第57話 道連れ
光の差し込む森の中を、暗殺者の集団が猛スピードで疾走する。
フェリを抱えたルークを守ように、そして見張る様に囲みながら、彼等は目的地へと急いだ。
「おい新入り。あまり離れるな」
「あ、すんません。気をつけるッス!」
暗殺者達は、周囲を警戒しながらピリピリしている。
明るい時間に移動している分、夜中以上に人目を気にする必要があるからだ。
しかしそのお陰でルークとフェリへの注意が散漫になっているのは、またとないチャンスでもある。
「(姐さん、大丈夫ッスか?)」
(おかげ様でしばらくは、首が回りそうに無いわね……)
逃げる機会を窺いながら、ルークが小声でフェリに話しかけた。
出発する前に食らわされた手刀は外れていたので、フェリが気絶していないのはわかっているのだろう。
しかしフェリは、暗殺者達に気付かれない様に話す技術など持ち合わせていない。何の反応もせず、心の中で返事をするだけだ。
「(他のヤツらはなんとか撒けそうなんスけど、1人厄介なのがいるんスよね~)」
(でしょうね。獲物を狙う猛獣みたいな視線をビシビシ感じるわ)
フェリは暗殺者では無いが、向けられた殺気を感じ取れる程度には裏世界に関わっている。
顔を上げて確認する事は出来ないが、自分を睨みつけるこの気配は確実にガルデンだろう。
「(オレ様の後ろをつかず離れず走ってるヤツ、全く隙が無いんスよ。でも目的地に着いたらオレ様の嘘がバレるし……めっちゃヤバいッス!)」
(こんな危険な事に首を突っ込むからでしょ! 助けに来てくれたのはありがたいけど……)
ルークは恐らく、神殿からずっとフェリを尾行していたのだろう。
以前「尾行は得意」と言っていたのは、どうやら本当だったようだ。
しかし今まで何かと面倒に巻き込まれた経験上、あまり安心できないというのが正直な所だ。
(ルークもわかってるだろうけど、今の私は役に立たない)
暗殺者達より速く走れる自信は無いし、魔力制御装置をつけられているので戦力にもなれない。
話せない以上は相談することも不可能なので、逃げるにしても何にしてもルークに委ねるしかないのが現状だ。
「(あちゃ~、ヤバいッス。着いちゃいました!)」
(アンタねぇ……ん? 何、この音……)
周囲が一気に明るくなり、フェリは自分達が森を抜けたのだとわかった。
まず気になったのは、轟々と鳴る大きな音――しばらくして、フェリはそれが巨大な滝の音だと気付いた。
(ヴェルヘルム帝国の滝? それってもしかして……)
「おお! すっげーデカい滝っすね~!」
(る、ルーク? あんまり滝へは近付かないでよ!?)
滝と言えば崖であり、崖と言えばルークである。
今までは運よく生き残れたが、出来ればもう落ちるのは遠慮したい。
しかし普通の人間が行かない道を行くのが、方向音痴であるルークの特徴だ。
「わぁっ!?」
「離れるなと言っているだろう! 娘を落としたらどうする!」
「あ、はい。ごめんなさいッス」
まさか滝に飛び込んで逃げる気なのではとフェリが焦り始めた時、ルークが大きく後ろへ下がった。
肩で抱えられているのでルークの周りは見えないのだが、どうやら暗殺者の1人が強引に引っ張ったようだ。
フェリは安堵すると同時に、せっかくの逃げる機会を失ったかもしれないと思った。
「……まだ来ていらっしゃらないようだな」
「そもそも、伝言が本当かどうかもわからないだろう」
「しかし、引き渡し場所はここで間違いない。我々を騙すつもりなら、とっくに逃げようとしてるんじゃないか?」
「あのお方が来ればわかる話だが、念の為、娘はこちらに……」
(うっ。マズいかも……)
再び疑念を抱き始めた暗殺者達が、ルークとフェリの所へ集まってくる。
自分がルークから離れれば、せっかくの逃げるチャンスを棒に振ってしまう。
ルークもそれがわかったのか、フェリを抱えたまま暗殺者達から後ずさった。
「い、いえいえ! 大丈夫ッスよ! 姐さっ……この女は自分が抱えておくッスから!」
「何? ……遠慮するな。目的地に着いたからには、もう担いでおく必要は無いだろう」
(ルークのバカ! めちゃくちゃ怪しいじゃないの!)
