第7話 帰還と、予感
「じゃあ、方角と距離はこれでいいのね?」
「バッチリ。首都グランツから割り出したから間違い無いよ」
「マジで再現しやがったのか……」
3人が囲んでいる地面には、来る時に使用した転移魔道具とほぼ同じ魔法陣が描かれていた。
方角を指定する術式を描き加えた為、全く同じという訳では無いが、少なくともフェリが「覚えてる」と言ったのは嘘では無い事が証明された。
「フェリ。師匠さんの私物とか、なんか持ってない? 身体の一部とかだともっと良いんだけど~」
「身体の一部って、お前なぁ……」
「あるわよ?」
「あんのかよっ!?」
フェリはローブから、小さな小瓶を取り出した。中には紫色の糸の様なものが数本、入っている。
身体の一部と聞いて引き気味だったハードルドが、思ったほどグロテスクでは無かったその中身をしげしげと眺めた。
「何だそりゃ、紫の糸か?」
「師匠の髪の毛」
「え~、フェリってば何でそんなの持ってんの。趣味?」
「違うっての。師匠に呪いをかけられた時に、呪い返そうと思って」
「どういう師弟関係なんだよ……」
「じゃ、後はこれをここに置いて、と」
デュオは小瓶を受け取ると、それを魔法陣の上に置いた。中央より少し逸れた、先の尖った模様のある所だ。
それを不思議そうに眺めていたフェリだったが、すぐにハッとした。デュオの行動が何を意味するのかは知らない。しかし魔法陣と小瓶の配置を見て、なんとなく理解出来そうな気がしたのだ。
「フェリ。魔法陣はこれで完成?」
「え? あぁ……うん、魔法陣はバッチリよ。でも……」
いくら完璧な魔法陣を描いても、成功するかどうかはわからない。
フェリが魔力を制御できないという問題は、一向に解決していないからだ。
そのことはもう説明したはずだが、デュオは相変わらず読めない表情のまま、小瓶を置いた体勢から立ち上がった。
「そっか。ギリギリ間に合ったかな」
「だな。……来たぞ」
「へ?」
2人の言葉の意味を理解できず、フェリが眉を上げた直後――周囲の茂みがガサガサと音を立て、いくつもの黒い影が3人を囲む様にして飛び出した。
黒い靄をまとうオオカミの様な獣が数匹と、男が4人。暗い色合いの軽装を見て、フェリは彼らが裏の人間であると直感する。
「あ、暗殺者!? なんで!?」
暗殺者に囲まれる――それはとても異常な事だと言える。
彼らがもしヴェルヘルム帝国の追っ手であるなら、暗殺者では無く騎士団か警備兵を寄越すはずだ。
追っ手以外に自分達を襲う輩がいるとしても、追いはぎ目的の盗賊か獣くらいだろう。
(まさか……不法入国で暗殺者は無いでしょう!?)
暗殺者が来たと言う事は、少なくとも『誰かに依頼されて動いている』のは間違いない。
しかし当然ながら、フェリには暗殺者を差し向けられる心当たりはなかった。
「なんでかはともかく、早くした方が良いよ。殺られちゃうから」
「この状況で転移しろっていうの!? でも、ホントに私……」
魔力制御について結局なんの解決策も示さなかったデュオの催促に、フェリは動揺し、躊躇する。
だが、差し迫った状況は決して止まってはくれない。
男の1人が指を鳴らしたのを合図に、黒い獣たちが一斉に駆け出した。
(う、動けない……!)
素早い動きに対応出来ず硬直するフェリに、獣の1匹が格好の獲物とばかりに飛び掛かる。
だが前足を伸ばして牙をむく獣のシルエットは、より大きな背によって遮られた。
「フェリ! ボーっとしてねーで、やるなら早くやれ! つーか手伝えよ深淵!」
フェリを庇ったのはハードルドだった。弓を持ったまま獣を殴り飛ばし、1匹を太い腕で締め上げている。
一方のデュオは、ハードルドの焦りには応えず、頭の後ろで手を組みながらのんびりと戦いの様子を見ていた。
「悪いけどソッチはよろしく。俺様はコッチに用があるから。……フェリ」
「! あ……」
デュオに手を取られ、金縛りの様に動かなかったフェリの体がようやく解けた。
そしてそのまま、ムリヤリでもなくゆっくりと魔法陣へ誘われる。フェリに出来ることもやるべきことも、最初から決まっている。
「フェリ、やってみて」
「で、でも私……」
「大丈夫だから」
また失敗するに決まっている――フェリはそう思ったが、デュオは大丈夫だと言う。
一体どこからそんな自信が出て来るのかわからなかったが、悩んでいる時間は無い。
フェリは意を決してローブを脱ぎ捨てた。
「全力出してね」
「……わかった」
魔法陣に手を当てたまま、フェリは全ての魔力を注ぎ込むイメージを浮かべた。身体の周囲にピリピリとした小さな光が走る。
(込め過ぎ? 少し弱める? ……ああもう! わかんないわよ!)
