火をすることも控えなくてはならない。
「込めた魔力の分だけ移動できるんだっけ? フェリ、ローブ外さない方が良かったかもね」
「し、仕方ないでしょ。ローブ着てると魔術自体使えないんだもの!」
木の上で太い枝にのんびり転がっているデュオに、フェリは半ばやけ気味に言い訳する。
師ラキアから与えられたローブは、実はフェリの魔力を抑える為に作られたものだった。
外出時は常に身に着けるようラキアから厳命されており、外して魔術を使用すると大変厄介なことになる。
例えば、闇ギルドの酒場を破壊したり、思ったより遠くへ転移してしまったりと、そういう事だ。
「結構デカい魔力を持ってるって聞いたことはあるけど、ホントだったんだ?」
「……そうよ」
へたり込む様にして、フェリは木の根元に腰を下ろした。
静まり返る周囲に少しだけ肌寒さを感じ、小さく膝を抱える。
「私、生まれた時から魔力が大きかったの。それで両親と色々あって……6歳の時に師匠に引き取られたわ」
両親は自分を見放した――10年経った今でも、その事実だけは薄れることなくフェリの心に突き刺さっている。
魔力は一族の後継に必須ではあったが、御しきれない自分より、結局は扱い易い妹が選ばれた。それほどに疎まれ恐れられる魔力を、フェリは持っているのだ。
「師匠は魔術について色んな事を教えてくれたけど、魔力の制御が出来ないから、結局使えないのよね」
それでも、今回は出来ると思った。
炎や衝撃波を生成する訳でもなく、魔力を込めるだけで良かったからだ。
なのに、失敗した――フェリは普段やらかした時以上に、へこんでしまっていた。
「……えっ?」
フェリが少しずつ俯きかけた時、視界を赤くて丸い物が掠めた。
すぐ傍を転がるそれを拾い上げて、フェリは思わず木の上に顔を向ける。
「これ、木の実じゃない……どうしたの?」
「さっきそこで見つけたヤツ。食べていいよ」
「……ありがとう」
「どーいたしまして」
いつの間に採って来たのだろう。フェリは木の実を親指でなぞりながら、月明りに照らされた光沢を眺める。
(こういう時だけ、やけに静かなんだから……)
お腹は空いてるハズなのに、今はまだ、食べる気にはならない。
そんなフェリの気持ちを察しているのかどうなのか、デュオは普段の軽口からは想像出来ないほど無口だった。
「……ごめんね、巻き込んじゃって」
「別にいいよ。て言うか、使おうって言ったの俺様だし」
「それも否定はしないけどね。……でも、ごめん」
デュオが誘ったにせよ、使おうと決めたのは自分だ。
そして自分が魔力を制御出来ていれば、この状況は避けられた。
(それでも今は、落ち込んでいる場合じゃない)
責任に押しつぶされそうな自分を奮い立たせ、フェリは顔を上げた。
自らが招いた結果に胸を痛めてはいるが、それでもただ謝って落ち込んで泣いているほど、フェリは心の弱い人間では無い。
「ハードルドにも謝らないとね。偵察に行くって言ってたけど、大丈夫かしら」
「へーきへーき」
「もうちょっと心配しなさいよ。一応同業者でしょ」
「裏家業の同業者ってほとんど商売敵なんだけど。アイツはそう簡単には死なないよ。俺様とも、結構長い付き合いだし」
「え! アンタ達仲良かったの!?」
「いや、仲良いんじゃなくて腐れ縁ね。こういう仕事は早死にするヤツが多いから、生き残った者同士は嫌でも顔見知りになるってコト」
「ふーん……そういうもんなのね。とにかく、何とかして帰る方法を考えましょ」
ハードルドが偵察に行っている間、フェリも自分に出来る事……全員で帰る方法を、考えなくてはならない。
うんうんと頭を悩ませるフェリを見て、デュオは面白そうに笑みを漏らした。
「正規ギルドに逃げ込んで、保護して貰えばいいじゃん」
「またあの町に戻れっての? 身分証もない不法入国者が信用してもらえるわけないでしょ。それに……その方法は『私1人だったら』の話じゃない。アンタ達、正規ギルドに頼れるの?」
「ムリ。でも俺様達は独自のルートでテキトーに帰れるよ」
裏社会の人間に、正規の手続きは必要ない。どこへ行くにも不法入国、不法滞在が当たり前だ。
正規ルートを使用する事もあるにはあるが、正式に認められていない闇ギルドの人間が利用するには、結局裏取引が必要になる。
わかり易く言えばお金か、それなりの価値があるものを用意しなくてはならないのだ。
因みに、フェリはこれ以上の罪を犯すつもりはない。
