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第56話 不安な道筋


 アイトが悪夢にうなされていた頃、フェリもまた違う夢を見ていた。

 1人の少女が暗い廊下をフラフラと歩いて行き、ある扉の前で立ち止まる――リアルな夢を。


(この扉……知ってる……)


 自分より遥かに大きな扉の前で、少女が生気の無い顔を少しだけ上げる。

 それと同時に、首に幾重にも巻き付けられた鎖がジャラリと音を立てた。


(……はいりたくない……)


 閉じられた扉の向こうへ行くのは、いつも怖くて仕方がない。

 部屋を出る頃には、首か腕の枷がまた1つ増える事になるからだ。

 そしてその為に、自分はとても苦しい思いをしなくてはならない。


「向こう側には、行かない方がいいよ」

「っ……!?」


 だがその日は、いつもと少しだけ違っていた。

 少女が震える手をドアノブへ伸ばすと、いつの間にか後ろに立っていた『彼』に呼び止められたのだ。


「行ったら戻れなくなるかもしれない。()()()()には来ない方がいいんじゃない?」

「……?」


 何を言っているのだろう――そう思って少女は首を傾げた。

 自分が行こうとしているのは扉の向こうであって、『彼』のいる方ではない。

 だが、いつもと違うのは『彼』だけでは無かった。扉の向こうで、沢山の大人達が慌てふためく声が聞こえる。


(ほかにも……だれかいる……?)


 この廊下を通ることも、部屋の中へ入ることも、いつもは少女にしか許されていない。

 にも関わらず今日は廊下に『彼』がいて、部屋の中からも複数の気配がする。

 そんな状況に少女が少しずつ戸惑い始めた時、ドアノブがひとりでに回り始め……扉がゆっくりと開かれた。


「!? シア様……!」


 扉の向こうに立っていたのは、厳格そうな顔をした壮年の男だった。

 少女がこの男を見るのは初めてだったが、男の方は少女を知っているらしい。


(……おとうさま、は……?)


 驚く男をぼんやりと眺めていた少女が、ふと部屋の中へと視線をずらす。

 しかし見えた光景が何を意味するのか理解する前に、後ろから伸びて来た手の平が少女の目を覆った。



-------------------



「おい、起きろ」

「う……ん……?」


 少し乱暴に肩を揺すられるのを感じ、フェリ眉をひそめながら瞼を開いた。

 そして自分を起こしたのが誰なのか気付くと同時に、反射的に警戒して身をよじる。

 肩を掴んでいたのは、口元を黒いスカーフで隠した男――神殿からフェリを攫った暗殺者の1人だった。


「食っておけ。あまりお前を弱らせない様にとのご命令だからな」

「…………」


 制御装置で固定されたフェリの両手に果物を1つ押し付け、男がすぐにその場を離れる。

 離れると言っても、フェリがもたれ掛かっていた木の隣の幹へ移動し、寄り掛かっただけだ。


(見張られてる……)


 今は陽が昇っている時間なのか、見上げた木の葉の隙間から光が漏れ出していた。

 しかし辺りには大きな木が鬱蒼と生い茂っていて、フェリのいる地面までは空の光も届かない。

 おかげで誰がどこにいるのかもわからないが、いくつもの鋭い視線が自分に向けられている気配を感じて、フェリは唇を噛んだ。

 少なくとも今は、逃げられそうに無い――フェリは大人しく、手にした赤い果物をチビチビと齧る。


(ていうか、ここどこ? 一体どこへ行くのかしら……)


 神殿を離れてからの記憶が無いので、恐らくは気絶させられていたのだろう。

 あれからどのくらい移動したかも、どっちの方角へ向かっているのかもわからない。


(みんなは……アイトは生きてるの……?)