方角は定めているが、込める魔力が大き過ぎれば当然、目的地を遥かに飛び越えてしまう。しかし小さ過ぎても、大森林には届かないだろう。
(どっちにしろ、こんな所にいるわけにはいかないわ。デュオやハードルドと一緒に、ここから離れないと! それに……)
少なくともこの男は、『全力を出せ』と言った。フェリはあれこれと考えるのを止め、集中する。
自分の肩を、デュオが包み込むように支えているのにも気づいていない。懸命に魔力を込めるフェリの目がふと、魔法陣の小瓶をとらえた。
「よし、いけそうかな」
「おい! 俺を置いて行くなよ!?」
「……っ……!」
魔法陣から立ち昇る光の中に、ハードルドが素早く飛び込む。
光の柱は閉じるように少しずつ細くなり……最後は糸の様に揺らいで、消えた。
「…………逃げたのか」
3人の消失後少しの間を置いて、木の陰から男が1人姿を現した。
彼の気迫に気圧されたかの様に、暗殺者達は無言で道を開ける。
周囲を照らさんばかりに輝く長い金髪と、鋭く光る青い瞳。
深紅のマントに刺繍された金の獅子が、男の威厳をより一層引き立てていた。
暗殺者の1人がスッと前に出て膝をついたが、マントの男はそれを見もせずに、残された魔法陣へゆるりと近づく。
「申し訳ありません。せっかくの好機を……」
「お前はあの状況が好機だと思うのか? あんな化け物を前にして」
「それは……」
「わかっていたから手を出さなかったのだろう? 我が精鋭がこれだけ揃って、不甲斐ないばかりだ」
「……何故、ヤツがこんな所に……」
「知らぬ。だがお前の執着する深淵の魔手は、我に気付いていた」
「まさか! 主上は完全に気配を消しておられました。私にも全く……!」
「だからお前はヤツに勝てぬのだ。フリード」
「…………」
男に一瞥され、フリードと呼ばれた暗殺者は悔しそうに唇を噛んだ。
その瞳に憎悪の念を浮かべながら、フリードは残っていた暗殺者に新たな指示を出す。
「この魔法陣、書き写しておけ。アレの居場所を調べる」
「はい」
フリードの指示の下、暗殺者達が動き出す。
魔法陣に残る紫のローブを拾い上げたマントの男は、白み始めた空を見上げながらその目を細めた。
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「おはよう、フェリ」
「おはようございます……師匠」
ヴェルヘルムの森から転移した先は、間違いなくラキアの家だった。
どういう訳か少し高い位置に転移してしまった3人は、安眠妨害にも程がある光と落下音で玄関の前に降り立ったのだ。
しかし、まだ寝ていてもおかしくない時間にも関わらず、ラキアは何故か玄関の前で弟子の帰りを待っていた。
「フェリが異性を2人も連れて朝帰りだなんて……私は感激です! 大人になりましたねぇー」
「そこは叱って下さいよ……保護者として」
「どうでもいいがフェリ、早いとこどいてくれ」
「わ!? ご、ごめんハードルド!」
師の姿を見た瞬間、叱られるのを覚悟で正座したフェリだったが、どうもうつ伏せで倒れるハードルドを下敷きにしてしまっていた様だ。
ビックリして飛び退きながら視線を彷徨わせると、デュオが玄関横の柵に腰かけているのが見える。
全員が無事であること確認したフェリは、ホッと胸を撫で下ろした。しかしまさか、自分の家にピッタリ転移できるとは思いもよらなかった。
(あの魔法陣は方角しか指定しただけなのに……。あ、もしかして師匠の髪の毛が目印になったとか? でもなんでアイツがそんなことを……)
「そろそろ帰ってくると思っていたんですよー。実は貴女に会わせたい方がいるんです」
「会わせたい人?」
フェリの思考は、暢気な師の声で遮られた。
こんな時間に訪問客がいるというのも気になるが、ずっと閉鎖的なこの森で生きて来た自分に会いに来る人物など心当たりがない。
そんな奇特な人間はデュオやハードルドくらいだが、彼等はずっと自分と一緒にいた。フェリは疑問符を浮かべながら首を傾げる。
「まさか本当にこんな時間に帰ってくるとはな……キミが大賢者の弟子か」
「え……誰?」
ラキアの後ろから発せられた、聞きなれない声。
フェリが玄関に顔を向けると、開かれていた扉から1人の青年が歩み出て来た。
「じゃじゃーん。なんと、この方は異世界から来た勇者さんなんですー」
「……うわ……」
これはまた面倒な事になる――そう直感したフェリは、ニコニコと笑う師と目の前の勇者を見て、心底嫌そうな顔をした。