「……ダメ。私のせいで、2人だけ危ない目には遭わせられないわ。でも、正規ギルドに保護を求める訳にもいかない。普通の方法じゃムリね」
正規ルートだろうと裏ルートだろうと、彼等が他国へ渡るリスクは変わらない。常に命の危険が伴うのだ。
しかしそれ以外の『普通じゃない方法』といっても……フェリには今の所、1つしか思い浮かばない。
「やっぱり、また転移するしか……ていうか何が『持ち運べる転移装置』よ。完全な使い捨てじゃないの!」
ここへ来るのに使用した転移魔道具は、一緒に転移していなかった。恐らく大森林に置きっぱなしなのだろう。
つまり、あの転移装置は一方通行。仮に魔力を上手く込められるとしても、往復するには最低2つは用意しておかなくてはならないのだ。
気軽に転移する為に、両腕で抱えるサイズの筒をいくつも持ち運ぶ人間がいるだろうか。とても一般に普及するとは考えにくい。
「そりゃ転移出来るに越したことないけどさ、あの魔道具はもう無いから無理でしょ」
「魔道具は無くても良いの。もう魔法陣は覚えてるし……でも」
「……ん? え、何? 覚えてんの?」
「わ!? 急に飛び降りてこないでよ!」
目の前に突然デュオが舞い降りてきて、フェリは思わず身を引いた。
当のデュオは全く気にした様子も無く、興味津々といった顔でフェリを覗き込んでいる。
「覚えてるっての? あの魔法陣を?」
「そ、そうよ。あれくらいの術式、理解できれば誰でも再現出来るわ」
「理解出来れば、ね。なら何が問題?」
「元の場所を指定するのに、ある程度の距離と方角を知る必要があるの。それに……また失敗するかもしれないし……」
「へぇ~」
自信無さげなフェリを見つめたまま、デュオは考えていた。
フェリが大賢者の弟子で、膨大な魔力を持っている事は知っていたが……天才だとは聞いた事が無かった。
「大賢者の弟子は、伊達じゃ無いってわけだ」
「何よ? 何か言った?」
「別に~」
思わぬ誤算に、デュオは笑みを浮かべる。
もしフェリの言う通り、もし本当に転移魔法陣を再現してここを離れられるのなら――早い方が良い。
「さっすが俺様のお嫁さん。んじゃ、それで行こっか」
「なっ……アンタ話聞いてた!? また魔力を込め過ぎちゃうかもしれないのよ!?」
「フェリ、ちょっと静かにしてて」
「静……!?」
そう言ってデュオは、懐から小さな筒の様なものを取り出して口をつけた。笛の様に見えるが、フェリには何の音も聞こえない。
よくわからないその行動に、フェリは反論しようと口を開けたまま呆気にとられていた。
「な、なにしてんの?」
「アイツを呼んだだけ。早く来いってね」
「アイツってハードルドのこと? 呼んだって、一体どうやって……」
「どうした!? 大丈夫か!?」
フェリの言葉を遮るようにして、茂みから突然ハードルドが現れた。
慌てたように肩で息をしながら、周囲を警戒するように弓を構えている。
「ハードルド!? 随分早いのね。でもそんなに急がなくても」
「いや、『すぐ来い』って合図が……おい深淵! 何があった!?」
「な~んにもない。ただ呼んだだけ」
「……はあ?」
予想とは違うデュオの台詞に、ハードルドは口をあんぐり開けた。
気が抜けて手元が緩んだのか、持っていた木製の弓がボトリと地面に落ちる。
そして顔に青筋を浮かべながら、今にも突き出しそうな拳を抑えてデュオに詰め寄った。
「おいコラてめぇ! 緊急用の合図なんて使いやがって! 普通に呼びゃいいだろが!」
「謝ったじゃん。待つの面倒だったからさ~」
「いつ謝ったんだよ!? て言うかなんで呼んだんだよ!?」
「お、落ち着いてハードルド。何か理由があるのよ」
何に怒っているのかはわからなかったが、怒り心頭のハードルドをフェリは思わず宥めた。
2人が何故これほど打ち解けている(?)のかはともかく、デュオが何の為にハードルドを呼んだのかはフェリも気になっていた。
「なんで急にハードルドを呼んだの?」
「さっさと帰らないと、面倒な事になりそうだったから」
「面倒? そりゃ確かに追っ手に見つかるのは困るけど……」
「…………」
『面倒な事』と言った時のデュオの視線を、ハードルドは見逃さなかった。
さっとそちらに視線を巡らせると、急に頭が冷えたように拳を下げ、弓を拾う。
「帰れんのかよ、ちゃんと」
「多分ね」
「……?」
話が纏まったのか、ハードルドとデュオはそのまま話し込んでいる。
2人だけが通じ合ったようなやり取りに、フェリは首を傾げるしかなかった。




