第55話 奪われた勇者
疲労による浅い眠りと、痛みによる覚醒。
それを繰り返す間、アイトは何度も同じ夢を見ていた。
≪アイト!≫
≪っ……フェリ……!≫
白髪の青年に吹き飛ばされ、フェリが攫われる夢――どれだけ手を伸ばしても、届かない。
そんな夢を何度も、何度も見ていた。
(フェリ! キミは私が守る……!)
≪アイト!≫
(行かないでくれ! 私は、キミを……)
≪アイト様!≫
(……?)
最後に自分を呼んだ声にほんの少し違和感を感じた瞬間、アイトの意識が一気に覚醒した。
暗い夢の中から一転、視界が真っ白な光に包まれる――それと同時に、夢よりも近くハッキリと自分を呼ぶ声が聞こえた。
「――様! ――アイト様! しっかりして下さいませ!」
「キーキー騒がないでよぉ。アンタのせいで悪化したらどうする気~?」
「ん……フェ、リ……?」
「アイト様!? 気が付きましたのね!!」
目を覚ましたアイトが一番最初に目にしたのは、古びた布が張られた天井だった。
視線を横にずらすと、自分を心配そうに覗き込むマリアーナとリサが目に入る。
どうやらここはテントの様な所で、自分はベッドに寝かされている様だ。
(そうか……神殿が崩壊したから、テントを張ったんだな。……崩壊!?)
少しずつ頭がハッキリしてきたアイトは、何があったのかを思い出して慌てて体を起こした。
夢の出来事は事実で、自分は負傷したのだ。しかし起き上がると同時に焼けつくような痛みを感じ、顔をしかめる。
「ぐっ……う……!?」
本能的に手で押さえた腹部の包帯から、暖かいものが染み出してきた。
何故こんな傷を負っているのか、何が起きたのか、ちゃんと覚えている――自分はフェリを守れなかったのだ。
「フェリを……助けなくては……!」
「アイト様! まだ動いてはいけませんわ!」
「放してくれマリアーナ! のんびりしている時間は無いんだ!」
「わたくしだってフェリの事は心配ですわ! でも、でもわたくしはっ……その為にアイト様を死なせたくありません!」
「っ……マリアーナ?」
無理やり体を動かそうとしたアイトの手に、小さな滴が落ちる。
その感覚にハッとしたアイトは初めて、マリアーナがどんな顔をしているのか気付いた。
普段は気の強いマリアーナが涙を浮かべ、目の下には薄っすらとクマが出来ている。
自分を心配して一睡もしていないのかもしれない――そう思い至ったアイトは、身勝手な自分を恥じた。
「アイト様にとって、あの子の方が大切だというのはわかっています。でも、わたくしは……!」
「いいんだ、マリアーナ。……すまなかった」
「…………」
「フェリのことは必ず助ける。だが私には、同じくらい守らなくてはならない仲間がいる。その事を思い出した」
「……はい」
マリアーナが、真っ赤に腫らした目を閉じながら頷いた。
アイトが今言ったことは、マリアーナの求める言葉では無かったかもしれない。
しかしあえてそれを口にしたことで、アイトの中でフラついていた気持ちがより確かなものに変わる。
(あの夜フェリに告白した気持ちは……本心だ)
マリアーナの言う通り、仲間として優劣をつけるつもりは無い。
フェリを助けたいのと同様に、マリアーナやリサも守りたい気持ちも本当なのだ。
だがそれでも、空しい――アイトは自分を形作る何かが、ごっそり持って行かれた様な気分だった。
「そのように騒いでは、治るものも治りませんよ」
「……大神官殿」
いつの間にかやって来たアーストが、3人の沈黙を静かに破った。
その声に顔を上げたマリアーナが、矢も楯もたまらないといった様子でアーストへ駆け寄る。
「大神官様! 早くアイト様を治療して下さいませ!」
「もちろん、そのつもりで来たのです。ようやく他の怪我人の治療が終わりましたからね」
神殿の崩壊によってまた何人もの重軽傷者が出てしまい、アーストはずっとその治療に追われていた。
まだ崩落事故での魔力が回復していない神官ばかりだったので、治癒術を使える者が少なかったのだ。
「思ったより怪我人が少なくて助かりました。そうでなければ、もう何日か待って頂くことになったでしょう」
瀕死状態のアイトに応急処置程度の治癒術をかけた後、アーストは夜通し他の怪我人の治療にあたった。
アイトを完全に治療して魔力が枯渇しては、他の人々への治療が行き届かなくなる為だ。
しかし多少くたびれた様子はあるものの、別の治療を終えた足で直接アイトの所へ来たのだから、結局は杞憂であったのだが。
「さあ、横になって下さい。……はぁっ!」
傷口にかざした手から漏れ出た光が、アイトの傷口にゆっくりと染み込んでいく。
先程までの痛みがすっかり無くなったのを感じて、アイトはホッと安堵の息を漏らした。
「アイト様! 良かった……!」
「ありがとうございます。大神官殿。マリアーナもリサも、心配をかけたな」
「あたしはアイト様が死ぬはず無いってわかってましたよぉ? なのにブロンズがビービーうるさくって」
「心配していたのですから当然ですわ! 貴女の方こそ……」
アイトが回復して安心したのか、2人がいつもの調子で口論を始める。
それを意外そうに、次に微笑ましそうに眺めた後、アーストはアイトに向き直った。
「神殿が崩壊して大したお構いも出来ませんが、ゆっくりお休み下さい。みなさんには崩落事故の際に、とてもお世話になりましたから」
「いえ、我々はすぐにでもフェリを救出に向かいます」
「それはいけません。傷は治せても、疲労は溜まっているのですから」
「問題ありません! 急がないとフェリが……!」
「どこへ行ったか、わかるのですか?」
「! それは……」
正直な所、全くわからない。
フェリの居場所どころか、攫った相手が何者かすら知らないのだ。
突きつけられた現実に、アイトは血が染み込んだままの包帯を強く握りしめる。
やはりあの時、守れていれば――そんなアイトの気持ちに気付いたのか、アーストが窘める様に口を開いた。
「焦りは禁物です。それに守ると言っても、聖剣は奪われてしまったのでしょう?」
「そ、そうか……聖剣も無い、のか……」
助けに行くにしても、丸腰という訳にはいかない。
どこかで剣を購入すれば済むと言えばそうなのだが、生憎こんな山頂に武器屋は無い。
売店でレプリカの弓は売っていたが、アイトは弓の扱いは全くの素人……次の町までマリアーナやリサを中心に戦闘するのも危険だ。
「傷つけずに攫ったのであれば、命の危険はとりあえず無いでしょう。だからまずは、装備を整えるのが先です」
「し、しかし……」
「しかし、武器を手に入れるまでは、戦力が心許ない……そこで提案があります」
「提案?」
「私も一緒に行こうと思います」
「え!? 大神官様が……ですか!?」
予想もしなかったアーストの言葉に、アイトがあんぐりと口を開ける。
いつの間にか口論を止めてこちらを見ていたリサとマリアーナも、お互いに顔を見合わせた。
「実はアイトさんに、おススメしたい武器があるのです」
3人の困惑を少しだけ楽しそうに見渡しながら、アーストは優し気な笑みを浮かべた。