 アイトはあの時、すぐに治療しなければ危険な怪我を負っていた。

 しかも別れ際に、落下する瓦礫や煙で見えなくなってしまったのだ。


(もしかしたら大神官様が、運よく見つけて治療してくれたかも……)


 そう考えるのは、あまりにも都合が良すぎるだろう。

 そんな事は自分でもわかっていたが、それでも今のフェリには、その奇跡を願うことしか出来ない。


「おい! テメーらいつまで休んでやがるんだ!」

「! アンタは……!」


 向かい側の木から一瞬にして浮かび上がった炎の塊を、フェリはキッと睨みつける。

 姿はハッキリ見えなくとも、その荒々しい口調と魔術を扱う男がガルデンであることは明白だった。


「おい焦るな。この娘は慎重に運ぶ必要がある」

「ああ!? たかがクソ女1人、俺だけでフリードの所に運んだって構わねーんだぜ!?」

「貴様! あのお方の計画を無視するつもりか! 直接は連れて来るなとの命令だろう!」

「下手に動いて誰かに見られる訳にはいかん。動くのは陽が落ちてからだ」


 複数の声と殺気が交差するのを感じて、フェリの額に冷や汗が滲む。

 下手な真似をすれば、いつこの殺気が自分へ向くかわからないのだ。

 しかし今まさに殺気を浴びている本人には、他愛のないことなのだろう。

 怒りをあらわにする暗殺者達に動じた様子もなく、ガルデンがフェリに近付いてきた。


「チッ、カス共が。俺は早くこの女を地獄に引き渡してやりてーってのに」

「……アイトが死んだら私、アンタを許さないわ」

「ハッ、そいつは楽しみだなぁ!」


 バカにしたように見下してくるガルデンを、フェリは力いっぱい睨み返す。

 強がったところで今は何もできないのだが、アイトにあんな怪我を負わせた事が許せなかったのだ。

 しかし、逆上し易いガルデンに対してこちらは丸腰……徐々に熱気を増す拳の炎に、フェリは内心かなり焦っていた。


「!? 誰だ!!」

「えっ?」


 フェリが睨み合いに押し負けそうになっていると、ガルデンが何かに気付いたように目線を上げた。

 自分の背後を見つめる様子にフェリがつられて振り向くと、暗がりから小さな人影が浮かび上がる。


「何だてめぇは……」

「どもッス。フリードさんから伝言を預かって来ました!」

「~~~~っ!?」


 フェリは、思わず驚きの声を上げそうになった。

 いきなり背後から人間が現れた事への恐怖では無く、見覚えのある人物が現れた事への安堵から。

 しかし自分では無くガルデンに話し掛けるのを見て、フェリは出かかっていた言葉をぐっと飲み込む。


(る、ルーク!? なんでここに!?)


 安堵というには些か不安のある相手だが、フェリは彼の事をまぁまぁ知っている。

 明るいオレンジの髪に黒装束を着た、少し背の低い少年――深淵の魔手の追っかけ、ルークだ。


「伝言だぁ? ならさっさと言え」

「了解ッス。実は引き渡しを、明日じゃ無くて今日に変更するそうです!」

「けっ! コロコロと言うこと変えやがって……だが丁度いい。オラお前ら! さっさと行くぞ!」

「ま、待て! こんなヤツ仲間にいたか?」

「いや……見たことのないガキだ」

「そ、そんなこと言って良いんスか~? 急がないと今日中に引き渡し場所へ着けないッスよ?」


 移動する気満々のガルデンとは違い、暗殺者達がルークへ疑いの目を向ける。

 裏家業でなくとも、会った事も無い人間を連絡係として信用できないのは当たり前だ。


(ていうか視線が泳いでるし、怪し過ぎる……。ルーク、もしかして私を助けに来てくれたの?)


 少なくとも、今ここにいる暗殺者達とは面識が無い様だ。

 本当に彼等の仲間という可能性もあるにはあるが、自分に敵意を向けていないルークにフェリは賭ける事にした。


「間に合わなかったら……任務失敗って事になるのかしら?」

「!! そうそうそうッスよ! 失敗したら、アンタ達もただじゃ済まないッスよね~? ほら、フリードさん厳しいッスから」

「た、確かにそうだ。あの方は失敗する者に容赦しない」

「信用する訳ではないが、万一ということもある。早めに行って悪いという事も無いだろう」

「仕方ないな……おい娘、もう一度眠って貰うぞ」

「あ、それなら新入りの自分に任せて下さいッス!」


 無害そうな顔をガルデン達に向けた後、ルークがフェリの背後に回った。

 彼等は決してルークを信用した訳ではないだろうが、警戒している様子も無い。

 むしろ、油断している……恐らく、仮に敵だとしても取るに足らない存在だと思っているのだろう。


「んじゃ、ちゃちゃっとやっちまいますか」

「痛っ!?」


 いきなり首筋に衝撃を感じ、フェリが地面へと横たわる。

 そして力の抜けたフェリの手から、果物がコロコロと転がり落ちた。


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