挙動不審なルークの様子に、暗殺者達の雰囲気がスッと冷えていく。
自分達を囲む様に近づいて来る気配に、フェリの動悸が速くなり始めた。
このままでは、逃げられなくなる。一か八か、このまま逃げるべきだろうか――そう思った時――
「ぐっ……がはっ!」
(えっ?)
フェリはルークの背にうつ伏せる形で抱えられている為、ルークの足元の方が良く見える。
薄っすらと目を開けると、自分達のそばまで近づいていたらしい暗殺者の1人が倒れているのがわかった。
驚いて思わず頭を動かしたので、他の男達はフェリが起きていたことに気付いたかもしれない。
……しかし、どうも彼等はそれどころでは無さそうだ。
「き、貴様! いきなり何……ぐああああ!?」
「やはり裏切るつもりか!」
「騙される方がバカなんじゃねーのかぁ!? カスが!!」
(この声……ガルデン? アイツが裏切ったの!?)
滝の音に紛れて、刃物の擦れる音や爆発音が聞こえる。
ガルデンが仲間を裏切ることに驚きは無いが――チャンスだ。
そう瞬時に判断したフェリは、素早く体を起こしてルークから飛び降りた。
「あれっ? 姐さん起きてたんスか!? 気絶させたのに……」
「ワザと外したんじゃ無かったの!? ってそんなこと言ってる場合じゃないわ、逃げるなら今よ!」
「そ、そうッスね! さっさと逃げ……」
「させるかよ!」
「きゃ……!?」
複数の暗殺者を1度に相手取りながら、ガルデンが素早くフェリに近づき、その腕を掴んだ。
その間もガルデンからは爆炎が放たれ、暗殺者から飛んできた暗器がフェリの体スレスレを通過する。
そんな状況だった為か、戦闘へ意識が向いていたガルデンはルークという存在を全く視野に入れていなかった。
「姐さんを放せ!」
「ああ!? クソッ、邪魔だ! さっさとどけガキが!」
ルークに後ろからしがみつかれ、ガルデンは思ったように身動きがとれない。
そしてそんな好機を暗殺者達が見逃すはずも無く、暗器の応酬がより一層激しさを増す。
「ぜってー渡さないッス!」
「こんのクソチビがぁ!」
「……チビ?」
どうにかフェリを取り返そうとしていたルークが、ピタリとその動きを止める。
フェリはそんなルークの様子を見た瞬間、すっかり忘れていたある事実を思い出した。
そう言えばルークと初めて会った闇ギルドでも、これが原因で逆上したな、と。
「だ……誰がチビだああああ!!」
「なっ、クソッ」
ルークは至近距離から、ガルデンに向かって一本のナイフを放った。
元々狙いが甘かったのか、ガルデンはそれを間一髪で避けたが、その隙をついた別の暗殺者のナイフがガルデンの腕を掠める。
「チッ……!」
「ルーク! 今のうち!」
「……はっ!? わ、わかりました!」
拘束の手が緩んだ一瞬の隙に、フェリはガルデンの手を振り払った。
呼びかけによって正気を取り戻したルークも、フェリを守る様にしてガルデンから離れる。
しかしフェリが誘導されたのは、よりにもよって足場が途切れるギリギリの位置――滝の目の前だった。
「ってなんでこっちに来るのよ!? 後が無いじゃないの!」
「大丈夫ッス! 予定通りッス!」
「予定通り、って……アンタまさか……!」
見た事も無い勢いで流れ落ちる水と自信満々な表情のルークを交互に見つつ、フェリは嫌な予感がした。
走って逃げるつもりなら、とっくに駆け出しているはず……しかし、後ろは滝だ。しかもそんじょそこらの滝とは違う。
フェリが書物で学んだ記憶と照らし合わせると、ここはヴェルヘルムで最も大きいと言われる『月明の滝』……通称、『絶命の滝』に違いない。
「じょ、冗談でしょ!? 死ぬ気!?」
「心配性な姐さんに深淵の魔手の格言を教えるッス。『とりあえず行ってみれば?』」
「そんな格言あるかぁーー!!」
「! おい! テメーらぁ!」
ルークに腕を引かれるままに、フェリは滝へと身を投じる。
驚愕の表情をしたガルデンをチラリと目にしたあと、フェリの体は激しい水の流れに飲み込まれた。




