第5話 横着は災いの元
デュオと約束を交わしてから2週間がたったある日。フェリはアリナリの町からの帰路についていた。
アリナリはいつもの闇ギルドがある町だが、今はまだ陽が登り切っていない――昼より前の時刻だ。
「フェリ、なんか今日機嫌良くない?」
「まぁね。アンタ達がいなきゃもっと良いんだけど」
木の根を避けながら慣れた足取りで歩くフェリと、それに合わせて木から木へ飛び移るデュオ。
今ではすっかり日常化してしまったこの状況に危機感を覚えつつも、久々のまともな使いに、フェリの機嫌はすこぶる良かった。
「おいおい。俺はストーカーじゃなくて仕事で行ってんだぞ?」
「ハードルドも裏の人間でしょ。まったく……なんでこんないい天気に、闇ギルド所属の2人と歩かなきゃならないんだか」
そしてこの日は珍しい事に、闇ギルドで顔なじみのハードルドが一緒だった。
フェリが依頼品の受け取りで行った正規ギルドにたまたま居合わせたハードルドは、ラキアへの依頼があると言って一緒に来る事になったのだ。
「……なぁ。アイツ、いつもあんな感じか?」
木の上を軽々と跳ぶデュオを横目に、ハードルドはヒソヒソとフェリに話しかける。
ハードルドにとって、『あんな感じ』の深淵の魔手を見るのは初めてだったのだろう。
「あんな感じよ。世界一の暗殺者の癖に、清々しいくらい軽い男ね」
「世界一の暗殺者が、軽いはずはねぇんだがなぁ……」
「だってフェリとの約束の期限まで、1年しか無いし。アピールってやつかな」
「聞こえてんのかよ!?」
「ね? 軽いでしょ? 会えば会うほど嫌いになる可能性とか、全然考えてないんだから」
実際に嫌いになっている訳ではないが、好きになってもいない。
更に言うと、1年という期限までに変化が起きる予感も全く無かった。
ちなみに世界一の暗殺者に何故つきまとう時間があるのか甚だ疑問だが、聞いても「暇だから」で済まされてそれっきりだ。
(ま、暗殺者が暇なのは良い事だけどね)
裏社会の人間にとっては商売上がったりだが、殺しの依頼など無い方が良いに決まっている。
少なくともフェリにとっては、何の後ろめたさも無い依頼はそれだけで胸を張れるものだった。
「で、ソレって何持ってんの?」
「新型転移魔道具の試作品よ。今回は『持ち運べる転移装置』って事で、師匠も期待してるみたい」
「へぇ、そりゃすげー代物だな」
フェリは今、丸めた絨毯の様な筒を抱えていた。これを師ラキアへ届けるのが、今回のフェリの仕事だ。
試行錯誤の末に生み出された、魔道具の試作品……ラキアの下へこういった物が送られてくるのは、珍しい事ではない。
世界中の魔導士達が自分の発明品を送りつけ、大賢者のお墨付きを貰おうと躍起になっているのだ。
転移魔道具自体は既に存在しているが、『目的地固定の設置式』で尚且つ、1回の利用に膨大な魔力が必要になる為、未だ一般には普及していない。
「ふ~ん……ちなみに使い方は?」
「あ! ちょっと、何勝手に広げてるの!」
いつの間に自分の腕から無くなったのか、デュオが転移魔道具を地面に広げてしまっていた。
フェリは慌てて取り戻そうと近づくが、布一面に描かれた魔法陣を見てその動きを止める。
「すごいわ……込めた魔力の分だけ移動出来る様にしたのね。確かに画期的かも」
「へー。じゃフェリ、魔力込めてみれば?」
「な、何バカなこと言ってるのよ。勝手に依頼品を使うなんて、ダメに決まってるじゃない」
「いいじゃん別に」
「よくない! ……転移魔道具に興味あるの?」
デュオが魔術関連に興味を持つ事を、フェリは意外に感じた。
深淵の魔手は確かに暗殺者としては有名だが、魔術を扱うなんて話は聞いた事が無かったからだ。
「暗殺対象の所まで行くのがめんどくさい。殺すのより時間かかるし」
「なるほど、そりゃ言えてるな」
「暗殺者共の手にだけは、渡って欲しくないわね……。とにかく、片付けるわよ。帰り道はまだ結構かかるんだから」
そう言ってフェリは、さっさと片付けようと転移魔道具へ手を伸ばした。
暗殺者がどこにでも一瞬で出現する世の中など、誰が考えたってゾッとする。
「これで帰れば良いじゃん。使用効果も報告出来て、一石二鳥だし」
「……そう……かしら?」
ついうっかり、またも片付けの手を止めてしまう。
実際に使用した感想があれば、師も助かるかも……なんてことより、フェリは『これで帰る』と言う事に強い魅力を感じた。
片道2時間かかる師の家とアリナリの往復に、ほとほとうんざりしていたからだ。転移で移動出来れば、どんなに良いかと思う。
「少しくらいなら……怒られない、かな?」
「壊さなきゃへーきへーき」
「……よし。デュオ、ちょっとローブ持ってて」
「はいは~い」
「いや、やめとけよお前ら……」
フェリはいつも着ている紫のローブを預けると、転移魔道具に両手を当てた。
込めた魔力に反応して、魔法陣が輝きだす……その光はどんどん強くなり、3人を包み込んでいく。
「おいおい、なんかヤバくねーか!?」
ハードルドの言葉を最後に、光は収束し――そして消え去った。
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「……あ、れ? 師匠の家じゃ……ない?」
「森の中でもねぇな」
「あー……ちょっと行き過ぎたっぽいな~」
気が付くと、3人は見たことも無い町の広場に立っていた。背後では大きな噴水が水を吹き上げている。
町の中心地に突然現れた3人組に町民は騒然となり、やがて1人の女性が叫び声を上げた。
「きゃーー!! 侵入者よーー!!」
「え!? ちちっ違いますよ!」
「いや合ってるけど。通行証ナシの不法入国だし」
「……入国?」
見知らぬ土地と騒ぎに狼狽えていたフェリは、デュオの言葉に目が点になった。
入国と言う事はもしかしなくても、自分はアリナリや大森林とは別の国にいるという事になる。
「……デュオ。ここ、どこ……?」
「ヴェルヘルム帝国の首都グランツ」
「いやぁぁーー!! なんでーー!?」
「だからフェリ、魔力込め過ぎたんだって~」
「おいお前ら! そんなこと言ってる場合じゃねーぞ!」
「我々は警備兵だ! そこの3人、大人しくしろ!!」
駆けつけてきた沢山の警備兵に、広場の周囲を囲まれてしまった。
包囲網はじりじりと狭まり、もはや逃げ場などどこにも無い。このままでは捕まる。
「わっ!?」
こんな所で犯罪者になるなんてと、ショックと共に半ば諦めかけた時――フェリの体が一瞬にして、噴水の上へと舞い上がった。
「え……デュオ!?」
「何ぼーっとしてんの。逃げなきゃ」
「待て待て! おめーら俺を置いて行くなよ!?」
フェリを軽々と抱え上げたデュオは、そのまま屋根から屋根へと飛び移っていく。
そしてその脇の路地を、ハードルドが走ったりよじ登ったりしながら猛スピードで追いかけていき……やがて3人は城壁を越えた。
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「遅いですねー。フェリは何をやっているんでしょう」
研究室のテーブルでお茶を飲みながら、ラキアは西側の窓から入る陽射しを眺める。
フェリを使いに出してから、既にこの家とアリナリを2往復出来るだけの時間が過ぎていた。
「もうとっくに帰って来てもおかしくないのですが……ハッ、ひょっとして駆け落ち!? では無いでしょうねきっと」
何か危険に巻き込まれたのではと、弟子を心配する様子は全くない。
これはラキアの性悪云々以前に、フェリがその気になればいくらでも身を守れる事を、師として知っているからだ。
そうでなくとも、フェリの傍にはこのところ『彼』がいるのだから、そう困った事にはならないだろうとわかっていた。
「せっかくお客様がいらしてるのに……すみませんね、お待たせしてしまって」
「いや……大賢者殿の頼みとあれば、いくらでも待とう」
研究室のソファに座る、3人の人物……その中の1人に、ラキアはニッコリと笑顔を返した。




